大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成7年(ネ)1518号 判決 1997年3月27日

控訴人(原告) 三洋電機株式会社

被控訴人(被告) ツインバード工業株式会社

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

控訴人は、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人は原判決別紙(1) ないし(6) 記載の製品を製造し、販売し、販売のために展示してはならない。三 被控訴人は控訴人に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成六年四月五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二ないし第四項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

以下、控訴人を「原告」といい、被控訴人を「被告」という。その他の略称は原判決のそれによる。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、原告製品の特徴は色彩が濃紺色である家電製品であるという点にあり、この原告主張の原告製品の特徴は、昭和六三年(そうでないとしても平成五年)には原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、取引者及び消費者の間に広く認識されるに至っていたところ、被告製品は原告主張の原告製品の特徴と同じ特徴を具えているから、被告による被告製品の製造販売は原告製品との混同を生じさせ、不正競争行為に該当すると主張して、被告に対し、不正競争防止法(平成五年法律第四七号。以下同じ。)二条一項一号(混同惹起行為)、三条に基づき、被告製品の製造、販売、販売のための展示の停止を求めるとともに、同法四条に基づき、被告の不正競争行為により原告の被った損害の賠償を求めた事案である。

二  原告は、原審における、原告製品の特徴(本件商品表示)は、<1>主として大学生等の単身者を販売対象とする家電製品であり、<2>色彩が従来家電製品にはほとんど使用されることのなかった濃紺色であるとの主張を、当審において、原告製品の特徴(本件商品表示)は右<2>(色彩が濃紺色である家電製品)のみであるとの主張に変更したものである。

三  前提となる事実(当事者、原告製品の製造販売、被告製品の製造販売)及び争点は、原判決の事実及び理由中の「第二 事案の概要」欄一ないし三(三頁六行目から五頁三行目まで〔知裁集二七巻二号四二八頁二行目から四二九頁一行目まで〕)及び五(六頁四行目から九行目まで〔同上、四二九頁一一行目から一五行目まで〕)に示されているとおりである。

第三争点に関する当事者の主張

一  原審における当事者の主張

別紙原判決訂正等一覧表(1) ないし(9) に記載のとおり訂正等するほかは、原判決の事実及び理由中の「第三 争点に関する当事者の主張」欄一ないし三(六頁一〇行目から六八頁八行目まで(同上、四二九頁一六行目から四五九頁七行目まで))に示されているとおりである。

なお、原告は、当審において、争点1(原告主張の原告製品の特徴は原告の商品であることを示す出所表示機能を取得しているか、周知性を獲得しているか-商品表示性の取得・周知性の獲得の有無-)に関する主張を前示のとおり変更したが、原審における争点1に関する当事者の主張のうち前記<1>の点(原告製品が主として大学生等の単身者を販売対象とする家電製品であるという点)に係る部分は、同<2>の点(原告製品が従来家電製品にはほとんど用いられることのなかった濃紺色であるとの点)に係る部分及び争点2(被告製品と原告製品との間に混同を生じるか-出所誤認混同の可能性の有無-)に関する当事者の主張に関連する限度で、当審においても引用するものである。

二  当審における原告の主張

1  争点1(商品表示性の取得・周知性の獲得の有無)について

(一) 原告製品の商品表示

原告製品の特徴は、濃紺色の家電製品ということであり、これが原告製品の商品表示になっているのであるが、原告製品も家電製品の形状という点からいえば、それだけで他社製品と識別可能な特殊な形状をしているわけではない。他社製品と識別可能な特徴は「濃紺色」の色彩である。その意味では、原告製品に使用されている「濃紺色」こそが原告製品の商品表示である。

もとより、色彩は、商標と異なりそれ自体として一次的に自他識別機能を有するわけではないが、長年の使用等により二次的にせよ自他識別機能を取得した場合には、商品表示となり得るものである。

(二) 商品表示性の取得・周知性獲得の経緯

しかるところ、原告製品に使用された「濃紺色」は、以下の経緯により商品表示性を取得し、広く知られるところとなった。

(1)  原告は、原告製品の色彩を選択するにあたり、市場調査をし、消費者の購入傾向を詳細に検討した結果、あえて従来家電製品に使用されていなかった「濃紺色」(甲二六の色彩指定報告書記載の色彩で、原告において「トラッドブルー」と命名したもの)を採用し、その「濃紺色」一色で統一したシリーズ商品を集合展示という独特の販売方法をとって、販売することとした(甲四八)。

(2)  原告は、昭和五九年、「濃紺色」で統一した八品種一〇品番の家電製品(炊飯ジャー、ポット、コーヒーメーカー、ヘアドライヤー等)に「it′s」の名称を付したシリーズ商品、すなわち原告製品の製造販売を開始した。

もっとも、細かくいえば、原告製品のすべての部分が濃紺色ではないが、ほぼ全面が濃紺色に統一され、一般需要者には濃紺色の家電製品と認識されている。例えば、「赤い自動車」という表現がされる場合に、タイヤ、バンパーまで赤色ではないことと同様である。不正競争防止法にいう商品表示においては、同法の目的、趣旨から、この需要者の全体的認識こそ重視されるべきものであって、細部の相違に拘泥すべきものではない。

(3)  この「濃紺色」を採用した原告製品は、販売開始後間もない昭和六〇年には、既に同年一月五日付神戸新聞(甲二八の1・2)において「この『トラッド・ブルー』自体、明るさを第一にする家電商品の色彩の常識に真っ向から挑戦するものだ。」と紹介され、また、同年二月九日付読売新聞(甲第二九号証の1・2)でも「青色という色相も電気製品の色彩としては珍しい…」と紹介されていた。

(4)  原告は、その後も「濃紺色」で統一した原告製品の製造販売を継続し、平成五年には原告製品は二六品種三六品番の製品群となっているが、その色彩は販売開始当時と変わらぬ「濃紺色」である(甲二六、二七、四七、検甲一一の1、2の1・2、3、4~7の各1・2、8、一二の1、2の1・2、3、4~7の各1・2)。

(5)  そして、右の昭和五九年より平成五年までの間の原告製品の販売台数は合計約二八〇万台、売上高は合計約二八六億一三四一万円、その宣伝広告費は合計約七億〇六六二万円に及んでいる(甲六、七、九)。

(6)  以上のように、「濃紺色」の家電製品という原告製品の特徴は、その「濃紺色」という色彩が従来家電製品にはほとんど使用されることのなかった色彩であること、販売開始時より継続して同じ「濃紺色」を使用してきたこと、「濃紺色」はこれまで一〇年以上にわたり継続的に製造販売されてきた実積のある商品の色彩であることと、更には右のような多大の販売量、宣伝広告とあいまって、

<1> 昭和六三年には、原告の製品であることを示す出所表示機能(具体的に三洋電機株式会社の商品であるという趣旨ではなく、従来から「濃紺色」の家電製品を供給していた特定の者の商品であるとして他の商品から区別されればよい。)を獲得し、需要者たる主として大学生等の単身者に周知のものとなっていた。

<2> そうでないとしても、平成四年一二月三〇日付電波新聞(甲三一の1・2)において「トラッドブルー色(藍色)で知られる、三洋電機の独身者向けシリーズ商品『it′s』が誕生以来、来年十年目を迎える。生まれては消えるものが多い家電業界で、色もコンセプトも十年間変わらないシリーズ商品はこれまで例がないとのこと。…博報堂の調べによると、東京で一人暮らしをしている大学生に、このit′sについてたずねたところ、名称の認知率は五五・六%、写真を見たうえでの認知率は七八・一%、さらに大学入学直後の一年生については七五%が知っていたというから驚きだ。」と紹介されていること(つまり、「it′s」等の表示よりも、「濃紺色」の家電製品として知られていたこと)からも明らかなように、平成五年には周知性を獲得していたし、需要者である消費者(主として大学生等の単身者)の間で著名性をも獲得していたものである。

≪被告の主張に対する反論≫

(1)  被告は、色彩の独占使用は弊害が大きいこと(色彩の涸渇論)、色彩の単色使用は、既に存在する多くの色彩から何色を使用するかという選択の問題であって、創作、創造の観念を入れる余地はないことを理由に、濃紺色は、不正競争防止法で保護すべき商品表示たり得ない旨主張する。

しかしながら、本来なら顕著性を有しないような色彩であっても、二次的意味(セカンダリーミーニング)の獲得を通じて当該商品を特定し得ることは、他の商品表示、例えば記述的な文言の標章と同様である。しかも、前記のとおり、原告が採用した濃紺色は、家電製品には従来使用されたことのない色彩であるから、なおさらである。そして、本件商品表示たる濃紺色の色彩と肉眼で識別可能な色彩は多数存在し、顕著な識別力のある様々な色彩が利用可能であることや、そもそも、不正競争防止法による独占には周知性の要件が必要とされており、単に色彩を選択すれば当然に色彩を独占できるというものではないことに照らすと、被告主張の、有数である色彩の一つ一つを特定の者に独占されていくと、最後には使用できる色彩がなくなってしまうという「色彩の涸渇論」は、現実の商品市場における競業秩序を目的とした同法の解釈には適合しない理論である(色彩の涸渇論を否定したクオリテックス事件の米国連邦最高裁判所の判例〔甲四四の1・2の各1・2、3〕参照)。

また、不正競争防止法、商標法等の標識法の保護対象は、選択された標識であって、特許法等の創作法のように創作、創造を保護するものではない。確かに、不正競争防止法においても、創作、創造された標識(表示)は保護されやすいということはいえるが、当該標識(表示)が同法にいう商品表示として保護されるのは、それが創作、創造されたということからではなく、特別顕著性、出所表示力を獲得した標識(表示)であるからである。

(2)  被告は、商品は必ず形状を伴うものであるから、色彩のみが独立して存在することはないと主張する。

しかしながら、不正競争防止法でいう商品表示とは、商標法の商標に該当するところ、商標は、その使用する商品の形状に関係なく、商品の自他識別機能を有している。前記のとおり、色彩自体は商標と異なり、一次的に自他識別機能を有するものではないが、二次的意味(セカンダリーミーニング)を獲得した場合は、商標と同じ出所表示機能を有することになる。本件でいえば、原告製品も被告製品も、家電製品の形状という点からいえば、他社製品と識別可能なような特殊な形状ではない。他社製品と識別可能な特徴は濃紺色という色彩である。

(3)  被告は、原告製品と同じ型式(同一形状、同一機種、同一価格)で、色彩の異なる製品が存在することや、原告のit′sシリーズの製品には家電製品でない机、自転車等の製品が含まれていることにより、濃紺色の家電製品であることによる出所表示力は減退すると主張する。

しかしながら、商標、商品表示の出所表示機能とは、当該商標、商品表示を使用した製品はある特定の者を起源とする製品であると需要者が認識できる機能である。逆に特定の者の製品にはある特定の商標、商品表示が使用されなければならないということではない。濃紺色の家電製品は、原告製品であることを示す商品表示であるが、逆に原告の家電製品はすべて濃紺色でなければならないということにはならない。

仮に、被告の右主張が正しいのなら、二つの商標を全く同じ形態(同一機種)の商品に使用した場合は、その各商標の出所表示力は減退することになるが、そのような商標理論はあり得ない。右主張の誤りは、商標、商品表示のもつ出所表示機能(自他識別機能、特別顕著性)を具体的な特定の者の商品であると需要者等が認識する機能であると誤って理解したこと、すなわち具体的に三洋電機株式会社の製品であると認識することであるとの誤った考えに基づくものである。

本件でいえば、濃紺色の家電製品は、誰かは不明だが、ある特定の者を起源とする製品であると認識されればよいのであって、他の色の製品が同じ者の製品であると認識されるか否かとは関係がない。

2  争点2(出所誤認混同の可能性の有無)について

(一) 色彩の同一性ないし類似性

被告製品は、株式会社日本カラーデザイン研究所(以下「日本カラーデザイン研究所」という。)発行のカラースケール表(乙一-以下「カラースケール表」という。-)の「Gの色相五、トーンDgr」と、その右横の「Bの色相七・五、トーンのDgr」(一般名称は、後記原告製品の色彩と同じ「留紺」である。)との中間の色彩を使用している(甲二三、検甲一~六の各1・2の各1・2)。しかるところ、原告製品は、同表でいえば、「Bの色相一〇、トーンDgr」(留紺)である(甲二三)から、離隔的観察によれば、両者の色彩は同一、少なくとも極めて類似すると認識されるものである。

≪被告の主張に対する反論≫

(1)  被告は、新潟県工業技術センターがなしたプラスチック材料についての分光反射率測定結果(乙二一)のうち、修正マンセル表色系によれば、原告製品は「一・七PB 三・二/一・二」であるのに対し、被告製品は「七・〇B 二・一/〇・八」とされているとして、両者に差異があると主張する。

しかしながら、右分類をカラースケール表の作成者である日本カラーデザイン研究所において、同表に置き換えると、原告製品は「二・五PB/Dgr」、被告製品は「七・五B/Dgr」に相当し、両者は一つ離れた位置に位置付けされる極めて近似する色彩である(甲四一)。

(2)  また、同研究所がなした、現実の取引の際の肉眼による判別と同様の「視感測色による判定」(甲四〇)によれば、原告製品の色彩、すなわち本件商品表示たる濃紺色は、カラースケール表の「二・五PB/Dgr」であるのに対し、被告製品の色彩は「一〇B/Dgr」であり、同表上では隣に位置付けされる色彩である。そして、同判定は、一般消費者が右の二色について認識する場合、カラースケール表の全体像からみると、二つの色に違いがあると認識するよりも、類似していると認識すると思われるとし、右の二色を対比的に観察するのではなく、別々に隔離して観察するのであれば、同一色と認識し、混同してもやむを得ない色彩領域に属していると判断できるとしている(甲四〇)。

(3)  カラー・イメージ・スケールによる分析は、日本カラーデザイン研究所が開発した、色彩を心理的に差別化して個々の色彩の位置付け・整理を行なう方法であるが、多くの企業が採用し、参考にする商品デザイン分野では著名な分析方法である(甲四二の1~4、四六の1・2)。しかるところ、本件につき同研究所がなした、カラー・イメージ・スケールによる分析(甲三九の1~3、検甲九の1~3)は、原告製品と被告製品の色彩は「ともにややクールで非常にハードな領域に属し、その色のもつイメージは非常に近い。」等として、両製品の出所の誤認混同の可能性があることを示唆している。

(二) 需要者、販売方法の共通性

(1)  原告製品は、一般家庭用(ファミリー向け)家電製品と厳密に区別できないとしても、これと比較して小容量、コンパクトサイズであり、デザイン性、多機能性を有し、低価格に設定された主として大学生等の単身者向けの家電製品である。このことは、種々の一般雑誌(甲三五の1~5)でも、「ひとり暮らし用の製品」とか「パーソナル家電」とか呼ばれていることより明らかである。

そして、原告は、本件商品表示である濃紺色に統一した家電製品群を、いわゆるシリーズ(it′sシリーズ)製品として販売しており、実際の小売店舗における販売に際しても、毎年二月中旬から四月下旬ころまでの大学入学、就職、転勤等の時期に、単身者向けのシリーズ製品であることが消費者に分かりやすいように原告製品が一つのコーナーにまとめて展示販売されている(甲八)。このことは、平成六年二月一〇日初版発行の書籍「電機業界早わかりマップ」(甲二二)において、「毎年一月末から四月まで全国五五〇〇店あまりで集合展示が行なわれ、量販店の風物詩的存在になった。」と紹介されているところである。

(2)  被告製品も、いずれも、比較的小容量、コンパクトサイズであり、デザイン性、多機能性を有し、低価格に設定された主として大学生等の単身者向けの家電製品である。このことは、被告のカタログ(甲五)の「シンプルで始まる。友人とのつきあいも、生活も、自分らしくが、モットーです。」並びに「シンプルで始まる。とてつもなく自由だけど、何でも自分でやらなきゃ始まらない。だから、生活のアレコレ。今までのものは脱ぎ捨てて、新しいスタートを自分流にキメてみよう。」等の記載からも明らかである。

そして、個別的にみても、炊飯ジャー(イ号、ロ号物件)の容量も三合炊、五・五合炊とし、五・五合炊でも「お茶わん二杯分からおいしく炊けるからひとりの時も大満足。」とし、グリルパン(ホットプレート。ハ号物件)も「フライパンなしでも料理上手と言われる秘密。焼く、煮る、炒める、蒸す、保温する、ができてしまうから、フライパンも土鍋も、スキヤキ鍋も、いらないんだよね。今晩、スキヤキを作ってるこのグリルパンで、明日の朝はベーコンと目玉焼き作れるなんて、スゴイでしょ。」と多機能の単身者向けを強調しているし、コーヒーメーカー(二号物件)も、後始末が簡単なペーパーフィルター式を採用し、その容量も〇・四二リットルという小容量とし、電気保温ポット(ホ号物件)も容量1リットルという小容量としているのである。

また、被告も、被告製品を濃紺色に統一した家電製品群、いわゆるシリーズ(miシリーズ)製品として販売しており、実際の小売店舗における販売に際しても、原告製品と同時期(平成六年では一月中旬ころから)に、原告製品の販売方法と同じく、被告製品が単身者向けのシリーズ製品であることが消費者に分かりやすいように一つのコーナーにまとめて展示(集合展示)されて販売されている(甲八)。

(3)  しかも、平成六年三月二二日付写真撮影報告書(甲八)添付の写真から明らかなように、原告製品と被告製品が並べられて陳列されて販売されている。特に、右添付写真2-1では、最上方中央に付けられた原告製品のシリーズ名である「it′s」の看板の右下方に被告製品群が陳列されている。更に、同月二四日撮影の写真(検甲八の1~6)によれば、被告製品が「it′s」の看板の下で、該シリーズ専用の台の上に、原告製品と同様に陳列されている。右の各陳列態様は、仮に被告の関与しないことであるとしても、このような陳列を小売店が採用すること自体、両者が極めて類似した商品表示の製品であることを裏付けるものである。

(三) 需要者の原告製品購入動機

原告製品の主たる需要者、すなわち大学生を中心とした消費者の消費傾向、製品購入動機は、色彩等のデザイン性重視の傾向にあり、製品の機能性、安全性、堅牢性が重視されているとはいえない。このことは、昭和五九年から平成五年までの間の各年の「it′s愛用者カード分析」の結果(甲三八の1~8)により明らかである。

(四) 誤認混同の可能性

以上の諸事情(本件商品表示の周知性・著名性、離隔的観察によると両製品の色彩は同一、少なくとも酷似していること、販売方法の同一性等)からすると、原告製品と被告製品間で出所が誤認混同され、少なくともその可能性があることは明らかである。

なお、不正競争防止法二条一項二号(著名表示冒用行為)では、本件商品表示のように著名な商品表示においては、出所の誤認混同要件が要求されていないことを考慮すると、本件は両製品間の出所の誤認混同の可能性があることが優に認定されるべき事案である。

三  当審における被告の主張

1  争点1(商品表示性の取得・周知性の獲得の有無)について

(一) 商品表示性

(1)  原告は、従来、原告製品の商品表示を、<1>主として大学生等の単身者を販売対象とする家電製品、<2>色彩が濃紺色である家電製品としていたのを、当審において、右<2>のみを商品表示とするとしてその主張を変更した。このことは、一面で原告製品の商品表示から「単身者用」という曖昧な概念を排斥しようとしたものではあるが、他方右除外により、不正競争防止法の保護を求める範囲を「家電製品」一般に拡大したことを意味し、極めて危険な主張の変更である。すなわち、従前、原告が同法の保護を求めていたものは、「『家電製品』の中で『濃紺色』を使用したもので、かつ、『単身者』を対象として販売する製品」に限定されていたが、商品表示に関する主張を変更したことにより、原告が同法の保護を求めている範囲は「濃紺色を使用した家電製品」すべてとなった。かかる商品表示のもとで原告に同法の保護が与えられるとすれば、濃紺色もしくはこれに近い色彩を用いた家電製品を製造しているメーカーのすべての製品が差止めの対象となる。場合によっては、原告が製造していない家電製品ですら差止めの対象となることになり、その弊害、影響は測り知れないものとなる。

(2)  色彩の涸渇論は、極めて現実的な理論であり、単色使用に独占権を与えることの弊害を見通した理論である。すなわち、原告が主張する周知性獲得の条件、一〇年間で合計約二八〇万台、売上高は約二八六億円余りを一〇から三六品番の製品群で行なった販売実績と約七億円余りの宣伝広告費で、家電製品における単色(ちなみに、カラースケール表によれば色彩における単色は一〇九三色にとどまる。)の使用を独占できるのであれば、他の大手家電メーカーもその販売力と資金力を背景に、自らの権益の確保のために色彩の独占に乗り出すであろう。その結果、色彩はたちまち大手家電メーカーに独占され、一〇年を経ずして後発メーカー、中小メーカーが使用できる色彩は涸渇してしまうことになり、新規参入者の市場参入を妨げることになるであろう。それは、業界からは公正な競争秩序を奪い、国民からは色彩から受ける生活の豊さ、うるおいを奪うことになる。その上、誤認混同のおそれがあるとして、色彩の独占の範囲を類似色にまで広げ(不正競争防止法の適用、解釈からすれば、当然、類似色にその独占を及ぼさなければならなくなる。)、大企業の独占する色の範囲は極めて広範囲になり、その結果、他の家電メーカーの家電製品のカタログ(乙五の一~21、乙三五の1~5、三六、五一、五五~五九)を見てもわかるように、各社で販売している濃紺色系統の家電製品はすべて販売を中止せざるを得なくなり、その社会的影響は深刻である。

(3)  しかるところ、原告は、米国におけるクオリテックス事件の連邦最高裁判所の判例では色彩の涸渇論は否定されたとし、右判例を我が国の不正競争防止法に置き換えると、色彩(単色)の商品表示性を認めたものである旨主張する。

しかしながら、右判例の要旨は、業務用クリーニング店向けのプレス・パッドという特定の商品の色彩(しかも、グリーンコールド色という日常あまり見かけない色)に関する事案について、米国の法制度において単色が商標として登録されることを肯定した点にあるにすぎず、単色であって、日常的に使用される色彩に商品表示を認めたものではない。しかも、我が国の商標法(平成八年法律第六八号による改正前のもの)二条一項、意匠法二条一項は、色彩そのものが単独で商標、意匠となることを予定しておらず、色彩が単独で商標登録、意匠登録されることはない。したがって、右米国連邦裁判所の判例は、何ら我が国の商標、意匠の解釈の指標となるものではないし、まして、不正競争防止法上の解釈の参考になるものではない。

(4)  原告が原告製品として主張しているit′s製品の中には、どのような意味においても「家電製品」とはいえない机、椅子、ベッド、収納ハンガーブース、パーティションハンガー、ハンガーラック、カウンターテーブル、カウンターチェア、マウンテンバイク、シティーサイクル、システムバック、ミラースタンド、チェスト、レンジラック等が含まれている(甲四)。そして、後記のように、原告は、原告製品の周知性を基礎づける販売数量、販売金額について、これら家電製品といえない製品の販売数量、販売金額を組み入れている。原告がit′s製品を背景として主張を維持する限り、本件商品表示を「家電製品」とすることは事実に反する。

(二) 周知性

(1)  社団法人日本電気工業会が編集発行した「日本の電機産業・平成四年」(乙四七)によれば、原告製品と被告製品に共通してある電気釜の平成三年度の生産台数と金額はそれぞれ約七一五万台、約八三七億円になる。しかるところ、it′s製品全体の販売実績の二八〇万台は、電気釜一品種の平成三年度国内市場規模約七一五万台の約三九%以下であり、it′s製品全体の売上高の約二八六億円は電気釜の平成三年度一年間の市場規模八三七億円の三四%にすぎない。これが一〇年間で、しかも八~二六品種の製品によってつくられた販売数量、販売金額であることを考慮すると、これをもって大量の販売実績とすることはできない。

また、日経広告研究所が編集発行している「広告白書・平成六年版」(乙四八)と原告提出の宣伝広告報告書(甲七)によれば、<1>新聞広告費では、原告が周知性を獲得したという昭和六三年は、家電・AV(音響・映像)機器業界全体で三一五億五〇〇〇万円であるのに対し、it′s製品は一三一万七〇〇〇円と、わずか〇・〇〇四%にすぎない。平成五年でも家電・AV機器業界全体で一九九億六〇〇〇万円であるのに対し、it′s製品は八二五万円と、わずか〇・〇四%にすぎない。<2>雑誌広告費では、昭和六三年は家電・AV機器業界全体で一八九億三〇〇〇万円であるのに対し、it′s製品は一二九〇万二〇〇〇円と、わずか〇・〇七%にすぎない。平成五年でも家電・AV機器業界全体で一五六億七〇〇〇万円であるのに対し、it′s製品は七二七三万円と、わずか〇・四六%にすぎない。<3>テレビ広告費では、昭和六三年は家電・AV機器業界全体で九六七億五〇〇〇万円、平成五年は六〇一億四〇〇〇万円であるのに対し、it′s製品はいずれの年も〇円である。<4>ラジオ広告費では、昭和六三年は家電・AV機器業界全体で四三億二〇〇〇万円、平成五年は三二億三〇〇〇万円であるのに対し、it′s製品はいずれの年も〇円である。

したがって、国内市場における、it′s製品の販売実績(数量・金額)、宣伝広告費は極めて少ないといわざるを得ず、原告製品の大量販売、多大の宣伝広告費及び長年の本件商品表示の使用の結果、周知性を取得したとの原告の主張は失当である。

(2)  原告は、本件商品表示である「濃紺色の家電製品」は、需要者には周知、著名となっている旨主張する。

しかしながら、「著名性」は不正競争防止法二条一項一号の要件である「周知性」に比べ、はるかにその認知の程度は高度なものでなければならないところ、戦後の流行色の変遷を特集し、家電製品の流行色を体系的かつ客観的に追跡した、社団法人日本流行色協会発行の雑誌「流行色」一九九三年七・八月号(乙三九)によれば、家電製品の流行色もしくは話題色としては、アーモンド家電(シャープ)、モノトーン家電(松下)、アボカドグリーン家電(シャープ)、パステル家電(日立)、石目調家電(シャープ)が取り上げられているが、原告製品の濃紺色は取り上げられていない。したがって、原告製品の濃紺色は、業界では原告が主張する程には注目を集めておらず、その認知の程度も「著名性」はおろか「周知性」を獲得した程度には認知されていないといわざる得ない。

2  争点2(出所誤認混同の可能性の有無)について

(一) 色彩の差異

被告は、分光反射率を測定してそれを修正マンセル表色系及びXYZ表色系で表わしたもの(乙二一)に基づいて、原告製品と被告製品の色彩の差異(客観的な色彩の差異)を既に立証している。

これに対し、原告は、カラー・イメージ・スケール分析(甲三九の1~3)とか判定者の視感に頼った判定(甲四〇)といった感覚的な視点で色彩の類似性を判断しているにすぎない。すなわち、カラー・イメージ・スケール分析は、これまで全く問題にされたこともない「カタログの大きさ」や「共通に使用されている普通名詞の一語」を取り上げてこれを類似の判断材料とするなど、極めて恣意的な判断としかいいようのないものである。また、「視感的測色」とは、機械を用いた判定ではなく、人の目で直接、測色用カラーチャート(日本カラーデザイン研究所が開発・製作したマンセル表色系に基づく色相分割の一〇九三色からなるもの)の色票の中から、各サンプルに最も近い色票を選択する方法であり(甲四〇)、専ら判定者の主観によるものであり、客観性の担保は存しない。

本件は色彩の類似性(客観的な色彩の差異)を争点としているのであり、色彩のイメージの類似性を争点としているのではない。したがって、原告が援用する、色彩のイメージによる分析は全く意味を持たない。

(二) 家電製品の販売方法・需要者の家電製品購入動機

家電製品の量販店やスーパーの家電製品売場は、同系統色の製品でまとめられたテレビ売場、ビデオ売場、ラジカセ売場、エアコン売場、冷蔵庫売場、洗濯機売場等で構成されている(乙五四)。しかし、かかる売場で各メーカーの製品がいわば一堂に集められて販売されていても、色彩による誤認混同という事態は起こっていない。このことは、家電製品の色彩はデザインの一つの要素であるが、それだけが出所を表示するものではないこと、耐久消費財である家電製品において、例外なく出所表示機能を発揮する最大のものは、製品の安全性、堅牢性を確認する目安となるメーカー名も含めたブランドであるという認識が、現実の需要者(消費者)の認識であることを示している。

ちなみに、中小企業事業団が企画し、三和銀行系のシンクタンクである株式会社三和総合研究所が調査を実施、集計、分析した平成五年度のアンケート調査(東京四〇km圏内、大阪三〇km圏内、札幌市、仙台市、広島市、福岡市に居住する一五~六九歳の男女を層化二段無作為抽出法〔一地点二〇名、合計一五〇地点〕により調査対象となった三〇〇〇名のうち有効回収数二一五三)の結果(乙四九)によれば、「家電製品を購入する際重視する点」として、「耐久性」をあげる人は二九・二%、「安全性」をあげる人は一一・七%、「ブランド」をあげる人は一九・四%もいるのに、「色・柄」をあげる人は三・九%にすぎない。

(三) 原告製品と被告製品との差異(まとめ)

両製品には、次のような差異が存し、また、出所が明確に示されているから、両者が誤認混同されるおそれはない。

(1)  両者の製品の形態が全く異なる(原判決別紙「製品対照表」参照)。

(2)  両者の各製品の呼称が全く異なる(前同)。

(3)  両者の製品のシリーズ名「it′s」と「mi」とは全く異なる。

(4)  両者の各製品に出所を示すメーカー名「SANYO」、「TWINBIRD」が入っている(乙一九の1~6の各A・B)。

(5)  両者の包装箱にもシリーズ名、メーカー名が印刷されている上、両者の包装箱のデザイン、色彩が全く異なる(甲八の添付写真1-2、1-3)。

(6)  両者のカタログ、取扱説明書、保証書には製品名、メーカー名、シリーズ名、メーカーの住所、電話番号も印刷されている(甲四、五、乙三の1~7、四三、四五、四六)。

(7)  両者の製品は決して安くない価格であり、購入者は堅牢性、安全性を問題にして購入するため、常にその出所を確認している(甲四、五、乙四九、五四)。

(8)  両者の製品の色は、別系統の色に属すると評価されるほど、異なっている(乙二一、二二の1・2、三三)。

(9)  両者の製品の色名「トラッドブルー」と「ブラックグリーン」は全く異なる。

第四争点1(原告主張の原告製品の特徴-色彩が濃紺色である家電製品-は原告の商品であることを示す出所表示機能を取得しているか、周知性を獲得しているか)についての当裁判所の判断

一  色彩の商品表示性について

原告は、原告製品の特徴、特にそこで使用されている「濃紺色」が原告製品の商品表示である旨主張するところ、一般論としては、単一の色彩であっても、特定の商品と密接に結合しその色彩を施された商品を見たりあるいはその色彩の商品である旨の表示を耳にすれば、それだけで特定の者の商品であると判断されるようになった場合には、当該商品に施された色彩が、出所表示機能(自他識別機能)を取得しその商品の商品表示になっているということができ、その可能性のあることは否定できない。

しかしながら、色彩は、古来存在し、何人も自由に選択して使用できるものであり、単一の色彩それ自体には創作性や特異性が認められるものではないから、通常、単一の色彩の使用により出所表示機能(自他識別機能)が生じ得る場合というのはそれほど多くはないと考えられる。また、仮に、単一の色彩が出所表示機能(自他識別機能)を持つようになったと思われる場合であっても、色彩が元々自由に使用できるものである以上、色彩の自由な使用を阻害するような商品表示(単一の色彩)の保護は、公益的見地からみて容易に認容できるものではない。こうした点からすれば、単一の色彩が出所表示機能(自他識別機能)を取得したといえるかどうかを判断するにあたっては、その色彩を商品表示として保護することが、右の色彩使用の自由を阻害することにならないかどうかの点も含めて慎重に検討されなければならない。また、商標法や意匠法において、一般に、色彩は、文字、図形、記号等と結合して(商標法二条一項)、あるいは物品の形状、模様等と結合して(意匠法二条一項)、商標(商品商標)や物品の意匠になると考えられていることも考慮されなければならない。

そうすると、単一の色彩が特定の商品に関する商品表示として不正競争防止法上保護されるべき場合があるとしても、当該色彩とそれが施された商品との結びつきが強度なものであることはもちろんとして、<1>当該色彩をその商品に使用することの新規性、特異性、<2>当該色彩使用の継続性、<3>当該色彩の使用に関する宣伝広告とその浸透度、<4>取引者や需要者である消費者が商品を識別、選択する際に当該色彩が果たす役割の大きさ等も十分検討した上で決せられねばならず、それが認められるのは、自ずと極めて限られた場合になってくるといわざるを得ない(これを前提とすれば、いわゆる「色彩の涸渇」の点は必ずしも大きな問題になるものではないと考えられる。)。

二  原告製品が濃紺色の家電製品であることが原告の商品であることを示す出所表示機能を取得しているか否かについて

1  「濃紺色」と原告製品との結びつき

原告が商品表示であるという「濃紺色」は、元々、シリーズ商品である原告製品の色彩として採用されたものであるが、「濃紺色」と原告製品の結びつきの点に関しては、以下のような問題がある。

(一) 同一機種で他色を使用した原告家電製品の存在

(1)  原告が製造販売する家電製品の中には、原告製品と同一機種でありながら「濃紺色」以外の色を使用した製品がある。すなわち、証拠によれば、<1>原告製品に属するマイコン式ジャー炊飯器四合炊き(ECJ-S4M。検甲第二号証の1の1・2)、ジャー炊飯器三合炊き(ECJ-SA3)とそれぞれ全く同一の機種でありながら、色彩を異にする(前者では白色、後者では白色及びマニッシュグレー)だけで原告製品に属しない製品が存するほか(乙第四三号証)、原告製品に属するマイコン式ジャー炊飯器四合炊き(ECJ-S4M)と全く同一の消費電力・寸法・重量・容量(四・〇合)でありながら、価格が二〇〇〇円違うだけで原告製品に属しない製品(ECJ-DOS2)が存すること(甲第三四号証)、<2>原告製品に属するコーヒーメーカー(SAC-R7)と同一の機種でありながら、色彩を異にする(ダークグリーン)だけで原告製品に属しない製品が存するほか(乙第四三号証)、原告の製造販売するコーヒーメーカーは、原告製品以外の製品(四機種)でもすべて容量が原告製品に属する右機種(SAC-R7)と同じ五カップであり、そのうち一機種(SAC-FJ5)は重量も同じ一・八kgであること(甲第三四号証)、<3>原告製品に属するオーブンレンジ(EMO-V4)と同一の機種でありながら、色彩を異にする(ソフトグレー)だけで原告製品に属しない製品が存し、原告製品に属するオーブントースター(SK-BY2)と同一の機種でありながら、色彩を異にする(ライトグレー)だけで原告製品に属しない製品が存すること(乙第四三号証)、<4>原告製品に属する蛍光灯スタンド(KS-EA2717、KS-2710)と同一機種でありながら、色彩を異にする(前者についてはグレー、後者についてグレー、ブラック及びベージュ)だけで原告製品に属しない製品が存すること(乙第四四号証)、<5>原告製品に属する冷蔵庫の容量は一〇六リットル(SR-11NH)と八五リットル(SR-9DH)であるが(甲第四号証)、右機種(SR-9DH)と同一機種でありながら、色彩を異にする(ロフトグレー)だけで原告製品に属しない製品が存すること(乙第四五号証)が認められる。

右のとおりマイコン式ジャー炊飯器四合炊き、ジャー炊飯器三合炊き、コーヒーメーカー、オーブンレンジ、オーブントースター、蛍光灯スタンド、冷蔵庫については、原告製品に属する製品と同じ機種でありながら、濃紺色以外の色彩が施されている製品が存在する。

(2)  原告は、同一機種で濃紺色以外の色彩を施した製品は、原告製品と厳格に区別して販売されているので、右のような他色を施した製品の存在は「濃紺色」の出所表示力を弱めるものではない旨主張するが、同一機種でありながら、原告製品に属するものと属しないものがあることは、「濃紺色」の製品もいろいろな色彩の製品の中の一つという印象を与えることは否定できず、同一機種につき一種類の色彩(「濃紺色」)のみが使用されている場合に比べれば、「濃紺色」という色彩の出所表示力が減退することは否定できないといわざるを得ない。

(3)  もっとも、原告は、同一機種でありながら、原告製品に属するものと属しないものがあることをもって、濃紺色という色彩の出所表示力が減退されるのなら、二つの商標を全く同じ形態(同一機種)の商品に使用した場合は、その各商標の出所表示力は減退することになるが、そのような商標理論はあり得ない旨主張する。

しかしながら、元々、出所表示機能(自他識別機能・特別顕著性)が認められて登録された登録商標が特定の商品に使用されている場合と、元来出所表示機能を有しない単一の色彩が施されているにすぎない場合を同様に考えることはできず、原告の右主張は、たやすく採用できない。

(二) 「濃紺色」と同系統色使用の原告家電製品の存在

原告が製造販売している家電製品の中には、原告製品に属しないにもかかわらず、ダークブルーの除湿冷風機、ダークブルー・ロイヤルブルーの扇風機、ディープブルーのアイロン・ドライヤー・カールドライヤー・浄水器、ロイヤルブルーのクリーナー、ダークブルー・ブルーのシェーバーなど、濃紺色系の色彩を施した製品が多数存在する(乙第三四号証の1~5)。この事実は、原告製品の「濃紺色」の出所表示機能の取得、維持を考える上では負の要因であるといわざるを得ない。

(三) 原告製品中の家電製品以外の製品の存在

原告製品の中には、自転車(シティサイクル、マウンテンバイク)、デスク、チェアー、ベッド等が含まれており、「it′sシリーズ」の名のもとに販売されている(甲第四号証、弁論の全趣旨)。右各製品は、どのように見ても家電製品とはいえないから、対象商品のこのような構成の仕方も、原告製品の濃紺色の「家電製品」と特徴づけるという面からみれば、負の要因であるといわざるを得ない。

(四) 原告製品における黒色の混在

(1)  原告製品は、必ずしも製品全体が濃紺色一色に彩色されているわけではない。平成六年の原告製品に限っても、マイコン式ジャー炊飯器四合炊きでは把手や中央のスイッチ部分、ジャー炊飯器三合炊きでは把手、クックプレートでは蓋のつまみや縁、コーヒーメーカーでは水タンク、サーバーの把手、ジャー式ポットでは把手、蛍光灯スタンドでは支柱など目立つ部分に黒色が使用されている(甲第4号証、乙第九号証の1~6、検甲第一号証~第六号証の各1の1・2)。

(2)  この点について、原告は、原告製品のすべての部分が濃紺色でないことを認めながら、ほぼ全面が濃紺色に統一され、一般需要者には濃紺色の家電製品と認識されているとした上で、例えば赤い自動車と表現されている場合に、タイヤ、バンパーまで赤色でないことと同様であると主張するところ、一般論としては、右のような論が成り立ち得るとしても、原告製品の中には、黒色部分が「タイヤ」、「バンパー」部分のみならず、いわば車体に相当する主要部分に及んでいるというべきものも含まれている。

(3)  また、原告は、黒色を施したのは原告製品の色彩の基調たる濃紺色(トラッドブルー)をより際立たせるためであり、肉眼で原告製品を見た場合、黒色の部分は目立たず、濃紺色単色との認識となるのであるとも主張するが、黒色が濃紺色を際立たせるとの主張自体複数の色の組合せを主張することに帰するし、肉眼で原告製品を見た場合、黒色の部分は目立たず濃紺色単色との認識となるともいい難い。

2  色彩の新規性

(一) 原告は、家電製品に「濃紺色」を使用したことの新規性を強調する。前示原告が「濃紺色」を採用するに至った経緯(甲第四八号証)や原告が援用する新聞記事(原判決一五頁末行から二二頁九行目まで(同上、四三四頁六行目から四三七頁八行目まで)・甲第二八号証~第三二号証の各1・2)等のことを考慮すれば、原告の右主張も理解できないものではない。

(二) しかしながら、「濃紺色」自体は、格別、特殊な色ではなく、従来から広く親しまれた色彩であるし、原告製品に使用されている「濃紺色」と同一ではないにしても、これに近い色彩が、原告製品の販売前に家電製品に使用された例がないわけではない。すなわち、株式会社東芝は、昭和五六年、「独身気分 sinlge spirits 男の調理器具 クックコンポ」のキャッチフレーズのもとに、原告製品の濃紺色に近いブルーに彩色したコーヒーメーカー(七七〇〇円)、オーブントースター(六九八〇円)、トースター(四九〇〇円)、電気ポット(四七八〇円)、電気コンロ(二五八〇円)、電気釜(七八〇〇円)の六種の製品を発売した(乙第七号証)。但し、クックコンポシリーズ製品における右色彩の使用は昭和五七年までである(甲第二四号証、第二五号証の1~4)。

(三) このように、株式会社東芝が、昭和五六年には既に原告製品の濃紺色に近いブルーに彩色したクックコンポシリーズ製品を発売していたほか、現在では、我が国の大手家電メーカーの多くが、自社製品の一部に原告製品の濃紺色に近い色彩を採用しており(乙第五号証の1~21、第三五号証の1~5、第三六号証、第五一号証、第五五号証~第五九号証、検甲第一〇号証の1、2)、特に松下電器産業株式会社は、原告製品と同様に濃紺色をトラッドブルーと名付けでいる(乙第三六号証)。また、株式会社日立製作所の「マイン(Mine)シリーズ」(単身者向け家電製品)は、濃紺色に近いラベンダーブルーに彩色されている(乙第五一号証、検甲第一〇号証の1、2)。

3  「濃紺色」の継続使用と原告製品の販売状況

(一) 原告は、「濃紺色」の継続使用を主張し、その裏付けとして、当審において、昭和六二年、昭和六三年、平成二年、平成四~六年、平成八年の原告製品(甲四七、検甲一一の1、2の1・2、3、4~7の各1・2、8、一二の1、2の1・2、3、4~7の各1・2)を提出した。これによれば、右主張は無碍に排斥し難いものがあるというべきである。

(二) しかしながら、原告製品のカタログ、雑誌・新聞広告、ポスター、看板物、電照広告、販促資料、商談資料、店頭展開マニュアル等の各種宣伝広告媒体物(甲第一〇号証、第一一号証の1、第一二号証の1・2、第一二号証の3の2、第一三号証の1・3、第一四号証の1~4、5の2、第一五号証の1~4、6、第一六号証の1、2の2・3、3~5、6の2、第一七号証の1~4、5の4、6~8の各2、第一八号証の1・2の各2、3~14、15~19の各2、第一九号証の1・3の各2、4~26、27の2、28の3、29の2、31~35、第二〇号証の1・2の各2、3~10、13~15、16・17の各2、18の3、19の2、21~31、第四五号証)によってみる限り、被告が、原告製品の形態及び色彩は、昭和五九年の発売以来現在まで相当程度変遷を重ねているというのも理由のないことではない(乙第一一号証、第一二号証の1~10、第一三号証の1~8)。

(三) 原告は、右の点につき、証拠方法として提出されたカラーコピーは、原本であるカタログ等の色彩を忠実に再現するとはいえないし、しかもカタログ等に掲載された製品の色彩は現実の製品の色彩と若干異なることがあるから、カタログ等に掲載された製品の色彩を比較するのは意味がないと主張する。確かに、カラーコピーが必ずしも原本を忠実に再現するものとはいえず(甲第三七号証)、カタログ等に掲載された製品の色彩が現実の製品の色彩と若干異なることはあり得ることである。しかしながら、右のような多数の資料によって原告製品の色彩の変遷が認められることからすると、これをすべてカラーコピーの再現性の問題やカタログ等の色彩と現実の製品の色彩とのズレをもって説明してよいかどうか疑問であるのみならず、取引者や需要者の中にはカタログ等を通じて原告製品の色彩を認識する者もあると考えられることを考慮すると、右カタログ等によって示されている色彩の変遷を原告製品における「濃紺色」の出所表示力を判断する上で無視することはできない。

(四) また、原告製品は、毎年二月中旬頃から四月下旬頃までの大学入学、就職、転勤等の時期に、単身者向けのシリーズ製品であることが消費者に分かりやすいように一つのコーナーにまとめて展示(集合展示)して販売されることが多いが、右の時期以外の時期には、各製品が単品でファミリー用の他社製品と一緒に同じコーナーにおいて、特に単身者向けのシリーズ製品であることを示さないで展示販売されることも多い(甲第八号証、第二〇号証の1の2、第四八号証、乙第一七号証、第一八号証、弁論の全趣旨)。したがって、原告製品のこのような販売方法は、右の時期以外においては、その出所表示力の取得、維持の面からいえば負の要因になるといわざるを得ない。

4  原告製品識別、選択の動機

(一) この点につき、原告は、原告製品の主たる需要者、すなわち大学生を中心とした消費者の消費傾向、製品購入動機は、色彩等のデザイン性重視の傾向にあり、製品の機能性、安全性、堅牢性が重視されているとはいえない、このことは、昭和五九年から平成五年までの間の各年の「it′s愛用者カード分析」の結果(甲三八の1~8)により明らかであり、原告製品が「濃紺色」で統一されていることが、原告製品を識別、選択する上での大きな動機付けになっている旨主張する。

(二) 確かに、現在では、家電製品の機能性、安全性、堅牢性等は一般的に向上し各社の製品間にそれ程大きな差がみられなくなっていると考えられることを考慮すると、原告が色彩等のデザイン重視の傾向にあるという点には、一応、もっともなところがあると思われる。

しかしながら、右分析の結果は、it′s製品の包装箱の中に同梱されている「it′s商品ご愛用者カード」(甲第二〇号証の20の2、乙第五〇号証)の回答を集計結果を原告において整理したものであると推認されるが、そうだとすれば、当然、it′s製品を購入もしくは使用した者からの回答を集計したものであり、it′s製品を購入もしくは使用したことのない需要者層は対象となっていないと考えられること、また、右カードにある「魅力を感じられる点は」という設問の選択肢には「カラー」、「カタチ・デザイン」、「機能」、「手頃な価格」、「シリーズとしてそろっている」、「個性的」、「その他」七つしかなく、安全性、堅牢性はそもそも選択肢に入っていないこと(甲第二〇号証の20の2、乙第五〇号証)、更には、被告が指摘する家電製品の量販店やスーパーの家電製品売場においては、同系統色の製品でまとめられたテレビ売場、ビデオ売場、ラジカセ売場、エアコン売場、冷蔵庫売場、洗濯機売場等で構成されていること(乙第五四号証)及び中小企業事業団が企画したアンケート調査の結果(乙第四九号証)を併せ考慮すると、カラーすなわち原告製品が「濃紺色」であることが原告製品を識別、選択する上で大きな動機付けとなっているとする原告の右主張はたやすく採用できない。

(三) そして、原告製品の多くは、耐久消費財である家電製品であって、その価格は、低いものの中には一万円以下ないし一万数千円程度のものもあるが(甲第四号証、第三四号証)、数万円台の洗濯機、オーブンレンジや一〇万円近いテレビ、一〇万円を超えるワープロ等もあって(甲第四号証)、決して低廉なものばかりではないのであるから、消費者がその色彩のみに着目して製品を識別、選択して購入するとは考えられず、実際に小売店舗において製品を手に取り、製品の機能性、安全性、堅牢性について自分自身で他の製品と比較検討したり、それがどのメーカーの製品であるかを確認したうえで製品を選択し購入するのがむしろ通常であると考えられる。現に、原告製品には、目につきやすい個所に原告製品のシリーズ名である「it′s」及び原告の商号の英文による略称である「SANYO」の表示が付されており(検甲第一号証~第六号証の各1の1・2)、こうした表示が原告製品を識別、選択する上で大きな働きをしていることは否定できないというべきである(ちなみに、被告製品についても、同様に、目につきやすい個所に被告製品のシリーズ名である「mi」及び被告の商号の英文による略称である「TWINBIRD」の表示が付されている〔検甲第一号証~第六号証の各2の1・2〕。)。取引者については、なおさらのこと、製品の色彩のみによって製品を識別して取引をするとは考え難い。

(四) なお、社団法人日本流行色協会発行の「流行色」一九九三年七・八月号(乙第三九号証)は、戦後の我が国の各分野の流行色を特集しているが、そこでは、家電業界での流行色又は話題色として、アーモンド家電(シャープ)、アボカドグリーン家電(シャープ)、パステル家電(日立)、モノトーン家電(松下)、石目調家電(シャープ)が取り上げられながら、原告製品の濃紺色は取り上げられていない。

5  総括

以上にみてきたところを総合考慮し、消費者が、その色彩のみに着目して家電製品を識別、選択して購入するということは、通常考え難く、一般的には、製品の機能性、安全性、堅牢性のほか、どのメーカーの製品であるか等の点も確認したうえで製品を選択し購入するものと考えられることに照らすと、原告製品が濃紺色の家電製品であるという点が、「SANYO」及び「it′s」の表示とは別に、独立して原告の製品であるとの出所表示機能を取得するに至っているとは認められず、原告製品の「濃紺色」がその商品表示となっているとはいえない。

第五結論

以上によれば、原告主張の原告製品の特徴(原告製品が濃紺色の家電製品であること)は、原告の商品であることを示す出所表示機能を取得するに至っているものとは認められないから、これを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由のないことが明らかである。

したがって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野茂 高山浩平 長井浩一)

別紙「原判決訂正等一覧表」<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例