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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)3021号 判決 1997年3月28日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金一一七三万六六四三円及びこれに対する平成五年一〇月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因について

請求原因1(当事者)、同2(本件契約)、同3(本件解除)の事実及び同4(二)(不法行為責任)の事実のうち被控訴人がニチイに対し控訴人の商品を低価格で販売したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件解除及び取引停止について

1  前記当事者間に争いがない事実及び《証拠略》によると、以下のとおり認定・判断することができる。

(一)  被控訴人は、株式会社アロインス大阪の商号で、本件契約に基づき、専ら控訴人からアロインス商標の商品の継続的な供給を受けて、卸売販売を行ってきた。売上高は昭和六三年度から平成四年度まで年商一億五三〇〇万ないし一億八八〇〇万円程度であった。被控訴人は、従前、全国量販店のニチイグループの仕入を担当していたAZ商事を通じてニチイグループに商品を供給してきたが、平成二年、ニチイグループが地区毎に仕入れをするようになって以後、近畿、関東、中国、四国のニチイと取引を行っていた。北海道ニチイ及び九州ニチイは、他の販社が取り引きし、東北ニチイには、アロインス化粧品中央販売から株式会社タナカセイを経由して、熊長本店が商品を供給していた。

(二)  被控訴人は、商品名アロインスオーデクリーム(小売価格一八〇〇円)を控訴人から五七六円で仕入れてニチイに卸売単価一一七〇円で販売していたところ、平成五年二月初め頃、石井からニチイ創業三〇周年記念として右商品を一四四〇円で小売販売したいから、ニチイのマージン三〇パーセントを控除して卸売価格を一〇〇八円にしてほしい旨の申し入れを受けた。

(三)  被控訴人代表者福井幸生(以下「福井」という。)は、猿谷に対し、ニチイの右意向を伝えたところ、同人から小売価格は一五〇〇円を割らないでほしいとの要望があった。しかし、その当時、オーデクリームは実際には九八〇円、一二〇〇円、一五〇〇円など様々な価格で売られており、福井は、右のような市場の実勢からするとニチイのいう一四四〇円は変更できない旨を伝えたが、猿谷はやはり一五〇〇円を割らないでほしいということであった。そこで、石井から直接、猿谷に電話で同様の申し入れをして、市場の価格が乱れているのでこれを一律に一八〇〇円に直すのであればニチイも一八〇〇円で売るが、そうでなければ一四四〇円で売ると述べ、後日返事をもらうことになったが、回答はなかった。

(四)  そこで、被控訴人はニチイにオーデクリームを一〇〇八円で卸し、ニチイは同年三月一日からこれを一四四〇円で小売りし始めた。控訴人は、当然、直ちに右状況を把握できたはずであるが、これに対して特に抗議や申し入れなどをしなかった。また、四月一五日には控訴人の主催する販社会議が開かれたが、翌年からの販社一本化などの流通機構の改善や販売促進方策などについての協議がされただけで、被控訴人のニチイへの卸売価格切り下げについては、話題になった形跡がない。なお、オーデクリームの控訴人からの出荷価格は、四月二一日から五九四円になった。

(五)  ところで、ニチイ近畿事業部のテリトリーは近畿二府四県であったが、ニチイグループ各社の仕入れでは、オーデクリームのような全国定番商品については、ニチイ本部(近畿事業部を含む)との間で決められた仕入価格は、特に現地仕入れ分として地域の商品番号にしない限り、全国のニチイグループ各社の仕入価格も当然にその価格になるような仕組みになっていた。福井は、そのような仕組みをあらかじめ知っていたが、石井との間で一〇〇八円の仕入価格を取り決めるにあたって特段の措置を取らなかったため、右仕入価格が、他の販社の取引先である東北ニチイの仕入価格にも波及することとなった。

(六)  東北ニチイには、前記のように、熊長本店が、オーデクリームを株式会社タナカセイから九〇〇円で仕入れて一一七〇円で卸売りしていたが、五月になって、卸売価格が一〇〇八円に下がっていることに気付いた。熊長本店は、このような全国量販店への卸売価格はメーカーが本部と取り決めているものと認識していたので、五月一七日、控訴人の東北支社に対して、連絡なしに卸売価格を切り下げたことを強く抗議するとともに、粗利益が二七〇円から一〇八円に減少したことについて、利益補償をするように要求してきた。ちなみに、流通業界では、メーカーがスーパーなどへの納入価格を下げた場合には、下がった分について納入業者に利益補償をするのが常識になっており、熊長本店もそのような認識から右の利益補償を求めたものである。なお、熊長本店は、東北地方の業界における有数の有力な卸売商である。

(七)  そこで、同年五月二一日、猿谷は森浦営業次長(以下「森浦」という。)と共に、被控訴人を訪ね、事情を確認するとともに、熊長本店には別の販社であるアロインス化粧品中央販売を経由して商品が行っており、アロインス化粧品中央販売に利益補償の要求がくる(その場合、結局、販社が熊長本店への卸売価格を切り下げることになる。)ことになるから、販社同士でこの問題について調整をするように申し入れた。これに対し、福井は右販社同士の話し合いを拒否し、ニチイとの価格の決め方が悪かったのなら、ニチイとの取引を止めたらいいのだろうと応じた。猿谷は、そのような問題ではないとして、重ねて販社同士間の調整を求めたが、福井は、自分の行動は覚悟のうえのものであるとして、あくまでもこれを断った。そのため、社長同士で話し合いの機会を持つことになり、同日、福井が控訴人会社を訪ねた。しかし、控訴人代表者との話し合いは、公正取引の問題にも入りかけたが、ニチイとの取引をやめるなどと感情的なやり取りがされただけで、短時間で決裂してしまい、福井は自社に戻った。その後、猿谷と森浦が同日再度被控訴人を訪ねたが、調整に至らなかった。そして、控訴人代理人弁護士から五月二六日付の内容証明郵便で、本件契約解除の意思表示がなされた。

(八)  右契約解除の理由は、<1>商品代金の支払いの遅滞(契約条項八条二項一号)、<2>他の販社・代理店への通知を怠ったままニチイとの取引価格を減額したため、控訴人が減額差額金の補償請求を受けており、これに関して話し合い解決の提示を全面的に拒否し対立姿勢を取っていること(同二項二号、七号)、営業補償金預り証の誤記を奇貨として預託金額について強弁したこと(同二項七号)であった。

これに対し、被控訴人代理人弁護士から、六月一〇日付で、<1>解除原因となるような代金遅滞はない、<2>解除原因とされる再販売価格の他の販社等への通知、これを減額した場合に他の販社への補償負担を強制する行為は、独禁法に抵触する違法な再販売価格維持行為であり、これをしなかったことによる取引拒絶は違法である、<3>営業保証金の誤記を正しいと主張したことはないという趣旨の回答がなされ、継続的契約関係の違法な解除による損害一億余円及び営業保証金残額合計一億七五五万余円の返還の請求がなされた。

(九)  なお、その後も、ニチイの小売価格は一四四〇円で、卸売価格は一〇〇八円のまま推移し、熊長本店に対しては、従前の卸売価格との差額を控訴人が値引きして利益補償を行った。ただし、補償金額は一年半ほどで一一万余円に留まった(その頃、猿谷が石井に対し、被控訴人との裏リベート授受の疑惑を指摘した結果、卸値が元に戻った。)。

2  そこで、抗弁の解除理由の有無について検討することになるが、被控訴人は、控訴人の契約解除は、再販売価格維持を目的としてなされたものであるから、そもそも無効であり、かつ独禁法二条九項、昭和五七年六月一八日公正取引委員会一般指定一二項、同二項、同法一九条に違反する不当な取引拒絶に該当し、不法行為であると主張するので、この点についてまず判断を加える。

前記認定の事実によると、

<1>  控訴人は、福井からニチイの再販価格の切り下げについて了解を求められた際に、ニチイの再販価格についての希望を述べて了解を拒んでおり、このことは被控訴人の再販価格を維持、拘束しようとしたものと認められるが、控訴人とニチイがこれに応じないで再販価格を切り下げた後には、特段の行動に出ておらず、実効性のある対応をしていないこと

<2>  再販価格についての販社間での調整ないし補償を求めることは、一般的には、ブランド内競争を抑制して間接的に再販価格を維持しようとの意図に基づくものと解されるが、本件の場合には、被控訴人の決定した再販価格は特に留保を付けない限り、ニチイグループ内の制度として、他の販社の再販価格にも反映するという特殊な関係を前提として、これによって何の前触れもなく突然粗利益が激減した熊長本店に対する利益補償に応ぜざるを得なくなったアロインス化粧品中央販売との間での調整を求めたにすぎないもので、そのことによって、被控訴人自身の再販価格自体の変更を求めるとの意図まではなかったと認められること

<3>  実際的にも、本件商品は九八〇円から一五〇〇円までの価格で小売りされており、市場の実勢により小売価格の切り下げがなされた以上、特にニチイのような全国規模の大型量販店の再販価格に対して、控訴人に実効性のある措置を取り得るような力があるとは考えられず、これを意図するとは思われないこと

<4>  そうだとすると、控訴人の求めた調整は一般的なものではなく、今回の事象に対する限定的なものであり、話し合いによる解決の余地が十分にあったと推認することができるが、結局、本件契約解除にまで至ってしまったのは、控訴人と被控訴人の代表者同士が互いに多分に感情的な対応をしたことによって交渉が決裂したことが直接のきっかけとなっていることなどが明らかである。

そうすると、本件契約解除が再販価格の維持を目的として再販価格の自由な決定を拘束しようとしたものであるとまでは認められず、これが独禁法一九条の不公正な取引に当たるとまではいえない(もっとも、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、控訴人はかねて再販価格について販社会議において販社間の競争の調整を求め、安売りについての販社間の苦情の取り次ぎやロット番号による流通過程の調査などを行い、また、販社に対して安売り品の買い取りなどの対策を求めるなどして、間接的に再販価格の維持に努めていたことが窺われなくもない。しかし、そのことと、本件解除との間に関係があり、本件解除がその一環としてなされたと認めるに足る証拠はない。なお、反対に、控訴人は本件解除はむしろ被控訴人側から準備していたかのように主張するが、これを認めるに足る証拠はない。)。

したがって、本件解除が右独禁法との関係で違法であるとはいえず、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

3  そこで、控訴人主張の解除理由について判断する。

前記争いのない事実や認定事実及び《証拠略》によると、本件契約が専属的な販売会社に対する継続的商品供給契約に当たることは明らかであり、契約書上契約期間は一年との定めがあるが(九条二項)、申し出がない以上当然に更新するとされていて(同条二項)、事実上長期間続くことが予定されていたものと解され、現実に一〇年以上も継続されていたことが認められる。このような契約にあっては、契約書上解約権の留保がなされていたとしても、その契約を一方的に解除するには、信義則上、取引関係を継続し難いような不信行為等やむを得ない事由の存することが必要であると解するのが相当である。

ところで、控訴人が解除原因一として主張する再販価格をめぐる信義則違反の事由は、被控訴人代表者福井は猿谷らの勧めに頑としてこれに応じず、控訴人代表者との話し合いの場においてもほとんど話し合う機会もないまま喧嘩別れをしていることなどからすると、双方の信頼関係の維持という面からすると福井にも非があり、取引の終了を求めた控訴人の態度も理解できなくはないが、他方ひるがえって考えてみると、再販価格は本来販売会社が自由に決定し得るものであって控訴人がこれを拘束することは許されないこと、被控訴人には他の販社との調整や熊長本店に対する利益補償の交渉に応じなければならない法的義務があるとはいえないこと、これまで長期にわたって取引が継続されてきたことなどを考慮すると、時期をみてなお調整を試みるべきであったというべきであり、右をもって直ちに継続的契約関係を一方的に解除し、商品の供給を拒絶し得るようなやむを得ない事由に当たるとは到底いうことができない。

また、控訴人主張の解除理由二、三(抗弁2、3)も取引関係の継続を困難ならしめる事由とはいえず、この点の判断は原判決理由説示(原判決一二枚目表七行目から一三枚目表九行目まで)のとおりであるからこれを引用する。

そして、以上の控訴人主張の解除理由一ないし三の事由を併せ考えたとしても、本件契約解除にやむを得ない事由があるとは認められない。

したがって、控訴人が前記のとおり本件契約の解除を通告し商品の供給を拒絶したことは、継続的商品供給契約である本件契約上の債務の不履行に当たるものであって、控訴人は被控訴人に対し、これにより被控訴人が被った損害を相当因果関係の及ぶ範囲内で賠償する義務がある。

三  損害額について

前記認定の事実及び《証拠略》によると、被控訴人は、控訴人の専属的な販売会社として一〇年以上も取引を続けていたのに、本件解除及び商品供給停止により、商号を株式会社アロインス大阪から現在のものに変更し、取扱商品を全面的に変更することを余儀なくされるなど、取引上重大な不利益を受けたこと、その額は、控訴人の平成元年七月一日から平成五年四月三〇日までの間の平均年間売上高が一億八二九一万七三〇〇円であり、その間の平均年間売上原価が一億二三一一万六三五〇円、平均年間変動費三五六〇万三七五七円であることなどを考慮すると、その間の年間平均営業利益の一年分は二四一九万七一九三円を下回らなかったものと認められる。

しかし、他方、前記認定のとおり、本件継続的商品供給契約においては、契約書には契約期間は一年との定めがあり、これまでの長期にわたる契約継続期間、取扱商品の内容、類似商品への移行の難易度(ちなみに、控訴人において類似商品取り扱いの準備がなされていた旨の控訴人の主張に対しては、被控訴人から認否及び具体的な反論がなされていない。)等の事情に、継続的契約とはいっても本来永久に契約当事者を拘束するものではなく、経済環境の変化や取引上の利益状況などに応じて流動し、変化してゆくことを免れないものであること、そのために比較的短期の契約期間と自動更新条項が定められており、予告期間を一月とする解約権留保の条項もあること、現に販社一本化なども問題になっていたこと、本件に至った経緯などをも併せ考えると、本件債務不履行と相当因果関係があると認められる損害は、前記経済的不利益のうちほぼ五か月分に相当する一〇〇〇万円とするのが相当である。

四  保証金返還について

請求原因6のとおり、控訴人は被控訴人に対して、保証金の残額一七三万六六四三円を返還する義務がある。その理由は、原判決理由説示(原判決一四枚目裏四行目から一五枚目表一行目「義務がある。」まで)のとおりであるからこれを引用する。なお、右債務は、遅くとも、前記のように被控訴人から平成五年六月一〇日付書面で請求がなされた時以降は遅滞にあると解される。

五  結論

以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し、債務不履行による損害賠償及び保証金の返還分として合計金一一七三万六六四三円及びこれに対する右遅滞後の平成五年一〇月六日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで、商業法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

したがって、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。

よって、これと異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 小田八重子 裁判官 中村也寸志)

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