大阪高等裁判所 平成7年(ネ)318号 判決 1996年5月31日
北九州市小倉北区緑ケ丘三丁目六番九号
控訴人(第一審第一事件被告・第二、第三事件原告)
カースル産業株式会社
〔以下「被告」という。〕
右代表者代表取締役
渡辺健司
右訴訟代理人弁護士
辰巳和正
大阪府堺市原山台一丁六番一-一一〇二号
被控訴人(第一審第一事件原告)
株式会社カトー
〔以下「原告」という。〕
右代表者代表取締役
加藤日出夫
北九州市小倉南区大字南方四五四番地一
被控訴人(第一審第一事件原告・第三事件被告)
株式会社アーランド
〔以下「原告」という。〕
右代表者代表取締役
渡邊新司
新潟県燕市大字小池三三七九番地
被控訴人(第一審第一事件原告・第二事件被告)
株式会社相忠
〔以下「原告」という。〕
右代表者代表取締役
相場忠敏
右三名訴訟代理人弁護士
小原望
同
東谷宏幸
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は被告(控訴人)の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 被告(控訴人)
1 原判決中、被告敗訴の部分を取り消し、原判決を次のとおり変更する。
2 原告らの請求をいずれも棄却する。
3 原告株式会社相忠は、原判決別紙物件目録(一)記載の換気扇取り付け用フィルター装置、同目録(二)記載の交換用フィルター、本判決別紙第二装置目録記載の換気扇取り付け用フィルター装置、原判決別紙物件目録(四)-二記載の交換用フィルター、同目録(五)記載の換気扇取り付け用フィルター装置及び同目録(六)記載の交換用フィルターを販売してはならない。
4 原告株式会社相忠は、その本店及び営業所に存する前項記載の各物件を廃棄せよ。
5 原告株式会社相忠は、被告カースル産業株式会社に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一八日(第二事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 原告株式会社アーランドは、原判決別紙物件目録(一)記載の換気扇取り付け用フィルター装置、同目録(二)記載の交換用フィルター、本判決別紙第二装置目録記載の換気扇取り付け用フィルター装置、原判決別紙物件目録(四)-二記載の交換用フィルター、同目録(五)記載の換気扇取り付け用フィルター装置及び同目録(六)記載の交換用フィルターを製造し、販売してはならない。
7 原告株式会社アーランドは、その本店及び営業所に存する前項記載の各物件を廃棄せよ。
8 原告株式会社アーランドは、被告カースル産業株式会社に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一一月二二日(第三事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
9 訴訟費用は、第一、二審とも原告らの負担とする。
10 3ないし8につき仮執行の宣言
二 原告(被控訴人)ら
主文同旨
第二 事案の概要
(以下の略称は、原判決のそれによる。)
一 当審における審理の対象は、次のとおりである。
1 第一事件のうち、原告らが被告に対し、第二装置は本件考案の技術的範囲に属しないとして、本件実用新案権に基づく被告の原告アーランドに対する第二装置の製造、販売の差止請求権が存在しないことの確認及び被告の原告カトー及び原告相忠に対する右装置の販売の差止請求権が存在しないことの確認を求める(差止請求権不存在確認請求)部分
2 第二事件のうち、被告が、原告相忠に対し、(一)第二装置は本件考案の技術的範囲に属するとして、右装置の販売の差止と廃棄、第一ないし第三フィルターは本件考案に係る換気扇取り付け用フィルター装置の製造のみに使用する物であるとして、右各フィルターの販売の差止と廃棄を求める(差止、廃棄請求)部分、(二)原告相忠の第一ないし第三装置及び同フィルターの販売により本件実用新案権が侵害されたとして、被告の逸失利益額若しくは原告相忠の得た純利益額又は実施料額相当の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める(損害賠償請求)部分
3 第三事件のうち、被告が原告アーランドに対し、前項と同じ理由で、(一)前項(一)記載の各物件の製造、販売の差止と廃棄を求める(差止、廃棄請求)部分、(二)被告の逸失利益額若しくは原告アーランドの得た純利益額又は実施料額相当の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める(損害賠償請求)部分
二 本件各事件の前提となる事実関係、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり付加、訂正等するほかは、原判決の事実及び理由中「第二 事案の概要」の【事実関係】・【争点】、「第三 争点(第二・第三事件の争点二を除く。)に関する当事者の主張」の各欄(原判決九頁二行目から六一頁一行目まで)に記載のとおりである。
但し、第二装置の特定について、被告は、当審において主張を変更し、第二装置は別紙第二装置目録の構造の説明欄記載のとおり特定すべき旨主張するに至ったが、この点については、後記第三の当裁判所の判断を参照。
【原判決の訂正等】
1 一一頁一一行目の「本件明細書」を「本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)」と改める。
2 三二頁六行目末尾に「すなわち、本件考案では、『交換フィルター部材が、筒状本体部の後面開口縁部内周面側に所要長さ折り込み可能な広さを有する』のに対して、第二装置では、『交換フィルター(第二フィルター)が、換気扇の側部及び後縁部で係止可能な広さ』である点で異なっており、更に、本件考案では、『折り込まれた上記交換フィルター部材の外周縁部を、仮止め手段により、筒状本体部の後面開口縁部内周面側において固定する』のに対して、第二装置では、右のような仮止め手段を必要とせず、『交換フィルター(第二フィルター)の周縁部に設けられた収縮可能なゴム紐』により、周縁部を換気扇に係止して取り付ける点で異なっており、第二装置は、本件考案に欠くことのできない構成要件を具備していない。」を加える。
三 当審における審理の対象との関係で、判断すべき争点は、次のとおりである。
1 第二装置は本件考案の技術的範囲に属するか否か(第一ないし第三事件の争点一)。
2 第一・第三装置は本件考案の技術的範囲に属するか否か(第二・第三事件の争点二)。
3 原告相忠及び原告アーランドは、現在第一・第三装置を所持しているか否か(第二・第三事件の争点三)。
4 第一ないし第三フィルターは、本件考案に係る換気扇取り付け用フィルター装置の製造にのみ使用する物か否か=間接侵害の成否(第二・第三事件の争点四)。
5 原告相忠及び原告アーランドが被告に対し賠償すべき損害の額(第二・第三事件の争点五)
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、第一事件の第二装置に関する原告らの差止請求権不存在確認請求は、いずれも理由があるから、これを認容し、第二事件の損害賠償請求は、原告相忠に対し一〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一八日(第二事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、第三事件の損害賠償請求は、原告アーランドに対し五〇万円及びこれに対する平成三年一一月二二日(第三事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから、右各限度で認容し、第二・第三事件の第二装置及び第一ないし第三フィルターの販売差止請求、第一ないし第三装置及び第一ないし第三フィルターの廃棄請求、右各損害賠償請求中右各金額を超える部分はいずれも理由がないから、これらを棄却すべきであると判断する。その判断の過程は、後記のとおり原判決を訂正等し、被告の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由中「第四 争点に対する判断」欄(但し、六一頁二行目から八八頁五行目まで・九五頁一一行目から一一四頁二行目まで)に記載のとおりである。
二 原判決の訂正等
1 六二頁二行目から三行目にかけての「内周面」を「内周面側」と、五行目の冒頭から六行目の「という。」までを「本件明細書」と各改める。
2 七六頁六行目の「審決があり」の次に「(甲第一二号証、第一四号証)」を加え、七行目の「甲第一二号証、第一四号証」を「前記争いがない事実」と改める。
3 七七頁三行目から四行目にかけての「内周面」及び七八頁五行目の「内周面」をいずれも「内周面側」と改める。
4 七九頁六行目の「そして、」の次に「甲第四七号証、」を「第一五号証」の次に「、検乙第三号証、第一八~第二三号証、第二五号証」を各加え、八〇頁一行目の「内周面」を「内周面側」と改める。
5 八二頁一行目の「理論的には」から五行目末尾までを「理論的には可能であり、実際問題としても脚立や踏台等を利用すれば不可能ではないにしても、通常部屋の壁の高い位置に設置される換気扇について、弾性取付手段によって換気扇本体に取り付けられており、しかも、一度取り付けられたらほとんど交換されることのない枠体を手で持って手前に引っ張り換気扇本体から若干離しつつ、第二フィルターを枠体に嵌めるという操作をすることは第二装置及び第二フィルターの実用的な使用方法であるとはいい難い。」と改める。
6 八二頁九行目の「検甲第一号証によれば」を「甲第四七号証、検甲第一号証、検乙第三号証、第一八~第二三号証、第二五号証によれば」と、一一行目から末行にかけての「その同封されている説明書には」を「右パッケージ裏面に印刷表示されている別紙(一)の説明書(検甲第一号証、検乙第一九号証、第二二、第二三号証)、あるいは右パッケージ内に同封されている別紙(二)の説明書(甲第四七号証、検乙第一八号証、第二〇、第二一号証、第二五号証)には」と各改める。
7 八六頁六行目の各「フィルター」を「フィルタ」と、一一行目の「縦方向」を「縦横方向」と各改める。
8 九九頁一行目の「被告援用の右各証拠」を「被告援用の右各証拠(但し、検乙第三号証は第二装置であるので、同号証を除く。)及び被告が当審において提出した乙第五二号証、検乙第二四号証」と改め、四行目の「第七号証の1・2」の次に「、第二四号証」を、一〇〇頁一行目から二行目にかけての「A-43〔検乙第七号証の1・2〕」の次に「、A-45〔検乙第二四号証〕」を各加える。
9 一〇六頁八行目の「第二七号証」を「甲第二七号証」と改める。
三 被告の当審における主張に対する判断
1 第二装置の特定と、第二装置は本件考案の技術的範囲に属するか否か(第一ないし第三事件の争点一)について
《被告の主張》
(一) 第二装置の特定
本件実用新案権は、装置という「物」に関する考案であるので、第二装置の特定に関しては、原告アーランドの製造に係る製品(検甲第一号証、検乙第一八~第二三号証)それ自体を「物」として特定すべきである。しかるところ、原告アーランドが実際に製造し、販売している第二装置のパッケージには、枠体(筒状本体部)に第二フィルター(フィルター部材)を被せた状態のものが封入されているから、第二装置は、その販売の際に完成商品として保有している態様、すなわち筒状本体部をフィルター部材が覆ったものとして構成されているという態様をもとに、別紙第二装置目録記載のとおりに特定されるべきである(原審における原判決別紙物件目録(三)-二記載のとおりに特定されるべきであるとの主張を、右のように変更する。)。
これに対し、第二装置を、原判決のように原判決別紙物件目録(三)-一記載(但し、〔使用状態〕の図のうち、換気扇本体の後部に切欠部が形成されている点は除く。)のとおりに特定するのは、本件考案が「物」に関する考案であり、「方法」のような時間的概念を含まないものであるにもかかわらず、第二装置が販売の際に保有している前記態様を超えて、消費者が第二装置を購入した後に第二装置を換気扇本体に取り付ける際の手順(時間的概念)をもとに第二装置を特定するものであり相当ではない(そもそも、第二装置をどのように換気扇本体に取り付けるかは本件考案の技術的範囲とは関係がない。)。
また、原告アーランドが製造し、原告らが平成八年一月時点で販売している第二装置のうちLサイズの製品(検乙第一九号証、第二二、二三号証)について、筒状本体部(枠体)の大きさと第二フィルター(フィルター部材)の大きさを比較すると、筒状本体部の後面開口縁部の各辺の中央付近では折り込まれた長さが一センチメートル程度にすぎない。しかるに、換気扇本体の厚さが数センチメートルあることを勘案すると、右Lサイズの製品については、フィルター部材が換気扇本体の側面全部(側部)を覆い換気扇の後縁部で係止可能な広さを有していないから、そもそも原判決別紙物件目録(三)-一の〔使用状態〕図に示されているように、換気扇の後縁部で係止するといった使用が現実には不可能である。従って、この点においても、第二装置を原判決のように特定するのは相当ではない。
(二) 第二装置の構成
そうだとすれば、第二装置は、以下の構成を有していることになる。
a 前面に縦に六本、横に二本の梁部材をそれぞれ渡設し、取り付けようとする換気扇の正面を覆う横向き筒状本体部と、
b 同筒状本体部の外表面全体を囲繞し更に後面開口縁部内周面側に所定長さ折り込み可能な広さを有するフィルター部材と、
c 上記フィルター部材の周縁部には収縮可能なゴム紐(伸縮性紐状体)が設けられ、折り込まれた上記フィルター部材には上記ゴム紐(伸縮性紐状体)の弾性力により、上記筒状本体部の後面開口縁部により形成される面の内側に向かって張られることにより係止され、
d 上記フィルター部材が上記筒状本体部の外側全面を覆うことを特徴とする
e 換気扇取り付け用フィルター装置
(三) 第二装置の構成cと本件考案の構成要件Cとの対比
第二装置の構成cにおいては、折り込まれたフィルター部材はゴム紐(伸縮性紐状体)の弾性力により、筒状本体部の後面開口縁部により形成される面の内側に向かって張られるように係止されており、この仮止め手段は、筒状本体部の内周面側にあるのであって、筒状本体部の外側にはない。すなわち、第二装置は、それがパッケージに封入されている状態=枠体(筒状本体部)に第二フィルター(フィルター部材)を被せた状態のままで、フック(弾性取付手段)により換気扇本体に取り付けられる場合に、フィルター部材を筒状本体部の内側に折り込んで使用することが可能であり、その際折り込まれたフィルター部材は、ゴム紐(伸縮性紐状体)の弾性力により、筒状本体部の後面開口縁部により形成される面の内側に向かって張られることで固定(仮止め)され、この仮止め手段であるゴム紐は、筒状本体部の後面開口縁部の内周面側にあって、筒状本本体部の外側にはないことが明らかである。従って、第二装置の構成cは、本件考案の構成要件Cを充足する。
(四) 第二装置のパッケージの内容と取付方法
原告アーランドが製造し、原告らが平成八年一月、二月時点で販売している第二装置のSサイズの製品のパッケージ裏面に印刷表示されている取付方法の説明書(検乙第一八号証、第二〇、二一号証、第二五号証)では、別紙(三)のとおり、フック(弾性取付手段)の取付位置が筒状本体部の外側に位置していることからも明らかなように、第二装置では、フィルター部材を筒状本体部の内側に折り込んで使用することが前提となっている。もっとも、原告アーランドは、本件訴訟の開始に前後して、第二装置のパッケージ裏面に印刷表示されている取付方法の説明図を、別紙(一)のとおり、フック(弾性取付手段)の取付位置を筒状本体部の内側に位置するものに変更している(検甲第一号証)が、これはまさしく、フック(弾性取付手段)の取付位置を筒状本体部の外側に位置した表示を続けた場合には、第二装置が本件考案の構成要件Cを充足してしまうことを恐れてなした、一種の証拠隠滅的行為にすぎない。原告らが製造ないし販売している第二装置の構成は、右取付方法のパッケージ表示の変更前後を通じて同一であり、それがパッケージに封入されている状態も同じである。
また、第二装置のパッケージ表面左下にレンジフード内に第二装置を二個並べて取り付けている写真が印刷されている(検乙第一八~第二三号証)が、レンジフードの構造からして、フィルター部材を筒状本体部(枠体)内周面側に折り込んで使用しない限りは、第二装置を二個並べてレンジフード内に取り付けることはできない。原告アーランドは、第二装置のSサイズ以外の製品については、フック(弾性取付手段)の取付位置を筒状本体部の外側から内側に変更したものの、パッケージ表面左下のレンジフード内に第二装置を二個並べて取り付けている写真は、現在までどのサイズの製品についても変更していない。
右にみてきた原告アーランド製品(第二装置)のパッケージの内容、すなわち、(1)パッケージ裏面の取付方法に関する別紙(三)の説明書に示されたフックの取付位置や、(2)レンジフード内に第二装置を二個並べて取り付けている写真自体が、第二フィルター(フィルター部材)の折り込み使用の可能性、ひいては、第二装置の構成cが本件考案の構成要件Cを充足することを十分に証明している。
《右主張に対する判断》
(一) 第二装置の特定に関する主張について
被告は、第二装置が「枠体にフィルターを被せた状態」でパッケージに封入され、販売されている状況から、右の「枠体にフィルターを被せた状態」が第二装置の完成商品としての態様であることを前提に、同装置を別紙第二装置目録記載のとおりに特定すべきであると主張する。
しかしながら、第二装置は、もともと右のような「枠体にフィルターを被せた状態」をもって商品の完成状態として製造されたものでもなければ、必ず右のような状態にして使用することを予定して製造されたものでもない(原判決七九頁一行目冒頭から末行の「認められる。」まで参照)。右のような状態は、第二装置を販売するため包装するにあたってとられたパッケージの仕方の一態様にすぎず、販売の際のパッケージの仕方は様々に変化し得るものである(例えば、枠体とフィルターを別体としたまま一つの袋にパッケージすることも可能である。)。そして、被告もいうとおり、本件実用新案権との対象物件となる第二装置の特定は、できるだけ第二装置それ自体を「物」として特定すべきであるとすれば、販売時におけるパッケージの状態、それも様々に変化し得る態様の中の一つにしかすぎない右状態を前提として第二装置を特定するのは相当でない。
また、換気扇本体の厚さは製品により様々であり(甲第二三、第二四号証、第二九~第三三号証、乙第三四~第三八号証)、厚みが特に厚い物について第二装置が使用できないからといって、第二装置本来の使用方法が変化を来すものではないし、しかも、原告アーランドは、製品を様々なメーカーの換気扇に対応するように汎用性を持たせて製造しており、特定のメーカーの換気扇専用として製造しているものではない(乙第二五~第二七号証、弁論の全趣旨)以上、一部の製品に使用不可能な場合が出てくるのは当然であると考えられるから、そのような例外的な場合を含めて、第二装置を特定すべき理由はない。
本件のような侵害訴訟の場で対象物件を特定する趣旨、目的からすれば(原判決一六頁一〇行目から一七頁九行目まで参照)、第二装置は、原判決に示されているとおり特定するのが相当であり、被告の右主張は採用できない。
(二) 第二装置の構成と本件考案の構成要件Cとの対比に関する主張ついて
被告は、第二装置においては、折り込まれたフィルター部材はゴム紐(伸縮性紐状体)の弾性力により、筒状本体部の後面開口縁部により形成される面の内側に向かって張られるように係止されており、この仮止め手段は、筒状本体部の内周面側にあるのであって、筒状本体部の外側にはないから、本件考案の構成要件Cを充足する旨主張する。
そこで検討するに、既にみたように、本件考案に係る換気扇取り付け用フィルター装置は、実際に換気扇本体に取り付けるに際しては、交換フィルター部材を仮止め手段によって筒状本体部に仮止めし、この一体となった装置を取り付け手段によって換気扇本体の窓枠部の前面に取り付けるものであると認められる(原判決六七頁二行目から六行目まで)。
一方、第二装置は、これを換気扇本体へ取り付ける際、別紙(一)、(二)に記載のとおり、まず弾性取付手段によって枠体を換気扇の窓枠部の前面に取り付けた後、フィルターで枠体の前面から側部を覆い、かつ換気扇の窓枠部の側部を覆ってその側部又は後縁部の位置において、フィルターの周縁部に設けられたゴム紐により係止するものであると認められ(原判決七九頁一行目から末行まで)、ここでは、元来、第二装置を換気扇に取り付ける際、まずフィルターを仮止め手段によって枠体に仮止めするというようなことは予定されておらず、そもそも本件考案でいう仮止め手段を必要としないものであると認められる。
ところが、被告は、「第二装置のパッケージに示されている説明等(<1>パッケージ裏面の取付方法に関する別紙(三)の説明書に示されたフックの取付位置や、<2>レンジフード内に第二装置を二個並べて取り付けている写真)によると、第二装置は、それがパッケージ内に封入されている状態(本判決別紙第二装置目録の図面表示の状態)、すなわち枠体(筒状本体部)にフィルター(フィルター部材)を被せたままの状態で、換気扇に取り付けることが可能であり、この場合、フィルターの周縁部に設けられたゴム紐(伸縮性紐状体)が本件考案にいう仮止め手段に相当し、フィルター(フィルター部材)は枠体(筒状本体部)に仮止めされていることになる。これを、本件考案の構成要件Cに対応させてみると、折り込まれたフィルターは、ゴム紐の弾性力により、筒状本体部の後面開口縁部により形成される面の内側に向かって張られることで固定(仮止め)され、この仮止め手段であるゴム紐は、筒状本体部の後面開口縁部の内周面側にあって、筒状本体部の外側にないことが明らかであるから、第二装置は、本件考案の構成要件Cを充足することになる」として、前示のとおり主張する。
しかしながら、仮に被告主張の状態で換気扇本体に取り付けることが可能であり、その場合、フィルターの周縁部に設けられたゴム紐が本件考案にいう仮止め手段に相当するとみるとしても、以下に述べるとおり、第二装置は本件考案の構成要件Cを充足し、本件考案のそれと同様の作用効果を奏するとは認め難い。
(1) まず、本件考案にいう仮止め手段が「折り込まれた上記交換フィルター部材の外周縁部を筒状本体部の後面開口縁部内周面側において固定する」ものであることは、右構成要件の記載自体から明らかである。そして、一般に「折り込む」とは「中のほうへ折りまげる」ことを意味するとされていること(広辞苑第四版)や、後記(2)にみる本件考案の「固定」の意義(それは、交換フィルターの外周縁部が筒状本体部の一定場所に定まっていて動かない状態になっていることを意味すると解される。)との関係からすると、ここにいう「折り込まれた」とは、フィルター部材が筒状本体部12の外周面から後面の方へ延在したのち、後面開口縁部17で折り返され、内周面20側へ、仮止め手段によって筒状本体部に「固定」し得る程度に折りまげられていることを意味するものと解される(右各部位の名称等については公報第5図参照)。
しかるところ、被告が主張する前示状態においては、ゴム紐の設けられたフィルターの外周縁部は、わずかに筒状本体部の後面開口縁部の内周面側にあるといえても、フィルターが右いう「折り込まれた」状態になっているとはとうてい認められない。
(2) 次に、本件考案にいう仮止め手段が「折り込まれた上記交換フィルター部材の外周縁部を筒状本体部の後面開口縁部内周面側において固定する」ものであることも、右構成要件の記載自体から明らかである。そして、一般に「固定」とは、「ひと所に定まって移動しないこと。また、動かないようにすること。」を意味するとされていること(広辞苑第四版)や、本件考案の作用に関して「該交換フィルター部材は上記筒状本体部に仮止め手段によって固定されている」との記載がなされていること(公報2欄24、25行)及び右構成要件の記載に照らすと、ここにいう「固定」とは、仮止め手段によって交換フィルターの外周縁部を筒状本体部の一定場所に定まっていて動かない状態にすることを意味するものと解される。
しかるところ、被告が主張する前示状態においては、フィルターの外周縁部がゴム紐(仮止め手段)によって枠体の一定の場所に定まっていて動かない状態になっているとは、とうてい認められない。
(3) 更に、本件考案の作用、効果に関する「該交換フィルター部材は・・・仮止め手段によって固定されているので、外す場合にはこの仮止め手段を外すことによって容易に交換フィルター部材を取り替えることができる。」(公報2欄24行~3欄2行)との記載や、「本件考案に係る換気扇取り付け用フィルター装置は・・・筒状本体部や仮止め手段に油やほこりが付着することがなく、従って交換フィルター部材を単に新しいものと交換するだけですみ、迅速かつ手軽に交換作業を行うことができる様になり、」(公報5欄1~8行)との記載に照らすと、本件考案においては、油やほこりが付着して汚れた交換フィルター部材のみを取り替えるものであって、油やほこりが付着しない仮止め手段それ自体を取り替えることは予定されていないものと認められる。
しかるところ、被告の主張に従い第二装置のフィルターの周縁部に設けられたゴム紐を本件考案にいう仮止め手段に相当するとみると、周縁部にゴム紐の設けられたフィルターをそのまま同様の構造をもつ新しいフィルターと取り替える場合には、仮止め手段であるゴム紐自体も取り替えることにならざるを得ないし、もし、油やほこりの付着していないゴム紐を再使用するため、これを取り外してゴム紐のない新しいフィルター部材を取り付けてフィルターの取替えを行うとすれば(第二装置においてそのようなことが予定されているとは認められず、それが可能であるかどうかそれ自体問題であるが、仮に可能であるとしても)、その作業自体極めて繁雑なものとならざるを得ず、本件考案が予定する「仮止め手段を外すことによって容易に交換フィルター部材を取り替えることができ」、「迅速かつ手軽に交換作業を行うことができる」との作用効果を奏しないものと考えられる。
(4) 以上にみてきたところによれば、第二装置は、本件考案の構成要件Cを充足し、これと同様の作用効果を奏するものとは認め難い。
(三) 第二装置のパッケージの内容と取付方法に関する主張について
被告は、第二装置のパッケージの内容と取付方法に関しるる主張し、第二装置のフィルターはその主張のような状態で使用することが明らかであり、これによれば第二装置が本件考案の構成要件Cを充足することが十分証明されていると主張する。
なるほど、被告が主張するように、第二装置のパッケージの一部には、その裏面の印刷表示に、別紙(三)のとおりフックを筒状本体部の外側に取り付ける旨の説明がなされているものもあるが、右パッケージ内には、別紙(二)のとおりフックを筒状本体部の内側に取り付ける旨の説明書(甲第四七号証)も同封されている(検乙第三号証、第一八号証、第二〇、第二一号証、第二五号証)。これは、原告アーランドが従前製造、販売していた第一・第三装置においては、交換フィルターを筒状本体部の内側に折り込んで使用するために、フックを筒状本体部の外側に取り付ける必要があり、パッケージの裏面にその旨の取付位置の説明が印刷表示されていた(検乙第一、第二号証、第四~第六号証、第七号証の1・2)ところ、同原告が製品を第一・第三装置から第二装置へ切り替えた際、パッケージの印刷が間に合わないものについては、右印刷を変更する代わりに、別紙(二)の説明書(甲第四七号証)を同封したことが原因であると推認されるが、いずれにせよ、右説明書により、消費者に対し、第二装置においてはフックを筒状本体部の内側に取り付けることの説明が十分になされているものと認められる。
また、そもそも被告主張のような状態で使用し得るとしても、第二装置が本件考案の構成要件Cを充足すると認め難いことは、右(二)においてみたとおりである。
被告の右主張は、第二装置が本件考案の構成要件Cを充足していることを論証しているとはいえず、理由がない。
2 原告相忠及び原告アーランドが被告に対し賠償すべき損害の額(第二・第三事件の争点五)について
被告は、「原告アーランドの代表取締役渡邊新司は、被告代表者渡辺健司の実弟であり、前示のとおり昭和四三年頃から昭和六三年九月頃まで被告に在籍し営業業務に従事していたものであるところ、原告アーランド設立後の同社の取引先の大半は、従前被告と取引のあった日用品問屋であり、原告相忠もそのうちの一社であるので、原告アーランドが第一・第三装置をこれらの従前被告の取引先であった各地の日用品問屋に販売しなかった場合には、被告の本件実用新案権の実施品をそれらの当該各地の日用品問屋が販売していた蓋然性は、極めて高く、原告相忠及び原告アーランドによる第一・第三装置の製造、販売がなければ、被告が同種の被告商品を同数販売できた関係がある」旨主張する。そして、乙第四四号証(被告代表者の平成七年一二月二日付陳述書)には、「昭和六〇年一月から原告相忠らが仕入先を被告から原告アーランドに切り替える直前の昭和六三年一〇月までの、被告と原告相忠らとの間の換気扇取り付け用フィルターに関する売上実績及び被告の利益率が三〇パーセントであることから考えて、原告相忠及び原告アーランドの換気扇取り付け用フィルターの製造又は販売により、昭和六三年一一月から被告が原告相忠に対して本件訴え(第二事件)を提起した平成三年一〇月までの三年間に、被告が、原告相忠との関係では二〇二万五〇一九円程度の、原告アーランドとの関係では二一三一万一九七八万円程度の得べかりし利益を喪失した蓋然性が強い」旨の記載がある。
しかしながら、前示のアイデア商品業界における販売競争の実情(原判決一一一頁九行目から一一二頁六行目まで参照)に照らすと、被告主張の事情から直ちに、原告相忠及び原告アーランドによる第一・第三装置の製造、販売がなければ、被告が同種の被告商品を同数販売できた関係があるとまでは認め難い。また、前示のとおり、原告相忠及び原告アーランドの第一・第三装置の製造又は販売により本件実用新案権が侵害された期間は、第一装置については本件考案の出願公告日である平成二年二月一日から同年三月頃までの二か月足らず、第三装置については右出願公告日から翌平成三年初めまでの一年足らずの間にすぎないから、そもそも、乙第四四号証にいう逸失利益は、その算定の前提となる事実(販売期間)を異にするものであり、そこに示されている利益の額をもって直ちに右侵害期間中の逸失利益となし得ないことはいうまでもない。そして、第一・第三装置と被告商品の販売の関係が右にみたとおりであるとすると、乙第四四号証に示されている数値を参考にするにしても、被告主張の純利益を基礎とする損害は認め難いというほかなく、その他本件にあらわれた資料を検討しても、原審認定の実施料相当額の損害を超える損害を認定するに足りる証拠はない。従って、被告の右主張は採用できない。
四 結論
以上の次第で、これと結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 竹原俊一 裁判官 長井浩一)
第二装置目録
別紙図面に示す換気扇取り付け用フィルター装置A。
一 図面の説明
図面は換気扇取り付け用フィルター装置Aを後面の開口側から斜めに見た状態を示す斜視図であり、下部のフィルター部材の折り込み部を一部切り欠いて示している。
二 構造の説明
合成樹脂製(金属製)枠体<1>の前面に合成樹脂(金属)からなる梁部材<2>を掛け渡して形成した筒状本体部<3>と、該筒状本体部<3>の外表面部全体を囲繞して筒状本体部<3>の後面開口縁部内周面側に折り込み可能な広さを有し、その周縁部に収縮可能なゴム紐(伸縮性紐状体)<6>を設けたフィルター部材<4>とからなり、該ゴム紐(伸縮性紐状体)<6>が前記筒状本体部<3>の後面開口縁部により形成される開口面の内側にあり、該ゴム紐(伸縮性紐状体)<6>の弾性力により折り込まれたフィルター部材が内側に向かって引っ張られて、該フィルター部材<4>は、該筒状本体部<3>にその外表面部全体を囲繞するように係止されている。
<省略>
別紙(一)
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別紙(二)
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別紙(三)
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