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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)688号 判決 1995年9月07日

控訴人(附帯被控訴人)

右代表者法務大臣

田沢智治

右指定代理人

中牟田博章

外七名

被控訴人(附帯控訴人)

丸田株式会社

右代表者代表取締役

小西守

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

岩坪哲

田辺保雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  附帯被控訴人は附帯控訴人に対し、九二万五一四七円及びうち七八万〇一四七円に対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。

2  附帯控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、三分の二を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実及び理由

以下においては、被控訴人(附帯控訴人)を「原告」と、控訴人(附帯被控訴人)を「被告」と、それぞれ表記する。

第一  申立て

被告は、「原判決中被告敗訴部分を取り消す。原告の請求を棄却する。原告の附帯控訴を棄却する。」との判決、並びに、附帯控訴における仮執行宣言の申立てに対しては担保を条件とする仮執行免脱宣言を求め、原告は控訴棄却の判決とともに、附帯控訴として当審における請求の拡張を含め、「原判決中の給付命令を、『被告は原告に対し、一三八万八一四七円及び内金一二四万三一四七円に対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。』との給付命令に変更する。」との判決並びに仮執行宣言を求めた。

原審では、一〇八万二一四七円及びこれに対する遅延損害金の支払請求があったのに対し、原判決の認容額は、七二万七一四七円及びこれに対する遅延損害金であった。

第二  事案の概要

一  前提事実

1 原告は次の商標権(本件商標権)を有する(争いがない)。

出願日  昭和四二年一二月三〇日

出願番号 昭和四三年第一〇三号

登録日  昭和四九年七月八日

登録番号 第一〇七六〇三九号

指定商品 旧第一六類 織物、編物、フェルト、その他の布地

登録商標 別紙記載のとおり(本件登録商標)

2 原告は、本件商標権について、昭和五九年三月一二日、存続期間の更新登録の出願をし(昭和五九年商願第二〇四九二五号。本件更新登録出願)、以下の経過により、平成五年一一月二九日に存続期間更新の登録がされた。

(一) 特許庁審査官は、本件更新登録出願に対し、昭和五九年四月一七日付け拒絶理由通知を発した(乙第二号証。同年六月一五日発送)。その理由は、願書(乙第一号証の1)添付の登録商標の使用説明書(商標法二〇条の二第一号に規定する書類、すなわちその出願が同法一九条二項ただし書二号に該当するものでないことを証明するために必要な書類。乙第一号証の2)に示されている商標使用に係る商品「毛布」は本件商標権の指定商品に属さないから、本件登録商標をその指定商品について使用しているものとは認められず、したがって、商標法一九条二項ただし書二号により登録できない、というものである。

(二) これに対し、原告は、昭和五九年七月二四日付けで、登録商標の使用説明書の「商標の使用に係る商品名」欄の記載を「毛布」から「フェルト」に訂正し、商標の使用の事実を示す書類として添付した「毛布」の写真三葉を「フェルト」の写真一葉に補正する旨の手続補正書(乙第四号証。本件補正書)、及び「商標の使用に係る商品名」欄の記載及び写真の添付は誤記及び錯誤によるものであり、右補正により拒絶理由は解消された旨の意見書(乙第三号証)を提出したが、特許庁長官は、同年八月三一日付けで、使用説明書の補正は認められないという理由でこれらについて不受理処分をした(乙第五号証。同年九月一四日発送。本件不受理処分)。その際、特許庁長官は、釈明するのであれば意見書の理由の欄に記載されたい旨付記した。

(三) 原告は昭和五九年一〇月一八日、本件不受理処分の取消しを求めて行政不服審査法による異議申立てをするとともに(乙第七号証)、前記付記に応じて、意見書を提出した(乙第六号証)。

(四) 特許庁審査官は昭和五九年一一月二〇日、本件更新登録出願は(一)の拒絶理由通知記載の理由により拒絶すべきものと認めるとして拒絶査定をし、「出願人が意見書と同時に提出した商標使用の事実を示す書面(写真)に示されたものは、出願時にはみられない全く新たなもので、証明の内容を実質上変更するものであるから、これを認めることは、商標法二〇条の二及び二一条一項二号の趣旨に反するものと判断する。」と付記した(乙第八号証。昭和六〇年一月一一日発送。本件拒絶査定)。

(五) 原告は昭和六〇年一月二一日、本件拒絶査定に対する不服の審判請求をした(乙第九号証。本件審判請求)。

(六) 特許庁長官は、昭和六〇年一一月一九日付けで(三)の異議申立てを却下する旨の決定をした(乙第一〇号証)。

(七) 原告は昭和六〇年一二月一八日、特許庁長官を被告として、本件不受理処分の取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起した(乙第一一号証。昭和六〇年(行ウ)第二〇三号。第一次訴訟)。東京地方裁判所は昭和六二年四月二七日、これを容れて本件不受理処分を取り消す旨の判決をし(乙第一二号証)、この判決は確定した。

(八) 原告は、第一次訴訟の勝訴判決が確定したことを受け、特許庁長官にあて、昭和六二年五月二七日、その旨通知するとともに本件不受理処分の対象となった本件補正書及び意見書を添付した上申書を提出し(乙第一三号証。同月二九日受理)、平成四年九月九日(同月一一日受理)と平成五年二月一五日(同月一七日受理)の二回にわたって、本件更新登録出願について至急審査をするよう求め、かつ審査の実情について回答するよう求める上申書を提出した(乙第一四、第一五号証)。

(九) 原告は平成五年七月一二日、特許庁長官を被告として、本件更新登録出願に関し登録査定をしないことは違法であることの確認を求める訴えを東京地方裁判所に提起した(甲第三号証。平成五年(行ウ)第一九七号。第二次訴訟)。

(一〇) 特許庁長官は同年八月九日付けで原告に対し、本件審判請求の担当審判官の氏名を通知し、同通知書は、同月二三日、原告に到達した(甲第一号証)。

(一一) 特許庁は平成五年八月一八日、本件審判請求について、原査定を取り消し本件商標権の存続期間の更新は登録をすべきものとする旨の審決をし(乙第一六号証。本件審決)、その審決書は同月二四日発送された。

(一二) 第二次訴訟については、平成五年九月六日と同年一〇月八日の二回にわたって口頭弁論期日が開かれたが、原告は、第二回の口頭弁論期日において、訴えを取り下げた。

(一三) 同年一一月二九日、本件更新登録出願について存続期間更新の登録がされ、同年一二月六日、特許庁からその旨の通知書が原告に到達した(甲第二号証)。

二  請求の概要

本件では、第一次訴訟について原告勝訴の判決が昭和六二年四月二七日に言い渡されて同年五月には確定し、また、原告が、同月二七日に本件不受理処分の対象となった本件補正書及び意見書を添付した上申書を特許庁に提出し、更に、平成四年九月九日と平成五年二月一五日の二回にわたって至急更新登録をするよう求める上申書を特許庁に提出してもなお、査定も審決もされなかったので、原告は第二次訴訟を提起せざるを得なかったのであり、審査ないし審決をしなかった不作為は国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たる、と主張の下、第二次訴訟の印紙代、予納切手代、弁護士費用等が請求されている。

原告は、特許庁長官が作為義務に違反したことの違法を主張しているが、原判決が、作為義務を負担するのが特許庁審査官又は特許庁審判官であることを前提に、これらの公務員の不作為に違法性があるか否かという形で右請求の当否を判断したのにつき、当事者双方からの異議はなかった。

三  争点

1  特許庁長官又は特許庁の審査官若しくは審判官が、第二次訴訟の提起に至るまで審査ないし審決をしなかった不作為は、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか。

2  前項が肯定された場合、違法な公権力の行使と原告主張の損害との間に因果関係が認められるか。

3  前項が肯定された場合、原告に生じた損害の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1

特許庁長官又は特許庁の審査官若しくは審判官が、第二次訴訟の提起に至るまで登録査定ないし審決をしなかった不作為は、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか。

1  原告の主張

(一) 原告の請求を認容し、本件不受理処分を取り消した第一次訴訟の判決が遅くとも昭和六二年五月中に確定し、また、原告が昭和六二年五月二七日に本件不受理処分の対象となった本件補正書及び意見書を添付した上申書を特許庁に提出したのであるから、特許庁長官は、本件更新登録出願について速やかに審査手続で審理をすべき義務があるにもかかわらず、これを放置し、原告が平成四年九月九日と平成五年二月一五日の二回にわたって本件更新登録出願について至急審査をするよう求める上申書をそれぞれ特許庁に提出してもなお、本件更新登録出願についての審査も、本件審判請求についての審決もされない状態であった。

本件商標権については、平成六年七月八日に存続期間が再度満了するため、平成六年一月八日から再び更新登録手続をしなければならないことになるので(再度一〇年が経過したときに、本件更新登録出願について重ねて商標法二〇条四項の適用があるか否かは明らかでない)、原告は、平成五年七月一二日、第二次訴訟を提起することを余儀なくされた。この時点で、第一次訴訟が確定し、本件不受理処分の対象となった本件補正書及び意見書を添付した上申書が特許庁に提出されてから六年余り、本件更新登録出願から九年余りが経過している。これだけ長期にわたり審査も審決もしなかったのは、違法な公権力の行使というよりほかはない。ちなみに、存続期間の更新登録は、通常、出願から三か月ないし六か月で終了している。

(二) 第一次訴訟において、特許庁長官が本案前の抗弁として「本件各不受理処分を取り消すことにより原告に回復される利益はなく、本件訴えは、訴えの利益を欠く。」と主張したのに対して、確定判決が、「右拒絶査定に対し審判を申し立てたからといって、本件各不受理処分の取消しを求める利益がなくなるものではない。」と判断しているところからすると、右確定判決後は、本件更新登録出願について審査手続によって審査すべきであり(右確定判決も、本件更新登録出願は審査手続において審理すべきであると判断したものと解される)、本件審判請求が係属していることを理由に審判手続において処理するのは、原告の審級の利益を奪うものである。ただ、存続期間の更新登録さえされれば、原告がその点について不服を申し立てる利益がないので、不服を申し立てないだけである。本件訴訟においても、直接その点の違法を主張するものではなく、どちらの手続によって処理するべきであるにせよ、長期にわたって審査をしなかったのが違法なのである。

(三) 被告は、審判手続においてどの程度慎重に審理すべきかについては、商標法などの関連法令に違背しない範囲で自由に決することができるというべきであり、審判手続に関する裁量の範囲は相当広範であるというべきであると主張する。しかし、審判手続は審査手続の続行であり、審査手続における特許庁の要件審査はいわゆる行政法上の覊束行為であり、特許庁が拒絶理由を発見しなければ当然登録しなければならず、裁量の余地はない。本件においては、第一次訴訟の確定判決が本件不受理処分を取り消した以上、特許庁としては速やかに本件補正書を受理した上更新登録をすべきであった。

当時の商標法によれば、使用証明書といわれるものは、積極的に登録商標を使用していることを証明するものではなく、「使用をしていないとき」(同法一九条二項ただし書二号)に該当するものでないこと(同法二〇条の二第一号)を証明するものであり、実務上、出願人が提出した証明書によってすべて更新手続が行われている。

(四) 被告は、本件審判手続は適正かつ正当な手続の下に行われたのであり、少なくとも、その過程が明らかに不合理と認められる場合ではなかったというべきであるとし、考慮すべき事情として、まず多数の未済事件が係属していたことを挙げるが、このことは特許庁が自ら招いたことである。

被告は、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は特に慎重に審判手続を進める必要があった旨主張するが、本件不受理処分を取り消された特許庁長官としてはこれに従うべきであり、他の事件と異なる審査、審決をする理由にはならない。仮に特許庁において、本件審判請求について特に慎重な審理をしていたというのであれば、原告が上申書を提出した段階で、事情を説明すべきであった。

2  被告の主張

(一) 原告は本件更新登録出願について、第一次訴訟の確定判決後は審査手続で審査をすべきであった旨主張する。

しかし、右判決によって原告には訴えの利益があるとして本件不受理処分は取り消されたものの、その時点において、原告が既に本件審判請求をし、事件は審判手続に係属していたから、審判手続において審理、判断されるべきであった。なぜなら、不服の審判は審査の判断に過誤がある場合を想定し、その過誤の是正を目的とするものであって、審査の続審の関係にあり、その手続は、審査手続における審理を基盤としつつ、補充された新たな証拠資料をも基礎資料として審査の判断の当否を審理するものであり、出願の審査と同様な手続を必要とするので、その処理手続につき、審査に関する規定を準用しているからである(商標法五六条、特許法一五八条、一五九条)。

(二) 審査官が一人で判断する審査手続においては、行政の画一性、公平性の面から後記商標審査便覧等に忠実に従った判断が望まれる。これに対して、審査官の拒絶した理由が適当であったか否かを、知識、経験が豊富な審判官三人又は五人の合議体の合議により審理する審判手続においては、当該事件における特殊事情も考慮され、具体的、個別的に判断される。そのため、より慎重な判断をするときには、相当の期間を必要とする場合もある。

更新登録出願の審査手続において、適正な願書と使用説明書が提出されている場合には、原告主張のように更新登録が出願から三か月ないし六か月で終了しているケースがあることは否定しない。しかし、審判手続においては、審判請求がなされた順に着手、処理しており、本件審判請求がされた昭和六〇年における商標に関する審判事件の処理状況は、審判請求件数が五四五六件、処理件数が二八九六件、未済件数が二万四四一三件であって、平均処理期間は八年強であり、当時、多数の未済事件の処理に努めていたので、審査手続のように六か月以内に審決がされたケースは見当たらない。ちなみに、昭和六一年については、審判請求件数が四二五一件、処理件数が三〇七五件、未済件数が二万五五八九件であって、平均処理期間は約八年四か月であり、昭和六二年については、審判請求件数が四三七八件、処理件数が四五四九件、未済件数が二万五四一八件であって、平均処理期間は約五年七か月である。

審判事件は、事件ごとに担当する審判官が指定されるが、審判官の在任期間は約二年間であり、要処理期間が長期化している状況においては、審決が出されるまでに人事異動等で審判官の指定換えが行われるケースが多いのが実情である。本件審判請求についても、最初の担当審判官が指定されて以来、本件審決をした審判官が平成五年四月に本件の担当審判官となるまでの間に数名の指定換えがあった。

本件においては、以下のように、第一次訴訟の確定判決が新判断を下しており、それを受けて行われる本件審判請求に対する審決も、特許庁における更新登録の審査、審判手続に影響を与えるリーディングケースとして、特に慎重な審理が必要であった。

(1) 使用説明書の従来の取扱いとその変更

使用説明書は、更新登録出願前三年以内にその登録商標の使用をしていないことがない旨を証明するための書面であり、更新登録の出願時に既に確定している事実を客観的に証明するものなので、使用説明書の補正を認める必要性が極めて乏しい。また、補正を認めることとすれば、大量の更新登録の出願を迅速に処理することが困難となる。そこで、第一次訴訟の判決が確定する以前の特許庁の実務においては、出願と同時に提出された使用説明書の内容を実質的に変更するような補正は認めないこととし、拒絶理由通知に対する応答として提出された手続補正書であっても一律に不受理処分としていた。

しかし、第一次訴訟の判決が確定したことを踏まえて、特許庁においては、右取扱いを改め、使用説明書を出願と同時に提出しなかった場合はもちろんのこと、実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような脱法的なものは別として、手続補正書による明白な誤記の訂正に加え、その他使用説明書の補正をしようとする手続補正書を受理して、審査官がその補正について当該登録商標の使用を立証するための資料として採用するか否か、手続補正書により補正された使用説明書の内容が実質的変更となるか否かを判断することとした。

(2) 更新登録出願における審査官の審査実務

審査官は、更新登録の出願を含む商標登録出願について、登録要件等の審査をするに当たり、法の規定に従って判断しなければならないが、法の解釈に当たっては、特許庁としての公式見解ともいえる「工業所有権法逐条解説」で示されている各条文の趣旨説明を基礎とし、法を円滑に運用し、審査官による判断の統一、審査の適正、促進を図るために作成されている「商標審査基準」、及び特許庁内部における手続や細部の運用に関する事項等について、審査が一定の基準に従って公平かつ迅速に行われるように作成されている「商標審査便覧」で示された基準に従って審査を行っている。

「工業所有権法逐条解説」は、商標法二一条一項二号について、「本項二号においては、二〇条の二第一号又は二号の規定により提出された同条一号又は二号の書類だけで一九条二項ただし書二号又は同条三項の要件を審査することとし、その審査のための資料の時間的及び量的範囲を絞っている。」とした上、「前条の規定により提出された」という字句の解釈として、「更新登録の出願と同時に提出された」という意味であると説明し、商標法二〇条の二の趣旨については、「更新登録出願に係る登録商標の使用がなされていないことの確認は、その性質上職権調査にはなじみにくいこと及び大量の出願を処理しなければならないという事務処理上の要請から更新登録の出願と同時にその出願に係る登録商標の使用に関する資料を書類により提出させることとし、審査官はその書類のみで審査を行うこととした。(二一条一項二号参照)。」と説明している。

そして、「商標審査便覧」は、「43・03」において、「更新登録出願と同時に提出された登録商標の使用説明書又は登録商標の不使用についての正当理由説明書の内容を実質的に変更するような補正を認めることは、商標法第二〇条の二及び第二一条第一項第二号の趣旨に反する。なお、登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更するような補正とは、『誰が、いつ、どこで、どのような商標を、どのような商品に使用し、その事実を示す資料はこのとおりである。』という登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更することをいう。したがって、これらの構成要件のいずれかが変更されれば、その内容が実質的に変更されることになるが、願書、委任状その他更新登録出願と同時に提出された資料から判断して、明らかに誤記と認められる事項を訂正する場合は、その内容が実質的に変更されるものとは解されない。また、明瞭でない記載を釈明することも、その内容が実質的に変更されない限り、認められる。登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更する補正となる典型的な事例を挙げれば、下記のとおりである。」として、「商標の使用に係る商品名をAからBに変更する補正」、「写真その他の資料を補充、訂正又は変更する補正」を挙げている。

(3) 本件更新登録出願の審査

本件更新登録出願について、審査官は、右(2)の審査実務に従い、審査を行った結果、本件拒絶査定に至った。

(4) 本件審判請求の審理

昭和六二年五月二九日、原告から、第一次訴訟の判決が確定した旨の同月二七日付け上申書が特許庁長官あてに提出されたが、本件審判請求以前に請求された審判請求が未処理案件として相当数存在していたこともあって、この時点では本件審判請求の審理に容易に着手できる状況にはなかった。

その後、原告から本件審判請求の審理を促す平成四年九月九日付け上申書が提出され、審判官も調査、検討を進めていたが、より慎重な検討に時間を要したので、合議の結論を出すには至らない状態であった。

再度審理を促す平成五年二月一五日付け上申書が提出された時点では、検討がある程度煮詰まり、結論を出せる状況になってきたので、合議の上結審し、登録をすべき旨の本件審決をしたものである。なお、右各上申書では、審査の実情を回答するように求めているが、特許庁において右のように審決すべく検討、審理をしていたので、特に回答することなく本件審決に至っている。

前記のとおり、商標法二〇条の二及び二一条一項二号は、登録商標の更新登録を認めるか否かの判断は説明書のみによることを明示しているので、更新登録出願と同時に提出された登録商標の使用説明書の内容を実質的に変更するような補正(例えば、使用商品Aを別異の使用商品Bに補正すること)を認めることは、右各条項の趣旨に反することとなるし、また、使用説明書の使用に係る商品名の変更等、実質的に願書の差替を内容とする補正がされた場合には、改めて実体審査をやり直す必要があり、補正が一回で済まずに拒絶理由の通知と補正を繰り返すケースが生じるなどの弊害の発生が予想されるし、補正の内容が適正か否かは内容審査をして初めて判明する性質のものなので、更新登録出願において一般的に補正を認容することは、更新登録出願のみならず、通常の出願の処理の遅延の原因となることが明らかである。

第一次訴訟の確定判決も、「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合まで更新登録出願が認められるものでないことは明らかであり、このような場合は使用説明書の追完、補正は許されず、右各条項違反として更新登録を拒絶することができると解される」と判示しており、本件不受理処分を違法として取り消したにすぎず、原告が提出した本件補正書のように商品区分及び商品を全く別のものに変更する補正が内容においても適正なものとして許容されると判示しているわけではない(仮に右の事項まで判断しているとしても、その判断には既判力が生じるわけでもない)。

したがって、右判決を受けて、いかなる補正まで適正なものとして認めるべきか(使用商品を商品区分も商品も全く異なるものに変更することを内容とする使用説明書が、当該登録商標の使用を立証するための使用説明書として採用し得る範囲内の補正といえるか)について、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は審判請求の理由及び審判手続において提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があった。

本件補正書は、使用商品を、日常使用される繊維製品をまとめた商品区分(商標法施行規則〔平成三年九月二五日政令第二九九号による改正前のもの〕三条別表)第一七類に属する寝具類中の商品「毛布」から、それ自体日常使用されるものではなくいわば半製品である生地の段階の繊維製品をまとめた商品区分第一六類に属する商品「フェルト」に補正するものであって、使用説明書の内容を全く差し替えるものなので、本来実質的な変更に当たるというべきものであった。

しかしながら、本件審判請求の審理に際しては、願書に添付された登録商標の使用説明書(乙第一号証の2)、意見書(乙第六号証)、第一次訴訟の判決を受けて受理された本件補正書、意見書、審判請求の理由及び本件審判手続において提出された補充証拠等を総合勘案し、本件登録商標の指定商品中には「フェルト」のみならず「シーツ用織物」が包含されており、これと「毛布」は寝具用品という点での共通性を有するものであること、また、これらの商品と「毛布」とは、ともに広義の織物製品に属し、その取引者及び取引の流通系統を同じくする場合があるという点において密接な関係を有していることなどの事情を特に考慮して、本件登録商標の使用証明としての使用商品を「フェルト」とすべきところを「毛布」としたことに錯誤があったものと認めた上、その錯誤は審判手続で提出された補充証拠等により客観的に認め得るとして、登録をすべき旨の本件審決を行ったのである。

(三) 民法七〇九条についての通説的見解は、権利侵害をもって違法な行為の一徴表にすぎないとし、右にいう違法性は被侵害利益の種類、性質と侵害行為の態様との相関関係において決せられるべきものと解している(相関関係説)。右のような理解は、固有の意味での権利侵害がなくても不法行為的保護を与えるにふさわしい法益の侵害があれば、それをも民法七〇九条の適用領域に加えようとする考え方に由来しており、固有の意味における権利侵害があれば、私人相互間においては元来他人の権利を侵害することが許されていない以上、加害者側において特段の違法阻却事由の存在を証明しない限り、不法行為責任を負うことは自明の理であるということになる。

これに対し、国家賠償法一条一項にいう「違法」については、国又は地方公共団体と私人は、治者対被治者の関係にあることが前提になっていることから、権利侵害即違法とはいえない。公権力の行使は、本来国又は公共団体の統治権に基づく優越的意思作用であり、それを行使すれば、多くの場合に生命、自由、財産の剥奪や制限という私人間ではおよそ許されない権利侵害を伴うものであるが、そのことは公権力行使の根拠法令自体によって予定され、適法行為として許容されている。

それゆえ、国家賠償責任を論ずるに当たっては、権利侵害の事実をもって直ちに違法性評価の契機ないし基準とすることはできず、当該公権力行使の根拠規範(行為規範)の目的、内容に照らして、当該権利侵害が、法の予定している行為の種類、態様を逸脱しているか否かが違法性判断の基準とされるべきものである。換言すれば、国家賠償法一条一項の違法とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解するべきである(最一小判昭和六〇年一一月二一日・民集三九巻七号一五一二頁)。

審判手続についてみると、審判手続が国家賠償法上違法であるか否かは、その根拠規範である商標法などの関係法規の目的、内容に照らし、法の予定する審判手続の態様を逸脱しているか否か、換言すれば、審判官が、当該更新登録出願人に対して負担する職務上の法的義務に違背したかどうかによって判断されなければならない。

前記(二)にみた審判手続の特質から、審判手続においてどの程度慎重に審理すべきかは、商標法などの関係法令に違背しない範囲で自由に決することができるというべきであり、審判手続に関する裁量の範囲は相当広範なものである。したがって、審判官に職務上の法的義務違反があったというためには、事件が審判事件として係属している間の審判手続の経緯を総合的に考慮して、その過程が明らかに不合理と認められる場合であることを要する。

本件では、①本件審判請求が係属していた当時、前記(二)のとおり多数の未済事件が係属していたこと、②前記(二)(4)にみたとおり、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されたことから、審判官は審判請求の理由及び審判手続において提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があったことなどの諸事情が存在したのであって、本件審判手続は適正かつ正当な手続の下に行われたものであり、少なくとも、その過程が明らかに不合理と認められる場合ではなかった。

二  争点2

違法な公権力の行使と原告主張の損害との間に因果関係が認められるか。

1  原告の主張

原告が平成四年九月九日と平成五年二月一五日の二回にわたって特許庁長官にあてて提出した上申書には、特許庁における審査の実情を回答するように求めており、特に平成五年二月一五日に提出した上申書には返信用の葉書まで同封していたのに、特許庁長官からは何の応答もなかったこと、本件審判手続の審判官の氏名が原告に通知されたのが第二次訴訟の提起(平成五年七月一二日)の直後である同年八月九日であり、その後同月一八日には審決がされていることからすれば、特許庁長官は第二次訴訟の提起を受けて初めて登録する旨の査定をしたことが明らかである。

商標法二〇条四項が、一〇年近くも更新手続をしないことを予想した規定とは考えられない。同条二項によると、商標権者の登録出願は、存続期間の満了前六か月から三か月の間にしなければならないとし、その期間は不変期間であるとされていたのであり(同条三項)、それは、残りの三か月に特許庁が更新登録手続を終了することが前提となっていた。しかし、旧法時代更新登録手続が残りの三か月以内にできないことがあったので、同条四項が規定されたのである。したがって、同条四項は、長くても出願から一、二年の間に更新登録手続がされることを予定している。

2  被告の主張

原告から平成四年九月九日付け及び平成五年二月一五日付けの審理を促す上申書が提出されたが、平成四年九月の段階では合議の結論を出すに至っていなかったものの、平成五年二月の時点で結論を出せる状況になってきたため、合議の上結審し、登録をすべき旨の本件審決をした。

右各上申書の提出、あるいは第二次訴訟の提起を契機に合議を開始したわけではないこと、更新登録出願がされれば、それによって商標権の存続期間はその満了の日の翌日から更新されたものとみなされるので(商標法二〇条四項)、本件商標権は、平成五年一一月二九日の存続期間の更新の登録により、一時的にもせよ消滅することなく存続していることを考慮すると、本件審判手続と原告主張の損害の間には因果関係がない。

三  争点3 損害金額

1  原告の主張

本件不作為により、原告は第二次訴訟を提起せざるを得なくなるなどした。これにより原告の被った損害は、次のとおり合計一三八万八一四七円である。

(1) 第二次訴訟の印紙代

八二〇〇円

被告は印紙代について還付請求ができるとして損害の一部を否認するが、原告に還付請求をする義務はないし、いずれにしろ国により負担されるべきものである。

(2) 第二次訴訟の予納切手代(原告に返還された分を除く)

一八八七円

(3) 出張旅費(二回分)

七万二〇六〇円

弁護士が大阪から東京に出張するには飛行機又は新幹線(グリーン車)を使用することは公知の事実であり(日弁連の報酬規則三八条によると、弁護士が受任事件等について出張するときの旅費は最高の運賃とすることとされている)、原告訴訟代理人は後者を利用した。

(4) 第二次訴訟と本件訴訟の弁護士費用(一部、附帯控訴分)

九二万〇〇〇〇円

二九万〇〇〇〇円

第二次訴訟は行政事件であり、訴額は九五万円とみなされている(民事訴訟費用等に関する法律四条二項)。しかし、行政事件は決して非財産権上の訴えではなく、便宜上同条項を適用又は準用しているにすぎない。したがって、右訴額を基準として弁護士費用を決定するわけにはいかない。ちなみに、弁理士会の特許事務標準額表によると、行政不服審査法による事件は手数料一二万円、報酬一二万円であり、他方、訴訟事件の手数料は八〇万円、報酬も八〇万円である。そうすると、第二次訴訟の弁護士費用としては、右の中間である手数料、報酬各四六万円が妥当である。

本件訴訟は訴額が一〇八万二一四七円なので、手数料は一四万五〇〇〇円である。

原審では、第二次訴訟の手数料及び報酬の合計九二万円の内金八五万五〇〇〇円と、本件訴訟の着手金一四万五〇〇〇円の合計一〇〇万円を請求し、原判決は第二次訴訟の訴訟代理人費用相当の損害を五〇万円が相当と認定した。

当審では、附帯控訴(請求の拡張)として、①第二次訴訟の手数料(着手金)及び報酬の合計九二万円と、②本件訴訟の着手金及び報酬各一四万五〇〇〇円の合計二九万円を損害として主張する(なお、本件訴訟の報酬一四万五〇〇〇円の分の遅延損害金の請求はしない)。

(5) 審判請求の印紙代(附帯控訴分)

二万九〇〇〇円

本件不受理処分が第一次訴訟の確定判決により違法として取り消された以上、本件拒絶査定も、手続面で違法となり、本件審判請求の印紙代二万九〇〇〇円も、原告の被った損害となる。

(6) 別の商標登録出願の印紙代及び登録料(附帯控訴分)

一万四〇〇〇円

五万三〇〇〇円

本件拒絶査定の結果、原告は本件商標と同じ商標について、昭和六〇年二月二二日に商標登録出願をし、登録を得たが(昭和六〇年第一六八七六号、商標登録第二五四六八六五号)、放棄した。

2  被告の主張

原告が第二次訴訟の印紙を納付したことは認めるが、原告は民事訴訟費用等に関する法律九条二項一号により還付の申立てができるはずである。

予納切手代及び審判請求の印紙代は認める。

原告が損害賠償請求権を有する点は争う。

第四  争点に対する判断

一  争点1 違法な公権力の行使

特許庁長官又は審査官若しくは審判官が、第二次訴訟の提起に至るまで審査ないし審決をしなかった不作為が、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか、について判断する。

1  判断対象とすべき公務員の不作為

弁論の全趣旨によれば、原告による本件審判請求の後、特許庁長官が商標法五六条一項、特許法一三七条一項により合議体を構成すべき審判官を指定し、これにより、本件審判請求事件は審判官の合議体に係属したものと認められる。

行政不服審査法四八条、三四条一項、行政事件訴訟法二五条一項によれば、審査手続中に提出された書類が不受理となった場合において、これに対し行政不服審査法による異議申立てをしたり、行政事件訴訟法による処分取消しの訴えを提起したとしても、審査手続における審査の続行、処分の執行を妨げるものではないと解され、本件不受理処分が取り消されたからといって、本件拒絶査定が当然に無効になるとまでいうことはできず、また、商標法五六条一項、特許法一六〇条によれば、審判において査定を取り消す場合においても、事件を審査手続に差し戻すか否かは審判官の裁量によるものと解されるのであるから、本件更新登録出願を審判手続で審理したこと自体をもって、違法とすることはできない。

したがって、本件において、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるか否かは、特許庁審判官が第二次訴訟の提起に至るまで審決をしなかった不作為について問題となる。

2  違法性の判断基準

(一) 国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものである(最一小判昭和六〇年一一月二一日・民集三九巻七号一五一二頁)。

商標権の存続期間が設定登録の日から一〇年であり、更新登録の出願により更に一〇年ごとに更新が認められること(商標法一九条)、同法二〇条二項で、更新登録の出願は商標権の存続期間の満了前六か月から三か月までの間にしなければならないと規定されているのは、存続期間の満了までの間に更新登録(又は拒絶査定)がされるのが通例であることを前提とする趣旨に出たものと解されることからすると、更新登録出願についての拒絶査定に対する審判請求において、審判官としては、商標権の存続期間の満了後再度の一〇年の存続期間が満了する前に審決をすべきことは当然のこととして、当初の存続期間の満了時点からできる限り近い時期に審決をすべき作為義務があると解される。

ただ、当初の存続期間が満了するまでの間に更新の可否の判断をすることが必ずしも容易でないことを想定して同条四項が定められており、審判手続では審査手続で判断が示されている事項について、審判官の合議体によりさらに慎重に審理すべきことが予定されていること(商標法五六条一項、特許法一三六条一項)からすると、一般的には審判手続の運営についての審判官の裁量は相当に広範なものとなる。

したがって、審判官が前記作為義務に違反したというためには、審決に至るまでに要した期間、特許庁の執務体制、当該審判手続の対象となる事件の判断の難易、当該事件で認められる特殊事情等を総合的に考慮し、右裁量を前提としてもなお、不当に長期間にわたり審決をしなかったといえる場合であることを要すると解するべきである。

(二) 被告は、再度更新登録出願さえすれば、商標権の存続期間の満了後、再度一〇年の存続期間が満了した場合でも、商標法二〇条四項により、更に存続期間は延長されると解され、その場合、出願人の商標権は、一時的にも消滅することなく存続することになり、原告としては、不作為違法確認請求訴訟等を提起しなくても、その法的地位に影響がないことを理由に、商標法一九条、あるいは二〇条二項の解釈上、審判官は、商標権の存続期間満了後、再度の一〇年の存続期間満了前に審決する義務を具体的な国民個人に対して負っているものとは解されないと、当審で主張を補充する。

しかしながら、当裁判所は、本件の作為義務違反を判断する前提として、再度の一〇年の存続期間満了までに審決すべき義務を一律に認めるものではなく、諸々の事情を踏まえた上、本訴で請求されている損害との関連において本件事案における作為義務違反の有無並びに損害との因果関係の有無を判断するものである。被告の右主張は採用することができない。

3  本件での作為義務違反の有無

(一) 第二次訴訟が提起されるまでの間に、本件商標権の存続期間の満了(昭和五九年七月八日の経過)から約九年、本件審判請求から約八年半、第一次訴訟の判決確定から六年余りを経過しており、前記商標法二〇条二項の趣旨、商標権の存続期間との対比からすると、常識的にみて、長期間にわたって審決がされなかったと評価されるのもやむを得ないところである。

(二) 証拠(乙第二〇号証ないし二二号証)によれば、商標に関する審判事件の処理状況は、本件審判請求がされた昭和六〇年については、審判請求件数が五四五六件、処理件数が二八九六件、未済件数が二万四四一三件であって、平均処理期間は八年強であり、昭和六一年については、審判請求件数が四二五一件、処理件数が三〇七五件、未済件数が二万五五八九件であって、平均処理期間は約八年四か月であり、昭和六二年については、審判請求件数が四三七八件、処理件数が四五四九件、未済件数が二万五四一八件であって、平均処理期間は約五年七か月であったことが認められる。

(三) 被告は、第一次訴訟の確定判決は、本件不受理処分を違法として取り消したにすぎず、原告が提出した本件補正書のように、商品区分及び商品を全く別のものに変更する補正が内容においても適正なものとして許容されると判示しているわけではなく(仮に右の事項まで判断しているとしても、その判断には既判力が生じるわけでもない)、したがって、右判決を受けて、いかなる補正まで適正なものとして認めるべきか(使用商品を商品区分も商品も全く異なるものに変更することを内容とする使用説明書が、当該登録商標の使用を立証するための使用説明書として採用し得る範囲内の補正といえるか)について、本件審判請求に対する判断がリーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は、審判請求の理由及び審判手続において提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があった旨主張し、第一次訴訟の判決を前提としても、原告の本件補正書による補正を適正なものとして認めることができるかどうかについてはなお慎重な検討が必要であったかのように主張する。

そこで判断するに、行政処分を取り消す判決の拘束力(行政事件訴訟法三三条一項)は、判決主文が導かれるのに必要な認定判断の内容にも生じるところ、第一次訴訟の確定判決(乙第一二号証)については次のように認められる。

本件不受理処分の適法性に関して、同判決で示されている特許庁長官の主張及びこれに対する判断は、次のとおりである。

まず、特許庁長官の主張は以下のとおりのものであった。

「商標法二〇条の二第一号に規定する使用説明書は、その補正が明白な誤記の訂正を目的とするものである場合はともかく、商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正は認められない。

(中略)

本件使用説明書についてはこれを実質的に変更する補正は許されないものである。ところで、商標法二〇条の二第一号の使用説明書を実質的に変更する補正とは、『商標の使用者、商標の使用に係る商品名、商標の使用場所、商標の使用の事実を示す書類』(商標法施行規則三条の四様式八参照)のいずれかを変更する補正をいうところ、本件補正書は、本件使用説明書の『商標の使用に係る商品名』を商標法施行令一条別表で定める商品の区分及び同法施行規則三条別表で定める商品の区分の第一七類に属する商品である『毛布』から第一六類に属する商品である『フェルト』に訂正し、かつ、『商標の使用の事実を示す書類』の欄の内容を変更しようとするものであって、本件補正書は、本件更新登録出願時の使用説明書を実質的に変更するものである。したがって、右補正は許されないから、本件補正書を不受理とした被告の処分は適法である。」

これに対する第一次訴訟の確定判決の判断は次のとおりのものであった。

「以上のとおり、使用説明書の補正を許さないとする実質上の理由は乏しく、むしろその補正を許すべき必要性が大きいと認められるから、前記商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定も、使用説明書の補正を禁止する趣旨までも含むものではないと解釈すべきである(こう解しても、使用説明書を更新登録出願と同時に提出することをしない場合や実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合まで更新登録出願が認められるものでないことは明らかであり、このような場合は使用説明書の追完、補正は許されず、右各条項違反として更新登録を拒絶することができると解される)。

また、商標法二二条は、補正の却下に関する特許法五三条を準用していないが、これは更新登録出願については出願公告の制度がないので同条を準用しなかったと解するのが相当であり、右商標法二二条が使用説明書の補正を禁止しているとまで解することはできない。そして、他に使用説明書の補正を制限する規定は存在しない。

以上のとおり、使用説明書の補正を禁止する実質上、条文上の根拠がなく、逆に補正を許すべき必要が大きいので、商標法六八条の二により使用説明書の補正は許されると認められる(なお、本件補正書が、商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定を潜脱するものであるとの事実を認めるに足りる証拠はない)。そうすると、使用説明書の補正が許されないとの前提の下にされた本件各不受理処分は、右前提が誤りであるから、その余の点について判断するまでもなく違法であると認められる。」

第一次訴訟の確定判決は、右のように判断して本件不受理処分を取り消したものであって、使用説明書の補正は、「使用説明書を更新登録出願と同時に提出しない場合や実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」を除いて、許されるとした上、本件補正書は、右にいう「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」には該当しないとして、本件不受理処分を違法として取り消したことが明らかである。同判決は、「本件補正書が、商標法二〇条の二、二一条一項二号の規定を潜脱するものであるとの事実を認めるに足りる証拠はない。」と明確に判示しているところ、もし、同判決が、本件補正書は右「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」に該当すると判断したのであれば、使用説明書の補正の許否についての特許庁の基準は採用しないとしても、右判決の採用する基準によっても本件補正書による補正は許されず、結局本件不受理処分は適法ということになるので、本件不受理処分を違法として取り消すことはできなかったはずである。なお、本件が「使用説明書を更新登録出願と同時に提出しない場合」に該当しないことはいうまでもない。

すなわち、特許庁長官が、「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」は許されないとする基準を前提に、本件補正書による補正は「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」に該当するから許されないと主張したのに対し、右判決は、使用説明書の補正は、「使用説明書を更新登録出願と同時に提出することをしない場合や実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」を除いて、許されるとした上、本件補正書は、「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」には該当しないとして、本件不受理処分を違法として取り消したのであるから、「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」は許されないとする特許庁長官の主張は採用せず、「商標の使用に係る商品名、使用事実を示す書類を変更するような補正」ないしは「使用説明書を実質的に変更する補正」であっても、「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」に該当しない限り、使用説明書の補正は許され、かつ、本件補正書は右「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」に該当しないとしたものであることが明らかである。

そして、特許庁長官は、右判決に対して控訴、上告の途があったのに、同判決を確定させている。

したがって、特許庁審判官としては、行政事件訴訟法三三条一項により、もはや、本件補正書による補正はその内容の点で許されないという理由でこれを不受理とすることはできず、右判決の趣旨に従い、他に不受理とすべき理由がない限り、本件補正書を受理しなければならない拘束力を受けることになったものというべきである。そして、本件補正書が、本件更新登録出願が審査に係属している間に提出され、商標法施行規則六条一項において準用する特許法施行規則一一条に定める様式第五に基づき作成されていることは第一次訴訟において特許庁長官の認めるところであり(乙第一二号証)、他に不受理とすべき理由があったことについての主張、立証はない。

(四) 被告は、右判決は、本件補正書のように商品区分及び商品を全く別のものに変更する補正が内容においても適正なものとして許容されると判示しているわけではない、というのであるが、本件補正書による補正が商品区分及び商品を全く別のものに変更することは明らかなのに、右判決は、「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」に該当しないとして右補正が許されるとしているのである。

被告は、また、右判決を受けて、いかなる補正まで適正なものとして認めるべきか(使用商品を商品区分も商品も全く異なるものに変更することを内容とする使用説明書が、当該登録商標の使用を立証するための使用説明書として使用し得る範囲内の補正であるか)について、本件審判請求における判断が、リーディングケースとして現在及び将来における更新登録の審査、審判手続に影響を与えることが予想されることから、審判官は、審判請求の理由及び審判手続で提出された補充証拠等を特に慎重に検討し、審判手続を進める必要があった、と主張する。

なるほど、右判決にいう「実質上使用説明書を提出しないのと同視し得るような、いわば脱法的な場合」とは具体的にいかなる場合をいうのかは、必ずしも明確でないものの、こと本件補正書に関する限り、同判決で右の場合に該当しないと判断されており、本件審判手続においてこの点を検討する余地はなかったものである。

被告は、本件訴訟においてなおも、「本件補正書は、使用商品を、日常使用される繊維製品をまとめた商品区分第一七類に属する寝具類中の商品『毛布』から、それ自体日常使用されるものではなくいわば半製品である生地の段階の繊維製品をまとめた商品区分第一六類に属する商品『フェルト』に補正するものであって、使用説明書の内容を全く差し替えるものなので、本来実質的な変更に当たるというべきであった。」と主張し、本来本件補正書による補正は許されないと主張するようであるが、かかる見解は、第一次訴訟の確定判決により排斥されたものであることは、前示のとおりである。

被告は、

「しかしながら、本件審判請求の審理に際しては、願書に添付された使用説明書(乙第一号証の2)、意見書(乙第六号証)、第一次訴訟の判決を受けて受理された本件補正書、意見書、審判請求の理由及び本件審判手続において提出された補充証拠等を総合勘案し、本件登録商標の指定商品中には『フェルト』のみならず『シーツ用織物』が包含されており、これと『毛布』は寝具用品という点での共通性を有するものであること、また、これらの商品と『毛布』とは、ともに広義の織物製品に属し、その取引者及び取引の流通経路を同じくする場合があるという点において密接な関係を有していることなどの事情を特に考慮して、本件登録商標の使用説明としての使用商品を『フェルト』とすべきところを『毛布』としたことに錯誤があったものと認めた上、その錯誤は審判手続で提出された補充証拠等により客観的に認め得るとして、登録をすべき旨の本件審決を行ったのである。」

と主張し、本件審決(乙第一六号証)も、

「本件の審理に当たっては、原審における前記手続の経緯並びに前記判決の結論及びその趣旨を踏まえて審理するならば、原審において提出された当初の使用説明書に記載された商品『毛布』及び該商品の写真を出願後に商品『フェルト』及び該商品の写真に差し替えた前記の意見書に添付した本件商標の使用説明書の提出が商標法第二〇条の二及び同法第二一条第一項第二号の規定の趣旨に反するものであるか否かについてみると、本件商標の指定商品は、前記のとおりのものであるが、該商品中には『フェルト』のみならず『シーツ用織物』が包含されており、これと当初の使用説明書における『毛布』とは、寝具用品という点での関連性を有するものである。また、これらの商品と当初の使用説明書における商品『毛布』とは、ともに広義の織物製品に属し、その取引者及び取引の流通系統を同じくする場合があるという点において密接な関係を有しているため、当初の使用説明書の作成において、その選択に際し、誤認しやすい素地を有していたものとみるべきであることを考慮するならば、当初の使用説明書の記載及び添付写真については明白な錯誤による書類の提出があったものと認めることができる。そうとすれば、本願の出願後に提出された前記の昭和五九年一〇月一八日付けの意見書に添付された本件商標の使用説明書に記載された内容は、当初の使用説明書の内容を変更するものとみるべきではなく、商標法第二〇条の二及び同法第二一条第一項第二号の規定の趣旨を潜脱するものではないといわなければならない。してみれば、本願の出願後に提出した前記使用説明書の記載並びに当審において提出した(証拠―略)をも参酌して考慮するならば、請求人(出願人)は、本願の出願前三年以内に、本件商標をその指定商品について使用をしていないものということはできないと判断するを相当とする。したがって、本願を商標法第一九条第二項ただし書第二号に該当するとして拒絶した原査定は、妥当なものではなく取消しを免れない。」

と説示しており、あたかも第一次訴訟の確定判決が本件不受理処分を違法として取り消したのは、本件補正書による補正は、明白な錯誤の訂正に当たるものであり、使用説明書の内容の実質的な変更には当たらないとしたためであるとするかのようであるが、かかる見解は右判決の説示と相容れない。

右のような本件審決の説示は、右判決にもかかわらず、「使用説明書の補正は、明白な誤記の訂正を目的とするもの以外は、認められない。」あるいは「使用説明書の内容を実質的に変更する補正は認められない。」とする被告主張の特許庁の従来の取扱いを改める必要はないようにするべく、右判決が特許庁の実務に与える影響を極力最小限に抑えようと腐心していた姿勢を如実に示すものといわざるを得ない。

被告の主張はいずれも採用できない。

(五)  以上によれば、第二次訴訟の提起までの間に本件商標権の存続期間の満了から約九年、本件審判請求から約八年半、第一次訴訟の判決確定から六年余りを経過しており、前記商標法二〇条二項の趣旨、商標権の存続期間との対比からしても、常識的にみて長期間にわたり審決がされなかったとの評価は否めない。

被告は、本件審判請求がされた当時、特許庁において商標に関する審判事件の未済件数が多数にのぼり、その平均処理期間は、昭和六〇年で八年強、昭和六一年で約八年四か月、昭和六二年で約五年七か月であったとし、当審において、本件審判請求がされた昭和六〇年及び第一次訴訟の判決があった昭和六二年当時の商標に関する審判の未済処理件数は、史上最高件数に上った昭和六一年を挟み、昭和五〇年当時と比較して、その間の数年間で4.93倍又は5.14倍に達していたことなどの事情を述べ、審判官の増員や機械化の開発などの努力をして処理期間の短縮化などの必要な措置を執っていた旨の主張を補充している。

しかしながら、更新登録出願の審査手続において、適正な願書と使用説明が提出されている場合には、更新登録が出願から三か月ないし六か月で終了しているケースがあることは、被告も争っておらず、甲第五、第六号証の各1ないし3、第七号証の1、2によれば、更新登録は、通常、遅くとも出願から一、二年の間には終了していると推認される。

本件においては、審査手続で本件拒絶査定があったため原告の審判請求により審判手続に移行したものの、本件拒絶査定は、本件補正書を不受理とした本件不受理処分を前提に、本件補正書による補正を判断資料として採用していなかったところ、その本件不受理処分が第一次訴訟の確定判決により違法として取り消された以上、本件拒絶査定も、手続面において違法たるを免れず、判断資料の範囲という前提問題で誤っていたことが明らかにされている。したがって、本件更新登録出願を審判手続で審理したこと自体をもって違法とはいえないものの、審判手続において、通常の審査手続に準じた期間での処理が求められたものというべきである。被告の当審主張中には、本件も通常の審判手続期間で処理することを原告が受忍したと主張する部分もあるが、右に説示したところにかんがみ、採用することができない。そうすると、被告主張の審判事件の輻輳のあった事実も、本件審判手続で長期間にわたり審決がされなかったことを正当付けるものではないというべきである。

被告は当審において、本件審判請求理由補充書(昭和六〇年二月一五日付け)に添付の証拠方法に記載されている品名「ニードルパンチ」と本件商標の指定商品であるフェルトとの関係が判然とせず、文献を調査、検討する必要があったとし、また、同補充書に添付されている写真の商品と、同じく補充書添付の受領書に記載の名称が別類のものであり、取引単位も異なるものに係るものであることなどをもって、取引の実態を含め更に検討する必要があったとする。しかしながら、右に主張されている事情をもって、更新登録を妨げるべき登録商標の不使用要件に該当するか否かについての審理に、前記のような長期間を要するようなほどの格別の困難な要素が伴っていたものとはたやすく認められない。被告の右主張をもってしても、本件審判手続の審理遅延を正当付けることはできないというべきである。

以上のとおりであって、本件審判手続において本件補正書を判断資料として採用した上での、出願前三年以内に本件登録商標をその指定商品について使用をしていないときに該当しないという判断についても、格別困難な点はうかがわれないのであり、それにもかかわらず、審決までに本件審判手続が長引いたのは、審判官が、特許庁の従来の取扱いを改める必要はないようにするべく、右判決の特許庁の実務への影響を極力最小限に抑えようと腐心していた結果であることが推定されるのである。

一方、審判手続における審理の遅延につき原告には何ら非難されるべき点はなく、原告が、昭和六二年五月二七日付け上申書により第一次訴訟の判決確定の旨を通知し、更に、平成四年九月九日付け及び平成五年二月一五日付け各上申書により至急審査をするよう求め、かつ、審査の実情について回答するよう求めたにもかかわらず、審判官は何の応答もしなかったのである。

(六)  以上を総合勘案すると、本件審決までに審判手続が長期化したのは、主として、第一次訴訟の確定判決により生じた拘束力にもかかわらず、従前の特許庁の実務への影響を抑えようとして、本件審判請求への対応、方策に腐心していたことが原因となっていたものと推認すべきであるが、これにより第二次訴訟の提起までの間の長期にわたり審決がされなかったことは正当視されるものではない。前示のような商標に関する審判事件の処理状況及び審判事件の運営についての審判官の裁量の広範性を考慮に入れてもなお、審判官が第一次訴訟の判決の確定から六年余り経過しても審決をしなかったことについては、合理的な理由を見いだし難く、不当に長期間にわたり審決をしなかったというべきである。

したがって、前記2に説示したところに従い、審判官には作為義務違反があったものというべきであり、職務上の法的義務違反があったものというべきである。

二  争点2 損害との因果関係

被告は、原告から平成四年九月九日付け及び平成五年二月一五日付けの審理を促す上申書が提出されたが、平成四年九月の段階では合議の結論を出すに至っていなかったものの、平成五年二月の時点で結論を出せる状況になってきたため、合議の上結審し、登録をすべき旨の本件審決をしたのであり、右各上申書の提出、あるいは第二次訴訟の提起を契機に合議を開始したわけではないこと、更新登録出願がされれば、それによって商標権の存続期間はその満了の翌日から更新されたものとみなされるので(商標法二〇条四項)、本件商標権は、平成五年一一月二九日の存続期間の更新登録により、一時的にもせよ消滅することなく存続していることを考慮すると、本件審判手続と原告主張の損害の間には因果関係がないと主張する。

しかし、被告の主張によると、本件審決をした審判官が本件審判請求事件の担当審判官となったのは平成五年四月というのであり、特許庁長官から原告に本件審判請求の担当審判官の氏名が通知されたのは、第二次訴訟の提起直後の(そして、訴状送達の後と推認される)平成五年八月九日付け通知書によってであり(同月二三日到達)、それから間もない同月一八日に本件審決がなされていること(違法とはいえないが、審理終結通知〔商標法五六条一項、特許法一五六条〕がなされた形跡もうかがえない)からすると、本件審決は、第二次訴訟が提起されたがために、急遽されたものと推認されても仕方のないところである。乙第五八号証によれば、第二次訴訟の訴状の送達を特許庁長官が受けたのが平成五年七月二九日であったことが認められ、被告は当審において、この送達日からすると右推認は一方的なものであるとするが、送達に関する右の事実も右推認を妨げるものではない。

本件商標権は本件更新登録出願及び存続期間の更新登録により、一時的にもせよ消滅することなく存続していることになるが、原告の主張する損害は、本件商標権が消滅したことによる損害ではなく、本件更新登録出願に対する審理が遅延したことによって原告が第二次訴訟を提起せざるを得なかったことによる損害である。前示の経過に照らせば、原告が第二次訴訟を提起したことも無理からぬところといわなければならない。本件審決の遅延と原告主張の損害との間には相当因果関係があるというべきであり、被告の主張は採用することができない。

三  争点3 損害

1  原告が第二次訴訟の提起の際に印紙八二〇〇円分及び予納切手(原告に返還された分を除く)一八八七円分を納付したことは争いがなく、右は原告が第二次訴訟の提起を余儀なくされたことと相当因果関係にある損害と認められる。被告は、印紙代について、原告は民事訴訟費用等に関する法律九条二項一号により還付の申立てができる旨主張するが、第二次訴訟については二回口頭弁論期日が開かれ、原告は第二回口頭弁論期日において訴えを取り下げたのであり、それにもかかわらず本条項の適用がある場合であることを認めるに足りる証拠はない。

2  甲第八号証によれば、原告は、第二次訴訟の二回にわたる口頭弁論期日の出張旅費として、原告訴訟代理人に対し、東京、新大阪間の新幹線グリーン車往復運賃合計七万二〇六〇円を支払ったことが認められ、これは相当因果関係にある損害と認められる。

3  甲第九号証、乙第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、第二次訴訟及び本件訴訟の追行を本件訴訟代理人に委任したことが認められ、第二次訴訟が目的を達して第二回口頭弁論期日で訴えの取下げにより終了したことを含め、一切の事情を斟酌すれば、第二次訴訟分五〇万円、本件訴訟分二九万円(うち着手金一四万五〇〇〇円、報酬一四万五〇〇〇円)の合計七九万円をもって、相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

4  原告は本件審判請求の印紙代も、損害に当たると主張する。しかし、本件審判請求は、本件拒絶査定の前提となった本件不受理処分が違法と判断された第一次訴訟の判決よりも前に(そして、その訴え提起より前に)されたものである。前記一の1で判断したところの理由により、本件更新登録出願を審判手続で審理したことは違法でなく、本件で違法とされるべきものは、特許庁審判官が第二次訴訟の提起に至るまで審決をしなかった不作為なので、右主張の印紙代は、相当因果関係にある損害とは認められない。

5  原告は、本件拒絶査定の結果、本件と同じ商標について商標登録出願をしたが、後に放棄したことの損害(印紙代及び登録料)を、本件の損害と主張する。まず、この商標登録出願がされたのは昭和六〇年二月であって、第一次訴訟の判決があった昭和六二年よりも前のことなので、出願の印紙代が本件不作為と因果関係があるものとは認められない。他方、甲第一一号証の4、5によれば、この出願に係る登録査定があったのは平成五年一月二二日であり、その通知が原告にされたのが同年七月五日であったことが認められる。これは、本件商標権の存続期間の満了から約九年、本件審判請求から約八年、そして第一次訴訟の判決が確定してから六年前後経過してからのものなので、本件更新登録により原告が右商標権を放棄したことで、その登録料五万三〇〇〇円(争いがない)は、本件不作為がなければ支払わなくてしかるべきものに帰したものと認められる。これも、相当因果関係にある損害と認めるべきである。

第五  結論

以上によれば、被告の控訴は理由がなく棄却されるべきであるが、原告の附帯控訴は一部理由があり、主文第二項のとおり原判決を変更すべきである(遅延損害金の始期は訴状送達日の翌日)。訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。なお、当審においても仮執行宣言は必要ないものと認め、これを付さない。

(裁判長裁判官上野茂 裁判官竹原俊一 裁判官塩月秀平)

別紙<省略>

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