大阪高等裁判所 平成7年(ネ)777号 判決 1997年3月28日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人甲野一郎の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じて各自の負担とする。
理由
第一 次のとおり訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決一〇枚目表二行目の「6」を「6のうち、被控訴人らが物件目録(一)(1)記載の土地のうち同目録(二)(1)記載の土地及び同目録(一)(2)、(3)の各土地について控訴人一郎が所有権を有していることを争っていること」と改め、同行の次に行を変えて次のとおり加える。
ところで、被控訴人らは、物件目録(一)(1)記載の土地のうち同目録(二)(1)記載の土地を除く部分について控訴人一郎が所有権を有していることを争っていないが、その理由は、控訴人一郎が本件遺言によって右土地部分を相続したということにある。しかるに、控訴人一郎は、贈与又は取得時効によって右土地部分の所有権を取得したと主張するとともに、本件遺言の効力を争っているところ、右贈与及び取得時効の事実が否定され、かつ、本件遺言の効力も否定されるとすると、右土地部分は花子の遺産として控訴人一郎及び被控訴人らの共有ということになる。そうすると、その場合においては、被控訴人らが右土地部分について控訴人一郎が所有権を有することを直ちに認めることはできない道理である(被控訴人らの主張が右の場合においても控訴人一郎の右土地部分の所有権を認める趣旨であるとは解されない。)から、控訴人一郎の本件請求において被控訴人らが右土地部分の所有権が控訴人一郎にあることを認めているとしても、直ちにこれをもって右土地部分の所有権の帰属について争いがないものとして、その確認の利益を否定することはできないと解される。よって、被控訴人らの本案前の主張は採用できない。
二 同一〇枚目裏八行目の「二郎各本人」を「二郎、当審における被控訴人春子各本人」と改める。
三 同一一枚目表九行目の「東側にある」を「東側部分の六六一番八の土地上の」と改め、同裏一一行目の「(原告ら旧建物)」を削除し、同一二枚目表一行目の「本件(一)(1)、(2)の土地上」を「本件(一)(1)の土地上」と、同八行目の「北新町の土地上」を「前記六六一番八の土地上」と改める。
四 同一三枚目裏末行目から同一四枚目表一行目の「同弁護士に不信感を抱き」を「遺言をすることを諦め」と、同七行目の「二郎は」を「二郎と被控訴人春子、同松夫間で」と、同八行目の「千林の土地は」から同一二行目の「なった」までを「千林の土地の帰属が話し合われるようになった」と改める。
五 同一七枚目表二行目の「本件(一)(1)、(2)の土地上」を「本件(一)(1)の土地上」と、同五行目の「そのため」から同六行目の「いうべきである」までを「贈与する旨の書面を交付したりなどしていないことに照らすと、花子は右土地をいずれは控訴人一郎に与える心づもりであったであろうが、右時点で確定的に贈与したと認めるに十分ではない」と改め、同一二行目の「原告一郎夫婦」から同裏一行目の「一致しないうえ、」までを削除し、同二行目の「直ちに」を「依然として」と、同行から同三行目の「登記手続やそのための分筆手続に着手する」を「登記手続をする」と改め、同六行目から同一八枚目裏四行目までを次のとおり改める。
(3) 花子が前記権利証を控訴人一郎に交付することによって本件(一)(1)ないし(3)の各土地を控訴人一郎に贈与したのであれば、花子は、その場に同席していた被控訴人春子にそのことを明言するのが自然であり、また、被控訴人春子も被控訴人松夫、同春子夫婦に対する財産分け(生前贈与)のことについて花子に尋ねてしかるべきであるのに、そのようなことがあった形跡が全くないこと、
(4) 控訴人一郎は、花子が死亡し本件遺言の存在が明らかになった時まで本件(一)(1)ないし(3)の土地について贈与税の申告をしていないこと、
六 同一九枚目表三行目から同裏三行目までを次のとおり改める。
請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがない。しかし、控訴人一郎は、本件(一)(1)ないし(3)の各土地を一〇年間占有していたことによってこれを時効により取得したと主張しているところ、右取得時効が認められるためには、その占有の開始時において、右各土地が自己の所有に属すると信じたことにつき過失がなかったことを主張・立証しなければならない。
控訴人一郎は、本件(一)(4)の建物を建てた際、花子から右各土地の贈与を受けたと主張しているが、控訴人一郎が花子から右建物の建築を容認されたというだけでは、右各土地の贈与を受けたと信じたことに過失がなかったということはできず、また、その後の固定資産税負担の事実や崖地の修復工事をしたことをもってしても、右占有の開始時において右各土地の贈与を受けたと信じたことに過失がなかったものと推認することはできない。そして、前記判断のとおり、本件(一)(4)の建物を建てた際に花子から右各土地の所有名義の移転を受けたり、贈与する旨の書面の交付を受けたりしていなかったことに照らせば、控訴人一郎が花子から右各土地の贈与を受けたと信じたことについて過失がなかったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
よって、その余の点を判断するまでもなく、控訴人一郎の取得時効の主張は採用できない。
七 同二〇枚目表三行目の「二四号証」を「二四号証、原審における松夫本人尋問の結果」と改める。
八 同二一枚目表七行目から同二二枚目表一行目までを次のとおり改める。
(一) 本件遺言の内容は前記認定のとおりであり、《証拠略》によれば、被控訴人松夫、同春子の子(花子の孫)乙山春夫から証人になることの依頼を受けた丁原竹夫(春夫の同級生)、同戊田梅夫(甲田屋の経理担当税理士)と花子は、本件遺言の当日、甲原公証役場の乙川公証人のもとに出頭した(出頭に際しては春夫も花子に付き添っていた)こと、同公証人は、既に本件遺言部分が記載された書面と本件遺言公正証書に添付された図面(原判決添付丈量図と同様(着色部分を含む。)のもの)を持っていたこと、そこで、同公証人は、右書面に記載された内容を順番に読み上げるとともに右図面上で土地を分割する線を示して花子に本件遺言の内容を確認したこと、これに対して花子は「それでよい。」と言ったこと、その後、本件遺言公正証書が作成され、これに花子、戊田、丁原の順にそれぞれ署名・押印したこと、が認められる。
(二) そこで、花子が公正証書遺言の要件である「遺言の趣旨を公証人に口授」したといえるかについて判断するに、右認定のとおり花子は、本件遺言について公証人から予め用意されていた書面を読み上げられ、又図面を示されてその内容を確認されたことに対して「それでよい。」と言っただけのものであるから、花子が右書面や図面の作成に自ら関与するなどして本件遺言の内容について予め十分承知していたと認められる特段の事情がない限り、花子の右発言だけでは到底右要件にいう「口授」があったものということができないと解される。
しかるに、花子が右書面や図面の作成に自ら関与していたことを認めるに足りる証拠はない。また、原審における被控訴人松夫本人、当審における被控訴人春子本人は、花子は、控訴人一郎が本件(一)(4)の建物を本件(一)(1)の土地の真ん中から東側部分にはみ出して建てたことを死ぬまで怒っていた、甲田屋が千林の土地を控訴人一郎から七〇〇〇万円で買わされたことを怒っていた、と供述し、右各事実が花子において本件遺言をした実質的動機であるかのように供述する。しかし、本件(一)(4)の建物が建築されたのは昭和四六年であるが、それ以来、本件遺言当時まで、花子が右建物の建築を根に持って控訴人一郎と言い争っていた形跡はうかがえないこと、また、本件遺言の内容は、被控訴人丙川において相続する土地(本件(二)(1)の土地)が控訴人らの共有する本件(一)(4)の建物の敷地の一部であり、かつ、同敷地部分は、同建物の相当部分に及んでおり、しかもその二階部分の一部も含んでいるもの(本件(二)(2)の建物部分のとおり)であって、これを控訴人らが収去しなければならないとすると相当の犠牲を強いられるものであること、さらに、千林の土地の売買契約は、昭和六三年二月三日に締結され、その代金の支払及び所有権移転登記が経由されたのが同月二三日であり、一方、本件遺言がなされたのは同月一六日であるところ、花子が甲田屋において控訴人一郎から千林の土地を買わされることに不満があるのであれば、本件遺言当時、その売買契約をやめさせることができたはずであること、さらに、右売買は代金七〇〇〇万円でなされているが、右土地の更地価格は一億八七〇〇万円余であること、同土地上には甲田屋の建物があり、被控訴人春子はその代表者、被控訴人松夫はその実質的経営者であることに照らせば、本件遺言の(3)は控訴人一郎のみを責めるのに急で、被控訴人春子、同松夫との均衡を著しく欠いており、いかにも作為的であること、花子は、前記のとおり本件遺言の五か月前に本件(一)(1)ないし(3)の各土地の権利証を控訴人一郎に交付していること、当審における被控訴人春子本人の供述からも花子が控訴人一郎を可愛がっていたことがうかがえること、に照らせば、花子に、控訴人一郎に対する報復的ともいえる本件遺言をする実質的動機があったとは直ちに考えられないところである。その上、花子が本件遺言当時七八歳であったこと、春子が自らの知人に本件遺言の証人を依頼するとともに花子を公証人役場に引率し、本件遺言がなされていること、に照らせば、花子が本件遺言の内容を十分承知していたことについてはなお疑問があって、直ちにこれを認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) よって、本件遺言は、遺言者である花子が本件遺言の趣旨を公証人に口授していない点において無効であり、抗弁3(二)は理由がある。
なお、公正証書遺言において遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することをその有効要件としているのは、遺言者自らが遺言の趣旨を口授することによって、遺言者の遺言が強制によるものである等瑕疵あるものではないことを担保し、その意思を明確にするためであるから、公証人が本件遺言の内容を花子に読み聞かせ、これを花子に確認していたとしても、右説示の状況のもとでは、花子のこのような受動的な行為によっては未だ遺言者の遺言意思の明確性が担保されたということはできず、これをもって遺言者の口授があったことに代えることができないというべきである。
三 被控訴人らの本件各請求について(まとめ)
以上のとおり、本件遺言は無効であり、本件遺言が有効であることを前提とする被控訴人らの本件各請求は理由がない。
第二 結論
よって、右と異なる原判決は一部相当でないので、主文一項1、2のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 下方元子 裁判官 塚本伊平)