大阪高等裁判所 平成7年(行コ)47号 判決 1996年10月30日
控訴人 貴志佳史
被控訴人 右京税務署長 国税不服審判所長
代理人 谷岡賀美 石井洋一
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人右京税務署長が、控訴人に対し、昭和六三年七月六日付けでした控訴人の昭和六〇年ないし昭和六二年分の各所得税更正処分のうち、総所得金額(事業所得の金額)が昭和六〇年分については、一一六万八八〇〇円、昭和六一年分については、一一二万七二〇〇円、昭和六二年分については、八八万九三八〇円を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。
3 被控訴人国税不服審判所長が、控訴人に対し、平成元年一〇月二七日付でした控訴人の昭和六〇年ないし昭和六二年分の所得税更正処分に対する各裁決を取り消す。
4 訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 当事者の主張は、次の二に附加するほかは、原判決事実摘示関係部分記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、次のとおり補正する。
1 原判決八枚目表末行目の「同業者」の前に「これによって」を加え、同裏一行目の「するに足りる」を「できる」と改める。
2 同一〇枚目表三行目の「相当」を削除する。
二 当審附加主張
1 控訴人
仮に推計課税をするとしても、係争年(昭和六〇年ないし六二年)の控訴人の所得については、より合理的な比準年(平成二年ないし五年)の控訴人自信の所得率を基準として推計すべきである。原判決は、控訴人の右主張を排斥しているが、これは次のとおり誤りである。
(一) 事業規模の拡大について
原判決は、控訴人の主張を排斥する理由として、比準年は係争年に比較し、事業規模が拡大していると述べている。
しかし、<証拠略>の建物は、係争年の昭和六一年に建築されたものであるから、右建物により事業規模が拡大したことにはならない。また、<証拠略>の建物は、確かに係争年には存在せず、平成元年六月に建築されたものである。しかし、この建物が建築されたからといって、展示部分や応接部分等が増えただけであり、係争年より事業規模が拡大したわけではない。
(二) 経費率の違いについて
原判決は、比準年の確定申告では、建物の減価償却費と建物建築のための借入金の支払利息が経費に計上されているから、経費率が、係争年より大幅に増加していると判断している。しかし、原判決が指摘する減価償却費と借入金利息を経費に計上しないで比準年の所得率を計算しても、七・〇三パーセントである。原処分庁の採用した所得率とは格段の差がある。
(三) 平成四年度の売上金額について
比準年のうち平成四年分の売上金額がその余の係争各年分の売上金額より著しく多いことは原判決指摘のとおりである。しかし、平成四年分を除いて、平成二、三、五年分の三年間の所得率を計算すれば、四・八八九パーセントとなる。平成四年分を含めた比準年の所得率四・七四二パーセントと大きな違いはない。
(四) 経済状況の変動について
原判決は、係争年と比準年とでは五年の開きがあり、その間にいわゆるバブル現象などがあり、経済状況は大きく変動したと述べている。しかし、それは一般論にすぎない。控訴人についてみれば、控訴人の売上先の西尾製作所がアトリエを建築したこと、外注が増えたこと等のほかにはこれといった変化がない。
(五) 比準年の白色申告について
比準年中平成二年及び三年分の確定申告は、白色申告である。しかし、徹底した税務調査がされた結果、右申告が是認されている。したがって、白色申告であるから、正確性に欠けるということにはならない。
2 被控訴人ら
控訴人の主張をいずれも争う。
なお、控訴人の本拠地は控訴人の住所地にあり、控訴人は、すべての建物を事業の用に供している。したがって、どこまでの部分を作業場というのか判然としない。事業用建物の面積が係争年と比較して比準年に増加していることは事実である。
また、平成二年ないし四年分の申告について税務調査を受け、是認されたからといって、所得金額を算出する要素である各勘定科目の金額が正確であるとはいえない。
理由
一 原判決の引用
当裁判所は、当審における控訴人の主張及び立証を考慮に入れてもなお控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は次の二に附加するほかは、原判決理由説示関係部分記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、次のとおり補正する。
1 原判決一一枚目裏四行目の「質問検査」から一二枚目表六行目の「質問検査の」までを「税務職員による質問検査はその」と改める。
2 同一二枚目裏二行目の「ない」を「なく、調査を担当する税務職員の裁量によると解すべきである」と改める。
3 同一三枚目裏七行目の「始め」を「初め」と訂正する。
4 同一四枚目裏一〇行目の「所得の実額が把握できない」を「推計の必要がある」と、同裏末行目の「これを」を「所得の金額を」と改め、同末行目の「いう」の次に「同業者率による」を加入する。
5 同一五枚目裏三行目の「顕著な」を「著しい」と改め、同裏五行目の「原告」から七行目の「あるが、」までを削除する。
6 同一六枚目表一〇行目の「影響する」から同裏一行目の「い」までを「影響し、右両者の所得率や利益率に著しい差異が生ずることは、原審証人宮本邵吉、当審証人小西孝治の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果(一部)によっても不十分でこれを認めるに足りないし、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない」と改める。
7 同一七枚目表四行目の「困難な場合」を「困難で推計の必要性がある場合に」と、同裏四、八、同一八枚目表一行目の「一応の」を「相応の」と改める。
同一七枚目表八行目の「課税庁に」の次に「一種の類型的証明(表見証明)でもある」を加入し、同九行目の「を許すことを認めた」を「の方法を許す行為規範による」と、「真実の」を「単に、訴訟法上真実の」と改める。
8 同一八枚目表二行目の「推計方法の」を「推計方法との」と改める。
二 当審附加主張に対する判断
1 推計課税の性質について次のように考えるべきである。
課税処分における立証の対象は本来、真実の所得金額である。しかし、所得税法一五六条や法人税法一三一条は、推計の必要性、合理性を要件として、所得金額の認定について表見証明ないし類型的推認類似の方法により課税することを許したものである。それは、単に訴訟法上の事実上の推定にとどまるものではなく、課税庁である税務署長に対し、推計による課税処分を許す実体法上の行為規範である。したがって、推計課税によって得られる所得近似値をもって課税することを認めたものといえる。
このような考え方に立つならば、推計の合理性は真実の所得金額を推認する方法の合理性ではない。それは限られた資料や時間的制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平等を考慮して、採用された推計方法がその納税義務者の所得を認定する方法として社会通念上合理的と認められる場合をいうのである。そうであるなら他により真実の所得金額に接近できる推計方法があるからといって、直ちに課税庁が採用した推計方法の合理性が否定されるわけではない。課税庁はその裁量により各種の合理性のある推計方法につきいずれを採用すべきかを当該事件に照らし、選択できる。
2 控訴人は、比準年(平成二年ないし五年)の控訴人自身の所得率を基準として、係争年(昭和六〇年ないし六二年)の控訴人の所得を推計すべきであると主張する。しかし、前示のとおり、原処分庁が採用した推計方法に実額課税の代替手段としてふさわしい相応の合理性が認められれば、推計課税は適法というべきである。そして、<証拠略>によれば、原処分庁が採用した推計方法には右の相応の合理性が認められる。これに反する<証拠略>は俄に措信できず、<証拠略>はこれを動かすに足りないし、他に右認定を覆すに足る証拠がない。
そうすると、この場合に相応の合理性がある推計方法があっても、そのいずれをとるかは、課税庁の裁量に委ねられているから、他の推計方法の方が実額に極めて近似し当該推計方法との差が著しく、社会通念上、相応の合理性すらなく、裁量権の濫用であることが証明されない限り、課税庁の推計方法の合理性を肯認できる。そして、控訴人主張の本人率による推計方法が本件の場合に相応の合理性を有し、これが実額と極めて近似し、被控訴人原処分庁のとる本件推計方法との差が著しく、本件推計方法が社会通念上相応の合理性すらないことは前示措信できない証拠のほか、これを認めるに足る的確な証拠がない。控訴人は当審において比準年と係争年との間に差異があるとして原判決の認定を非難し、事業規模の拡大、経費率、売上金額、経済状況の変動に大差なく、比準年の白色申告も正確である等種々述べる。しかし、これらに関する前示引用した原判決の認定判断はいずれも<証拠略>によりこれを是認することができ、控訴人の右主張はいずれも採用できない。
三 よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川義春 小田耕治 細見利明)
【参考】第一審(京都地裁 平成二年(行ウ)第一号 平成七年六月一六日判決)
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告右京税務署長(以下「被告原処分庁」という。)が、原告に対し、昭和六三年七月六日付けでした原告の昭和六〇年ないし昭和六二年(以下「本件係争各年」という。)分の各所得税更正処分のうち、総所得金額(事業所得の金額)が昭和六〇年分については、一一六万八八〇〇円、昭和六一年分については、一一二万七二〇〇円、昭和六二年分については、八八万九三八〇円を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。
二 被告国税不服審判所長(以下「被告所長」という。)が原告に対して平成元年一〇月二七日付けでした本件係争各年分の所得税更正処分に対する各裁決を取り消す。
第二事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
1 請求一
原告が、被告原処分庁のした各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)には調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。
2 請求二
原告が、被告所長のした裁決には、実質的審査を行わない違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。
二 前提事実(争いがない)
1 原告は、肩書地において、彫刻及び彫刻物販売業を営む、いわゆる白色申告者である。
2 原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分等、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙1記載のとおりである。
三 争点
1 調査の適法性
2 推計の必要性
3 推計の合理性
4 裁決の違法
四 争点に関する原告の主張
1 調査の適法性(争点1)について
被告原処分庁は、次の違法な税務調査に基づき、本件各処分をした。
(一) 事前通知をしない。
(二) 第三者の立会を認めない。
(三) 客観的具体的な調査理由の開示がない。
(四) 調査状況を録音するためのテープレコーダーの使用を認めない。
2 推計の必要性(争点2)について
被告原処分庁が行った原告の事業所得の金額(総所得金額と同額である)の推計は、前示違法な税務調査に基づくもので、調査を十分に尽くしたといえないから、推計の必要性がない。
3 推計課税の合理性(争点3)について
(一) 被告原処分庁の行った同業者比率による推計課税の合理性
(1) 抽出された同業者は、四業者であり、各同業者の個別性は捨象されておらず、右四業者の平均所得率に基づく推計は信用できない。
(2) 被告原処分庁は、地域の近接性を確保するためとして、京都府下の事業所を抽出条件に挙げている。
しかし、京都府下では、地域として広すぎ地域の近接性を担保したことにならない。
(3) 原告と抽出同業者は業種及び業態に違いがあり、抽出同業者の平均所得率で原告の所得を推計するのは合理的でない。
すなわち、原告は、博物館用展示品の製作業者であり、抽出同業者は、ディスプレイ製作業者であって、原告の作業工程は、専門的技術を使い、個々の製品毎に手間をかけて製作しなければならないのに対し、抽出同業者は大量生産方式の流れ作業による製作が可能である。
よって、原告と抽出同業者の間に同一性がない。
(4) 本件で抽出された四業者は、その各所得率に大きな違いがあり、相互に類似性が欠ける。
(二) 本人率による推計課税の合理性
仮に、原告の所得が推計によって課税されるとしても、その推計は、被告原処分庁の同業者比率ではなく、これと比べてより実額に近くて合理的な本人比率によるべきである。
そうすると、別紙2の1記載のとおり、平成二年分ないし平成五年分の所得率を平均した原告の平均所得率は四・七四二パーセントであって、これを被告原処分庁が主張する推計課税の計算方法に当てはめれば(後記の被告原処分庁の主張3(三))、別紙2の2記載のとおり、事業所得の金額は、昭和六〇年度は一〇六万六一一六円、昭和六一年度は一四一万八六四二円、昭和六二年度は九六万二〇六八円となる。
このように、原告の所得に推計による課税が行われるとしても、右事業所得金額を基準として更正されなければならず、被告原処分庁の同業者比率による推計は許されない。
4 裁決の違法(争点4)について
本件裁決の際、担当審判官は、審理充実のため、国税通則法九六条、九七条一項二号の規定に基づき、被告原処分庁から、被告原処分庁が更正決定をするに至った全資料を提出させた上、これを原告の閲覧に供すべきであった。しかし、担当審判官は、被告原処分庁が提出したところの、既に送達されるなどして原告が認知済の書類を原告の閲覧に供しただけで、更正決定に要した他の書類(調査カード等)を被告原処分庁から提出させ、原告の閲覧に供することはなかった。
そうすると、右手続をもとに行われた被告所長の裁決には、先に掲げた国税通則法の規定に違反し、審理不尽の違法がある。
五 争点に関する被告原処分庁の主張
1 調査の適法性(争点1)について
質問検査権の範囲、程度、時期、方法等は、税務職員の合理的な選択に委ねられており、調査の事前通知、理由の告知等も、その要件ではない。
本件税務調査手続に、社会通念上相当な限度を越えた違法な点はない。
2 推計の必要性(争点2)について
(一) 被告原処分庁は、部下である職員(以下「職員」という。)をして、原告の税務調査に当たらせた。職員は、昭和六二年七月二二日から昭和六三年五月一九日までは、昭和五九年分ないし昭和六一年分の調査、それ以降昭和六三年六月三〇日までの間は、本件係争各年分の調査にあたった。その際、職員は、原告の事業所に赴き(合計一〇回)、帳簿書類の提示等税務調査に対する協力を求めた。
ところが、原告は、職員が架電して予め調査期日を打合せて臨場すると、事前に招集しておいた調査に関係のない第三者の立会いを要求したり、テープレコーダーによる会話の録音を要求したり、忙しいとして調査を拒否するなどして、税務調査に協力しなかった。
(二) このため、被告原処分庁は、やむを得ず、原告の取引先等に対する反面調査を行い、後記3の推計により算定した金額に基づき本件各処分を行った。
(三) したがって、本件につき推計の必要性が存在する。
3 推計課税の合理性(争点3)について
(一) 同業者の抽出経緯
大阪国税局長は、原告の事業所の所在地を所轄する右京税務署長並びに京都府下に所在する一二の税務署長に対し、本件係争各年分を通じて別紙3記載の全ての基準を満たす者を抽出するよう通達指示した。
これに従い、各税務署長が右基準に従って機械的に抽出した同業者は、別紙4の1ないし3記載のとおり四名であり、右各同業者の、本件係争各年分における売上金額、算出所得金額(売上金額から、売上原価及び一般経費を控除した金額)、算出所得率(売上金額に占める算出所得金額の割合)は、別紙4の1ないし3の各欄記載のとおりであり、本件係争各年分の右各同業者の右各算出所得率の平均値(以下、「本件算出所得率」という。)は別紙4の1ないし3の「平均」欄記載のとおりである。
(二) 被告原処分庁の推計方法の合理性
(1) 原告は、抽出された同業者が少なすぎて、抽出同業者の個別性が捨象されていないと主張する。
しかし、本件係争各年分において、それぞれ四業者が抽出されているから、同業者の個別性を平均化するに足りる。
(2) 原告は、事業所が京都府下にあることを地域の近接性を確保する条件として挙げるのは、地域が広くなりすぎ妥当でないと主張する。
しかし、原告の業種は稀少業種であって、より多くの同業者を抽出するためには、条件地域を拡大することは是認される。
(3) 原告は、原告と抽出同業者は業種及び業態に違いがあり、本件抽出同業者の基礎数値を基に推計課税をするのは不合理であるとする。
しかし、原告と抽出同業者の業種、業態の違いが所得金額の多寡にどのように影響するか明らかでない以上、推計が一概に不合理であるとはいえない。
(4) 原告は、本件で抽出された四業者間には、その各所得率に大きな違いがあるとして、推計の合理性を否定する。
しかし、本件推計は、合理的な抽出条件により適正に同業者を抽出し、その抽出同業者の算出所得率の平均値により原告の算出所得金額を推計しているのであって、各同業者の所得率に格差があることのみをもって推計の合理性を否定する理由にはならない。
(5) 原告主張の本人率の合理性
原告は、本件においては、本人率を利用した推計によるべきであると主張する。
イ しかし、そもそも、推計課税は、実額の近似値を求めうる程度の一応の合理性が担保されれば足りるのであって、本人率による推計が、より実額に近いということで課税庁の推計の方法が否定されるわけではない。
ロ また、右の点はおくとしても、原告主張の比準年の収支計算は正確でなく、右収支計算を基に計算された平均所得率による推計は、合理性も客観性もない。
さらに、事業所得金額は、その時々の経営状態及び経済変動によって、相当変わり得るものであるから、係争各年分を挟む前後の時期の所得金額や所得率などが一定の傾向を示す場合でなければならない。
ところが、原告の事業は、係争年と比準年で事業規模、業態等及び業界の経済状況について大きな変化があった可能性が高く、原告の所得金額及び所得率が一定の傾向にあったとはいえない。
したがって、原告の所得を本人率で推計することは妥当でない。
(三) 事業所得金額の計算
(1) 売上金額(当事者間に争いがない)
原告の本件係争各年分の売上金額は別紙5「<1>売上金額」欄記載のとおりであり、その明細は別紙6記載のとおりである。
(2) 算出所得金額
原告の本件係争各年分の各算出所得金額は、別紙5「<3>算出所得金額」欄記載のとおりである。これらの金額は、いずれも右(1)の各売上金額に、本件算出所得率をそれぞれ乗じて算出したものである。
(3) 事業専従者控除額(当事者間に争いがない)
別紙5の「<4>事業専従者控除額」欄記載のとおりである。
(4) 事業所得金額
原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(2)の各算出所得金額から、(3)の事業専従者控除の金額を控除した金額であり、別紙5の「<5>事業所得の金額」欄記載のとおりである。
六 被告所長の主張
裁決の違法(争点4)について
本件では、担当裁判官等が、十分な調査審理を行っており、本件裁決に審理不尽の違法はない。
第三争点の判断
一 調査の適法性(争点1)について
1 所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法によって成立した納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものである。したがって、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反するなど、およそ税務調査を行ったといえないほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にならないものと解するのが相当である。
そうすると、原告の主張する事実関係を前提としたとしても、職員による質問検査権行使の過程に、本件各処分の取消事由になるような重大な違法があるとは認められないから、原告のこの点に関する主張は、主張自体失当というべきである。
のみならず、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている。また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁)。
2 そこで、本件税務調査を検討すると、事前通知、客観的具体的な調査理由の開示をしないこと、税務調査に第三者の立会いを認めないこと、テープレコーダーの使用を認めないことなどにつき、調査担当職員に裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が、原告との利益衡量において、社会通念上相当な限度を越え違法であるとすべき事実は、本件全証拠によっても認められない。
3 よって、前記の原告の主張1は失当である。
二 推計の必要性(争点2)について
<証拠略>、弁論の全趣旨によれば、争点に関する被告原処分庁の主張2(一)の事実が認められる。
右の事実によれば、被告原処分庁が、原告の本件係争各年分の各所得税を算出するについて、推計課税を行う必要があったことが認められ、これに反する<証拠略>は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三 推計の合理性(争点3)について
1 同業者の抽出経緯
<証拠略>によれば、争点に関する被告原処分庁の主張3(一)の事実が認められる。
右同業者の抽出基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。その抽出作業について、被告原処分庁を始め各税務署長あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は、青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており、信頼性が高い。抽出した同業者数は四名であるが、各同業者の個別性は、平均化されていると認められる。
ところで、原告は、本件の抽出条件では、事業所の近接性に問題があるし、抽出された同業者の個別性についても平均化されていないと主張する。
しかしこれは、原告の業種が稀少であること、本件抽出条件は原告と同業者との類似性及び資料の正確性を可能な限り考慮した合理的なものであること(証人中島孝一)、同業者の抽出過程に不自然、不合理な点がないことを考え併せれば、右原告の主張は理由がない。
したがって、右各同業者の本件算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の算出所得金額の推計には、特段の事情のない限り合理性があるものということができる。
なお、右各同業者の本件係争各年分の売上金額、算出所得金額、算出所得率は、別紙4の1ないし3記載のとおりである。
2 被告原処分庁による推計方法の合理性
(一) 原告は、本件抽出四業者は、その各所得率に大きな違いがあり、相互に類似性が欠けると主張する。
確かに、算出所得率には抽出業者間で数値の偏差が認められる。けれども、所得の実額が把握できない場合に同業者の平均値によってこれを推計するという推計課税の趣旨からいって、抽出業者間の数値に、平均値によって吸収される偏差が存するのは当然である。そして、本件推計は別紙3記載の基準で合理的に同業者を抽出しており、同業者間の類似性が担保されていることを考え併せれば、本件の偏差は平均値によって吸収されたと判断するのが相当である。
したがって、原告の右主張は認められない。
(二) 原告は、原告と抽出業者とは、業態に違いがあるから、同業者の平均値に吸収されない自己固有の営業形態等に係る特殊事情が存在すると主張する。
しかし、右(一)のとおり、推計の基礎的要件に欠けるところがない本件では、原告と抽出業者の営業条件の相違は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌する必要はない。
そして、原告主張の固有の特殊事情は、本件推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものに該当する可能性はあるが、右特殊事情の存在は、納税者が、その具体的な根拠を示して立証しなければならない。
本件において、原告は、造形美術業のなかには、博物館用展示品の製作と他のディスプレイ製作があり、両者では、製品の種類、取引先、工程が異なると主張する。
確かに、<証拠略>によれば、造形美術業といっても、作製される製品に各種あり、それによって取引先、工程に違いがあること、原告は主に博物館用展示品の製作を業としていることが認められる。
しかし、原告は、博物館用展示品の製作と他のディスプレイ製作との違いが、どのように所得金額等(所得を構成する売上、仕入、経費等の金額)の多寡や所得率に影響するのか主張、立証していないし、右両者の所得率や利益率の差異についても明らかにしていない(なお、原告は、博物館用展示品の製作は、ディスプレイ製作よりも技術と手間がかかると主張するが、そうであれば、むしろ原告の製品には高い付加価値がつき、原告の所得率は、他の抽出同業者よりも高くなる。)。
そうすると、本件において、原告により、著しく所得率に影響を及ぼし平均値の中に吸収されない自己固有の特殊事情が立証されているとは認められず、原告の右主張は採用できない。
(三) 以上によれば、被告の推計課税には、一応の合理性が認められるところ、原告は、仮に、原告の所得が推計によって課税されるとしても、本人比率によるべきであると主張しており、以下、検討する。
(1) そもそも推計課税は、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度と解するのが相当である。そうすると、推計課税は、実体法上、実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許すことを認めたものであって、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りるものである。そして、その推計の方法も、真実の所得を算出しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するものであれば足りると解するべきである。
したがって、他により合理的な推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方法に実額課税の代替手段としてふさわしい一応の合理性が認められれば、推計課税は適法というべきである。推計方法の優劣を争う主張は、主張自体失当である。
本件の場合、前記のとおり、被告主張の推計には、それ自体として一応の合理性が認められるのであるから、原告主張の本人比率による推計方法の優劣を論じるまでもなく、右主張は主張自体失当である。
(2) 右の点をしばらくおき、原告の主張する本人率による推計方法に合理性があるかを検討するに、同推計方法は、当該納税者という特定された業者を問題とするから、具体的事情の判明していない者の平均値と当該納税者との類似性を検討するよりも、より当該納税者の特殊性を推計に反映しやすいし、合理的かつ適切に本人率による推計が行われたならば、同業者率による推計より合理的な推計方法といえる(一般的に、事業年度毎の具体的事情は、業者間の具体的事情に比べて、特殊性が少ないと認められる。)。
そして、係争年と比準年との間に、納税者本人の事業規模、業種、業態等及び業界の経済状況についての変化がない場合で、比準年における収支計算が正確で、その算出所得率が信頼できるならば、当該本人率による推計は、適切で合理的である。
(3) ところで、原告は、原告の平成二年ないし平成五年(以下「本件比準年」という。)の間の平均算出所得率から、原告主張の本件係争各年分の事業所得を算出している。そこで、本件比準年と本件係争各年との間に、納税者本人の事業規模、業種、業態等及び業界の経済状況の変化がないか、並びに本件比準年の収支計算が正確であるかについて検討する必要がある。
イ 納税者本人の事業規模、業種、業態等及び業界の経済状況の変化
<1> <証拠略>によれば、原告は、昭和六二年二月に、京都市西京区大枝沓掛町二六番地の四七一に鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建延べ床面積一四七・六二平方メートルの作業場を新築し、平成元年六月に、同町二六番地の六四〇に鉄骨造陸屋根・亜鉛メッキ鋼板葺三階建延べ床面積一八八・九二平方メートルの作業場兼居宅を新築していること、及び右作業場兼居宅を事業の用に供していることが認められる。
そうすると、本件比準年は、本件係争各年に比べて事業所の面積が大幅に増加している。
<2> <証拠略>によれば、原告は、右建物の減価償却費を平成二年分以降の所得税の確定申告において経費として計上するほかに、右建物取得のための借入金の支払利息についても経費算入をしていることが認められるので、本件比準年である平成二年度以降の経費率は、本件係争各年分に比較して大幅に増加していると推測される。
<3> <証拠略>によれば、原告の平成四年分の売上金額は、九五八六万〇二九二円であり、本件係争各年分の売上金額と右売上金額との間には著しい乖離がある(右売上金額は、昭和六〇年分の売上金額の二・九九八倍、昭和六一年分の売上金額の二・四三三倍)。
<4> いわゆるバブル現象など年々経済事情が変動することは経験則上明らかであるが、本件係争各年である昭和六〇年ないし昭和六二年と、本件比準年である平成二年ないし平成五年とでは、五年以上乖離しており、業界をとりまく経済状況は大きく変動していると推認できる。
<5> 以上説示の事実を総合すれば、本件係争各年と、本件比準年とで、事業規模、業態及び業界の経済状況に類似性を認めるのは困難と解される。
ロ 本件比準年の収支計算の正確性
<1> 本件比準年のうち、平成二年分及び平成三年分の算出所得率がいわゆる白色申告に基づく所得金額により算定されていることは当事者間に争いがないが、白色申告に基づく所得金額は、その正確性、信用性に欠ける。
なお、原告は、当該年分については、被告原処分庁において、税務調査を行い、右申告を是認していると主張するが、被告原処分庁は、原処分当時、被告原処分庁が捕捉しえた売上金額、必要経費等に照らし、右申告を是認したにすぎず、客観的な収支計算が正確であることを認めたわけではない。
<2> <証拠略>によれば、原告は、平成四年及び平成五年に、美術展に出展するために作品を制作しているが、これらの作品は、博物館用展示品等の売物として製作されているのではなく、芸術作品として制作されている事実が認められるところ、これらの作品にかかる材料費、支払給与、外注費及び一般管理費は、原告の事業と関連がなく、総収入金額に関連する費用とはならない。
<3> 平成四年分及び平成五年分の所得税青色申告決算書(甲五八、五九)には、期首及び期末の商品(製品)棚卸高の欄の記載がないか又は〇円と記載しているが、これについて、原告は、合理的な主張、立証をしない。
<4> 以上説示を総合すれば、平成二年分及び平成三年分の事業所得に関しては、その額が白色申告によるものであって信用できないし、平成四年分及び平成五年分の事業所得金額は、経費について不明朗な点があるため、本件比準年の収支計算の正確性には疑問があり、必ずしも信用できない。
以上によれば、本件においては、本件係争各年と本件比準年の原告の事業規模等の類似性及び本件比準年の収支計算に疑問がある。
(4) よって、原告主張の本人率による推計は、必ずしも適切、合理的であるとは認められず、被告原処分庁による本件推計課税を否定することはできないから、原告の主張は理由がない。
3 事業所得金額の計算
(一) 売上金額
当事者間に争いがなく、別紙5「<1>売上金額」欄及び別紙6「合計」欄記載のとおりである。
(二) 算出所得金額
右(一)の本件係争各年分の各売上金額に、前記1認定の本件各算出所得率を乗じて得られる原告の算出所得金額は、別紙5「<3>算出所得金額」欄記載のとおりである。
(三) 事業専従者控除額
当事者間に争いがなく、別紙5「<4>事業専従者控除額」欄記載のとおり、昭和六〇年分及び同六一年分が四五万円、昭和六二年分は六〇万円である。
(四) 事業所得の金額(総所得金額)
原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(二)の各算出所得金額から、右(三)の事業専従者控除額を控除した金額であり、被告主張のとおり、昭和六〇年分が九八四万八二〇六円、昭和六一年分が一三四七万六一五八円、昭和六二年分が一一四四万三二八〇円である。
四 裁決の違法(争点4)について
原告は、本件裁決は、国税通則法九六条、九七条に違反し、審理不尽があると主張する。
1 ところで、次の事実は当事者間に争いがない。
担当審判官は、平成元年四月一二日、大阪国税不服審判所京都支所において原告と面談し、その結果を記載した釈明陳述録取書及び質問調書を作成した。
同日、原告は、被告原処分庁から提出された書類の閲覧を求めた。
そのため、担当審判官は、同年五月二五日、被告原処分庁が担当審判官に提出した、いずれも本件係争各年分の、営業所得調査綴り、所得税の確定申告書(写)、所得税の更正、加算税の賦課決定決議書(写)、異議申立書(写)及び異議決定書(写)を原告の閲覧に供した。
その外、担当審判官等は、調査手続の違法性、不当性の有無、推計の必要性及び合理性等について判断するため、被告原処分庁から事情を聴取する等、職権による調査審理をなした。
その結果、担当審判官等は、本件審査請求は、いずれも理由がないとする旨の議決をした。
被告所長は、右議決を受けて、同趣旨の裁決をした。
2 右の事実を総合すれば、被告所長は、審査請求に対し、担当審判官等をして、原告に対する聴取などの調査にあたらせたりして実質的審査を行わせ、それに基づき、本件裁決をするに至ったのであり、本件裁決に審理不尽の違法はないと認められ、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
3 なお、原告は、本件裁決の審理には、国税通則法九六条、九七条違反があるとする。しかし、右九六条は、被告原処分庁が、自らの行った原処分の理由を明らかにするために必要な書類を提出できることを定めた規定であり、右書類提出の判断は、被告原処分庁の裁量による。
また、右九七条一項二号も、裁決を行うのに必要な資料を収集するために、物件等の提出を被告原処分庁に求めることができるとする規定であって、その判断は担当審判官の裁量に委ねられている(国税通則法九六条、九七条についての原告の主張は、独自の見解であって、当裁判所の採用するところではない。)。
ところで、本件においては、被告原処分庁及び担当審判官に、右裁量権の濫用若しくは逸脱があったことについての立証がない。
4 よって、本件裁決は適法である。
第四結論
以上のとおり、本件各処分は、前記第三の三3(四)の各事業所得金額の範囲内のものであって、いずれも適法であり、これに違法はない。
また、被告所長の裁決も適法であって、これに原告主張の違法はない。
よって、原告の本件各請求は理由がないからいずれも棄却する。
(裁判官 松尾政行 中村隆次 池上尚子)
<別紙略>