大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1387号 判決 1997年5月27日
控訴人
株式会社泰コーポレーション
右代表者代表取締役
中山大
右訴訟代理人弁護士
平井慶一
同
江後利幸
被控訴人
美里村
右代表者村長
新義雄
右訴訟代理人弁護士
倉田嚴圓
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、金一一〇万円及びこれに対する平成五年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審ともこれを三〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
三 この判決は、一項1に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原判決の引用
原判決事実摘示を引用する。
ただし、次のとおり補正する。
原判決七枚目裏四行目の「企業生命を懸け」を「企業の興廃を懸け」と改める。
一二枚目表一、二行目の「一億一八六九万〇三〇三円」を「一億一二六〇万九四三九円」と改める。
同三行目及び同五、六行目の「五四四四万六四二四円」をいずれも「五二三六万五五六〇円」と改める。
一二枚目裏三行目の次に改行して以下のとおり加入する。
「(四) 弁護士費用 五〇〇万円
被控訴人村長の前記違法行為と相当因果関係にある弁護士費用は五〇〇万円である。」
同四行目の「不法行為による」を「国家賠償法一条一項又は民法七〇九条に基づき」と改める。
一六枚目裏九行目の「不法行為」を「不作為の違法性」と改める。
二 当審附加主張(控訴人)
1 三重県からの返戻を受けた点について
(一) 被控訴人村長の行政指導
(1) 本件指導要綱
三重県では、国土利用計画法一四条に基づく許可申請、二三条に基づく届出に関する行政指導につき、大規模土地取引等に関する事前指導要綱(以下「本件指導要綱」という)が定められている。これは、同法一四条の規制区域に所在する土地に関する権利の移転等についての県知事に対する許可申請又は同法二三条の土地に関する権利の移転等の届出者に対し、事前指導を行い、もって同法の適正かつ迅速な運用に資することを目的としたものである。
(2) 地権者の開発同意
イ 被控訴人村長は、本件指導要綱に基づく本件申出書の提出に先立ち、予備協議申請書の提出をさせ、地権者の六〇パーセント以上の開発同意書を取得するようにとの行政指導をした。控訴人はこれに従った。
ロ 本件申出書を被控訴人村長に提出するに当り、本件指導要綱にはない、地権者の九〇パーセント以上の開発同意書の添付を行政指導した。控訴人はこれに従った。
(3) 無農薬管理
被控訴人村長は、本件指導要綱上のゴルフ場の策定基準を超えて、控訴人に無農薬管理をするようにとの行政指導をした。控訴人はこれに従った。
(4) 本件三条件
被控訴人は、本件申出書について、被控訴人開発審議会の答申に従い、① 農薬は一切使用せず造成及び管理、運営すること、② 関係地域住民の同意を得ること、③ 開発地域より下流の水利権者の同意を得ることの三条件を付すという行政指導をした。被控訴人村長は、本件三条件を本件申出書に関する意見具申事項として意見書に記載した。
(二) 本件開発については、本件指導要綱に基づき、控訴人が本件申出書を被控訴人村長宛に提出し受理された時点で、本件指導要綱に基づく広義の事前協議手続が開始されていた。そして、平成三年三月二八日、被控訴人村長から、本件申出書が意見具申事項に関する被控訴人村長の意見書とともに三重県知事に申達された段階から、本件指導要綱に基づく、控訴人と三重県知事の実際の事前協議に入ることになる(狭義の事前協議)。
ところが、三重県は、被控訴人の意見書の本件三条件のうち、②及び③の二条件を充たしていないとの理由で、本件申出書を被控訴人に返戻した。しかし、本件指導要綱上は、事前協議の開始要件として、地元行政庁の長の意見書を要求しているだけであり、他の要件を要求していない。したがって、被控訴人村長の意見書とともに本件申出書が三重県知事に申達されたことにより当然狭義の事前協議が開始されるべきであり、これを右のような理由で拒否することは本件指導要綱の事前協議義務に違反する違法行為である。また、被控訴人村長が本件指導要綱に従い、意見具申をして本件申出書を三重県知事に申達したにもかかわらず、三重県から返戻を受け、これを受領し、三重県の措置を容認したことも違法である。
(三) すなわち、控訴人は、本件指導要綱に法的規範性があることを認め、それに基づき手続を進めているのであるから、三重県、被控訴人村長は、本件指導要綱に従い狭義の事前協議義務を尽くすべきであった。
2 本件申請を再度具申しなかった点について
(一) 被控訴人村長の申達拒否の不合理性
被控訴人村長は、右のとおり、本件指導要綱に基づき、行政指導をする権限を有する一方、本件指導要綱に基づき具申義務を負担している。
控訴人は、本件三条件のうち、「③下流の水利権者である津市の同意」だけが得られなかったにすぎない。控訴人は津市との同意は得ていなかったが、津市の同意が条件とされた実質的理由である水質保全の対策は講じた。また、津市の同意を得るべく最大限の努力もした。あとは、三重県知事との協議の過程でさらに協議するしかない状況であった。被控訴人村長も右の事情を認識していた。この場合、被控訴人村長が、なおも控訴人に対し、津市の同意を得ることを要求し、それがないことを理由に控訴人に狭義の協議の機会を与えないことは、行政指導の限界を超えており、行政指導の権限を濫用するものである。
すなわち、控訴人は、被控訴人村長の右申達拒否により、事前協議を受ける機会を奪われ、本件開発の断念に追い込まれた。これは、被控訴人の違法行為により控訴人が被った不利益である。
なお、三重県知事が本件申出書を返戻したこと自体がそもそも違法である。そうであるから、仮に被控訴人村長が、再度具申しても三重県知事から同様の対応をされるだけであると判断したとしても、それは三重県の違法な措置を容認しているにすぎず、被控訴人村長の行為が違法であることに変わりはない。
(二) 排水経路変更計画書
控訴人の計画した排水経路変更計画書は、被控訴人と十分な協議がなく、ただ被控訴人から一方的に突き返されただけで終わっている。そうであるから、仮に計画内容になお検討不十分な点があったとしてもやむを得ないものである。また、右計画書には、関係地区の区長等の同意書が添付されていたが、右同意書を突き返す理由は全くない。したがって、被控訴人村長が再度具申しなかったことは違法である。
(三) 津ゴルフ倶楽部との不公平について
被控訴人村長は、津ゴルフ倶楽部の増設については、① 使用する農薬を、既設も含め極力減量するように努めるよう指導すること、② 交通安全対策に万全を期すること、③ 隣接市町村との関係を損なわないように十分配慮することとの意見書をつけて三重県知事に申達した。しかし、本件開発には無農薬を求めながら、右増設にはこれを求めず、また本件開発には津市の同意を求めながら、右増設にはこれを求めていない。これは著しい不公平である。
津ゴルフ倶楽部がした大井水路の拡幅及び分岐工事は、これによって、津市上水道の汚染問題が解決したといえるものではない。むしろ、控訴人の無農薬管理の方がより根本的な解決方策であった。また、右増設に対して津市が同意したとしても、それは被控訴人村長が右増設について意見具申した後のことである。控訴人も、被控訴人村長が本件開発について意見具申をした後の狭義の協議の段階で、津市と協議し、その同意を得る予定であった。このように、被控訴人村長が本件開発と右増設との取扱に差異をもうけたことに合理的な根拠はない。
3 排水経路変更計画書を突き返し、本件開発の断念を勧告した点について
(一) 排水経路変更計画書の突き返し
控訴人は、本件開発予定地域内の四地区の区長全員及び美里村内水利権者の開発同意書を得た。そして、排水経路変更計画書及び右開発同意書を添付して平成四年七月一〇日協議追加資料(甲四)として被控訴人村長に提出し受理された。右開発同意書は、被控訴人村長が本件三条件の②として控訴人に取得することを行政指導した書類である。そして、三重県知事との協議の際の資料として同知事に送付すべき資料である。
したがって、被控訴人村長が控訴人に対し何らの説明をすることなく右協議追加資料を突き返すことは違法行為である。
(二) 本件開発の断念勧告
(1) 控訴人は、被控訴人村長に対し、繰り返し本件申出書の具申をするよう求めていた。これに対し、被控訴人村長は、一向に具申しようとしなかった。このため、控訴人は、被控訴人村長に対し、内容証明郵便により、損害賠償請求訴訟の提起を警告してあらためて具申義務の履行を求めた。そうであるのに、被控訴人村長は、平成四年九月一八日付内容証明郵便により本件開発の断念を求めた。
このように、控訴人は、あらかじめ被控訴人村長に対し、断念勧告の行政指導に従う意思がないことを明確に表明している。そうであるから、被控訴人村長が、本件開発の断念勧告の行政指導を継続し、応答義務を尽くさないのは違法である。
(2) 仮に、津市の同意を取得できる見込みがなく、関係地域住民の反対により本件開発が実現できる可能性が少なかったとしても、それは基本的に控訴人の危険負担に属する事柄である。そうであるから、これは被控訴人村長が応答義務を尽くさない合理的理由とならない。
4 被控訴人村長の一連の行政指導の違法性
(一) 本件指導要綱の法的拘束力
本件指導要綱は、法形式は行政指導とはいえ、本件開発に関係する当事者に対して法的拘束力を有していた。
すなわち、本件関係者は、被控訴人村長を含めて、本件指導要綱を行動準則として行動していた。
そうであるから、控訴人が、被控訴人村長において本件申出書を三重県知事に申達することを期待するのは当然であり、この期待は法的保護に値する。
したがって、被控訴人村長には、本件申出書につき、本件指導要綱上の申達義務があった。
(二) 行政指導の限界
被控訴人村長は、控訴人が行政指導に任意に従えない状況にあるとき、ないし任意に従わない意思を表明したときは、そのことを理由に本件指導要綱上の手続を拒否するなど、控訴人に不利益な扱いをしてはならない。
(三) 本件行政指導の違法性
(1) 国家賠償法一条一項の法意
違法な行政指導によって損害を被った者は、当該行政指導が国家賠償法一条一項所定の「公権力の行使」に該当すると主張して損害賠償請求をすることができる。
(2) 本件行政指導
被控訴人村長は、三重県の行政指導の指針たる本件指導要綱に基づき控訴人の本件申請を受理したうえ、控訴人に対し、前示のとおり本件計画につき次の行政指導をした。① 津市の反対を考慮して無農薬で本件ゴルフ場を開発すること。② 右開発審議会の答申どおりの本件三条件を充足すること。③ 本件開発予定地からの排水について、排水路を変更すること。④ 最終的に本件計画の断念。
そして、三重県知事に対する具申を拒否した。
(3) 違法性
イ 本件当時、無農薬によりゴルフ場を運営することは可能であった。これによって、津市の上水道の農薬汚染の問題に対処することができた。
ロ そうであるのに、被控訴人村長は、無農薬によるゴルフ場運営が行われる以上不要である津市の同意を要求した。
ハ しかし、被控訴人村長が本件申出書を受理し、三重県に申達に至らない段階において、津市が本件計画を同意することは絶対になかった。この段階で津市の同意を得ることは原始的に不可能であった。
被控訴人村長は、控訴人に対し、三重県に申達する以前の段階において、右事情を認識していたか、又は認識することができた。それにもかかわらず、被控訴人村長は、下流の水利権者である津市の同意を得ることを要求し続けた。
ニ すなわち、被控訴人村長は、開発審議会の答申があった平成二年八月二日以降、津市が公文書により被控訴人村長に対し、本件計画に不同意を表明した平成二年九月一九日以降も、津市の同意を要求するという行政指導を継続したのである。
また、被控訴人村長は、本件申請に対する意見書の中で、本件三条件の一つとして、津市の同意が必要である旨記載した。
さらに、その後も三重県に対する本件申請の再具申の前提として、津市の同意を要求するという行政指導を継続した。
ホ 被控訴人村長は、津ゴルフ倶楽部と比較して、合理的理由なく不公平な本件三条件を控訴人に要求した。
ヘ 被控訴人は、本件当時、産業廃棄物処理場建設問題で、津市に対し迷惑をかけ、負い目があった。すなわち、被控訴人と津市との間には、産業廃棄物処理場問題の解決の見返りとして、本件開発を行わないという密約があった。
被控訴人村長は、津市と被控訴人との密約に基づき、平成四年七月二日以降は本件計画の断念を勧告して、本件計画を断念させた。
ト 被控訴人村長は、当初は本件開発に協力するという態度を示し、右一連の行政指導をしていた。ところが、津市が反対し、その反対が強固であると判明すると一転して津市に同調し、控訴人に対し、本件開発断念を強要した。これは、信義則に違反する行為である。
チ 被控訴人村長の右一連の行政指導は、国土利用計画法等によって委ねられた裁量権を濫用・逸脱した違法なものである。
リ したがって、控訴人が支出した費用等の損害(前示補正後の請求原因3)はすべて違法な行政指導に基づくものであるといえる。
三 当審附加主張(被控訴人)
1 本件指導要綱の法的拘束力
本件指導要綱は、国土利用計画法の適正かつ迅速な運用に資することを目的として、同法所定の許可申請(一四条)又は届出(二三条)をしようとする者に対する「事前指導の手続」を定めたものであって、その事前指導を行うに当って三重県の行政機関が守るべき準則を定めた訓令にすぎない。すなわち、本件指導要綱は、被控訴人の機関である村長に対する行為規範たる法規ではない。
2 三重県知事からの返戻を受けた点について
三重県知事は、平成三年四月四日付「大規模土地取引等に関する事前指導要綱に基づく事前協議について」と題する書面(甲六)をもって、本件三条件のうち、「関係地域住民の同意を得ること」と、「開発地より下流の水利権者の同意を得ること」の二条件が具備されていないとして返戻した。被控訴人村長は、三重県知事からの返戻措置に対し、そのまま受け取る以外に方法はなかった。したがって、右返戻措置を受理したことに違法はない。
3 本件申請を再度具申しなかった点について
(一) 津市の同意の不存在
三重県知事は、本件申請に当っては、下流の水利権者である津市の同意が必要であるというものであった。したがって、控訴人が、津市の同意を得ることができない状態のままでは、被控訴人村長が再度申達しなかったことが違法であるとはいえない。
(二) 国土利用計画法所定の手続の可能性
控訴人は、直接国土利用計画法所定の許可申請又は届出の手続をすることができたのであるから、この点からも控訴人の主張は理由がない。
(三) 津ゴルフ倶楽部との差異
(1) 津市長の同意の存在
津市長は、津ゴルフ倶楽部の増設について、平成五年六月二九日付三重県知事宛に出した書面(乙一二)で同意している。
(2) 水利権者である津市への影響の有無
本件ゴルフ場に降った雨水の表流水や伏流水は、津市の上水道の取水口の上流において長野川に流入し、水源の一部を構成していた。ところが、控訴人の排水経路変更計画書が実行されると、水量が減少することになる。したがって、右計画書のとおり排水計画の変更がされても、下流の水利権者である津市に影響を及ぼすことに変わりはない。そうであるから、いずれにしても津市の同意が必要であった。
4 排水経路変更計画書を突き返し、本件開発の断念を勧告した点について
(一) 被控訴人村長が控訴人の排水経路変更計画書を返戻したのは以下の理由に基づくものであり、違法ではない。
(1) 被控訴人の総合グラウンドの排水路を使用するという内容であった。
(2) 現地の地形上、低地から高地へ開渠で自然流下させる構造であり、実現不可能であることが明白であった。
(3) 右計画書を受理して三重県知事に送付すれば、それによって右総合グラウンドの排水路の使用を被控訴人が承諾したものと理解されるおそれがあった。
(二) 被控訴人による断念の要望に対する控訴人の対応
(1) 右要望の法的性格
被控訴人には、控訴人に対して事業の断念を要望する権限があった。もっとも、右要望には何ら強制の要素はない。被控訴人は、何時でも国土利用計画法所定の手続をとることができた。
(2) 右要望をする正当事由
被控訴人が右要望をしたことには以下のとおり正当な事由があった。
イ 本件ゴルフ場は、津市の上水道に対し、水質汚染と水量の変化の両面にわたり、影響を及ぼすものであった。すなわち、控訴人の排水経路変更計画書が実現されたとしても、水量の変化の点で影響を及ぼすものであった。そうであるから、津市の同意が得られる見込みは皆無であった。
ロ 控訴人の排水経路変更計画書が、右4(一)のとおりの内容であり、内容自体不合理であるうえ、実行可能性がなかった。
ハ 本件開発予定地の面積約一〇〇万平方メートルのうち、約二五万平方メートル(予定地の全域に分布していた)を所有する地権者が本件開発に絶対反対の意向を表明していた。そのため、本件開発が成就する見込みは皆無であった。
ニ これ以上本件開発計画を存続させると、本件開発賛成者と反対者の対立が激化する危険性があった。また、林業は被控訴人の行政区画における基幹産業であるが、本件開発を見込んで山林の管理をしない者が出るなど、山林維持に支障が出てきた。
(3) 控訴人の断念受諾の任意性
控訴人は、本件開発の断念を要望する被控訴人の行政指導に任意に従った。なお、控訴人は、平成四年一二月二八日口頭で本件申請を取下げたが、その後被控訴人の求めに応じて、平成五年一月七日に断念勧告受諾書を提出した。
5 被控訴人村長の一連の行政指導の違法性
(一) 本件三条件の合理性
本件三条件は、いずれも合理的な内容のものである。
また、無農薬で実施する計画であっても、その実効性に疑問の余地が残る以上、津市の同意を必要と考えたことは不合理ではない。
(二) 津市が同意する可能性の有無
津市は、すでに平成二年一月の時点で控訴人に対し、本件開発の中止を強く求めていた。それにもかかわらず控訴人が本件開発を進めたのは、控訴人が津市に翻意を求めることができると考えていたことを意味する。
被控訴人村長も、平成三年六月、控訴人の求めに応じて、津市長に対し、翻意を認める要請書(甲六の八)を提出している。
すなわち、控訴人も被控訴人村長も、津市の同意を得ることを原始的不能な条件であると認識していたものではない。
(三) 行政指導の主体
(1) 被控訴人村長の意見具申は三重県知事に対してなされたものであり、これに対し、三重県知事は右意見具申が付された本件申出書を被控訴人村長に返戻した。
(2) そうであるから、右返戻することにより津市の同意の取得を要求する行政指導をしたのは三重県知事であり、被控訴人村長ではない。したがって、控訴人の主張は行政指導の主体の把握を誤っている。
(四) 損害との因果関係
控訴人の主張する違法な行政指導と損害との間に因果関係が認められない。
理由
第一 事実経過
原判決理由一ないし三を引用する。
ただし、次のとおり補正する。
原判決二〇枚目裏三行目の「計画した。」の次に以下のとおり加入する。
「控訴人代表者は、被控訴人の事務担当者や三重県の事務担当者に対して、本件ゴルフ場の開発を検討していることを話し、それが可能であるかを確認した。これに対し、右事務担当者らは、いずれも、三重県には本件指導要綱があるので、同要綱に基づいた手続を進めることが必要であるが、法的規制の面で特に支障はないと説明した。」
同四行目の「いわゆる」を削除する。
同八、九行目の「(以下『本件指導要綱』という)」を「(本件指導要綱)」と改める。
第二 被控訴人村長の行為の違法性
一 被控訴人村長の行政指導について
1 本件指導要綱
国土利用計画法は、一四条、一五条で「土地に関する権利の移転等の許可」手続を定め、二三条で「土地に関する権利の移転等の届出」手続を定めている。本件指導要綱は(甲一―五三頁以下)、右許可申請、届出手続をしようとする者に対し、行政指導としての事前指導を行い、同法の適正かつ迅速な運用に資する目的で制定されたものである。
2 本件指導要綱における被控訴人村長の地位
(一) 被控訴人村長は、本件指導要綱において、事前協議申出書の経由庁とされている(本件指導要綱第4の2)。被控訴人村長は、本件申出書を受理したときは、同申出書に対する意見を付して速やかに三重県知事に具申するものとされている(同第4の3)。
(二) 右(一)は、国土利用計画法一五条二項(二三条四項で準用する場合を含む)の規定と同趣旨の規定である。
すなわち、右(一)は、国土利用計画法一五条二項の規定同様、現実に開発行為が行われる行政区域にある市町村の長をして、開発行為、土地取引等の内容に関して意見を述べさせることを制度的に保障したものである。
3 被控訴人村長の行政指導
前示引用の原判決理由一ないし三の事実経過による被控訴人村長の一連の行政指導は以下のとおりである(なお、以下の事実の認定において、さらに証拠の摘示が必要な部分はその都度明示する)。
(一) 本件申出書受理当時の行政指導
控訴人は、昭和六三年ころから、被控訴人村内において、本件ゴルフ場を開発(本件開発)することを計画した。本件開発には国土利用計画法二三条所定の届出をする必要があり、同法所定の規制を受けるものであった。なお、三重県では同法一四条所定の規制区域を指定したことがない(甲三〇)から同条の許可申請は問題とならない。
控訴人代表者は、本件開発をするに際し、三重県の事務担当者や被控訴人の事務担当者に助言を求めた。これに対し、右担当者らは、本件指導要綱に即した手続を履行するよう行政指導した。
三重県の事務担当者や被控訴人の事務担当者は、控訴人代表者に対し、国土利用計画法所定の右届出手続に先立ち、本件指導要綱に基づく事前協議の申出を行うことを当然のことのように要求した。この際、右担当者らから、本件指導要綱に即した手続を行う必要があるわけではなく、控訴人において、何時でも国土利用計画法上の手続をすることができるなどという説明は一切なかった。控訴人代表者は、右説明により、本件開発をするには、本件指導要綱による事前協議をすることが必要不可欠であると認識した。
また、一方、開発事業者にとっても、ゴルフ場開発をするには、地権者、周辺住民、関係地方公共団体等との利害の調整はもとより、国土利用計画法などの各種の行政規制や行政計画に適合するための作業を進める必要がある。開発事業者にとって、このような作業をもっぱら開発事業者の主導で進めることは、事実上不可能であった。そうであるから、開発事業者にとっても、本件指導要綱による事前協議手続(その過程において、開発事業者は、関係者・関係諸団体との利害の調整、協定の締結、行政規制適合要件の充足を実現する機会をもつことができる)は、むしろ前示のような利害調整や適合性を実現しつつゴルフ場開発事業を円滑に遂行する機会を得るという利益の側面がある。
以上のとおり、控訴人代表者は、本件開発をするには、本件指導要綱による事前協議をすることが必要不可欠であると考えていた。それは、三重県や被控訴人の事務担当者から、前示のとおりの説明があったからである。一方、控訴人代表者自身も、本件指導要綱に基づく事前協議手続を利用することによって、本件開発を実現するために必要な前示各作業を遂行することができるものと認識していた。
(二) 無農薬管理の行政指導
本件開発計画予定地の東側を流れる長野川の水を上水道として使用している津市において、本件開発に対する反対運動が起こった。このため、被控訴人村長は、本件申出書を受理した平成元年八月二四日の後も、三重県に具申せず、同年一一月一七日に行われたヒアリングの際には、控訴人代表者に対し、無農薬管理のゴルフ場とするよう行政指導をした。そこで、控訴人は被控訴人村長に誓約書も提出して、無農薬管理計画の実現化作業に入った。
(三) 本件三条件に関する行政指導
被控訴人村長は、平成二年八月二日開発審議会から本件三条件を充たせば本件開発は妥当であるとする答申を受け、平成三年三月二八日右答申と同旨の意見を付して、本件申請を三重県知事に具申した。なお、被控訴人村長は右具申前の平成二年八月二三日に津市に対して意見を求めたが、津市は同年九月一九日に反対の回答をしている。
しかし、三重県知事は本件三条件のうち②、③の二条件が充たされていないとして、本件申出書を被控訴人村長に返戻した。そこで、被控訴人村長は、控訴人に対し、本件申請を再度具申する前提として、本件三条件のうちの②、③の二条件も充たすよう行政指導した。
控訴人は、本件三条件のうち、②の関係地域住民の同意を得ることについては、同条件が意味する、本件開発予定地域内の四地区長及び被控訴人村内の二水利権者の開発同意書を得ることによってこれを充たした。
しかし、津市は、控訴人からの協議申入れに一切応じようとせず、少なくとも本件指導要綱による事前協議手続に入る前の段階で控訴人が津市の同意を得ることは事実上不可能な状況であった。
(四) 本件開発を中止すべき旨の行政指導
控訴人は、被控訴人村長に対し、本件三条件のうちの③を控訴人が履行する必要性はなくなった、また控訴人が③を充たすことはこの段階では事実上不可能であるとして、被控訴人村長に対し、すみやかに本件申請を再度具申するよう要請した。しかし、被控訴人村長は、本件三条件のうち③が充たされていない以上、三重県知事に対する具申をすることはできないとして拒否した。さらに、被控訴人村長は、控訴人に対し、本件開発の断念を要求し、その旨の書面を送付した。
二 被控訴人村長の行政指導の違法性
1 違法性の判断基準
(一) 行政指導は、国民の権利を制限し、国民に義務を課すものではなく、法律上の任務又は所掌事務を遂行するため、一定の行政目的の達成のために、相手方の任意の協力を得て、その作為又は不作為を求めて働きかけるものである。土地開発業者の国土利用計画法二三条の権利移転の届出に関し、前示行政指導の性質を有する指導要綱に基づく県知事宛の事前協議申出書について、経由庁である被控訴人村長が、同要綱に基づき、行政指導として、開発地域より下流の水利権者の同意を得ることを求め、これが得られない限り、県知事への右協議申出書を具申しない場合でも、相手方の任意の協力の下に行われる限り違法とならない。しかし、それが強制にわたるなど相手方の任意性を損なう程度に達した場合には違法となる。
なお、被控訴人は、こう主張する。本件指導要綱は、事前指導(行政指導)を行うに当り三重県の行政機関が守るべき準則を三重県土木部開発指導課が定めた訓令にすぎない。被控訴人の機関である村長に対する行為規範たる法規ではないから、これにより、右村長の控訴人に対する行為の違法性を基礎づける作為義務違反に導くことはできない、と。
なるほど、本件指導要綱は事前協議を行う県の機関に対する準則である。しかし、被控訴人の首長である村長は県の機関委任事務である事前協議の経由庁として職務を行うものである。その限りにおいては、右指導要綱に従うべき職務上の義務を負うのである。確かに、それは被控訴人(村)の固有事務でないかもしれない。しかし、そうであるからといって、機関委任事務を処理する村長が指導要綱上の作為義務がないとはいえない。県の機関委任事務の違法行為につき、被控訴人(村)が国家賠償法上の賠償責任を負うか否かは同法三条により判定すべきものであって、機関委任事務か固有事務かにより違法性の判断を左右することはできない。
(二) 行政指導の適法性に必要な右任意性の判断に際しては、次の具体的な事情を各事案において総合的に検討して判断すべきである。すなわち、① 行政指導の内容及び運用の実態、担当公務員の対応等からみて相手方の任意性を損なうおそれがないか。② 行政指導において、本来関連法規が認めていない手段を用いるなどして、相手方の作為又は不作為を事実上強制していないか。③ 相手方が行政指導に協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明しているのにかかわらず、行政庁が行政指導を継続していないか。などである。これらの判断基準に照らし、行政指導が相手方の任意性を損なうものといえる場合には、行政指導の限界を超えるものであり、違法な公権力の行使に当たるというべきである(最判平五・二・一八民集四七巻二号五七四頁、最判昭六〇・七・一六民集三九巻五号九八九頁参照)。
そして、行政庁は、従前において、その相手方が行政指導に協力してきた経緯があったとしても、相手方がもはや行政指導に協力することができないとの意思を真摯かつ明確に表明した場合には、信義則上、関連法規に基づいて相手方が有する行政手続上の権利の内容やその行使方法を、相手方に対して教示すべきである。このような場合に、行政庁が相手方に対し、相手方が表明した意思に反する行政指導をなおも継続するのは、本来相手方の任意の協力を得て行うべき行政指導の限界を超えるものであり、違法な公権力の行使に当たる。
2 本件指導要綱に対する関係者の認識
(一) 本件指導要綱は、法律の根拠を有するものではなく、指導の相手方に対し法的拘束力はない。すなわち、本件指導要綱は、三重県知事が、国土利用計画法の適正かつ迅速な運用を図るという行政目的を達成するため、開発行為を行う土地取引等をしようとする者の任意の行為を期待して働きかける行政指導の性格を有する。
したがって、控訴人は、もともと本件指導要綱に即した事前協議の手続を履行する法的な義務があったものではない。控訴人は、事前協議を省略し、当初から、経由庁である被控訴人村長に対して、三重県知事宛の国土利用計画法二三条所定の届出書を提出することにより、同法の手続を開始することができたといえなくもない。
しかし、控訴人は、被控訴人の事務担当者らの指示により、本件指導要綱による事前協議をすることが必要であると思い込んでいたのである。被控訴人の事務担当者らは、本件指導要綱による事前協議をするよう指示した際、控訴人が国土利用計画法所定の届出手続を何時でもすることができることは一切説明していない。むしろ、被控訴人村長及び被控訴人の事務担当者らは、終始一貫して、控訴人が本件ゴルフ場を開発するには、本件指導要綱による事前協議の手続が不可欠であるとして行政指導を続けた。そして、本件申出書が三重県から返戻された後においては、津市の同意が得られなければ、三重県知事に再度具申しても無駄であり、右事前協議手続に入ることすらできないから、津市の同意を得るようにという行政指導を続けるのみであった。
また、一方において、控訴人にとっても、本件指導要綱による事前協議は重要な意味をもっていた。すなわち、控訴人が事前協議をすることなく、いきなり国土利用計画法所定の届出手続をしたとしても、その時点で十分な調整活動が行われていないのであれば、三重県知事は、同法二四条所定の契約締結中止勧告や必要な措置をとるよう勧告することができる。さらに、本件開発に対する利害関係者との調整をすることなしに本件ゴルフ場を設置することが事実上不可能であった。したがって、控訴人代表者自身も、本件開発を実現するには、本件指導要綱による事前協議を通じて、三重県知事との協議はもとより、津市を含めた利害関係者との調整をすることが必要不可欠であると考えていたのである。とくに、津市が、事前協議に入る以前の段階においては控訴人からの協議の申入れに一切応じないという態度をとることが明らかになったころからは、控訴人代表者は、三重県知事の主催する事前協議の過程で、津市との調整作業を進めることに強い期待を抱いていた。
(二) 本件指導要綱による事前協議手続は、控訴人の任意の協力の下で開始されたものである。しかし、本件開発にかかわった関係者(被控訴人村長及び控訴人を含む)にとって、同事前協議手続が行われることなしには、本件開発の実現をすることはおよそ考えられなかった。控訴人にとっても、前示のとおり、同事前協議手続の過程における協議、調整作業の機会があるからこそ、本件開発を実現できる可能性があったのである(とくに、津市は、控訴人と協議をすることすら拒否していたのであるから、津市の同意は、同事前協議手続において津市との交渉によって求めるしかなかった)。
3 「津市の同意を得る」ことを要求する行政指導の違法性
(一) 本件三条件のうちの、津市の同意を得る(③、以下「③」という)との条件は、本件指導要綱による事前協議が実質的に行われなければ、これを充たすことは事実上実現不可能な事項であった。すなわち、事前協議申請までの段階で③を充たすことは事実上不可能であった。なるほど、③は、条件とはいうものの、津市の同意が得られたならばという程度の意味を有するにすぎないと解釈することもできないではない。しかし、被控訴人村長から具申を受けた三重県知事が直ちに返戻してきたように(この行為自体も問題であるが)、③は、事前協議申請の時点でこれを充たしていることを要するというようにも解釈できるものであった。現に、三重県の事務担当者は、本件申出書を被控訴人村長に返戻するに際し、被控訴人事務担当者に対し、事前協議申請の時点で③を充たしていることが必要であると判断している旨を告げている。ところが、被控訴人村長は、三重県知事に対し、右解釈が誤りであると説明した形跡はない。むしろ、被控訴人村長は、三重県知事から返戻を受けた後、控訴人に対し、③を充たすことが事前協議申請の時点における前提条件であり、③が充たされなければ三重県知事に対する具申すらできないといった。そして、控訴人において津市に働きかけてその同意を得るよう行政指導しているのである。
(二) しかし、本件では、前示のとおり、津市は、被控訴人村長が三重県知事に対し具申する以前から、明確に本件開発に反対の意向を表明していた。それにもかかわらず、私企業である控訴人に、地方公共団体である津市のゴルフ場開発に対する同意を取得するよう要求し、しかもその同意が事前協議の前提条件であるなどとするのは、控訴人に対し、不可能を強いるに等しく、著しく不合理な行政指導である。
まして、被控訴人村長は、三重県知事の③の解釈が誤っていると考えたのであれば、三重県知事に対してその旨の説明をして、誤解を解くべきであった。そして、三重県知事の返戻措置が誤りであり、すみやかに具申後の手続を進めるべき旨の意見を付して再具申すべきであった。そうであるのに、被控訴人村長は、三重県知事の返戻措置をそのまま放置した上、同知事への具申を留保したまま、控訴人に対し、右のとおり事実上不可能な右同意の取得を強要する行政指導をしたのである。被控訴人村長の右行政指導は、前示違法性の基準に照らし、その限界を超えるものであって違法というほかない。
4 本件申請の再具申等の拒否、本件開発断念要求の行政指導の違法性
控訴人は、事前協議に入る前の段階では、津市が協議に応じようとすらしなかったため、無農薬管理の実現化を進めるとともに、排水経路を変更するなど、津市の同意が問題とならない方法を検討した。
そして、控訴人が、被控訴人村長に対し、右検討結果を示して、本件申請の再度の具申を求めた。
しかし、被控訴人村長は、控訴人に対し、本件三条件のうちの津市の同意を得るとの条件(③)が充たされなければ、本件申請を再具申することを拒否する姿勢に変わりはないとの態度をとり続けた。ついには、被控訴人村長は、控訴人に対し、本件開発の断念を要求するようになった。被控訴人村長の右要求は書面で行われており、被控訴人村長の控訴人に対する右要求の意思を明瞭に読みとることができる。
前示のとおり、被控訴人村長、控訴人等の本件開発関係者にとって、本件指導要綱による事前協議を経ずに本件開発を実現するなどということは、全く考えられないことであった。しかも、事前協議は、控訴人にとっても、本件開発を実現するために必要不可欠な調整活動等をする機会を獲得する貴重なものであった。したがって、被控訴人村長が再度の具申を拒否したこと(これには、前示のとおり、被控訴人村長が、三重県知事に対して津市の同意を得るとの条件の意味を説明するなどして、三重県知事の返戻措置を撤回させたり、再度の具申を可能にするための調整活動をしないで放置したことも含む)によって、控訴人は本件開発を断念することを余儀なくされたのである。被控訴人村長は、控訴人に対し、本件開発を断念するよう要求する書面を送付している。当時、すでに控訴人は前示のとおり、津市の同意のないまま被控訴人村長に再具申を求め、もはや津市の同意を得よとの行政指導には協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明していたのである。控訴人は、右意思に反する被控訴人村長の右断念要求を受け、今後本件指導要綱による事前協議に入ることすら不可能な事態が継続するのであれば、到底本件開発を実現することは不可能であると考えて、本件開発を断念したのである。
被控訴人村長の本件申請の具申拒否、本件開発断念要求は、前示違法性の判断基準に照らし、行政指導の限界を超えることが明らかであって、違法であるというべきである。
5 まとめ
以上の被控訴人村長の違法な行政指導は、被控訴人村長が、国土利用計画法等の関連法規に基づいて、その職務上被控訴人の公務員として有する優越的な地位に基づいて行ったものである。そうであるから、控訴人は、被控訴人村長の違法な公権力の行使により、事前協議の機会を奪われ、これによって後記四2のとおり精神的苦痛を被ったものというべきである。そして、前認定判断に照らし、被控訴人村長は、右違法行為をするに当たって、少なくとも過失があったものと認められる。
三 被控訴人の主張の検討
1 被控訴人は、三重県知事の返戻措置を受領する以外に方法はなかったと主張する。また、被控訴人村長が再度具申しなかったのも、三重県知事が、本件三条件のうちの津市の同意(③)の条件が充たされることが事前協議に入る前提要件であると指示したからであるとも主張する。
しかし、前示のとおり、被控訴人村長は、三重県知事の被控訴人開発審議会が定めた③の解釈が誤っていると考えたのであれば、三重県知事に対してその旨の説明をして、誤解を解くべきであり、すみやかに具申後の手続を進めるよう働きかけるべきであった。そうであるのに、被控訴人村長は、三重県知事の返戻措置をそのまま受け入れて、放置した。それのみならず、被控訴人村長は、控訴人に対し、津市の同意という事実上不可能な事柄を、控訴人に強いる行政指導をし、その実現まで再具申を留保しているのである。
したがって、被控訴人村長が一たん三重県知事の返戻措置を受領する以外に方法はなかったとしても、その後、遅くとも控訴人において津市の同意が得られず、その代替措置として排水路の変更を提案しつつ再具申を求めた段階において、なお具申を留保した点につき、その責任を免れることはできない。
2 被控訴人は、控訴人が、直接国土利用計画法所定の手続をすることができたのであるから、被控訴人に責任はないと主張する。
しかし、前示のとおり、被控訴人は、控訴人に対し、本来控訴人が法的義務を負うものではない本件指導要綱による事前協議手続が不可欠であり、これをするように指示したのである。これに基づいて控訴人が本件事前協議の申請をするに至った。そして、被控訴人村長や事務担当者らから控訴人に対し、事前協議をすることなく直接国土利用計画法所定の手続ができるなどという説明は一切なかった。また、事前協議手続を経ることなしに本件開発を実現することは事実上不可能であった。事前協議を拒否することは、本件開発の断念を意味するものである。
以上のとおり、控訴人が法的には直接国土利用計画法所定の手続をすることができたからといって、その実現のために実際上重要な機能を果たしている事前協議の機会を奪った点において、被控訴人村長に責任がないとはいえない。被控訴人の主張は理由がない。
3 被控訴人は、津市の同意を得るべきであるとの行政指導をしたのは三重県知事であって、被控訴人村長ではないと主張する。また、被控訴人は、津市の同意を得るとの条件(③)は原始的に不能な条件ではなく、合理的なものであったとも主張する。
確かに、津市の同意を得ることを本件指導要綱による事前協議に入ることの前提要件とする解釈は、三重県知事が本件申請の返戻措置をした際、被控訴人村長に告げたものである。しかし、前示のとおり、被控訴人村長において、三重県知事の解釈が誤っていると考えたのであれば、その誤解を解くべきであった。そうであるのに、被控訴人村長は、かえって三重県知事の右解釈を前提として、控訴人に対し、津市の同意という事実上不可能な事項の実現を、控訴人が、前示のとおりこの行政指導に従えないことを真摯かつ明確に表明した後にも、なお要求し続けたのである。そうであるから、被控訴人村長が、控訴人の右意思表明後、なお津市の同意を得るべきであるとの行政指導をしたのは行政指導の限界を超えた違法なものである。したがって、被控訴人の主張は理由がない。
4 被控訴人は、控訴人に対し本件開発を断念するよう要望したことには正当の理由があり、また強制の要素はなかったと主張する。また、被控訴人は、控訴人が右要求に任意に応じたとも主張する。
しかし、被控訴人村長が、本件開発に対して否定的な意見を持っていたとしても、それは三重県知事に対する意見具申として伝達すべき事柄である。そして、三重県知事が、被控訴人村長の意見を踏まえて、本件開発について必要な措置を講ずるべき問題であった。そうであるから、前示のとおり、被控訴人村長は、すみやかに三重県知事に対し本件申請を具申すべきであったのであり、三重県知事からの返戻措置後、再具申を留保して放置すべきではなかった。とくに、被控訴人村長は、津市の同意が事前協議に入ることの前提要件であるとの三重県知事の解釈が誤りであると考えるのであれば、その点を三重県知事に対し説明して誤解を解くべきである。そうであるのに、かえって、被控訴人村長は、控訴人に対し、本件開発を断念するよう要求しているのである。これは、本件指導要綱に従って事前協議に入ることを必要不可欠な手続と理解し、また事前協議を通じて本件開発を実現することを期待していた控訴人の利益を不当に害するものといわなくてはならない。したがって、被控訴人が本件開発を断念することを要求したことに正当な理由があったとはいえない。被控訴人の主張は理由がない。
次に、前示のとおり、控訴人は、被控訴人村長に対し、本件申請の再度の具申要請をするなど、事前協議に入るための措置をとるよう要求し、この点についての真摯かつ明確な意思を表明していた。被控訴人村長の再度の具申等の拒否や本件開発断念の要求は、控訴人の右意思を知りながら行われたものである。控訴人は、被控訴人村長のこれらの対応からして、事前協議に入ることすら不可能な状況では、本件開発を断念せざるを得ないと考えた結果、本件開発の断念を受諾する旨の書面を提出したのである。
したがって、控訴人が本件開発を断念したことが、その任意の意思によるものであるということは到底できない。被控訴人の主張は理由がない。
四 損害
1 財産的損害について
(一) 控訴人は次の財産的損害を主張する。
(1) 建設仮勘定分
控訴人は、株式会社清水建設に依頼して事前協議申請書を作成するなど、本件開発が完成したときは固定資産になる費用として、合計五二三六万五五六〇円を支出した。
(2) 開業費勘定分
控訴人は、被控訴人村内に現地事務所を設け、本件開発に専念する従業員を配置し、賃料、給料等、右事務所における活動の維持、管理に必要な費用を支出した。これは、本件開発が完成したときは、繰延資産になる費用であり、その合計は五九二四万三八七九円である。
(二) 相当因果関係
控訴人主張の右(一)(1)、(2)は、いずれも建設仮勘定、開業費用として、開発が完成したときに、固定資産ないし繰延資産となる費用である。開発が成功しないときには、もともと企業家である開発業者において負担すべき危険ないし出費である。
ところで、前認定のとおり津市の不同意が固く、一部住民の強い反対があるなかで、被控訴人村長において本件事前協議の申請を控訴人の前示意思表明を受けた三重県知事に再具申したとしても、同知事がこれに基づき事前協議を滞りなく済ませ、控訴人において本件ゴルフ場開発を首尾よく完成できたと認めることは到底できない。
この点、控訴人自身も事前協議すら順調にできないのであるから、到底本件ゴルフ場の開発はできないと考えたと述べてこれを自認しているところであり、他に右再具申により開発の完成が確実であったと認めるに足る的確な証拠がない。
よって、控訴人主張の右(一)(1)、(2)の損害は被控訴人の前示控訴人の意思表明後本件申出書の再具申をしなかった等の違法行為との間には相当因果関係がない。
2 慰藉料について
(一) 控訴人は、被控訴人村長の違法行為により、本件開発の断念、企業努力が水泡に帰したことによる精神的損害として慰藉料を請求している。
前示のとおり、被控訴人村長の違法行為といい得る前示再具申をせず本件申出書を留保した行為と本件開発断念との間には相当因果関係がない。そうすると、本件開発断念による慰藉料を請求することはできない。
しかし、本件慰藉料の請求には開発断念にいたるまでの精神的苦痛による損害をも含むものと解することができる。そして、前認定の本件事前協議申請から控訴人の開発断念にいたるまでの経緯、その他諸般の事情に照らすと、前示被控訴人村長の再具申をせず、本件申出書を留保した違法行為に対する慰藉料は金一〇〇万円をもって相当とする。
(二) 被控訴人は慰藉料請求権が控訴人の断念勧告受諾書の提出された平成四年一二月八日から三年以上を経過した平成八年一月二九日の原審口頭弁論期日においてなされたから時効により消滅したと主張する。しかし、控訴人は、被控訴人村長の本件事前協議に対する財産上の損害賠償請求を本訴状送達の日である平成五年五月二一日にしていることが記録上明らかである。そうすると、右違法行為による損害賠償請求権の時効は同日以降中断している。そして、同一事実に基づく慰藉料請求の時効は、財産上の損害賠償請求により中断するというべきである。慰藉料請求は、それ故に、時効消滅しているとはいえず、被控訴人の抗弁は理由がない。
3 弁護士費用
本件認容額、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、被控訴人村長の違法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、金一〇万円をもって相当と認める。
五 まとめ
県の機関委任事務として市町村長が国家賠償法一条一項により損害賠償すべき場合は、同法三条により市町村も、その給与を支払い所要の経費を負担する者として、その賠償責任を負う。
したがって、控訴人は、被控訴人に対し、国家賠償法一条一項、三条に基づき、金一一〇万円及びこれに対する違法行為後の日である平成五年五月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求権を有する。
控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余は失当である。
第三 結論
よって、以上と異なる原判決を主文一項のとおり変更し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官吉川義春 裁判官小田耕治 裁判官杉江佳治)