大阪高等裁判所 平成8年(ネ)240号 判決 1997年12月24日
兵庫県尼崎市<以下省略>
控訴人
X
右訴訟代理人弁護士
山田康男
同
宮岡寛
同
李義
同
岡伸夫
東京都中央区<以下省略>
被控訴人
Y1証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
宮崎誠
同
上田裕康
同
池田裕彦
同
田端晃
同
塚本美彌子
同
魚住泰宏
三重県伊勢市<以下省略>
被控訴人
Y2
同所
被控訴人
Y3
右両名(亡B限定承認者)法定代理人相続財産管理人
Y2
右両名訴訟代理人弁護士
手島俊彦
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人Y2及び同Y3は、控訴人に対し、それぞれ三三三三万〇四九三円及びこれに対する平成五年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員をいずれも各相続財産の限度で支払え。
三 被控訴人Y1証券株式会社は、控訴人に対し、六六六六万〇九八六円及びこれに対する平成五年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その六を控訴人の負担とし、その各一を被控訴人Y2及び同Y3の各負担とし、その余を被控訴人Y1証券株式会社の負担とする。
六 この判決は、主文第二、三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の申立て
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人Y2及び同Y3は、控訴人に対し、それぞれ八三四九万円及びこれに対する平成五年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人Y1証券株式会社は、控訴人に対し、一億六六九八万円及びこれに対する平成五年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要等
事案の概要、当事者間に争いのない事実並びに弁論の全趣旨により認められる事実、争点は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、「被告Y2」は「被控訴人Y2」と、「被告Y3」は「被控訴人Y3」と、「被告Y1証券株式会社」は「被控訴人会社」と各呼称し、原判決三丁裏八、九行目の「昭和六二年一月下旬ころ」を「昭和六二年一月二四日」と、同九行目の「Cとの間に、」を「Cを取引名義人とする」と各改め、同一〇行目の「開設した」の次に「(本件取引口座による取引の主体が名義どおりCか、または控訴人であるかについては、後に判断する。)」を加え、同四丁表六行目をはじめとして原判決中に「郡栄化学」とあるのをすべて「群榮化學」と改め、同五丁表三行目の「一〇〇〇口」の次に「(一口一万円)」を、同五行目の「本件取引口座に」の次に「金一〇〇〇万円の」を、同七丁表六行目の「普通預金口座(」の次に「口座番号<省略>。」を、同八行目の「被告会社は、」の次に「平成元年六月一五日、」を各加える。
第三証拠
証拠関係は、原審及び当審の訴訟記録中の書証及び証人等目録各記載のとおりであるから、これらを引用する。
第四当裁判所の判断
一 右引用にかかる原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「一当事者間に争いのない事実並びに弁論の全趣旨により認められる事実」のほか、いずれも原審証人Cの証言によれば作成名義人(C)の印影が当該名義人の印章によって顕出されたことが認められるから当該名義人作成の文書として真正に成立したものと推定される(甲号各証の原本の存在は弁論の全趣旨により認められる。)甲第一号証、甲第一四号証の1、2、乙第三号証の1、2(原審証人Cの証言によれば、右乙号各証についての書証目録の認否欄の「Cの署名であること及び名下の印影が同人の印章によることは認める」旨の記載は誤りであると認められる。)、いずれも原審証人Cの証言によれば作成名義人(C)が署名しかつ当該名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたことが認められるから当該名義人作成の文書として真正に成立したものと推定される(原本の存在は弁論の全趣旨により認められる。)甲第一四号証の3ないし19、いずれも原本の存在及び成立の真正につき争いのない甲第二号証の1ないし14、甲第三五号証、いずれも弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正が認められる甲第四号証、甲第一二号証の3、6、10、12、13、24、25、いずれも原審における控訴人本人尋問の結果により(作成名義人がCであるにもかかわらず)控訴人が作成した文書と認められる(原本の存在は弁論の全趣旨により認められる。)甲第五号証の1ないし3、原審証人Cの証言によって成立の真正が認められる甲第一〇号証、原本の存在及び成立の真正につき争いのない甲第一一号証の1及びこれによっていずれも原本の存在及び成立の真正が認められる甲第一一号証の3、4、8、11、12、いずれも原審における控訴人本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第一五号証の1、2、甲第一九号証、甲第二四号証、いずれも成立の真正につき争いのない甲第一六号証の1、2、甲第二〇号証、甲第二五、二六号証の各1ないし5、甲第二七号証、甲第二八号証の1、2、乙第三号証の17、19、20、甲第五五ないし五九号証、作成名義人(C)の印影が当該名義人の印章によって顕出されたことに争いがないから当該名義人作成の文書として真正に成立したものと推定される乙第一号証、いずれも作成名義人(C)が署名しかつ当該名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたことに争いがないから当該名義人作成の文書として真正に成立したものと推定される乙第二号証(なお、甲第一三号証は乙第二号証の一部分である。)、乙第三号証の3ないし16、同号証の18、同号証の21ないし30、原審証人Dの証言により成立の真正が認められる乙第六、七号証、いずれも当審における控訴人本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第三七号証の1ないし6、当審証人Eの証言により成立の真正が認められる甲第四六号証、原審証人C、同D、当審証人F、同Eの各証言、原審及び当審における各控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せると、次の各事実が認められる。
1 亡Bは、昭和三八年四月一日、被控訴人会社に採用され、昭和五八年三月一日からは被控訴人会社岡山支店の支店長代理兼営業一課長として、昭和六二年四月一日からは同支店次長兼営業一課長として、平成二年一〇月一日からは同支店参事として、平成五年五月三一日の死亡時まで被控訴人会社岡山支店に勤務してきた。
2 亡Bは、岡山市内で自営業を営む控訴人の兄のE(以下「E」という。)を担当顧客としており、Eの主催するゴルフコンペに時々参加していた。
Cは、岡山市内で喫茶店を営み、Eとも知己であったが、昭和六一年頃にEの主催するゴルフコンペに参加した際、Eから亡Bを紹介され、その後、亡BがCの喫茶店に来るようになったところから、亡Bと次第に仲良くなった。
3 Cは、昭和六二年一月、亡Bから「絶対に儲かる取引がある。」との誘いで被控訴人会社岡山支店での株式等の取引を勧められ、同月二四日、C名義による本件取引口座を開設し、本件取引口座によって次の各取引を行った((一)の取引は、現実には口座開設前にされているが、本件取引口座による取引と取り扱われている。)。
(一) 昭和六二年一月九日、エムテック株五〇〇株を一四一万二七二九円で買い入れ、被控訴人会社の保護預かりとした後、同月一九日、一六五万〇一八〇円で売却。
(二) 同年九月九日、トーレ転換社債を一〇〇万円で買い入れ、被控訴人会社の保護預かりとした後、同年一〇月七日、一一四万五九九一円で売却。
これらの取引は、短期間で売買の差益を得るもので、Cは、その都度、Eから資金を借用し、具体的取引は亡Bに一任して、行ったものであった。
なお、Cは、右二度の取引を行ったのみで、その後、被控訴人会社岡山支店で有価証券の取引を行うようなことはなく、本件取引口座は休眠状態となった。
4 控訴人は、兵庫県尼崎市内で自営業を営み、昭和五四年頃から株式の取引に手を染めるようになり、昭和六三年頃には、山一證券、丸起証券(現こうべ証券)、神栄石野証券などで取引をしていたが、税金対策等のため、他人名義で取引をすることもあった。ただし、控訴人の右各証券会社における取引はいずれも現物取引に限られており、信用取引はなかった。
控訴人は、昭和六三年春頃、Eの主催するゴルフコンペを通じて亡Bと知り合い、その後、亡Bから被控訴人会社岡山支店での有価証券の取引を勧められるようになった。控訴人としては、住所地である尼崎市からかなり遠い岡山市内の被控訴人会社岡山支店でわざわざ新たな取引を開始するのが煩わしいため、当初は取引をすることに難色を示し、一方、被控訴人会社岡山支店においても、岡山県外に住所のある顧客と取引を始めるには取引を勧誘した職員がその旨の申請をするなどの社内の手続を経る必要があり、県内に住所のある顧客ほどには簡単に取引を開始することができなかったが、こうした双方の煩わしさを解消し、かつ控訴人の税金対策の思惑にもかなう方法として、亡Bが、同年秋頃の当時はまったく取引がなく休眠状態になっていたC名義の本件取引口座を利用して有価証券の取引をすることを控訴人につよく勧めたことから、控訴人は、平成元年一月頃には被控訴人会社岡山支店での有価証券取引を始めることを決意するに至った。
一方、亡Bは、右平成元年一月頃、C名義の本件取引口座を他の顧客の有価証券の取引に利用させてもらう旨の了承をCから得た。なお、控訴人とCは、Eの主催するゴルフコンペを通じて知己であったが、亡Bは、右了承を得るに際して、本件取引口座を利用する顧客が控訴人であることをCに知らせなかったため、Cは、平成五年五月三一日の亡Bの死亡時まで、本件取引口座を利用する顧客が控訴人であることをまったく知らなかった。したがって、Cが控訴人の代理ないし履行補助者として被控訴人会社(亡B)に控訴人を本人とする売付け、買付けの注文をするようなことはまったくなく、注文は、控訴人から亡Bに対して直接なされた。
5 被控訴人会社においては、平成元年当時、次の方法で業務を行っていた。
(一) 株式を含む有価証券の取引開始に当たっては、顧客から総合取引申込書(甲第一号証)及び使用印鑑届(乙第一号証)を徴する。
(二) 有価証券の買付けに際しては、買付約定成立日を含め四営業日目に買付代金の入金を受け、これと同時に顧客に総合受渡計算書(乙第六号証)及び買付証券の預り証(乙第三号証の1ないし30、乙第五号証)を交付する。
なお、顧客が買付証券を売却しまたは現物を引き取るときは、右預り証を回収したうえ、その受領欄に顧客からの署名・押印を徴する。
(三) 有価証券の売付けに際しては、売付け約定成立日を含め四営業日目に顧客に対して売却代金を支払い、現金で支払う場合には、顧客に総合受渡計算書(乙第六号証)を交付するとともに顧客から金銭領収書(甲第一四号証1ないし19)の提出及び預り証の返還を受け、銀行振込みの場合には、経理課員が直接に振込手続を行い、金銭領収書の提出はとくに求めないが、後日、預り証の返還を受ける。
(四) 有価証券の預託に際しては、買付証券をそのまま預る場合でも、持ち込まれた証券を預る場合でも、銘柄・回号・数量に対当する預り証を顧客に交付する。
ただし、売却注文を受けて持ち込まれた場合には、預り証を発行しない。
(五) 信用取引開始に当たっては、顧客から信用取引口座設定約諾書(乙第二号証)を徴する。
(六) 信用取引に際しては、(二)、(三)の書面の発行は行わない。
(七) 有価証券取引の約定が成立した場合には、当該約定の成立した翌営業日に、必ず本店の担当部署から取引報告書を直接顧客に郵送し、また、信用取引顧客に対しては、右のほか、毎月必ず預託株内容、建株(建玉)内容及び金銭残高を示す書類を本店の担当部署から郵送し、その他の株式預託顧客に対しては、年二回必ず預り株内容及び金銭残高を示す書類を本店の担当部署から郵送する。
6 控訴人は、平成元年三月一日から、本件取引口座を利用して、前引用にかかる原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の一2記載(ただし、付加訂正後のもの。)の取引(以下「第二の一2記載の取引」という。)を順次行った。
第二の一2記載の取引については、控訴人は、買付けや売付けをする有価証券の銘柄・数量・買値及び売値をすべて自己の判断に基づいて決断してこれを電話で亡Bに伝え、その取引を依頼して行った。その代金決済の方法は、NTT株三〇株、イトマン株三万株及びシステムリバランス八九・一〇〇〇口の買付けに関しては、亡Bから約定が成立した旨の電話連絡を受けて、あらかじめ亡Bから知らされていた扶桑相互銀行(現山陰合同銀行)岡山支店のC名義の普通預金口座(口座番号<省略>。以下「扶桑相互口座」という。)にC名義で買付け代金額を振込入金するというものであり、イトマン株三万株の売付け及び群榮化學株四万一〇〇〇株の買付けに関しては、右イトマン株の売却代金をもって群榮化學株の買付け代金に充当する方法で行い、トナミ運輸株三万株の買付けに関しては、亡Bから約定が成立した旨の電話連絡を受けた数日後に、控訴人が被控訴人会社岡山支店まで赴いて、亡Bに直接買付け代金額の現金を持参して交付した。
亡Bは、第二の一2の記載の取引において、買付け代金の入金に際して顧客に交付すべき受渡計算書及び買付証券預り証を、Cに対してはもちろんのこと、控訴人に対しても交付することなく、右イトマン株の売付けに際しては、Cを被控訴人会社岡山支店に呼んで、その預り証の受領欄にCの署名・押印を徴した。なお、Cに対しては、各取引の都度、被控訴人会社本店の担当部から取引報告書が直接郵送されたが、Cは、亡Bからこれらを廃棄して構わない旨を予め告げられていたため、そのすべてを廃棄し、控訴人に転送することはしなかった。また、被控訴人会社内では、これら第二の一2記載の取引において、いずれの段階でも控訴人の実名が出ることがなかったため、亡Bがその事情を知悉していた以外は、被控訴人会社の誰もが、これら取引の実質上の当事者が控訴人であることを知らなかった。
7 ところで、被控訴人会社は、本件取引口座に関して、第二の一2記載の取引のほか、前引用にかかる原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の一5記載(ただし、付加訂正後のもの。)の取引(以下「第二の一5記載の取引」という。)を行ったが、第二の一5記載の取引は、第二の一2記載の取引とは異なり、以下のとおり、亡Bが、控訴人には無断で、本件取引口座を利用して行ったものである。
すなわち、亡Bは、控訴人が本件取引口座を利用しての第二の一2記載の取引を開始して間もない平成元年三月二八日、被控訴人会社にC名義による信用取引口座(口座番号<省略>。以下「本件信用取引口座」という。)を開設し、第二の一2記載の取引で控訴人の取得した有価証券が被控訴人に寄託されているのを利用して、控訴人には無断で、これら有価証券を本件信用取引口座による信用取引(以下「本件信用取引」という。)の委託保証金代用有価証券として被控訴人会社に預け入れた処理とし、平成元年三月三〇日から平成三年一〇月二三日までの間、頻繁に信用取引を行ったが、第二の一5記載の取引は、いずれもその売却代金を右信用取引の保証金に使用したり本件信用取引による損金の決済に宛てるために(なお、平成元年一一月二日のフジデンキ株三万株の買付け、平成二年二月一日及び同月二日の日本住宅金融株二万五〇〇〇株の買付けなど、売却代金で新たな有価証券を取得している例もみられるが、これらの新たに取得した有価証券も、本件信用取引の委託保証金代用有価証券として被控訴人会社に預け入れられたのちに売却され、本件信用取引の保証金に使用されたり本件信用取引による損金の決済に充てられている。)、控訴人に無断で行ったものである(なお、NTT株二株については平成元年六月一五日に返還されているが、その返還を受けたのは亡Bであって、控訴人には返還されていない。)。
なお、Cは、本件信用取引口座の開設に際して、亡Bから信用取引口座設定約諾書(乙第二号証)の委託者欄に署名・押印することを求められ、これに応じて自ら署名・押印したが、この署名・押印は、Cの有価証券取引に関する知識が著しく足りなかったため、以前に亡Bに対してC名義の本件取引口座を他の顧客の有価証券の取引に利用させることを了承したことに関連する書類であると安易に考えて、内容をよく把握せずにしたものである。また、Cに対しては、第二の一5記載の各取引の都度、被控訴人会社本店の担当部署から取引報告書が直接郵送されたほか、本件信用取引に関しても、取引報告書が各取引の都度、預託株内容、建株(建玉)内容及び金銭残高を示す書類が毎月、預り株内容及び金銭残高を示す書類が年二回、それぞれ本店の担当部署から郵送されてきたが、Cは、第二の一2記載の取引の場合同様、これらをいずれも廃棄していた。
8 控訴人は、所有する株式を被控訴人会社で売却させて欲しい旨を亡Bから頼まれたため、平成二年六月一一日、いずれも他人名義のまま取得して保有していた群榮化學株三万株及び関西ペイント株二万株(これらの株式は、丸起証券宝塚営業所で買い入れたものである。)を、控訴人に資金の必要ができたときには売却することを条件にして、亡Bに預けた。
9 控訴人は、平成五年五月初旬頃、不動産購入資金が必要になったため、第二の一2記載の取引で取得したNTT株三〇株、群榮化學株四万一〇〇〇株及びトナミ運輸株三万株、並びに平成二年六月一一日に亡Bに預けた群榮化學株三万株を売却した代金をその資金に充てたいと考え、亡Bに対し、これらの株式の売却を依頼した。亡Bは、同月二五日頃、控訴人に対し、右株式の売却が完了したので売却代金を持参する旨を連絡しておきながら、その後、仕事上の都合を理由に、売却代金の受渡日を一日延ばしに変更し、その変更が再三に及んだうえ、最後に同月三一日にJR大阪駅まで売却代金を持参する旨控訴人に約束したのも実行せず、同駅に出向かなかったことから、同駅で亡Bを待っていた控訴人は、著しく不審を感じ、電話で兄Eと協議して、同三一日直ちに、亡Bに面会するために被控訴人会社岡山支店に赴き、用務のため一時外出しているという亡Bの帰りを待ったが、亡Bはいっこうに帰社しなかった。そこで、Eが亡Bの自宅に電話をかけたところ、家族から亡Bが同日に自殺したことを聞き、これによって初めて控訴人も亡Bの死亡を知った。
控訴人は、翌日の同年六月一日、E及びCとともに被控訴人会社岡山支店に赴き、本件取引口座の残高を照会したところ、その残高がゼロとなっていることが判明した。また、控訴人は、群榮化學株三万株及び関西ペイント株二万株を被控訴人会社に預託しているはずであると主張して、被控訴人会社にその調査を求めたところ、後日の調査により、これらの株はいずれも被控訴人会社に預託された扱いとはなっていないこと、ただし、本件取引口座を利用しての取引の中に控訴人が預託したと主張する関西ペイント株二万株の一部である一万八〇〇〇株の売付け(平成二年八月一五日、同月一六日、同月二六日)が存在することは判明したが、その余の関西ペイント株二〇〇〇株及び群榮化學株三万株の処分状況、更には、平成元年六月一五日に被控訴人会社から亡Bに返還されたNTT株二株の処分状況については、現在まで不明のままである。
二 被控訴人らは、本件取引口座を利用しての取引は、第二の一2記載の取引も第二の一5記載の取引も含めて、すべてCの取引である旨主張するが、第二の一2記載の取引については、控訴人が、前記税金対策等の理由から、C名義の本件取引口座を利用して、C名義で行ったものであることは前認定のとおりであり(とくに、前掲甲第五号証の一ないし三、甲第一一号証の三及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、第二の一2記載の取引のうち、前記のNTT株、イトマン株及びシステムリバランス八九の買付けに関して、控訴人自身が、あらかじめ亡Bから知らされていたC名義の扶桑相互口座に本人として買付け代金額を振込入金していることが認められ、同認定を覆すに足りる証拠は見あたらない。)、右認定を前提とする限り、第二の一2記載の取引によって取得した有価証券の売却を内容とする第二の一5記載の取引についても、これをCの取引であると認めることは到底できない。
次に、第二の一5記載の取引が、C名義の本件取引口座を利用しての控訴人の取引ではないかとの疑念について検討するに、次の各点からみて、第二の一5記載の取引を控訴人の取引であると認め、または、控訴人の指示に基づく取引と認めることは、いずれも相当でないと判断する。
1 第二の一5記載の取引によって得られた売却代金は、いずれも本件信用取引の保証金に使用したり本件信用取引による損金の決済に宛てられている(なお、平成元年一一月二日のフジデンキ株三万株の買付け、平成二年二月一日及び同月二日の日本住宅金融株二万五〇〇〇株の買付けなど、売却代金で新たな有価証券を取得している例もみられるが、これらの新たに取得した有価証券も、本件信用取引の委託保証金代用有価証券として被控訴人会社に預け入れられたのちに売却され、本件信用取引の保証金に使用されたり本件信用取引による損金の決済に充てられている。)ことは、前認定のとおりである。
ところで、控訴人が、自己の所有する有価証券を売却してその代金を他人の信用取引による損金の支払いに充てることは、特段の事情のない限り、通常はあり得ないことであるところ、本件においては右特段の事情を認めるに足りる証拠が存しないから、第二の一5記載の取引が控訴人の取引であるとするならば、本件信用取引も控訴人の取引であるといわなければならない。
しかしながら、本件信用取引が控訴人の取引であると認めることは、次の点から、疑問がある。
(一) 本件信用取引口座の開設が平成元年三月二八日であることは前認定のとおりであるところ、前掲甲第三五号証によれば、本件信用取引は、第二の一2記載の取引によって取得したNTT株及びイトマン株三万株を委託保証金代用有価証券として、開設直後の平成元年三月三〇日から開始され、第二の一2記載の取引のうちのトナミ運輸株三万株の買付け取引の約定日である平成元年八月一〇日までの間、明電舎株三万株(買付日・三月三〇日)、三井金属株三万株(同・四月四日)、呉羽化学株一万株(同・四月一一日)、鈴木自動車株一万株(同・四月二八日)の四銘柄を信用取引によって買付けていることが認められる。
ところで、第二の一2記載の取引のうちのトナミ運輸株三万株の買付け取引は、その買付け代金を現実に支払っての現物取引であったことは前認定のとおりであるが、控訴人が、このように本件信用取引を開始し、既に信用取引により数銘柄の買付けを経験してから数か月も経過した時期(平成元年八月一〇日)に、トナミ運輸株三万株の買付けに限って買付け代金を現実に支払っての現物取引をすることは、いかにも唐突できわめて不自然である。
(二) 前掲甲第二号証によれば、本件信用取引における益金は、保証金の振替や株の買付け代金に充てられているものもないではないが、その多くは一〇〇万円未満の僅かな金額であっても出金処理されているのに対し、損金は、現金によって決済されることは少なく、そのほとんどの場合において、本件取引口座において取得された有価証券を売却(第二の一5記載の取引を含む。)した代金によって決済されていることが認められる。
信用取引においては、多少の益金が生じても損金処理のためにプールしておくか保証金に振り替えるなどの処理をするのが一般的であるところ、僅かの益金についてもその都度出金する処理は、これを控訴人の取引としてみた場合には、必ずしも合理的な処理であるとは解されない。また、損金の処理についても、損金を処理するために保有する有価証券を売却することは、その有価証券がたまたま売却に適した時期であれば合理的な処理であるといえるが、損金処理の必要が生じたときに常に売却に適した有価証券を保有しているとは限らないから、そのほとんどすべての場合において、本件取引口座において取得した有価証券を売却(第二の一5記載の取引を含む。)して、その代金によって決済する処理方法は、控訴人が第二の一2記載の買付けにおけるかなり多額の買付代金を即時現金で支払うほどの資金力を有することなど前認定の事実から、必要に応じて追加保証金の提供や損金の決済も保有する有価証券の処理代金のみによってではなく、現金で行うことも可能であったと推認される控訴人についてみた場合には、合理的な処理方法であるとは解されない。
(三) 前掲甲第二号証、作成名義人(C)が署名しかつ作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたことに争いがないから当該名義人作成の文書として真正に成立したものと推定される乙第五号証によれば、本件取引口座において、控訴人が第二の一2記載の取引を開始するより以前の昭和六三年七月二一日、転換社債オープン一〇〇口が一〇二万円で買い受けられ、被控訴人会社の保護預かりとなった後、平成三年一月三一日、八一万一三〇〇円で売却されたが、その売却代金は、本件取引口座の他の入金と峻別されることなく、本件信用取引の損金の決済に充てられていることが認められる。
転換社債オープン一〇〇口は、その購入時期からみて、控訴人に帰属するものでないことは明らかであるが、Cがその時期にそのような取引をしたと認めることも到底困難であるところからすれば、結局、亡BがCに無断で購入したものとであると推測するほかないところ、その売却代金の右のような処理は、本件信用取引が控訴人の取引であることと著しく矛盾したものというほかない。
2 前認定の事実によれば、控訴人は、第二の一2記載の取引のために本件取引口座に入金する場合は、被控訴人会社岡山支店に出向いて亡Bに現金を持参交付したトナミ運輸株三万株の買付けの場合を除き、いずれもC名義の扶桑相互口座に入金して亡Bに送金する方法によっていたことが明らかであるが、前掲甲第二号証、甲第四号証、原審証人Cの証言、原審及び当審における各控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正が認められる甲第七号証、弁論の全趣旨により原本の存在は認められるものの成立の真正については疑義が残る甲第六号証に弁論の全趣旨を併せると、控訴人が本件取引口座を利用しての第二の一2記載の取引を開始した平成元年三月一日以降、本件取引口座からの出金回数は全部で二八回、このうち銀行振込による出金は一〇回存在するが、その振込先はすべて前記(引用にかかる原判決七丁表五、六行目に記載。)の四国銀行口座であって、扶桑相互口座はまったく使用されていないこと、四国銀行口座は、平成元年九月二六日にC名義で新設された口座であるが、C及び控訴人はその存在をまったく知らず、したがって、亡BがC及び控訴人に無断で開設した口座である疑いが濃厚であることが認められる。
ところで、前掲甲第二号証によれば、本件取引口座に残金が生じて出金が可能になるのは、主として、前記第二の一5記載の取引により売買代金が入金される場合及び本件信用取引口座による信用取引で決算益が生じた場合であることが認められるところ、本件取引口座からの出金が控訴人に帰属すべきものであるならば、これらの出金は扶桑相互口座に振り込まれるのが相当であり、本件にあらわれた証拠を総合しても控訴人が本件取引口座からの出金の振込先を扶桑相互口座とは異なる口座に変更すべき特段の事情の窺われない本件においては、本件取引口座からの出金の振込先が四国銀行口座であることも、前記第二の一5記載の取引が控訴人に無断でなされたものであるとの疑いを濃くするものであるといわなければならない。
三 以上によれば、亡Bは、控訴人に無断で前記第二の一5記載の取引を行うなどして、控訴人の保有する次の各有価証券について控訴人への返還(控訴人の取戻し)ないし控訴人の意思に基づく処分を不能ならしめ、これによって、控訴人に対し、次のとおりの損害(合計総額は一億三三三二万一九七三円)を与えたものであると認められる。
1 NTT株の損害額 一八八四万二六五二円
NTT株三〇株のうち、売却された二八株の売却代金合計は三七二九万円であり、その際の売却手数料等合計は七九万〇七七一円である(当事者間に争いがない。)。したがって、売却代金から売却手数料等を差し引いた差額一八八四万二六五二円が控訴人の被った損害となる。
2 群榮化學株四万一〇〇〇株(第二の一2記載の取引により取得した分)の損害額 五〇九六万七八〇六円
その売却代金合計が五二〇八万円であり、その売却手数料等合計が一一一万二一九四円である(当事者間に争いがない。)から、差額五〇九六万七八〇六円が控訴人の被った損害となる。
3 システムリバランス八九の損害額 八九一万六一七一円
その売却代金合計が八九四万三〇〇〇円であり、その売却手数料等合計が二万六八二九円である(前掲甲第二号証によって認められる。)から、その差額八九一万六一七一円が控訴人の被った損害となる。
4 トナミ運輸株の損害額 三八四六万五〇五八円
その売却代金合計が三九三二万円であり、その売却手数料等合計が八五万四九四二円である(当事者間に争いがない。)から、その差額三八四六万五〇五八円が控訴人の被った損害となる。
5 関西ペイント株の損害額 一六一三万〇二八六円
関西ペイント株二万株のうち、売却された一万八〇〇〇株の売却代金合計は一六五〇万七〇〇〇円であり、その売却手数料等合計は三七万六七一四円である(当事者間に争いがない。)。したがって、その差額一六一三万〇二八六円が控訴人の被った損害となる。
6 ところで、前認定のとおり亡B(被控訴人会社岡山支店)に預けた有価証券のうち第二の一5記載の取引によって売付けの処分がされた有価証券を除く株式、すなわちNTT株二株、群榮化學株三万株、関西ペイント株二〇〇〇株については、証拠を総合しても、預託した株券が亡Bのもとにも被控訴人会社岡山支店にも残っていないらしいことまでは窺えるものの、亡Bにおいて第二の一5記載の有価証券と同様の売付けあるいはその他の方法による処分等がなされ、亡Bにおいても被控訴人会社においてもその取戻しができない状態となっていることを認めることは到底できない。そうすると、右NTT、群榮化學及び関西ペイントの各株については、亡Bの無断売買によって控訴人の被控訴人会社に対する返還請求あるいは控訴人の注文に基づく売付けの処分を不能なものとしたということが、証拠が不十分なために、できないことに帰するから、右各株についての控訴人の損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないというほかない。
四 亡Bが控訴人に無断で前記第二の一5記載の取引を行った行為は、控訴人に対する不法行為を構成するものであるが、控訴人が右損害を被ったことについては、控訴人の側にも少なからざる落ち度が認められる。すなわち、前認定の事実によれば、控訴人は、税金対策その他の理由から、自己の名義を使用せず、C名義で本件取引口座による有価証券取引を行い、取得した株式の保護預り及び預託もすべてC名義で行い、いずれの段階でも控訴人の実名が出ることがなかったため、亡Bがその事情を知悉していた以外は、被控訴人会社の誰もが、これら取引の実質上の当事者が控訴人であることを知らなかったものであり、また、通常であれば、被控訴人会社本店の担当部署から直接郵送される各取引の都度の取引報告書、毎月の預託株内容、建株(建玉)内容及び金銭残高を示す書類、年二回の預り株内容及び金銭残高を示す書類等の書類等に目を通すことによって、本件取引口座による取引を把握し得るのであるが、そのいずれの機会も失うことになり、このような事情が、亡Bの不正な行為を招く原因となったものであって、控訴人が、このような危険性を認識し得たにもかかわらず、亡Bを全面的に信頼して、預り証も受けとることなく、預託株式を長期間にわたって漫然と放置したことに鑑みるならば、右の損害の一部は控訴人がいわば自ら招いた災いともいうべきであるから、控訴人の損害賠償請求については、五割の過失相殺をするのが相当であると判断する。
五 被控訴人らの損害賠償義務
1 被控訴人Y2及び同Y3について
亡Bの妻である被控訴人Y2及び子である同Y3の両名は、法定相続人として、亡Bの債権、債務を相続すべきところ、右両名は、岡山家庭裁判所に相続の限定承認の申述をし、平成七年三月一四日、右申述を受理され、相続財産管理人として被控訴人Y2が選任されたことは、引用にかかる原判決に認定のとおりである。
よって、控訴人の被控訴人Y2及び同Y3に対する本件請求は、前記損害額から五割の過失相殺をした六六六六万〇九八六円につき、その相続分に応じてそれぞれ三三三三万〇四九三円及びこれに対する被控訴人両名への本訴状送達の翌日である平成五年九月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をいずれも相続財産の限度での支払いを求める範囲内で理由がある(なお、右被控訴人両名の各支払義務は、後記被控訴人会社の支払義務と不真正連帯の関係にある。)が、その余の部分は理由がない。
2 被控訴人会社の損害賠償義務
亡Bの本件不法行為は、外形上、被控訴人会社の職務としてなされたことは明らかであるから、被控訴人会社は、民法七一五条に基づき、前記損害額から五割の過失相殺をした六六六六万〇九八六円についての損害賠償義務を負うものである。
なお、被控訴人会社は、被控訴人会社が、被用者である亡Y2の職務行為についてなし得べき監督管理、なすべき監督管理を十分に行っていたとして、右損害賠償責任を負うものではない旨主張するが、亡Bが、昭和五八年三月一日からは被控訴人会社岡山支店の支店長代理兼営業一課長として、昭和六二年四月一日からは同支店次長兼営業一課長として、平成二年一〇月一日からは同支店参事として、平成五年五月三一日の死亡時まで被控訴人会社岡山支店に勤務していたことは前認定のとおりであるところ、亡Bが被控訴人会社から与えられたこれらの地位に基づき被控訴人会社の顧客との間で行う有価証券取引等の業務に関して、被控訴人会社が、証券会社として右のような地位を有する従業員に対して通常ないし一般的に行う監督管理をしていたという程度では民法七一五条にいう被用者の選任及び監督について相当の注意をしたものとはいえず、証拠を総合しても、被控訴人会社が亡Bの前記のような不正行為を防止するにつき特別の注意をし監督管理を尽くしたとは認めがたい本件においては、被控訴人会社は、右規定に基づく使用者としての損害賠償義務を免れるものではない。
よって、控訴人の被控訴人会社に対する本件請求は、右六六六六万〇九八六円及びこれに対する被控訴人会社への本訴状送達の翌日である平成五年九月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲内で理由がある(なお、右被控訴人会社の支払義務は、前記被控訴人Y2及び同Y3の各支払義務と不真正連帯の関係にある。)が、その余の部分は理由がない。
3 なお、前記の亡Bが控訴人に無断でした取引(第二の一5の取引及び本件信用取引)の効果は、控訴人と被控訴人会社との関係では顧客である控訴人に帰属せず、控訴人が亡Bを通じて被控訴人会社に預託し本件信用取引における委託保証金ないしその代用証券、損金の決済その他に利用された前記有価証券の返還を被控訴人会社に請求しうるはずであるから、控訴人には亡Bの無断取引(不法行為)によっては控訴人主張の損害が生じていないのではないかとの疑問がないではない。しかし、本件では、亡Bによる第二の一5の取引(売付け)に供された有価証券はその売買により第三者が有効に取得し、控訴人が被控訴人会社に対してその返還を求め、あるいは控訴人の注文に基づいて売付けの処分をすることは最早不能となっているものといえるから、結局、控訴人が預託した有価証券のうち第二の一5の取引によって処分されたものについての亡Bの不法行為を原因とする損害賠償請求は(右判断した限度で)理由があるといえる。
六 平成八年一一月八日付及び同九年六月二四日付各文書提出命令申立書記載にかかる各文書提出命令申立てについては、その対象文書のうち被控訴人会社において提出可能なものにつき任意に提出済みであることが当裁判所に顕著であるから、右各申立ては必要性がないものとして、却下する。
七 よって、原判決を変更したうえ、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条に従い、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 裁判官 杉本正樹)