大阪高等裁判所 平成8年(行コ)31号 判決 1998年7月14日
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別紙当事者目録及び代理人目録記載のとおり
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 控訴の趣旨
(全事件を通じて)
原判決を取り消す。
(原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件)
1 被控訴人国は、控訴人らに対し、それぞれ原判決添付別紙一覧表(文中「原告氏名」とあるを「控訴人氏名」と訂正する。)各控訴人氏名欄記載の控訴人に対応する減額金合計額欄記載の各金員及び平成三年六月一日以降同控訴人らが在職の間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
2 被控訴人国は、控訴人らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成三年六月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(原審平成三年(ワ)第一〇二九二号事件)
1 被控訴人吹田郵便局長は、控訴人らに対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をしてはならない。
2 被控訴人国は、控訴人らに対し、それぞれ原判決添付別紙一覧表(文中「原告氏名」とあるを「控訴人氏名」と訂正する。)各控訴人氏名欄記載の控訴人に対応する減額金合計額欄記載の各金員及び平成三年一二月一日以降同控訴人らが在職の間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
3 被控訴人国は、控訴人らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成四年一月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件)
被控訴訴人高槻郵便局長は控訴人竹中昭矩及び同妻鳥紳三に対し、被控訴人灘郵便局長は控訴人荒木輝男、同大沢俊郎、同塩浜勇、同長綱佳代子、同室垣哲男、同山内充江及び同山田正博に対し、被控訴人伏見郵便局長は控訴人山田昌平に対し、被控訴人山科郵便局長は控訴人横川出に対し、被控訴人左京郵便局長は控訴人多田善則及び同梅津始に対し、被控訴人西陣郵便局長は控訴人梅村久基に対し、被控訴人姫路郵便局長は控訴人稲岡次郎及び同中塚俊雄に対し、被控訴人加古川郵便局長は控訴人牛尾近次及び同本多敏美に対し、被控訴人東灘郵便局長は控訴人北川敏雄に対し、被控訴人芦屋郵便局長は控訴人長綱弘志に対し、被控訴人長田郵便局長は控訴人中村義彦及び同木本和宏に対し、被控訴人高砂郵便局長は控訴人三木鎌吾に対し、被控訴人三田郵便局長は控訴人仁田勇に対し、被控訴人神戸中央郵便局長は控訴人宮本弘志に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をしてはならない。
(原審平成四年(行ウ)第四八号事件)
1 被控訴人大阪城東郵便局長は控訴人井筒隆夫、同河野守、同児玉誠一、同鈴木勝泰、同高橋伸二、同広田秀夫及び同弓削利之に対し、被控訴人吹田郵便局長は控訴人中田良雄に対し、被控訴人神戸中央郵便局長は控訴人竹内豊夫に対し、被控訴人東灘郵便局長は控訴人大澤靖志に対し、被控訴人京都北郵便局長は控訴人一井不二夫に対し、被控訴人山科郵便局長は控訴人伊藤雅啓、同下司浩及び同鈴木幸夫に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をしてはならない。
2 被控訴人国は、控訴人らに対し、それぞれ原判決添付別紙一覧表(文中「原告氏名」とあるを「控訴人氏名」と訂正し、控訴人氏名「若木妙子」欄を削除する。)各控訴人氏名欄記載の控訴人に対応する減額金合計額欄記載の各金員及び平成四年八月一日以降同控訴人らが在職の間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
3 被控訴人国は、控訴人らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成四年八月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(原審平成五年(行ウ)第二六号事件)
1 被控訴人豊中郵便局長は控訴人家門和宏に対し、被控訴人伏見郵便局長は控訴人酒井満に対し、被控訴人加古川郵便局長は控訴人浜田和二に対し、被控訴人灘郵便局長は控訴人平田秀子に対し、被控訴人京都簡易保険事務センター所長は控訴人藤原正美に対し、被控訴人東灘郵便局長は控訴人増田兼一に対し、被控訴人左京郵便局長は控訴人山本晃に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をしてはならない。
2 被控訴人国は、控訴人らに対し、それぞれ原判決添付別紙一覧表(文中「原告氏名」とあるを「控訴人氏名」と訂正する。)各控訴人氏名欄記載の控訴人に対応する一か月減額金欄記載の各金員及び平成五年五月一日以降同控訴人らが在職の間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
3 被控訴人国は、控訴人らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成五年五月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(原審平成六年(行ウ)第五七号事件)
1 被控訴人吹田千里郵便局長は控訴人今川治、同浦崎香、同瀬川勝、同仲井幸生及び同山下伸生に対し、被控訴人豊中郵便局長は控訴人小田諭、同笹部昌己、同濱田佳実、同東本栄次郎、同堀川明伸及び同松岡幹雄に対し、被控訴人西宮東郵便局長は控訴人折口晴夫に対し、被控訴人長田郵便局長は控訴人角山徹に対し、被控訴人西陣郵便局長は控訴人三枝一雄に対し、被控訴人姫路郵便局長は控訴人横尾脩一に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する旨の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をしてはならない。
2 被控訴人国は、控訴人らに対し、それぞれ原判決添付別紙一覧表(文中「原告氏名」とあるを「控訴人氏名」と訂正する。)各控訴人氏名欄記載の控訴人に対応する一か月減額金欄記載の各金員及び平成六年五月一日以降同控訴人らが在職の間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の各金員を支払え。
3 被控訴人国は、控訴人らに対し、各五〇万円及びこれに対する平成六年七月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(原審平成六年(行ウ)第七一号事件)
1 被控訴人神戸中央郵便局長は控訴人冨田康夫に対し、その勤務中氏名札を着用する旨の職務上の命令を発してはならず、かつ、氏名札の不着用を理由として、注意、訓告をしてはならない。
2 被控訴人国は、控訴人冨田康夫に対し、原判決添付別紙一覧表(文中「原告氏名」とあるを「控訴人氏名」と訂正する。)一か月減額金欄記載の金員及び平成六年九月一日以降同控訴人が在職の間、毎月一八日限り、同表一か月減額金欄記載の金員を支払え。
3 被控訴人国は、控訴人冨田康夫に対し、五〇万円及びこれに対する平成六年九月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件を除くその余の事件の被控訴人局長らに対する予備的請求)
控訴人荒木輝男、同大沢俊郎、同塩浜勇、同長綱住代子、同室垣哲男、同山内充江、同山田正博及び同平田秀子は被控訴人灘郵便局長に対し、控訴人竹中昭矩及び同妻鳥紳三は被控訴人高槻郵便局長に対し、控訴人山田昌平及び同酒井満は被控訴人伏見郵便局長に対し、控訴人横川出、同伊藤雅啓、同下司浩及び同鈴木幸夫は被控訴人山科郵便局長に対し、控訴人多田善則、同梅津始及び同山本晃は被控訴人左京郵便局長に対し、控訴人梅村久基及び同三枝一雄は被控訴人西陣郵便局長に対し、控訴人藤原正美は被控訴人京都簡易保険事務センター所長に対し、控訴人稲岡次郎、同中塚俊雄及び同横尾脩一は被控訴人姫路郵便局長に対し、控訴人牛尾近次、同本多敏美及び同浜田和二は被控訴人加古川郵便局長に対し、控訴人北川敏雄、同大澤靖志及び同増田兼一は被控訴人東灘郵便局長に対し、控訴人長綱弘志は被控訴人芦屋郵便局長に対し、控訴人中村義彦、同木本和宏及び同角山徹は被控訴人長田郵便局長に対し、控訴人三木鎌吾は被控訴人高砂郵便局長に対し、控訴人仁田勇は被控訴人三田郵便局長に対し、控訴人宮本博志、同竹内豊夫及び同冨田康夫は被控訴人神戸中央郵便局長に対し、控訴人下司明、同藤田圭右、同森本英夫、同村山晃及び同中田良雄は被控訴人吹田郵便局長に対し、控訴人一井不二夫は被控訴人京都北郵便局長に対し、控訴人井筒隆夫、同河野守、同児玉誠一、同鈴木勝泰、同高橋伸二、同広田秀夫及び同弓削利之は被控訴人大阪城東郵便局長に対し、控訴人家門和宏、同小田諭、同笹部昌己、同濱田佳実、同東本栄次郎、同堀川明伸及び同松岡幹雄は被控訴人豊中郵便局長に対し、控訴人今川治、同浦崎香、同瀬川勝、同仲井幸生及び同山下伸生は被控訴人吹田千里郵便局長に対し、控訴人折口晴夫は被控訴人西宮東郵便局長に対し、それぞれその勤務中氏名札を着用する職務上の義務がないこと並びに氏名札の不着用を理由として、警告、注意、訓告及びその他の処分をされない地位にあることを確認する。
(全事件を通じて)
訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二事案の概要
事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由欄「第二 事案の概要」(原判決一一頁一〇行目(本誌七〇〇号<以下同じ>22頁1段8行目)から二八頁一行目(24頁3段4行目)まで)記載のとおりであるから、ここに引用する。
一 文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」と、「別紙一覧表」とあるを「原判決添付別紙一覧表(ただし、前記のとおり訂正後のもの)」と各訂正する。
二 一三頁一〇行目(22頁2段21行目)「第二六号事件」とあるを「原審平成五年(行ウ)第二六号事件」と訂正する。
三 一四頁一〇行目(22頁3段9行目)から末行(22頁3段10行目)にかけて「第四〇八九号、第一〇二〇二号事件」とあるを「原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件、同年(ワ)第一〇二九二号事件」と、同行目(22頁3段10行目)「第四八号事件」とあるを「原審平成四年(行ウ)第四八号事件」と、同行目(22頁3段11行目)から一五頁一行目(22頁3段12行目)にかけて「第二六号事件」とあるを「原審平成五年(行ウ)第二六号事件」と、同行目(22頁3段12行目)「第五七号、第七一号事件」とあるを「原審平成六年(行ウ)第五七号、同年(行ウ)第七一号事件」と各訂正する。
四 一六頁九行目(22頁4段12行目)から一七頁二行目(22頁4段20行目)までを次のとおり訂正する。
「(二) 本件においては、これまでに訓告等が頻繁に行われ、その頻度を確実に予想することは困難であるとしても、被控訴人局長らが今後も氏名札着用の指導を行ったり、職務命令を発すること、控訴人らがこれに従わなければ注意や訓告を受けることは確実であって、改めて行政庁の判断を経由するまでもなく、行政庁の第一次判断権が既に行使されたに等しい状況にあり、控訴人らが被る不利益は、金銭的な損害にとどまらず、精神的な損害も大きく、場合によっては、生命、身体にも害を及ぼしかねないものであるから、差止請求を否定する理由はない。」
五 一九頁三行目(23頁1段30行目)末尾の次に以下のとおり付加する。
「前記のとおり、本件においては、右義務違反に対する制裁としての不利益処分が行われることが確実であり、控訴人らは、これにより、事後的な救済では意味を持たない損害を被るおそれがあるので、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるというべきである。」
六 一九頁一〇行目(23頁2段8行目)から二一頁二行目(23頁3段1行目)までを次のとおり訂正する。
「(一) 氏名の公表を強制されない権利(利益)の性格、右権利の侵害に対する合憲性・適法性の判断基準
人は、氏名権の一内容として、氏名の排他的、独占的使用の権利を有するが、氏名権はそれにとどまらないのであり、氏名が個人の様々な情報と結び付き、右情報の索引機能を有していることからも、氏名の公表を強制されない権利・利益も氏名権に含まれているというべきであり、しかも、これは、自己決定権に属しており、プライバシー権、人格権(精神的自由権に含まれる。)の一つとして憲法一三条で保障されている。
したがって、氏名の公表を強制されない権利の制限の違憲性については、<1>憲法上の権利を制約してまで達成しなければならないやむにやまれない理由、目的があるか、すなわち必要不可欠であるか、<2>当該手段以外の手段によってその目的が達成できないか、すなわちより制限的でない他の選び得る手段がないかという基準で審査されなければならないし、規制目的が正当であっても、その規制手段がその目的を達成するのに必要かつ合理的な限度のものでなければならないことはいうまでもない。また、右判断基準は、公法関係のみならず、当事者間にある種の事実上の支配服従関係の存在する労働関係においても妥当するものというべきである。
(二) 本件氏名札着用の強制の違憲性・違法性
(1) 本件氏名札着用の強制の目的
本件氏名札着用の強制の目的につき、被控訴人らは、<1>利用者の信頼を獲得し、より一層のサービスの向上を図ること、<2>自己規律、職責の自覚及び職員相互間の連帯感の醸成、<3>職場秩序の維持を主張するが、いずれも抽象的で具体性に乏しい。
(2) 右目的と手段の適合性
(1)<1>の目的については、外勤者と内勤者のうち職務として直接利用者と接する職員についてのみ、抽象的ではあるとはいえ適合性があるが、それ以外の内勤者については適合性がない。(1)<2>の目的については、右目的と氏名札の着用との客観的かつ合理的関連性を証明することができず、ましてや必然的関連性があるとはいえない。そもそも連帯感の醸成というのは、氏名札の着用を強制するには非常に不明確で漠然とし過ぎる概念である。(1)<3>の目的についても、目的と氏名札の着用との客観的かつ合理的関連性を証明することができず、ましてや必然的関連性があるとはいえない。
(3) 他の手段の有無
(1)<1>の目的を達成するには、窓口で利用者に応対する場合に机上窓口表示板で担当者名を掲示したり、あるいは名刺を手渡すことにより担当者名を明らかにする方法をとれば足り、このような方法の方がより効果的である。
(4) 手段の相当性
本件氏名札の着用の強制によって控訴人らに生じる精神的不利益は大きく、さらに、氏名が不特定多数の人々に知られることによって、他人に悪用されたり、個人攻撃や差別を受けるおそれもあり、氏名札では通名使用が認められていないため、婚姻、離婚、養子縁組などの私的な事柄やプライバシーの発覚にもつながるものであるのに対し、本件氏名札の強制によって郵政事業に生じる利益は極めて小さい。したがって、目的と手段が適切な均衡を保っているとはいえず、この点からも、経済的不利益の大きい処分により氏名札の着用を強制することは許されない。
(5) 以上によれば、本件氏名札の強制は、プライバシー権、人格権の侵害として違憲、違法である。
(6) また、各控訴人について個別にみても、以下のように本件氏名札の強制は違法であるというべきである。
ア 原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件・同年(行ウ)第一〇九号事件控訴人山内充江について
控訴人山内充江は、総務課で業務に従事しており、業務の性質上利用者と接することは全くない。このことは、総務課の職員には、利用者と接する職員と異なり、制服着用の義務がなく、事務ブルゾンが貸与されているものの、ジャケット、スラックス、スカート、ブラウス等が貸与されていないことからも明らかである。総務課の職員が部外者と接することがあるとしても、物品の購入業者や修理業者に限られており、右職員に関しては、氏名札の着用は(1)<1>の目的とは関連性がない。
控訴人山内充江は、離婚に際して、旧姓に復することを望んだが、郵政当局が戸籍名以外の使用を認めていないため、将来的に氏名札を着用せざるを得なくなったときに旧姓での氏名札を着用することによって、極めて多くの人に離婚の事実を知られてしまうことをおそれ、右希望をかなえられなかった。右控訴人は、氏名の公表を強制されない権利を侵害されただけでなく、間接的には氏を自由に選択する権利をも侵害されている。また、右控訴人が氏名札を着用していないというだけの理由で同僚との間で年間約六九万円もの俸給の差が生じている。
控訴人山内充江について、これほどの精神的・経済的不利益の侵害を許すほどの合理的理由はない。
イ 原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件・同年(行ウ)第一〇九号事件控訴人長綱佳代子について
控訴人長綱佳代子が従事している保険課の内務業務については、窓口担当者以外が利用者に接することは全くない。窓口業務では、窓口に氏名が表示されているので、氏名札を着用しなくても支障がない。控訴人長綱佳代子も、控訴人山内充江と同様、離婚に際して、旧姓に復することを望んだが、氏名札の着用という問題があるため、右希望をかなえられなかった。また、控訴人山内充江と同様の経済的不利益も受けている。右控訴人は、氏名の公表を強制されない権利を侵害されただけでなく、間接的には氏を自由に選択する権利をも侵害されている。
控訴人長綱佳代子について、これほどの精神的・経済的不利益の侵害を許すほどの合理的理由はない。
ウ 原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件・同年(行ウ)第一〇九号事件控訴人中塚俊雄について
控訴人中塚俊雄が従事する郵便局郵便課の内務作業は、部外者立入禁止の郵便課事務室で郵便物の区分等の業務を行うものであって、郵便課内で利用者と接する窓口業務は属人的に固定されており、右控訴人のように窓口業務に指定されない職員は部外者と接することが全くない。
控訴人中塚俊雄について、氏名の公表を強制されない権利の侵害を許すほどの合理的理由はない。
エ 原審平成四年(行ウ)第四八号事件控訴人竹内豊夫について
控訴人竹内豊夫が従事する神戸中央郵便局輸送課の業務は、郵便物をパレットに積載して発送すること及び他局から送られてきたパレットを解体し積み替え、交付することに尽きる。輸送課の職員が利用者と接触することはなく、部外者としては、郵便物を配送する下請業者である日本郵便逓送株式会社の特定の運転手に限られる。
控訴人竹内豊夫について、氏名の公表を強制されない権利の侵害を許すほどの合理的理由はない。
オ 原審平成五年(行ウ)第二六号事件控訴人藤原正美について
控訴人藤原正美が従事する京都簡易保険事務センターの業務は、各郵便局で取り扱われる簡易保険契約関係書類の審査、保険金の支払(金券の発行、郵送)、電算機への情報の入力と管理等に尽きる。右事務センターの職員が利用者や部外者と接することは全くない。
控訴人藤原正美について、氏名の公表を強制されない権利の侵害を許すほどの合理的理由はない。
カ その他
保険課の内務業務に従事する原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件・同年(行ウ)第一〇九号事件控訴人山田昌平、貯金課の内務業務に従事する原審平成五年(行ウ)第二六号事件控訴人平田秀子が全く利用者に接することがないか、利用者に接する窓口業務に従事するとしても氏名札の着用を要しないことは控訴人長綱佳代子の場合と同じであり、郵便課で業務に従事する原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件・同年(行ウ)第一〇九号事件控訴人妻鳥紳三、原審平成四年(行ウ)第四八号事件控訴人井筒隆夫、同河野守、同児玉誠一、同鈴木勝泰、同広田秀夫、同弓削利之、原審平成六年(行ウ)第五七号事件控訴人角山徹については、控訴人中塚敏雄、同竹内豊夫と同様の事情で氏名札を着用する必要がない。」
七 二五頁八行目(24頁1段22行目)から二六頁三行目(24頁2段1行目)までを次のとおり訂正する。
「(1) 氏名は、身分関係の公証制度としての戸籍に記載された公称であり、個人の識別のため各人が持つことを義務づけられているもので、専ら公的事項に属し、一般の人々に知られないことが予想された私的な事柄ではない。また、一般人の感受性を基準にしても、氏名を他人に知られることによる不快感は、仮にあったとしても、極めて微弱である。
そして、企業等の組織の一員となった場合には、必然的に多数の構成員で組織される組織内において個人を他人と識別する必要が生じ、かつ、組織の構成員とそれ以外の者とを識別する必要等が生じる。そして、特定人を他の者と識別する機能を有するものとして氏名に勝るものは存在しない。
したがって、企業等の組織体の構成員になっている場合には、少なくとも勤務時間中に職務遂行に際し氏名の表示を強制されないという権利は、法的に保護される対象となるものではない。なお、控訴人山内充江及び同長綱佳代子が氏名札の制度があることで離婚の際に復氏をしなかったと主張するが、右控訴人らは氏名札を着用していなかったのであるから、右主張は失当である。旧姓の氏名札を着用したときに離婚の事実が知られてしまうという事態は、復氏による姓の変更によって必然的に生じるのであって、氏名札の着用固有の問題ではない。」
第三証拠
原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、ここに引用する。
第四主たる争点に対する判断
一 主たる争点に対する判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決事実及び理由欄「第四 主たる争点に対する判断」(原判決二八頁五行目(24頁3段9行目)から五六頁五行目(28頁4段23行目)まで)記載のとおりであるから、ここに引用する。
1 文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」と各訂正する。
2 二八頁五行目(24頁3段9行目)から三二頁五行目(25頁1段31行目)までを次のとおり訂正する。
「一 まず、控訴人らの被控訴人局長らに対する氏名札着用の職務命令の差止め及び注意、訓告の差止めを求める訴え、予備的請求に係る訴えの各適法性について判断する。
右各訴えは、いずれも控訴人らの氏名札の不着用に対し、被控訴人局長らによる氏名札着用の職務命令が発せられ、これに従わない場合に注意や訓告が行われることを防止する目的で提起された、いわゆる無名抗告訴訟に該当するというべきである。右訴えについては、被控訴人局長らの職務命令及び注意の各処分性の有無などの問題もあるが、この点をさておくとしても、後記のとおり氏名札の着用により控訴人らの侵害される利益は重大なものとはいえないし、後記のとおり被控訴人局長らは、各郵便局等において、氏名札着用の指導方針を掲げており、今後も右指導方針に基いて、氏名札着用の指導を行ったり、職務命令を発したりすることが予想されるのであるが、各郵便局等における訓告等の実態は必ずしも等しいものではなく、どの程度の頻度で訓告が行われるかは明らかではなく、したがって、氏名札の不着用に対する制裁としての不利益処分が行われることが確実であるとはいえないし、右不利益処分がされたとしても、その主要なものは、引き続く一年以内において三回以上の訓告を受けた場合に課せられる定期昇給の減額であって、このような金銭的損害については、損害賠償請求訴訟等による事後的な救済が比較的容易であるということができる。したがって、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるということはできないので、右各訴えはその利益を欠くものであり、不適法として却下を免れない。」
3 三二頁六行目(25頁1段32行目)「三」とあるを「二」と訂正する。
4 三二頁末行(25頁2段9行目)から三四頁八行目(25頁3段11行目)までを次のとおり訂正する。
「(一) まず、人格権との関係であるが、氏名は、これを個人の側からみれば、氏名が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべきである。したがって、個人が氏名を他人に冒用されない権利・利益が侵害された場合には不法行為が成立することはもちろん、その性質上不法行為の利益として必ずしも十分に強固なものとはいえないものの、他人から氏名を正確に呼称される利益についても、これが侵害された場合には、不法行為が成立する場合があるということができる。しかし、氏名は、もともと社会との関わりにおいて、その存在意義を有するものであり、個人を他人から識別し、特定する機能を有し、戸籍に記載された公証力のある名称として、各人が保有することが義務づけられているものであって、個人が自己の氏名の表示を強制されること自体については、したくないことを強制されるという点で一般的な行為の自由の制限の可否の問題とはなるが、後記のとおり氏名の個人の特定機能と関連したプライバシーの問題は別として、いわゆる人格権の一態様としての氏名権として保護しなければならないものではないというべきである。そして、一般に、民間会社の従業員であれ、公務員であれ、職務上の指揮命令関係に服する場合には、法令ないし就業規則や具体的な職務命令によって行為の自由が大きく制約を受けることは性質上やむを得ないというべきであり、また、具体的な職務命令の内容については、事業の運営が使用者側に委ねられているのであるから、使用者側に相当の裁量性が存在するというべきである。したがって、職務命令による個人の自由の制限が不法行為を構成するのは、その制限の目的や必要性、態様、個人の被る不利益の程度等諸般の事情を総合勘案した結果、個人の自由の制限が社会通念上使用者の裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理な場合に限られるというべきである。」
5 三五頁末行(25頁4段3行目)から三六頁六行目(25頁4段14行目)までを次のとおり訂正する。
「そうすると、氏名それ自体がプライバシーに該当するということはできない。
しかし、氏名に個人の特定機能があるために、その個人的事柄自体にプライバシーがある場合には、その私的な事柄との関連において氏名を表示させられることで、結局プライバシーの侵害になることはあり得るというべきである。しかし、本件では、職務上自己の氏名を表示することが義務づけられているにとどまり、私的な事柄との関連においてまで同様の表示が義務づけられているわけではなく、本件において、氏名の表示によって侵害されるべき個人的なプライバシーは存在しないものというべきである。控訴人らは、大学等の合格者名の公表の問題を指摘するが、右合格者名の公表は、私的な事柄との関連において氏名を公表することが問題になっており、職務上自己の氏名の表示を義務づけられる場合とは問題を異にしていることは明らかである。また、控訴人らは、自己の氏名の表示を義務づけられることで、<1>個人攻撃や差別を受けるおそれがあり、<2>婚姻、離婚、養子縁組の発覚等の私的な事柄やプライバシーの発覚にもつながるものであると、主張する。しかし、<1>のような事態の発生や<2>のような身分関係等の開示が氏名の表示に通常かつ当然に伴うものとはいえないから、控訴人らの右主張は理由がない(このことは、控訴人らも、窓口で利用者に応対する際に、机上窓口表示板に担当者名を掲示したり、あるいは担当者の名刺を手渡すことによりその氏名を明らかにする方法を提案しており、必要な場合は自己の氏名を表示すること自体を否定していないことからも明らかである。また、控訴人らの主張するとおり、自己の氏名(戸籍名)を表示することで<2>のような身分関係等の開示につながる場合があるという問題があるとしても、それは、立法論としての氏の制度等の問題である。)。なお、プライバシーの侵害とは直接関係しないが、ある職員の氏名が氏名札の表示によって部外者に知れ、これをきっかけとして、当該職員が犯罪に巻き込まれる可能性も皆無とはいえないが、これは、氏名を知られただけで当然に被害が生じるものではなく、これを利用した部外者の行動等があいまって被害が生じるものであって、氏名札の着用が当然にこのような危険性を内在しているとはいえない。」
6 三六頁末行(25頁4段19行目)「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を、三七頁一行目(25頁4段19行目)「証人」の前に「原審」を、同三行目(25頁4段19行目)「各本人尋問の結果」の前に「(控訴人山内充江については原審及び当審、その余の控訴人についてはいずれも原審)」を各付加する。
7 四七頁七行目(27頁3段2行目)から四九頁一〇行目(27頁4段17行目)までを次のとおり訂正する。
「る(控訴人らについてのみ、一般人と異なり特別に保護しなければならない権利・自由が存在するとはいえない以上、氏名札着用による精神的負担についても、一般人を基準として判断すべきであるというべきである。)。」
(3) 控訴人らは、利用者の信頼を獲得しより一層のサービスの向上を図るという目的については、外勤者と内勤者のうち職務として直接利用者と接する職員についてのみ、抽象的ではあるとはいえ適合性があるが、それ以外の内勤者については適合性がないとか、自己規律、職責の自覚や職員相互間の連体感の醸成、職場秩序の維持という目的については、目的が漠然としており、右目的と氏名札の着用との客観的かつ合理的関連性を証明することができず、ましてや必然的関連性があるとはいえないとか、いわば対外的効果の面においては、窓口で利用者に対応する際に、机上窓口表示板に担当者名を掲示したり、あるいは担当者の名刺を手渡すことによりその氏名を明らかにする方法の方が効果的であるとか主張する。しかし、氏名札の着用は、自己規律、職責の自覚や職員相互間の連帯感の醸成、職場秩序の維持といった効果を上げるための一つの方法と観念することができ、相応の効果を期待することができるというべきであり(郵便局内で、横領、詐欺等の不祥事が発生している例があるとしても、氏名札の着用による右秩序維持等の効果を否定することはできない。)、このようないわば対内的効果がある以上、職務として直接利用者と接する職員か否かにかかわらず一律に氏名札の着用を求めても被控訴人局長らの合理的裁量の範囲内であるということができる。また、窓口で利用者に対応する際に、机上窓口表示板に担当者氏名を掲示したり、あるいは担当者の名刺を手渡すことによりその氏名を明らかにする方法も考えられる一つの方法ではあるが、窓口以外で利用者に応対する場合もあること、机上表示板で表示したのでは、利用者が気付かない場合もあり、氏名札の着用の方が効果的であるとも考えられること、利用者全員にその都度名刺を手渡すのは困難であることからすれば、いわば対外的な効果の面において氏名札の着用を採用したことは、被控訴人局長らの合理的裁量の範囲内であるということができる。」
8 五〇頁一行目(27頁4段20行目)「正当というべきである」とあるのを「社会通念上使用者の裁量権の範囲を逸脱し、著しく不合理なものということは到底できない。」と訂正し、五〇頁九行目(28頁1段2行目)から五一頁一行目(28頁1段8行目)までを削除し、同二行目(28頁1段9行目)「(四)」とあるを「(三)」と、五二頁二行目(28頁1段29行目)「(五)」とあるを「(四)」と、五五頁二行目(28頁3段27行目)「第二六号事件」とあるを「原審平成五年(行ウ)第二六号事件」と各訂正する。
二 よって、原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六七条、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 高橋文仲 裁判官 中村也寸志)
《別紙》 当事者目録
原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件・同年(行ウ)第一〇九号事件控訴人 荒木輝男
(ほか二五名)
原審平成三年(ワ)第一〇二九二号事件控訴人 下司明
(ほか三名)
原審平成四年(行ウ)第四八号事件控訴人 一井不二夫
(ほか一三名)
原審平成五年(行ウ)第二六号事件控訴人 家門和宏
(ほか六名)
原審平成六年(行ウ)第五七号事件控訴人 今川治
(ほか一四名)
原審平成六年(行ウ)第七一号事件控訴人 冨田康夫
原審平成三年(ワ)第四〇八九号事件・同年(ワ)第一〇二九二号事件・平成四年(行ウ)第四八号事件・平成五年(行ウ)第二六号事件・平成六年(行ウ)第五七号事件・同年(行ウ)第七一号事件被控訴人 国
右代表者法務大臣 下稲葉耕吉
原審平成三年(ワ)第一〇二九二号事件・原審平成四年(行ウ)第四八号事件被控訴人 吹田郵便局長中田敏
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件被控訴人 高槻郵便局長河流明夫
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成四年(行ウ)第四八号事件・平成六年(行ウ)第七一号事件被控訴人 神戸中央郵便局長森田賢
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成五年(行ウ)第二六号事件被控訴人 灘郵便局長田渕利宜
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成六年(行ウ)第五七号事件被控訴人 長田郵便局長小河隆司
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成六年(行ウ)第五七号事件被控訴人 姫路郵便局長栗林基介
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件被控訴人 芦屋郵便局長廣畑雅司
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成五年(行ウ)第二六号事件被控訴人 加古川郵便局長大槻尊則
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成四年(行ウ)第四八号事件・平成五年(行ウ)第二六号事件被控訴人 東灘郵便局長森康志
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件被控訴人 高砂郵便局長内藤敬三
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件被控訴人 三田郵便局長門口弘
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成五年(行ウ)第二六号事件被控訴人 左京郵便局長荒木克己
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成六年(行ウ)第五七号事件被控訴人 西陣郵便局長入江孝人
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成五年(行ウ)第二六号事件被控訴人 伏見郵便局長秋山泰祐
原審平成三年(行ウ)第一〇九号事件・平成四年(行ウ)第四八号事件被控訴人 山科郵便局長大塚俊一
原審平成四年(行ウ)第四八号事件被控訴人 大阪城東郵便局長絈谷勝
原審平成四年(行ウ)第四八号事件被控訴人 京都北郵便局長井上進
原審平成五年(行ウ)第二六号事件・平成六年(行ウ)第五七号事件被控訴人 豊中郵便局長大塚弘道
原審平成五年(行ウ)第二六号事件被控訴人 京都簡易保険事務センター所長桑門正美
原審平成六年(行ウ)第五七号事件被控訴人 吹田千里郵便局長本岡猛
原審平成六年(行ウ)第五七号事件被控訴人 西宮東郵便局長今西孝昭
代理人目録
控訴人ら訴訟代理人弁護士 中北龍太郎
同 永嶋靖久
被控訴人ら指定代理人 森木田邦裕
同 上松豊
同 塩見芳隆
同 森則和
被控訴人国指定代理人 泉宏哉
同 久埜彰
同 西山大祐
同 小林邦弘
同 高橋誠司
同 田中健
同 上田千昭