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大阪高等裁判所 平成9年(う)614号 判決 1997年10月23日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平井慶一作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、量刑不当の主張である。

そこで調査すると、本件は、被告人が、いずれも営利の目的で、覚せい剤を譲り受け(原判示第一事実)、覚せい剤を譲渡し(同第二事実)、覚せい剤及び大麻を所持し(同第三事実)た事案であるが、譲り受けた覚せい剤の量は、合計約五〇〇グラムと極めて多く、その中から約四六グラムを譲渡し、残余のうちの一七二グラム余りを所持し併せて大麻約四三〇グラム余りを所持した被告人の刑責は重大である。

被告人は、前科一一犯を有し、ことに最近の六犯は、累犯前科の一犯を含めて、覚せい剤取締法違反の罪または同罪と大麻取締法違反の罪との併合罪による前科であり、前刑は営利目的の覚せい剤所持等の罪によるもので、平成七年一月に仮出獄し、同年九月に刑の執行終了したところであるのに、それから九か月足らずのうちに、本件各犯行を犯したものである。

所論は、(1)検察官は、先に起訴した原判示第二の覚せい剤を譲渡した事実及び同第三の覚せい剤及び大麻を所持した事実につき立証を終えて論告求刑までしたのに、その後に至って、既に取調べ済みの証拠によって判明していた原判示第一の覚せい剤の譲り受けの事実を追起訴した上、求刑を引き上げているが、右追起訴事実は、被告人も認めていたのであり、検察官も最初の論告においてその事実を、原判示第二、第三の前提事実として主張していたのであるから、被告人に対する関係で改めて起訴する価値はなく、もっぱら同事実の譲り渡し人に対する事件の公判維持のために行ったものであり、これを理由に求刑を引き上げるのは不当であるばかりか、(2)被告人は、右譲り渡し人の氏名を当初から明らかにしており、今後同人の公判廷において証人として喚問されることも予想され、刑事司法に協力しているのであるから、これらの点は量刑上被告人に有利に考慮すべきであるというのである。

(1)の点については、確かに検察官は、原判示第二の覚せい剤の譲渡及び第三の覚せい剤及び大麻の所持の各事実の立証を終えた段階で論告を行い、懲役一〇年及び罰金三〇〇万円を求刑し、その後に判決宣告期日の変更を申し立て、それまで原判示第二及び第三の各覚せい剤の入手経路と主張していた原判示第一の合計約五〇〇グラムの覚せい剤の譲り受けの事実を改めて追起訴し、新たな証拠を提出した上で再び論告を行い懲役一〇年及び罰金五〇〇万円を求刑したことが認められる。しかし、右追起訴にかかる事実をたとえ被告人があらかじめ認めており、原判示第二、第三の前提事実として検察官が最初の論告で主張していたとしても、それが起訴されていない以上、裁判所は、それをも実質上処罰する趣旨で被告人に重い刑を科することは許されないのであるから(最判昭和四一・七・一三刑集二〇・六・六〇九等参照)、検察官としては追起訴する必要があったのであり、被告人に対する関係で起訴価値がないとはいえないし、求刑の引き上げも、右のとおり、懲役刑の求刑は変わらず、罰金刑の求刑を三〇〇万円から五〇〇万円に引き上げているに過ぎないから、この引き上げが不当であるともいえない。

(2)の点については、被告人が原判示第二及び第三の事実に関する捜査段階の供述において、右覚せい剤の入手先である原判示第一の譲り渡し人の氏名を明らかにしていたことは所論のとおりであるが、それは、被告人が覚せい剤との関わりを断ち切りたいと考えて入手先を明らかにしたものと考えるが、他方、本件覚せい剤の入手に宅急便を使ったため、その送り主が誰であるかを警察が把握していると考えたためであることも否定できず、このことは被告人自身が原審公判廷において認めているところである。また法廷に証人として喚問された場合に真実を述べることは国民の義務であるところ、当審における事実取調べの結果によれば、被告人は原判示第一の譲り渡し人の公判に証人として召喚されて出廷はしたものの、同人の面前では譲り受けた事実を証言しなかったことが認められる。したがって、被告人が刑事司法に協力しているという所論は、被告人の量刑を決める上で過大に評価することはできないが、覚せい剤の入手先を捜査の段階から明らかにしているということは、被告人が反省をしていることを示す一要素として考慮することはできるというべきである。

以上の事情に加えて、被告人の娘が将来被告人を引取り監督を尽くす旨述べていること、被告人が六七歳という高齢であること等所論指摘の事情を考慮しても、原判決の量刑(懲役八年及び罰金三〇〇万円)が、罰金額を含め重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋金次郎 裁判官 榎本 巧 裁判官 田辺直樹)

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