大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1564号 判決 1998年3月13日
主文
一 一審被告の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
一審被告は、一審原告に対し、三二九万四六〇〇円及びうち二九九万四六〇〇円に対する平成六年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
一審原告のその余の請求を棄却する。
二 一審原告の本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その一を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。
四 この判決は、第一項中金員支払部分に限り仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
一審被告は、一審原告に対し、四〇九七万四三〇〇円及びうち三八六七万九三〇〇円に対する平成六年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審被告の本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。
4 第1項中金員支払部分及び第3項につき、仮執行の宣言
二 一審被告
1 原判決中、一審被告の敗訴部分を取り消す。
一審原告の請求を棄却する。
2 一審原告の本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
一審原告は、税理士である一審被告との間で税理士顧問契約を結び、一審被告の指導に従ってした平成二年度及び平成三年度の法人税の確定申告について、いずれも所轄の税務署長から更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を受け、国税不服審判所に審査請求をしたが棄却されたところ、一審被告の損金処理に関する指導に法人税法施行令(以下「施行令」という。)及び法人税基本通達(以下「基本通達」という。)に反する誤りがあったとして、一審被告に対し、債務不履行もしくは不法行為による損害賠償請求権に基づき、適正に確定申告をしていれば負担させられることのなかった過少申告加算税、延滞金等の損害三八六七万九三〇〇円及び弁護士費用二二九万五〇〇〇円の合計四〇九七万四三〇〇円並びにうち三八六七万九三〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である平成六年七月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
これに対し、一審被告は、基本通達が税務行政内部の指針に過ぎず、基本通達に従った処理が法人税法本来の趣旨に反し妥当性を欠くに至った場合には、基本通達と異なる確定申告をして問題を提起し、更正処分等に対し異議申立、審査請求をして依頼者である一審原告の利益を守ろうとすることは税理士の使命の一つであり、一審原告の平成二年度及び平成三年度の法人税の確定申告について一審原告の依頼の趣旨に沿うようにした一審被告の指導には十分な合理性があるから債務不履行ないし過失がなく、一審原告に対し、債務不履行責任もしくは不法行為責任を負うものではないと主張し、一審原告の請求を争っている。
二 前提となる事実(争いがない。)
原判決三頁一一行目の「原告は、」の次に「一審被告の指導、助言を得て、」を付加するほか、同三頁八行目から同五頁六行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
次のとおり付加、訂正するほか、原判決五頁七行目から同二一頁五行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決七頁五行目の「右の期間は、」の次に、次のとおり付加する。
「日常の経理業務についての指導、助言以外に一審原告の法人税の確定申告について税務相談及び税務代理業務の依頼を受けていたので、一審原告の決算及び確定申告が適正に行われるように助言する注意義務があるというべきであるから、」
2 同八頁三行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「しかし、菊川に対する貸倒損失については翌平成三年度に損金処理をすればよいのであって、基本通達に反して平成二年度に損金処理をする必要性はなかったのである。」
3 同一〇頁七行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審原告は、マトラックに対する債権については、神戸地方裁判所伊丹支部及び同姫路支部に不動産競売の申立をしたが、同伊丹支部からは平成三年一二月三日に、同姫路支部からは同年一一月二二日にいずれも手続費用及び優先する債権を弁済して剰余を生じる見込がないとして競売手続取消決定を受けた。したがって、一審被告は、一審原告が同年中に申請をすれば債権償却特別勘定が認められることが明らかであったのに、この手続をとらなかった。」
4 同一〇頁一一行目から同末行にかけての「原告は被告に対し、納税時期を遅らせることを依頼したことはないが、仮に、」とあるのを次のとおり改める。
「一審原告代表者廣瀬信夫(以下「廣瀬」ともいう。)は、一審被告に対し、基本通達に反する損金処理をして所得金額を減額して確定申告をすることや納税時期を遅らせるように確定申告をすることを求めたことはない。一審原告は、平成二、三年当時十分な資金を有しており、しかも、取引先の横浜銀行との間で年七・八パーセントの利率による利息で貸付を受けられることになっていたから、年一四・六パーセントの割合による延滞税を負担してまで法人税の支払を延ばす経済的理由はなかった。一審被告は、顧問税理士として一審原告の決算書類をみているから、一審原告が右のような損金処理をしなくても納税することができるだけの資金を有していることを知っていたのに、一審被告の選択によって基本通達に反する損金処理をした確定申告をしたのである。仮に、一審原告が」
5 同一一頁三行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「仮に、一審原告が一審被告に対し平成二年度の法人税について納付を一年間遅らせるように求めたとすれば、平成三年度の確定申告について基本通達に反する確定申告をする理由がない。」
6 同一一頁六行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審原告は、右のような損金処理をしなくても納税することができるだけの資金を有していたが、一審被告の指導に従って分割納税をしたのである。」
7 同一三頁八行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「6 一審原告には、右のような損害を生じるについて過失がない。
一審原告は、一審被告に対し、法人税額の軽減や納税時期の延期を相談したことはなく、基本通達に反する損金処理をするように依頼してもいないのに、一審被告は、基本通達に反する損金処理を選択し、更正処分を受けても審査請求をすれば認められると説明して一審原告を指導して基本通達に反する確定申告をさせ、審査請求によっても認められない危険性があることを説明していないのであるから、顧問税理士である一審被告の説明を信頼した一審原告には過失がなく、過失相殺をされるべきではない。
一審原告は、基本通達に反する確定申告を行うことを知っていたとしても、税務の専門家である一審被告の指導に従っただけであり、確定申告について積極的に関わったのではない。したがって、過失相殺することはできない。」
8 同一四頁六行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「税理士は、確定申告に先立ち、税務当局に対し、税務処理の意向を打診して、確定申告を受け入れて貰えるかどうか検討する義務を負っているのではない。」
9 同一五頁末行の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「廣瀬は、長年会社経営をしてきており、計数に明るく、税務の要所に精通していたが、一審被告の説明を聞いても納税できないとして減額した確定申告をすることを求め、更正処分を覚悟し、過少申告加算税、延滞税の支払をすることになってもやむを得ず、少なくとも一年間は債権差押などの滞納処分を受けることなく安全に納税の延期ができるようにしたいとして、基本通達に反する損金処理をし、届出をしていない低価法による株式の評価をして確定申告をすることを決断したのである。一審被告は、一審原告に対し、平成三年二月の本件確定申告から平成五年八月の顧問契約解約まで、事態の進捗の都度報告をしているが、一審原告から苦情を聞いていない。」
10 同一七頁末行の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「しかも、認定による債権償却特別勘定は、取扱通達に基づくもので、税務署長に認定されればその部分にかかる納税義務がなく、認定されなければ納税義務があるというものであり、税務署長の判断によって納税義務の有無が異なるもので認定要件が明らかでなく、申請すれば認定されるという保証もない。申請に対し税務署長が異なる金額を認定したときは、これに応じた修正申告をしなければならず、修正申告をすれば不服申立もできなくなる。」
11 同二〇頁一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「廣瀬は、一審被告に対し、一審原告の資金繰りの苦しさを訴え、当面の納税額の減額と納税時期の延期の要請をした。一審被告は、一審原告が金融業を営んでおり、資金回収の確実性を考えると担保にとった株券等を低い価額で評価することにも合理性があると考え、一審原告の保有する有価証券について低価法による評価をすることにしたのである。この間、廣瀬は、一審被告から説明を受けて、低価法による申告をしても認められる可能性が低く、更正処分、過少申告加算税や延滞税の賦課決定を受ける危険性が高いことを承知し、その危険を覚悟して本件確定申告をした。一審被告は、確定申告から顧問契約解約まで、一審原告から低価法による評価をして申告をしたことについて苦情を聞いていない。」
12 同二〇頁六行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「4 一審被告は、一審原告から資金繰りが苦しいから法人税の納税額を低く抑えたいという依頼を受けて、菊川に対する債権、マトラックに対する債権について基本通達と異なる損金処理をし、保有する有価証券について低価法を採用する方法があると説明し、廣瀬が右申告によって更正処分、過少申告加算税賦課決定を受けることを覚悟した上で納税の延期ができればよいというので、本件確定申告をしたのである。一審被告は、一審原告に対し、審査請求で必ず主張が認められるとか、八〇パーセントの見込があるとかと述べていない。
一審被告は、一審原告に納税資金が潤沢にあるというのであれば、基本通達に反する確定申告を助言する筈がない。一審被告は、一審原告の営業に関与していないし、その資金状況を知らない。一審原告は、金融を目的とする会社であり、貸付資金を何程か持っていたであろうが、これを納税に充てれば、金融業務に支障を来すことが考えられる。一審被告が、本件更正処分等を受けた後、税務当局と分割納税の交渉を行ったのは一審原告の依頼によるものであり、一審原告に納税資金があるのであればこのような交渉を重ねる必要もなかったのである。
5 一審原告は、課税当局が賦課決定した金額について、審査請求に対する裁決で申立が認められない場合でも行政訴訟をする途が残されているのであるから、課税金額をもって一審原告の損害ということはできない。一審原告は、平成二年度の法人税の確定申告のうち一部について修正申告をし、これについて過少申告加算税一五万三〇〇〇円を納付した。事業税についても同様に修正申告にかかる過少申告加算税が含まれているものと考えられる。これらは、本件と関係がない部分であり、本件の損害に計上するのは相当でない。
6 法人税の確定申告は、あくまでも事業主体である納税者がすることであり、税理士は、基本的にはその相談に応じて助言する立場にある。税理士の助言や提案を採否、選択するのは納税者本人である。一審原告は、本件において、一審被告の助言を受けて自らの判断で本件確定申告をしたものであるから、一審被告に損害賠償責任がある場合には、大幅な過失相殺がなされるべきである。」
13 同二一頁五行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「5 過失相殺の要否及び程度」
第三 争点に対する判断
一 当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二一頁八行目の冒頭に「1」を付加し、同九行目の「被告」とあるのを「原審における一審被告《第一回》」、同一一行目の冒頭の「1」を「(一)」、同二二頁七行目の冒頭の「2」を「(二)」、同二三頁三行目の冒頭の「3」を「2」、同一一行目の「ものとされている。」を「を含むものとされている。」とそれぞれ改める。
2 同二四頁二行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「したがって、一審被告は、税理士として、一審原告から法人税の確定申告について税務相談及び税務代理業務を受任しており、一審原告の平成二年度及び平成三年度の確定申告及び修正申告の事務についても、これを依頼者である一審原告の依頼の趣旨に応じて法令に従い適正に処理する義務を負っていたということができる。」
3 同二四頁四行目の「甲一ないし七、一二、」の次に「二五、」を付加し、同四行目から同五行目にかけての「二の1ないし40」を「二の1ないし41」、同五行目の「原告代表者、被告」とあるのを「原審及び当審における一審原告代表者、原審《第一、二回》及び当審における一審被告」、同八行目の「訴外養父某」を「養父忠夫」とそれぞれ改める。
4 同二四頁一一行目の「納税予定額を試算して」とあるのを「納付すべき税額を約四〇〇〇万円と試算して」、同二五頁七行目の「前記納税予定額を聞き」とあるのを「納付すべき法人税額が約四〇〇〇万円であると聞き」とそれぞれ改める。
5 同二九頁六行目の「譲渡益を四三二万九二八五円と算定し」を「譲渡益を六八六万〇四四七円と算定し」と改める。
6 同三〇頁九行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「この過少申告加算税四六九万二五〇〇円のうち一五万三〇〇〇円は前記修正申告にかかる分であって、本件損金処理や有価証券の譲渡益に関するものではなかった。」
7 同三三頁一一行目の次に行を改めて、「以上の事実が認められる。」を付加する。
8 同三四頁六行目から同七行目までを、次のとおり改める。
「その他、廣瀬作成の陳述書(甲一二)、一審被告作成の陳述書(乙一)、原審及び当審における廣瀬の供述、原審《第一、二回》及び当審における一審被告の供述中、右認定に反する部分は採用しない。」
9 同三四頁七行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審原告は、一審被告に対し、基本通達に反する損金処理をして所得金額を減額して確定申告をすることや納税時期を遅らせるように確定申告をすることを求めたことはないと主張する。しかし、先にみたとおり、廣瀬は、一審被告が平成三年一月に養父の作成した試算表に基づき平成二年度の法人税を約四〇〇〇万円と試算したところ、一審原告から約三億円を借り受けていた菊川が平成二年一二月頃行方不明となり担保に徴求した株式及び不動産の価額が下落したため菊川に対する債権のうち約五六〇〇万円が回収困難となり、経営に見込み違いを生じていたので、右のような高額の法人税を納付することが困難であるとして、一審被告に対し、納付すべき法人税額を減額し、納税時期を遅らせる方法はないかと相談したため、一審被告は、担保に徴求した株式及び不動産の価額が下落したために菊川に対する貸付の一部が回収困難となったことからみて、バブル経済の崩壊が原因であり、このような異常な経済状態においては基本通達に反する損金処理も許される可能性があると判断し、廣瀬に対し基本通達に反する損金処理であるから税務署では認められないかもしれないが、審査請求をして国税不服審判所で審判をして貰えば認められる可能性があり、納税の時期を延ばすことができると説明し、菊川に対する貸金債権のうち五六一一万〇七四四円を貸倒損失として計上し、株式についても低価法で評価して評価損を計上し、株式の譲渡益も低く算出して平成二年度の法人税を七三六万九九〇〇円として確定申告をしたというのである。そうだとすれば、一審原告は、一審被告の指導により基本通達に反する損金処理をして所得金額を減額して確定申告をすることや納税時期を遅らせるように確定申告をすることを承諾していたというべきである。したがって、一審原告の右主張は理由がない。
一審原告は、平成二、三年当時十分な資金を有しており、しかも、取引先の横浜銀行との間では年七・八パーセントの利率による利息で貸付を受けられることになっていたから、年一四・六パーセントの延滞税を負担して法人税の支払を延ばす経済的理由はなかったと主張する。一審原告の法人税の確定申告書、一審原告の取り扱った手形に関する帳面、一審原告が横浜銀行に差し入れた借入金の利率の変更に関する証書及び当審における一審原告代表者の供述によれば、一審原告は、平成二年五月に横浜銀行から一一〇〇万円を利率年七・五パーセントの約定で借入れており、商業手形の割引による金融業をしている関係で平成二、三年当時商業手形を多数保有していたことが認められる。しかし、そうだとしても、先にみたとおり、一審原告は、一審被告に対し、平成二年度の法人税の確定申告に当たり、菊川に貸し付けた債権の一部が回収困難になっていたために四〇〇〇万円もの高額の法人税を支払うことができないとしてその軽減や納付の延期を相談し、平成三年度についてもこれとの関係で同様の対応を依頼したというのであるから、一審原告の右主張は理由がない。
一審原告は、一審被告が顧問税理士として一審原告の決算書類をみているから、一審原告が右のような損金処理をしなくても納税することができるだけの資金を有していることを知っていたと主張する。しかし、先にみたとおり、廣瀬は、一審被告に対し、平成三年一月に法人税の軽減や納付時期の延期を相談したというのであるから、一審原告の右主張は理由がない。
一審原告は、菊川に対する貸倒損失については翌平成三年度に損金処理をすればよいのであって、基本通達に反して平成二年度に損金処理をする必要性はなかったと主張する。しかし、先にみたとおり、一審原告は平成二年度の法人税について軽減や納付の延期を相談したというのであるから、右主張は理由がない。
一審原告は、平成二年度の法人税について納付時期を一年間遅らせるように求めたとすれば、平成三年度の確定申告について基本通達に反する確定申告をする理由がないと主張する。しかし、先にみたとおり、一審原告は、平成三年一月に法人税の軽減や納付の延期を相談したというのであるから、平成二年度の法人税について一年間の延納を求めただけではないというべきであり、一審原告の右主張は理由がない。」
10 同三七頁一〇行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。
「税理士は、右のように税理士法所定の使命を担うほか、依頼者との間には委任の関係があるから、受任者として委任の本旨に従った善良な管理者としての注意義務を負っており、依頼者の希望が適正でないときには依頼者の希望にそのまま従うのではなく、税務に関する専門家の立場から依頼者に対し不適正の理由を説明し法令に適合した適切な助言や指導をして、依頼者が法令の不知や税務行政に対する誤解等によって生じる損害を被ることのないようにすべき注意義務があるというべきである。又、税理士は、委任契約の受任者として法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図るべきであるところ、依頼者から基本通達に反する税務処理を求められたり、専門家としての立場からそれなりの合理的理由があると判断して基本通達と異なる税務処理を指導助言したりする場合において、基本通達が国税庁長官が制定して税務職員に示達した税務処理を行うための基準であって法令ではないし、個々の具体的事案に妥当するかどうかの解釈を残すものであるから、確定申告をするに当たり形式上基本通達に反する税務処理をすることが直ちに許されないというものではないものの、税務行政が基本通達に基づいて行われている現実からすると、当該具体的事案について基本通達と異なる税務処理をして確定申告をすることによって、当初の見込に反して結局のところ更正処分や過少申告加算税の賦課決定を招くことも予想されることから、依頼者にその危険性を十分に理解させる義務があるというべきである。」
11 同三八頁二行目の「同条三項は」とあるのを「同条四項は」、同七行目の「試算の評価損を」とあるのを「資産の評価損の」、同末行の「その全額が回収することが」とあるのを「その全額が回収できないことが」とそれぞれ改める。
12 同四二頁六行目から同七行目にかけての「これを弾力的に運用することで相当程度貸倒の処理を実情に即して行うことができるから、」とあるのを、次のとおり改める。
「右債権償却特別勘定に繰入れて損金処理をすることは、一審被告が異常事態と受けとめたバブル経済の崩壊による不動産や株式の暴落という経済状態に対応することができる一つの方策であるから、基本通達が法人税法本来の趣旨に反し妥当性を欠くに至ったと断定することは困難であり、」
13 同四四頁一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審被告は、税理士が確定申告に先立ち、税務当局に対し、税務処理の意向を打診して、確定申告を受け入れて貰えるかどうか検討する義務を負っているのではないと主張する。税理士は、税務に関する専門家であるから、一般的には、専門家としての知識経験によって、税務に関する法令に従って事務を処理すれば足り、確定申告をするに先立ち、いちいち税務当局に対し、税務処理の意向を打診すべき義務を負っているとはいえない。しかし、先にみたように、一審被告は、菊川に対する貸付金債権の貸倒損失を損金処理することや届出なしに株式を低価法で評価することが基本通達に反することを知っていたが、バブル経済の崩壊期における特別の取扱としてこれを指導、助言したというのであるから、このような処理が税務当局によって是認されるかどうかは依頼者にとって重要なことであり、その見通しをたてるためには、事前に税務当局の意向を打診することが必要であったと解すべきである。一審被告の右主張は理由がない。
一審被告は、廣瀬に対し、基本通達に反する確定申告をすれば更正処分等を受ける危険性の高いこと、不服申立が認められない場合には更正された本税以外に過少申告加算税、延滞税を支払わねばならないことを十分に説明したと主張する。しかし、先にみたとおり、一審被告は、廣瀬に対し、過少申告加算税を賦課される危険性があることを説明しているが、更正処分を受け、過少申告加算税を賦課されても、国税不服審判所の裁決で取り消されれば、結局納税しなくても済むと説明し、基本通達に反する損金処理が認められるという印象を与える説明であり、最終的に更正処分が取り消されることなく、更正された本税以外に過少申告加算税、延滞税も支払わねばならない事態となる恐れがあることの説明が十分でなかったというのであるから、一審被告の右主張は理由がない。
一審被告は、廣瀬が長年会社経営をしてきて、計数に明るく、税務の要所に精通しており、一審被告の説明で更正処分を覚悟し、過少申告加算税、延滞税の支払をすることになってもやむを得ないとして、基本通達に反する損金処理や届出をしない低価法による株式の評価をして確定申告をすることを決断したと主張する。しかし、先にみたとおり、一審原告は、一審被告に対し、納付すべき法人税額の軽減及び納付時期を遅らせることを相談したのであり、これに対し、一審被告は、バブル経済の崩壊後における異常な経済状態を理由に基本通達と異なる確定申告をすることを積極的に指導し、更正処分を受け、過少申告加算税を賦課されても、国税不服審判所の裁決で取り消されれば、結局納税しなくても済むと説明し、損金処理が認められるという印象を与える説明であり、最終的に更正処分が取り消されることなく、更正された本税以外に過少申告加算税、延滞税も支払わねばならない事態となる恐れがあることの説明が十分でなかったというのであるから、廣瀬が基本通達と異なる確定申告をすることを承諾していたとしても、過少申告加算税、延滞税を負担せざるを得ない危険性のあることの説明が、不足していたというべきであるから、一審被告の右主張は理由がない。
一審被告は、一審原告に対し、平成三年二月の本件確定申告から平成五年八月の顧問契約解約まで、事態の進捗の都度報告をしているが、一審原告から苦情を聞いていないと主張する。しかし、一審原告は、一審被告の説明に従って、国税不服審判所の裁決で更正処分等が取り消されることを期待していたと解されるから、右期間中に苦情を述べなかったからといって、一審被告の債務不履行責任を否定することにはならないというべきである。」
14 同四五頁一一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審被告は、廣瀬が一審被告から株式を低価法で評価することの提案を受け、低価法による申告をしても認められる可能性が低く、更正処分、過少申告加算税や延滞税の賦課決定を受ける危険性が高いことを承知し、その危険を覚悟して本件確定申告をしたと主張する。しかし、先にみたとおり、一審被告は、一審原告に対し、有価証券を低価法によって評価することの届出をしているかどうか確認せず、所轄税務署に問い合わせることもしないで低価法によることを指導したというのであり、低価法による申告をしても認められる可能性が低く、更正処分、過少申告加算税や延滞税の賦課決定を受ける危険性が高いことを説明したとは認められないから、一審被告の右主張は理由がない。
一審被告は、確定申告から顧問契約解約まで、一審原告から低価法による申告について苦情を聞いていないと主張する。しかし、一審原告は、更正処分等を受けても国税不服審判所の裁決で更正処分等が取り消されれば結局納税しなくても済むという一審被告の説明に従って、裁決による救済に期待していたと認められるから、右主張は理由がない。」
15 同四八頁一一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審原告は、マトラックに対する債権については、神戸地方裁判所伊丹支部及び同姫路支部に不動産競売の申立をしたが、同伊丹支部からは平成三年一二月三日に、同姫路支部からは同年一一月二二日にいずれも手続費用及び優先する債権を弁済して剰余を生じる見込がないとして競売手続取消決定を受けたから、同年中に申請をすれば債権償却特別勘定が認められることが明らかであったのに、一審被告はこの手続をとらなかったと主張する。《証拠略》によれば、右のとおり各裁判所の無剰余の通知及び競売手続取消決定がなされたことを認めることができる。しかし、一審原告がマトラックに対する債権について抵当権の実行として競売を申立てたが剰余を生じる見込がないとして競売手続の取消を受けたことを一審被告に遅滞なく報告したことを認めることはできない。したがって、一審被告が平成三年中にマトラックに対する債権について債権償却特別勘定の認定申請をすることができたと認めることはできず、一審原告の右主張は理由がない。」
16 同四九頁一一行目の「被告は、」の次に、「債権償却特別勘定の認定申請を行わなかったことについては一審原告に対する債務不履行責任を認められないが、」を付加する。
17 同五〇頁二行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審被告は、廣瀬が更正処分、過少申告加算税の賦課決定を受けることを覚悟した上で納付の時期を遅らせることができればよいというので、本件確定申告を指導したのであり、一審原告に対し、審査請求で必ず主張が認められるとか、八〇パーセントの見込があるとかと述べていないと主張する。一審被告が一審原告に対し審査請求で必ず主張が認められるとか、八〇パーセントの見込があるとか説明したとまで認めることはできない。しかし、先にみたとおり、一審被告の一審原告に対する説明は、主張が認められるという印象を与えるものであり、最終的に更正処分が取り消されることなく、更正された本税以外に過少申告加算税、延滞税も支払わねばならない事態となる恐れがあることの説明が十分でなかったというのであるから、債務不履行責任を免れるものではない。」
18 同五〇頁七行目の「右金員は、」とあるのを、次のとおり改める。
「このうち、平成二年度の修正申告にかかる過少申告加算税一五万三〇〇〇円は本件と関係がないから損害から除外するのが相当である。なお、右修正申告にかかる事業税の過少申告加算税の金額が不明であるから事業税については除外することができない。平成二年度の過少申告加算税のうち本件に関係のない一五万三〇〇〇円を除いた前記合計五九八万九二〇〇円は、」
19 同五〇頁九行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審被告は、課税当局が賦課決定した金額について、審査請求に対する裁決で申立が認められない場合でも、一審原告には行政訴訟をする途が残されていたのであるから、課税金額をもって一審原告の損害ということはできないと主張する。一審原告が過少申告加算税を賦課されたとしても行政訴訟によってこれが取り消されることが予想されるとすれば、賦課決定によって直ちに損害を生じたとは言い難い。しかし、本件の場合、行政訴訟によって東税務署長のした前記更正処分及び過少申告加算税の賦課決定が取り消されることが予想されるということはできず、先にみたとおり、一審原告は前記更正処分及び過少申告加算税の賦課決定に従い納税し、裁決によって右賦課決定は確定したというのであるから、一審原告の納付した過少申告加算税を損害と認めることができ、一審被告の右主張は理由がない。」
20 同五一頁八行目から同九行目にかけての「乙二の1ないし40」を「乙二の1ないし41」と改める。
21 同五一頁一一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審原告は、延滞税、延滞金についても、一審被告から審査請求で主張が認められるから納税する必要がないと指導を受けていたために本税の納付を遅らせていたのであり、延滞税、延滞金を負担することになったのは一審被告の指導によるものであると主張する。しかし、先にみたとおり、一審原告は、法人税の軽減だけでなく、納付時期を遅らせることができるように一審被告に相談して本件確定申告をし、更正処分を受けてから徴税当局と交渉して分割で納税していたのであるから、一審原告の右主張は理由がない。」
22 同五二頁七行目から同八行目までを次のとおり改める。
「したがって、一審原告の過失相殺後の損害額は前記五九八万九二〇〇円の五割の二九九万四六〇〇円である。」
23 同五二頁八行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「一審原告は、一審被告が基本通達に反する損金処理を選択し、更正処分を受けても審査請求をすれば認められると説明して一審原告を指導して基本通達に反する確定申告をさせ、審査請求によっても認められない危険性があることを説明していないのであるから、顧問税理士である一審被告の説明を信頼した一審原告には過失がなく、過失相殺をされるべきではないと主張する。しかし、先にみたとおり、一審原告は、一審被告に対し、高額の法人税を納付することができないので軽減し納税の時期を遅らせたいと相談し、基本通達に反する確定申告をすることを承諾し、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を受けることがあると聞いていたというのであるから、一審原告の右主張は理由がない。
一審原告は、基本通達に反する確定申告を行うことを知っていたとしても、税務の専門家である一審被告の指導に従っただけであり、右確定申告について積極的に関わったのではないから、過失相殺することはできないと主張する。しかし、先にみたとおり、一審原告は、一審被告に対し、高額の法人税を納付することができないので軽減し納税の時期を遅らせたいと相談し、基本通達に反する確定申告を承諾したというのであるから、一審原告の右主張は理由がない。
一審被告は、税理士の助言や提案を採否、選択するのは納税者であり、一審原告が納税者として、一審被告の助言を受けて自らの判断で本件確定申告をしたものであるから、一審被告に損害賠償責任がある場合には、大幅な過失相殺がなされるべきであると主張する。しかし、先にみたとおり、一審被告は、一審原告から法人税の減額と納付時期を遅らせることを相談されたため、基本通達に反する損金処理や届出を確認しないで低価法による株式の評価をして確定申告をすることを積極的に提案して指導したというのであるから、一審原告に対する過失相殺は五割の限度に止めるべきである。」
二 結論
以上の理由により、一審被告は、一審原告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害賠償として、一審原告の平成二年度及び平成三年度の法人税、事業税の過少申告加算税のうち五九八万九二〇〇円の五割に相当する二九九万四六〇〇円及び弁護士費用三〇万円の合計三二九万四六〇〇円並びにうち二九九万四六〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である平成六年七月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、一審原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余を棄却すべきであり、これと一部結論を異にする原判決を一審被告の本件控訴に基づき右のとおり変更し、一審原告の本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 井土正明 裁判官 礒尾 正)