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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1625号 判決 1998年8月27日

主文

一  控訴人らの被控訴人上田友幸、同上田恒子、同上田成人に対する本件控訴を棄却する。

二1  当審で追加された請求に基づき、被控訴人株式会社東加古川幼児園は、控訴人らに対し、各五七四万三六七七円及びこれに対する平成六年五月九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らの右被控訴人に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人ら及び被控訴人株式会社東加古川幼児園に生じた費用の五分の一を被控訴人株式会社東加古川幼児園の負担とし、控訴人ら及び被控訴人株式会社東加古川幼児園に生じたその余の費用並びに被控訴人上田友幸、同上田恒子、同上田成人に生じた費用は控訴人らの負担とする。

四  この判決は、主文二1につき仮に執行することができる。

理由

一  前提事実

前提事実については、次のとおり加除、訂正するほか、原判決理由一(原判決二八頁七行目から四九頁末行まで)を引用する。

1  原判決三六頁三行目の「ていた。」の次に「バスでの園児の送迎は、右のとおり二俣園以外の零歳から五歳までの園児も園間送迎で父母が二俣園に連れてくるため、園児引渡しについての間違いがないように顔と名前を一致させるようにする心理的負担が大きかった(バス乗降についての右の間違いは、園児の安全に直結するため、春子のような新人保母にとっては想像以上の心理的負担となる。)。」を加える。

2  原判決三九頁末行の次に改行のうえ次のとおり加える。

「また、春子が平成四年秋ころ及び平成五年春ころ、保母としての求職先を探したところ、職員(保母)の募集をしている保育所は被控訴人園以外には一つとしてなかった。」

3  原判決四一頁一行目の「右責任者」から同三行目の「持たなかった。」まで及び原判決四五頁三行目から一〇行目までの全部を削除する。

4  原判決四四頁九、一〇行目の「書かなかった。」の次に「この、春子は、二俣園を整理のため訪れた甲原夏子に対し、園長である被控訴人成人は協力すると言っておきながら、春子が判らない点を聞いてもノータッチだからと完全に突き放した状態で、何の協力もしようとしないと、ぐちをこぼしていた。」を加える。

5  原判決四七頁八行目の「春子は」から四八頁七行目末尾までを次のとおり改める。

「春子は、翌四月一日に退院し、自宅療養するようになったが、自宅療養中も口数が目立って減り、深い疲れの中でぐったりしている感じであった。そして、同月四日ころ洗礼を受ける決意をし、同月一一日に洗礼を受けて元気を取り戻し始め、右洗礼以降は春子の生活はほぼ正常の状態に戻り、同月一五日には控訴人らに感謝の手紙を書き、また、新しい保育所を探し始るようになった。しかし、この間も残してきた園児や同僚の保母への心配りや自責の念を常に口にしてきた。

なお、春子が職業安定所を訪れ、保母を募集している加古川市内所在の保育所を探したが、被控訴人園ならいつでも保母を募集しているが、破控訴人園以外の保育所では募集していないと知らされた。」

二  責任

1  右付加、訂正のうえ引用した原判決の認定事実の要旨は次のとおりである。すなわち、春子は、平成四年一二月初めころ被控訴人園に採用され、平成五年一月から二俣園に勤務し、同年四月から高畑園で勤務することになっていたところ、二俣園は、いわゆる二歳児クラスで、平成四年四月一日に二歳に達した園児一八名を春子と他の保母一名の合計二名で担当していたが、専属の調理師がいないため、食事の買い物から調理、食後の食器洗いを含む一連の作業も保母の負担となり、園児の排泄、手洗いの世話や、午後四時から六時半ころまで以降における零歳児から五歳児までの園児三〇名程度の延長保育などで、一日の労働時間が一〇時間ないし一一時間に及ぶほどに多忙をきわめ満足に昼食時間も取れないこともあり、また、日曜日に出勤することも多かった。こうした状況の中で、平成五年二月七日、春子は、被控訴人成人及び恒子から、高畑園では同年三月一日付で主任保母を含む保母六名全員が退職すること、高畑園では三歳から五歳までの園児約一五〇名が五クラスに分けられているが、四月からクラス担当保母の五名全員が新任保母(保母資格を取得した直後で保有経験のない者)となり、春子が高畑園の主任保母(責任者)となることなどを告げられた。高畑園(及び本園、二俣園)の園長である被控訴人成人は、午前と午後の合計四時間バスの運転をしていることもあって、主任保母は事実上新任保母の相談に応じるなどの重責を負うものであり、春子より前に高畑園の主任保母となるよう打診を受けた小田、佐伯の二名の保母はこれを断っている。春子も、帰宅後父母と相談した結果、クラス担任にとどめるのでなければ被控訴人園を退職することにし、翌日その旨を被控訴人成人に伝えたが、春子を主任保母とすることは既に決定済みであり、園長である被控訴人成人がフォローするから何とか承諾してほしいといわれたことから、春子としても頑張ってみる気持になり、このとき以降、春子は、主任保母となるための打ち合わせ、学習、新たに導入するコンピューターについての打ち合わせ、学習、次年度の年間指導計画の作成、お遊戯会の準備などに奔走することとなり、そのため、早出の日は午前七時ころ家を出て午後七時頃帰宅し(遅出の日は午前八時ころ家を出て午後八時ころ帰宅し)、帰宅後も翌日の保育や調理の準備、お遊戯会の小道具作りなどのため午後一一時ないし一二時ころまで仕事をせざるを得ない状況となり、平成五年二月、三月は日曜日もほとんど出勤する状況となった(乙二の勤務表の残業時間は同僚保母甲原夏子が原審で証言するとおり正確ではない。)。春子は、このような状況の中で、自己の業務遂行に大きな不安を抱き、体重が減り始めるなど体調が悪くなったことなどから、被控訴人園を退職することを考えるようになった。さらに、前記のように園長である被控訴人成人が協力するといっておきながら、実際には十分な協力をしなかったこともあって、同年三月二八日には、春子は、疲れ切った様子で園児を保育する状態ではなくなり、それまで書いていた保育日誌もそれ以降は書かなくなった。春子の家族はこの夜春子に退職を勧めたが、春子は、責任感から思い悩み、その夜はほとんど眠れず、次いで同月三〇日にも遅くまで被控訴人園で打合せがあったが、春子は疲れ切って放心状態となり、夜一二時頃帰宅するなり泣き崩れ、床についても目を開けて一点を見つめて放心状態を続け、ほとんど眠れず、翌三一日に松本病院に入院した。入院時に春子の休重は就職時の同年一月一日より約六キログラムも減少しており、精神的ストレスが起こす心身症的疾患と診断された。以上のとおりであって、これらの事実によれば、平成五年三月末には、春子は、新しい仕事に対する不安、責任感、環境の変化などで精神的にも肉体的にも極度に疲労していたことが明らかであるといえる。

2  また、当審証人(人証略)の証言及び同人作成の意見書(<証拠略>)と弁論の全趣旨によれば、一般的に、三か月程度の期間ストレスが持続すればうつ状態に陥ることがあり、そして、うつ状態に基づく自殺は、うつ状態がひどい時期に起こることはあまりなく、外形的には元気を取り戻したかのように見える回復期に起こることのほうがむしろ多いことが医学的に広く承認されており、川端利彦医師(精神科医)の見解も同様であるが、さらに、本件の春子の自殺に関して、同医師は、春子はうつ状態になった結果自殺したものであり、そのうつ状態になった原因は、春子の日常の勤務そのものが過重であったことに加え、保母としての経験が浅く年若い春子に重大な責任を負わせ、それに対する配慮を欠いていた被控訴人園における仕事の過酷さ以外には思い当たるものがないとしていること、が認められる。春子が入院した前記松本病院における医師の診断も、右認定ととくに抵触するものではなく(むしろ、右診断にいう回復に向かう時期に春子が自殺したことは、うつ状態における自殺についての一般的な医学的見解に符合するものといえる。)、ほかに右認定を覆すに足りる客観的証拠はない。このことに、前記のとおり、被控訴人園では保母の定着率が極めて悪く、いつも保母を求人していたこともあわせ考えれば、被控訴人園の勤務条件は劣悪で、春子をうつ状態に陥らせるものであったというほかないことなど、本件にあらわれた事情を総合すれば、春子は、被控訴人園の過酷な勤務条件がもとで精神的重圧からうつ状態に陥り、その結果、園児や同僚保母に迷惑をかけているとの責任感の強さや自責の念から、ついには自殺に及んだものと推認することができる(春子が自殺したのは被控訴人園を退職してから約一か月後であるが、前判示のとおり、三か月間の過酷な勤務条件は十分うつ状態の原因となりうるものであり、その回復期に自殺が多いことからすれば、右退職から自殺までの一か月間は被控訴人園での勤務と春子の自殺についての相当因果関係を否定するものではない。)。

そうであれば、被控訴人園は、従業員である春子の仕事の内容につき通常なすべき配慮を欠き、その結果春子の自殺を招いたものといえるから、債務不履行(安全配慮義務不履行)による損害賠償責任を負うものというべきである。

3  もっとも、自殺は、通常は本人の自由意思に基づいてなされるものであり、春子のような仕事の重圧に苦しむ者であっても、その全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものではないことはいうまでもなく、本件のような場合においても自殺する以外に解決の方法もあったと考えられ(現に、春子自身も、他の保育所等に就職して従来と同種の仕事を続けることを考えたうえで、前記のとおり被控訴人園を退職している。)、春子がうつ状態に陥って自殺するに至ったのは、多分に春子の性格や心因的要素によるところが大きいものと考えられるところであり、これらの事情に照らすと、春子の死亡による損害については、その八割を減額し、被控訴人園に対してその二割を賠償するよう命じるのが相当である。

なお、被控訴人友幸、同恒子及び同成人の三名については、不法行為責任があるとまで認めるに足る証拠はない。また、被控訴人園の不法行為責任については、右のとおりその債務不履行責任を認めたので、判断するまでもない。

三  損害額 各五七四万三六七七円

1  逸失利益 各一五六一万八三八九円

(<証拠略>)によれば、春子が得た平成五年一月分から三月分の給与額は合計四二万五七一四円であり、これに同年度の夏期及び冬期の手当を合算した一年間の推定支給額は一八九万六一四九円となると認められるところ、死亡時の春子の年令は二一才であり、就労可能年令六七才までの四六年間の新ホフマン係数は二三・五三四であるから、生活費控除を三〇パーセントとして、死亡による春子の逸失利益を計算すると、三一二三万六七七九円(一円未満切り捨て。以下同じ。)となり、控訴人らはそれぞれその二分の一に当たる一五六一万八三八九円の右逸失利益の賠償請求権を相続したことになる。

2  慰藉料 各一〇〇〇万円

<証拠略>によれば、春子の自殺により控訴人らは多大の精神的苦痛を被ったことが認められるところ、本件にあらわれた諸般の事情を併せ考慮すれば、慰謝料額としては控訴人らにつき各一〇〇〇万円とするのが相当である。

3  葬儀費用 各六〇万円

被控訴人園に負担を命ずべき春子の葬儀費用としては、合計一二〇万円とするのが相当である。

4  小計 各五二四万三六七七円

右1ないし3の合計額は控訴人ら各人につきそれぞれ二六二一万八三八九円となるところ、前記過失相殺の結果、控訴人らはその二割に当たる各五二四万三六七七円の損害賠償請求権を被控訴人園に対して取得したこととなる。

5  弁護士費用 各五〇万円

弁論の全趣旨によれば、控訴人らは、控訴人ら訴訟代理人に本件訴訟の提起を依頼したことが認められるところ、被控訴人園に負担を命ずべき弁護士費用としては、控訴人らにつき各五〇万円とするのが相当である。

6  遅延損害金

債務不履行に基づく損害賠償債務については、期限の定めのない債務として、債権者から履行の請求があったときから遅滞に陥る(民法四一二条三項)と解するのが通例であるが、本件のような死亡事故による損害の賠償については、不法行為を理由とする場合(この場合は事故発生の日から遅滞に陥る。)との均衡を考えると、両者を区別する合理的理由はないというべきであり、また、損害の重大性に照らしてその填補を十分なものとする見地からしても、事故発生の日から付遅滞の効果が生ずるものと解するのが相当である(本件のような場合、被控訴人園としても、事故の発生すなわち人身損害の発生を直ちに知りうる立場にあるから、右のように解しても、なんら不都合はない。)。

7  以上によれば、被控訴人園は、債務不履行(安全配慮義務不履行)を理由とする損害賠償として、控訴人らそれぞれに対し各五七四万三六七七円、及びこれに対する事故発生後である訴状送達の日の翌日の平成六年五月九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといえる。

四  結論

よって、原判決のうち被控訴人友幸、同恒子、同成人に対する請求を棄却した部分は相当であるから、控訴人の同被控訴人ら三名に対する控訴を棄却することとし、被控訴入園に対する関係では当審で追加された請求を本判決主文二1掲記の範囲で認容し、その余の部分を棄却することとし(なお、被控訴人園に対する関係では、当審で不法行為を原因とする損害賠償請求と選択的併合の関係に立つものとして追加された安全配慮義務不履行を理由とする損害賠償請求を右のとおり一部認容したことにより、原判決中の被控訴人園に対する不法行為を原因とする損害賠償請求を棄却した部分は当然失効した。)、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条、六四条、六五条に従い、仮執行の宣言につき同法三一〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 裁判官 杉本正樹)

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