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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2773号 判決 1998年3月13日

控訴人(一審被告) Y

右訴訟代理人弁護士 松田安正

被控訴人(一審原告) 株式会社岡安

右代表者代表取締役 A

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

1  原判決中、控訴人関係部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件は、控訴人及び株式会社綜合設備研究所(その代表者は控訴人、以下「訴外会社」ともいう。)が、共同で満期及び振出日の各記載欄を白地のまま振り出し、B(以下「B」ともいう。)が裏書した原判決請求原因1記載の額面二〇〇〇万円の約束手形(以下「本件手形」という。)につき、被控訴人において、白地欄を補充した上で、控訴人及びB(以下「控訴人ら」ともいう。)に対し、本件手形金の支払いを求めたところ、控訴人らが、(1)右補充は、被控訴人に交付されてから五年の白地補充権の時効消滅後になされたものであるから、手形上の権利は時効により消滅した、(2)本件手形は金二〇〇〇万円の借入債務の弁済のために振り出されたが、控訴人において平成八年八月末日に内金一〇〇〇万円を弁済ずみである、(3)右借受金二〇〇〇万円(以下「本件借受金」ともいう。)は、控訴人とBが各一〇〇〇万円ずつ取得し、控訴人が一〇〇〇万円を弁済したから、残額は、Bが被控訴人に弁済すべきものであって、被控訴人は、右事情を知りながら、右内金弁済を受けた後に白地補充をして本件手形を支払呈示し控訴人らに手形金全額の支払いを求めたものであるから、右白地補充は補充権の不当行使として無効であるなどと主張して争った事案である。

原審は、控訴人らが本件手形の原因関係となる本件借受金の先払い利息を被控訴人に支払っている間は、関係者間に白地補充をしない旨の黙示の合意が成立しており、平成八年七月末ないし同年八月中に被控訴人に対して同年八月末日までの利息が先払いされているから、被控訴人の本件手形の白地補充権の消滅時効の起算点は早くても平成八年七月末日というべきであって、時効は完成しておらず、また、被控訴人の本件手形金全額の支払呈示については、一部弁済による抗弁の対抗を受けるだけであって、請求そのものが白地補充権の不当行使に当たるとはいえないとして、被控訴人の控訴人らに対する請求のうち、弁済済みの内金一〇〇〇万円を控除した手形金残金一〇〇〇万円とこれに対する満期日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める限度で請求を認容し、その余の請求を棄却したところ、控訴人が右認容部分の判断を不服として控訴したものである。

二  前提となる事実(争いのある事実については認定証拠を該当個所に掲記する。)

1  控訴人及びBは、昭和六二年一〇月二〇日ころ、被控訴人から二〇〇〇万円を手形貸付の方法により借り受け(以下、その契約を「本件原因契約」ともいう。)、右借受金の支払いのため、控訴人及び訴外会社が共同して額面二〇〇〇万円の約束手形を振り出し、被控訴人に交付していたところ、右手形の書き替えのため、控訴人及び訴外会社が、本件手形を振り出し、Bが拒絶証書の作成を免除して右手形に裏書きした上、被控訴人に交付した。

2  右振出に際して、本件手形の満期(支払期日)及び振出日の各記載欄は白地であったところ、右手形の交付を受けた被控訴人において、平成八年九月以降に、振出日欄を平成八年七月三〇日、満期欄を平成八年一〇月三日と各補充して、満期日の翌日である同年一〇月四日に支払場所である株式会社東海銀行阿倍野橋支店において、右手形を支払いのため呈示したが、資金不足を理由に支払いを拒絶された。

3  控訴人らは、被控訴人に対し、本件原因契約につき、先払いの方法により昭和六二年一〇月以降、順次月極めの利息を支払い、平成八年七月末日ないし八月中に同年八月末日までの利息を支払ったが、元本の支払いはなさず、また、翌九月以降の利息の支払いをしなかった(弁論の全趣旨)。

4  控訴人は、平成八年八月末日、被控訴人に対し、本件借受金の内金一〇〇〇万円を弁済した。

5  被控訴人は、本件手形を所持する。

三  争点と争点に関する当事者の主張

1  被控訴人の本件手形の白地補充は白地補充権の時効期間経過後になされたもので、無効というべきか否か。

(控訴人)

約束手形の白地補充権は手形上の権利を行使するための手段であり、主債務者に対する手形上の権利の時効期間は三年であるから、満期欄が白地の約束手形の白地補充権については、約束手形上に交付後三年内の期日が補充されてその期間内に支払呈示をしない限り、振出人に対する権利を行使できないものと解すべきであって、その意味で右行使期間の性質は除斥期間というべきである。

ところで、本件手形が被控訴人に交付されたのは平成二年一一月二七日であり、被控訴人が白地補充したのは平成八年九月以降であって、右交付日を起算日として三年の除斥期間が経過した後であるから、その効力を有しない。

仮に、約束手形の白地補充権それ自体の消滅時効期間を考えてその期間を五年であるとしても、本件手形の交付日から五年を経過した後に被控訴人が本件手形を白地補充していることが明らかであるから、その効力を有しないというべきである。

本件手形は、その原因関係となる本件原因契約に弁済期の定めはなく、いつでも請求が可能であったうえ、満期欄が白地である約束手形は一覧払手形とみなされ、所持人において何時でも支払呈示が可能となり、振出人は手形決済資金を常時確保すべき義務を負うこととなるため、その期間を合理的なものに限定する必要性があることからしても、右のとおり解すべきである(なお、満期欄が白地の約束手形についてはこれを無効とする有力な見解も存在する。)。

原判決は、原因債務の履行遅滞がない限り補充権の除斥期間の満了または消滅時効は開始しないとするが、これは手形上の権利は原因債権と無関係に除斥期間が満了し、消滅時効が完成することを看過したものである。

(被控訴人)

被控訴人と控訴人ら間において、本件原因契約についての先払い金利の支払期間中は白地補充しないという合意があり、平成八年七月末日ないし八月中に平成八年八月末日までの金利が先払いされ、その後の支払いがなされないため、被控訴人において平成八年九月以降に白地補充して本件手形金の支払呈示をしたものであるから、金利支払中は白地補充権の消滅時効は進行しないというべきである。

なお、本件手形は、本件原因契約の支払いのために振り出された約束手形の二、三通目の書替手形であって、平成四、五年に交付を受けたものである。

2  被控訴人の本件手形金全額請求は白地補充権の不当行使に当たり、効力を有しないというべきか否か。

(控訴人の主張)

控訴人らが被控訴人から借り受けた本件借受金二〇〇〇万円のうち、控訴人が取得したのは一〇〇〇万円であり、これを訴外会社の資金繰りに利用したが、簿外借入として処理したため、被控訴人に支払うべき利息(年一割五分の割合)のうち、控訴人取得部分に対応する月額一二万五〇〇〇円については、被控訴人代表者の承諾を得てその二男・Cを昭和六二年一二月二〇日に訴外会社の取締役に選任し、月額報酬一五万円を支払ったこととし、源泉徴収額を控除した一三万四〇〇〇円を弁済原資に充て、Bが取得した一〇〇〇万円の利息とともに合算した金額を被控訴人に毎月支払っていたものである。

被控訴人は右事情を熟知し、Bが一〇〇〇万円の支払いをすべきことを認識しながら、控訴人から一〇〇〇万円の弁済を受けた後に、本件手形の白地欄を不当に補充して本件手形額面全額の支払いを控訴人に請求したものであって、仮に、被控訴人による本件手形の白地補充権の行使を認めうるとしても、被控訴人と控訴人ら間に原因関係上の債務の全額弁済がなされない場合に限る旨の黙示の合意があるというべきであるから、控訴人が一〇〇〇万円の支払いをした以上、額面を変更しないままでの白地補充権は当然消滅したというべきである。さらに、なお、白地補充権が存続するとしても、額面のままでの手形上の権利を行使することは不当であるから、被控訴人による本件手形の白地補充は不当であって効力を有しないというべきである。

(被控訴人の主張)

被控訴人は、平成八年八月末日、控訴人から一〇〇〇万円の支払いを受けた際、額面を一〇〇〇万円とする約束手形の交付を求めたが、控訴人らはこれに応じなかったうえ、翌月からの利息の支払いもなさなかった。そのため、被控訴人は、利息の支払いがなければ、本件手形を呈示する旨を控訴人らに連絡したが、控訴人ら及び訴外会社のいずれからも残額一〇〇〇万円と約定利息の支払いがなされなかった。そのため、被控訴人は、本件手形の白地欄を補充して支払いのため支払場所に呈示したが、内入弁済の記載というような方法を知らなかったので、本件手形をそのまま呈示したにすぎないから、被控訴人の本件手形の白地補充とその行使が不当なものとはいえない。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する請求は、本件手形金残金一〇〇〇万円とこれに対する白地補充後の満期日である平成八年一〇月三日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきであり、その余の請求は棄却すべきであると判断する。その理由は以下に説示するとおりである。

一  争点1につき

本件手形が満期(支払期日)及び振出日の各記載欄が白地のまま振り出されて、被控訴人に交付されたこと、被控訴人が、平成八年九月以降に、本件手形の振出日及び満期欄を補充して、補充した満期日の翌日である平成八年一〇月四日に支払場所において、右手形を支払いのため呈示したが、支払いを拒絶されたことは、当事者間に争いがない(前提となる事実1、2参照)。

ところで、満期白地の本件手形の白地補充権の消滅時効期間とその起算点及び本件手形の被控訴人への交付時期について当事者間に争いがあるので、以下、この点につき判断する。

まず、満期白地の手形補充権の消滅時効については、商法五二二条の規定が準用され、右補充権は、これを行使しうべきときから五年の経過によって、時効により消滅すると解すべきである(最高裁昭和三三年(オ)第八四三号同三六年一一月二四日第二小法廷判決・民集一五巻一〇号二五三六頁、同三七年(オ)第六四五号同三八年七月一六日第三小法廷判決・裁判集(民事)六七号七五頁、同四三年(オ)第七〇九号同四四年二月二〇日第一小法廷判決・民集二三巻二号四二七頁参照)から、控訴人の主張中、右判断に反する部分は採用できない。

次に、控訴人は、被控訴人に本件手形が交付されたのが、平成二年一一月二七日であり、右交付時から補充権の消滅時効期間を起算すべきであると主張するのに対して、被控訴人は、本件手形の交付を受けたのは平成四、五年であって、被控訴人と控訴人ら間において、本件原因契約についての先払い金利の支払期間中は白地補充しないという合意があり、平成八年八月までの利息の支払いがあったため、被控訴人において利息の不払いが生じた平成八年九月以降に白地補充して本件手形金の支払呈示をしたものであるから、金利支払中は白地補充権の消滅時効は進行しないと主張する。

ところで、本件手形は、控訴人らが被控訴人から借り受けた本件借受金の支払いのために振り出されたものであること、控訴人らは、被控訴人に対し、本件原因契約につき、先払いの方法により昭和六二年一〇月以降、順次月極めの利息を支払い、平成八年七月末日ないし八月中に同年八月末日までの利息を支払っていたが、翌月からの利息の支払いがなされなかったことから、被控訴人が本件手形の白地補充をした上支払呈示をして本件手形金請求に及んでいることは前記のとおりであり、右事実によれば、控訴人らは、利息の支払いを遅滞しない限り、被控訴人から、順次、本件借受金の支払期限の猶予を受けていたものというべきであり、したがって、本件借受金の支払いのために振り出された白地の本件手形についても、被控訴人が利払済みの期間内に属する日を満期として補充して支払呈示をすることは許されず、控訴人らにおいても、利払済み期間中は本件手形の権利行使がされることはそもそも予定していなかったものと認められる。

右の認定・説示によれば、被控訴人と控訴人ら間において、控訴人らが本件手形の原因関係となる本件借受金の先払い利息を被控訴人に支払っている間は、本件手形の白地補充をしない旨の黙示の合意が成立していたと解するのが相当であり、そうすると、仮に被控訴人に本件手形が交付された日が控訴人主張のとおりであったとしても、本件手形の白地補充権の消滅時効の起算点は早くとも平成八年八月末日というべきところ、被控訴人が本件手形の白地補充をしたのは、平成八年九月以降で支払呈示をした日である同年一〇月四日以前であると認められるから、白地補充権の時効消滅をいう控訴人の主張は採用できない。

二  争点2につき

控訴人は、被控訴人の本件手形の白地補充による権利行使は不当であって効力を有しないと主張するが、本件手形は前記のとおり、控訴人らが被控訴人から借り受けた本件借受金の支払いのために振り出されたものであるところ、原因債務である本件借受金の支払いについても、控訴人らと被控訴人との間に個々の取得額に応じて支払う旨の合意が成立していると認められない限り(右合意の成立を認めるに足りる証拠は存在しない。)、控訴人らが連帯して支払うべきものである上に、本件手形金の支払いは、控訴人らが合同してその責任を負うべきものであるから、被控訴人が控訴人から一〇〇〇万円の弁済を受けた後に白地補充をして本件手形を支払呈示し、その全額の支払請求をしたことから、その支払請求のすべてが不当になるとはいえず(原判決も指摘するように、右弁済は被控訴人に対する人的抗弁となり、被控訴人との間で右弁済額の限度で本件手形金の支払いを免れるにすぎないというべきである。)、控訴人主張のような、本件手形の白地補充権の行使について被控訴人と控訴人ら間に原因関係上の債務の全額弁済がなされない場合に限る旨の黙示の合意があるとはいいがたく、控訴人のこの点に関する主張も採用できない。

第四結論

よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井昇 裁判官 岡原剛 野中百合子)

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