大阪高等裁判所 平成9年(ネ)951号 判決 1998年7月07日
控訴人
山根福枝
右訴訟代理人弁護士
川西渥子
同
渡辺和恵
同
坂田宗彦
被控訴人
財団法人大阪市交通局協力会
右代表者理事
川崎治
右訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
夏住要一郎
同
岩本安昭
同
田辺陽一
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人が被控訴人に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一九三万〇八〇〇円及びこれに対する平成七年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成七年四月以降退職日まで毎月一七日限り一か月金五二万五八五〇円の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じこれを二〇分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。
三 この判決は、一2項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 主文一1項と同旨
3 被控訴人は、控訴人に対し、金二一八万六〇四八円及びこれに対する平成七年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成七年四月以降毎月一七日限り一か月金五三万六四八五円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
5 3につき仮執行宣言
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者・雇用契約の締結
(一) 被控訴人は、大阪市交通局の外郭団体として、大阪市交通局から委託を受けて、定期券の販売等の事業を行っているほか、独自の収益事業として、コインロッカーや売店の営業、社会福祉事業の助成等を行う財団法人である。
(二) 控訴人(昭和九年九月二日生まれ)は、昭和四二年一〇月二一日、当時の大阪市交通局協力会職員就業規則第三条(1)の第一種職員として被控訴人に雇用された。
控訴人は、平成六年一〇月当時、被控訴人の旅行部計画課梅田案内所課長補として、同案内所において、パック旅行等の旅行商品の販売や市営定期観光バスの予約受付等の業務に従事していた。
2 雇用契約の存在についての争い
被控訴人は、平成六年一〇月二八日、就業規則で、第二種職員の定年が満六〇歳であり、定年に達した日の属する月の翌月末日を定年退職日とする旨定められていることを理由に、控訴人に対し、同月末日をもって職員の身分を失うことになると通知し、同年一一月一日以降、控訴人の従業員たる地位を否認し、同月分以降の賃金及び賞与の支払いをしない。
3 しかし、後記のとおり、控訴人は未だ定年に達しておらず、被控訴人の従業員としての地位を保有している。
4 控訴人の請求しうべき未払賃金等
(一) 控訴人は、平成六年一〇月当時、毎月一七日限り、賃金として三九万四〇一二円(基本給二九万九五〇〇円、職務給二万四五〇〇円、住居手当六二〇〇円、通勤手当四九四〇円及び超過勤務手当五万八八七二円の合計)の支払いを受けていた。
(二) 控訴人が被控訴人から平成六年一月一日から同年一〇月末日までに支払いを受けた賃金の合計は四八三万九八〇三円であり、控訴人が同年一一月一日以降勤務を継続した場合に受けられた平成六年の冬季賞与は八一万円である。
(三) したがって、控訴人が請求しうべき平成六年一一月分から平成七年二月分までの賃金は、右賃金月額四か月分一五七万六〇四八円に平成六年の冬季賞与八一万円を加えた額から仮処分決定(大阪地方裁判所平成六年(ヨ)第三三八二号事件)に基づく仮払金二〇万円を控除した二一八万六〇四八円となる。
また、控訴人は、被控訴人に対し、平成七年三月以降、一か月当たり五三万六四八五円(平成六年一月一日から同年一〇月末日までの賃金合計四八三万九八〇三円、前記月額三九万四〇一二円の二か月分七八万八〇二四円及び前記賞与八一万円の合計を一二で除した金額)の割合による賃金の支払いを求める権利を有する。
5 よって、控訴人は、被控訴人に対し、雇用契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、未払賃金二一八万六〇四八円及びこれに対する最終分の賃金の支払日の翌日である平成七年三月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに同年四月以降毎月一七日限り一か月五三万六四八五円の割合による金員の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の各事実は認める。
2 同3の主張は争う。
3 同4(一)のうち、控訴人が超過勤務手当五万八八七二円を受給していたことは争い、その余の事実は認める。
4 同4(二)の事実は認める。
5 同4(三)の算定方法は争う。
仮に、控訴人が平成六年一一月一日以降も在職した場合、支給を受けるべき賃金は、一か月当たり三三万〇二〇〇円(基本給二九万九五〇〇円、職務給二万四五〇〇円及び住居手当六二〇〇円の合計)である。本件で控訴人が請求する通勤手当及び超過勤務手当は、通勤に要した費用の実費弁償、あるいは超過勤務に応じて支給されるものであり、通勤や超過勤務の実績のない控訴人が未払賃金の算定の基礎に加えることは許されない。なお、被控訴人は、前記仮処分決定に基づき、平成七年二月以降、控訴人に対し、毎月二〇万円を仮払いしている。
したがって、控訴人の平成六年一一月一日から平成七年二月末日までの賃金(賞与を含む、平成七年二月の仮払金を控除した額)は一九三万〇八〇〇円であり、控訴人主張の方法で計算した同年三月分以降の平均賃金額は五二万五八五〇円である。
三 抗弁
1 控訴人の定年による雇用契約関係の終了
(一) 控訴人は、被控訴人に第一種職員として採用されたところ、被控訴人は、昭和六一年八月二〇日、控訴人を含む第一種職員女子について、同年四月一日付をもって、その呼称を第二種職員に変更し(以下、この措置を「呼称変更」という。)、同日以降、控訴人は、第二種職員として取り扱われるようになった。
(二) 平成六年一〇月当時の被控訴人の就業規則には、職員の定年に関し、次のとおり定められていた。
(1) 職員が、定年退職日に達したときは、その日をもって職員としての地位を失う(第八条(2))。
(2) 職員の定年及び定年退職日は、次のとおりとする(第九条(1)(2))。
ア 第一種職員の定年は満六五歳とし、定年に達した日(誕生日の前日をいう。)から一年を経過した日の属する月の前月の末日を定年退職日とする。
イ 第二種職員の定年は満六〇歳とし、定年に達した日(誕生日の前日をいう。)の属する月の翌月の末日を定年退職日とする。
(三) 控訴人は、昭和九年九月二日生まれであるから、前記就業規則第九条(2)により、平成六年一〇月末日が第二種職員としての定年退職日となり、同日をもって被控訴人の職員としての地位を失った。
2 信義則違反
仮に、控訴人が就業規則上、第一種職員としての適用を受け、その定年年齢が満六五歳であるとしても、控訴人は、後記のとおり、第二種職員として約一〇年間勤務を継続し、第一種職員に比して有利な労働条件を享受してきながら、第二種職員としての定年間際になって、突然呼称変更に対する異議を述べ始め、定年年齢についてのみ第一種職員に関する就業規則の適用を求めて本件各請求をするに至っているもので、控訴人の本件各請求は、信義誠実の原則に反し、許されないというべきである。
3 仮に、以上の主張が認められないとしても、被控訴人の就業規則の解釈上、控訴人ら第一種職員女子に対しては、第一種職員について規定した満六五歳定年制の規定は適用されず、控訴人の定年年齢は満六〇歳である。
前記のとおり、控訴人を含む第一種職員女子を対象とした呼称変更が決定されたのは昭和六一年八月二〇日であり、被控訴人は、呼称変更を前提として、就業規則を改正し、第一種職員の男女職員の定年年齢を満六五歳に統一した。しかも、その過程において、被控訴人は、同年六月ころ、大阪市交通局協力会労働組合に対し、呼称変更により控訴人を含む第一種職員女子を第二種職員として取り扱うことにするとの説明を行ったが、組合からの異論がなかったことからも明らかなように、改正後の満六五歳定年制が控訴人を含む当時の第一種職員女子に適用されないということは、労使に共通した認識となっていた。
就業規則の解釈は、文言のみにとらわれず、その制定に至った理由や背景等を考慮した上で、合理的見地からこれを行わなければならないが、とりわけ制定者たる使用者の意思が尊重されるべきである。そして、前記のとおり、被控訴人は、改正後の就業規則の第一種職員の定年年齢に関する規定が控訴人ら当時の第一種職員女子に適用されないことを前提としていたのであるし、また、そのことは、労使双方に広く知られていたのである(実際にも、控訴人とともに呼称変更の対象とされた女子職員のうち満六〇歳に達した三名は、円満に定年退職した。)から、控訴人に対しては、改正後の就業規則の規定は適用されず、その定年年齢は、第二種職員の定年年齢の満六〇歳である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)(二)の事実は認める。ただし、呼称変更の効力は争い、控訴人が第二種職員となったことは否認する。
同1(三)のうち、控訴人が昭和九年九月二日生まれであり、第二種職員とされた場合、就業規則上、平成六年一〇月末日が定年退職日となることは認めるが、控訴人が同日をもって定年により被控訴人の職員としての地位を失ったことは争う。
2 抗弁2の主張は争う。
3 抗弁3の主張は争う。
就業規則は、労働者の労働条件の決定という重要な機能を有するものであるから、その解釈、適用は、客観的、合理的に行うべきである。被控訴人が、その制定者としての被控訴人の意思や意図のみを強調して、労働者に対し、不利益な解釈を押しつけたり、不利益な取扱いを強制したりすることは許されない。
五 再抗弁
1 改正前就業規則の男女別定年制の無効
(一) 憲法一四条、民法九〇条違反
昭和六一年四月一日付で改正された就業規則で、第一種職員の定年年齢は、男女を問わず満六五歳とされたが、右改正前の就業規則では、控訴人ら第一種職員女子の定年年齢は満五五歳とされ、第一種職員男子のそれは満六五歳とされていた。
被控訴人における定年制の変遷は、原判決別表「財団法人大阪市交通局協力会 定年の変遷」のとおりであり、これからも明らかなように、被控訴人は、前記の就業規則の改正まで、終始、男女差別定年制をとってきている。しかも、若年定年制で大阪市交通局を退職して被控訴人に採用される者は女子のみであるから、定年年齢について第一種職員の男女間に差のある定年制は、合理的な理由に基づかない性差によってのみ区別された女子に不利益な定年制であることは明らかである。
右の定年年齢に男女差のある就業規則は、憲法一四条、民法九〇条に違反して無効であるから、控訴人ら第一種職員女子の定年年齢は、就業規則改正前から満六五歳であった。
(二) 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律違反
また、昭和六一年四月一日に雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(以下「雇用機会均等法」という。)が施行されたことにより、改正前就業規則が定めていた前記男女差別定年制は、憲法一四条、民法九〇条違反に加えて、雇用機会均等法一一条により無効となったもので、就業規則の改正を待つまでもなく、控訴人ら第一種職員女子の定年年齢は第一種職員男子と同じ満六五歳となっていた。
2 呼称変更の無効
次のとおり、呼称変更は無効であり、したがって、控訴人については、第一種職員として、就業規則の第一種職員の定年に関する規定(満六五歳定年)が適用されるというべきである。
(一) 呼称変更は、労働条件の不利益変更であり、労働者の個別の同意が必要であるところ、本件では、控訴人による明示の同意も黙示の同意も存しない。
(1) 控訴人は、被控訴人の就業規則上の第一種職員として採用され、定年年齢や初任給、手当などにおいて、第一種職員としての処遇を受けてきた。このように、控訴人は、第一種職員としての地位を有するところ、被控訴人の就業規則は、第一種職員、第二種職員の定義を置いた上で、採用年齢、試用期間の有無、初任給基準、年休、賃金及び昇給、住宅手当や定年年齢など、細かな労働条件を定めていることを考えると、被控訴人における第一種職員たる地位は、単なる呼称に止まるものではなく、個々の労働条件発生の基礎となる法的地位であり、控訴人と被控訴人との間では、就業規則上第一種職員に対する処遇として規定された労働条件を内容とする労働契約が締結されていたことは明らかである。
前記のとおり、改正前の就業規則による男女の差別定年制は無効であり、控訴人ら第一種職員女子の定年年齢は、呼称変更前から満六五歳であったのであるから、これら女子について、昭和六一年八月二〇日に呼称変更をして、同年四月一日に遡って第二種職員の取扱いをするのは、労働条件の不利益変更となることは明らかであり、このことは、控訴人が呼称変更の結果、定期昇給額や手当等の面において、若干の利益を得ることがあったとしても変わりはない。したがって、呼称変更については、使用者の申込みと労働者の個別の同意が必要である。
(2) 呼称変更による本件労働条件の不利益変更は、就業規則の変更手続によるものでなく、法的性質からいえば、使用者からの呼称変更による労働条件の不利益変更の告知(申込み)がなされたものとしか構成することができないものである。そして、労働条件の不利益変更の告知(申込み)は、労働者の同意によって、労働条件の不利益変更という当該労働者にとっては重大な結果を招来するものであるから、当該労働者の同意・不同意の判断をなす前提として、不利益変更の内容が明示された明確なものでなければならない。しかし、本件においては、控訴人を含む第一種職員女子に対して被控訴人から告知はなされていない(控訴人は、労働組合を介しても告知を受けていないが、そもそも労働組合を介して告知したとしても、それは労働条件の不利益変更の告知たりえないというべきである。)。
したがって、本件において、労働条件の不利益変更の告知がない以上、これに対する同意もあり得ない。
(3) 次に、本件のように、不利益変更された労働条件が将来において効果が発生するものである場合には、労働者による黙示の同意を認定する前提に欠け、黙示の同意は認定されるべきではない。労働条件の不利益変更に対する同意は、労働契約における労働者の従属的地位に鑑み、真意に出た明確なものであることが必要であり、黙示の同意が認められるのはきわめて例外的な場合に限られるところ、本件の場合、仮に控訴人が不利益変更の告知を受け、その内容を知っていたとしても、黙示の同意があったとすることはできない。すなわち、黙示の同意とは、例えば配転や賃金引下げのように、変更された契約内容が現実に具体的なものとして適用されている場合に、それに異議を留めずに従っている場合に適用される法理であり、本件のように、定年年齢というその効果が未発生の場合には、異議を留めずに従うという事態は予定されておらず、黙示の同意という法理を適用する前提に欠け、これを認定することは当事者の合理的意思解釈に反するというべきである。
さらに、呼称変更による定年年齢の引下げを中心とした措置は、控訴人にとっては、将来の定年退職という具体的法律関係を発生させる法律事実であり、呼称変更により直ちに控訴人に不利益な具体的法律関係が発生するものではないから、真意に基づく明確な同意(又は不同意)を期待すべき状況にない。
(4) 仮に、呼称変更に黙示の同意の法理の適用を肯定しえても、本件では、控訴人は呼称変更に異議を述べており、黙示の同意があったとはいえない。
(二) 被控訴人が呼称変更と称して控訴人を第二種職員として取り扱う措置は、雇用機会均等法施行後においても従前の差別定年制を維持しようとするもので、憲法一四条、民法九〇条に反し、かつ、雇用機会均等法一一条に違反するもので、無効である。しかも、呼称変更による処遇の変更は男女平等という公序に関する事柄に属するものであるから、無効な呼称変更が控訴人の同意によって有効となるものではない。
したがって、控訴人の定年年齢は、第一種職員としての満六五歳である。
六 再抗弁に対する認否及び被控訴人の主張
1 再抗弁1(改正前就業規則の無効)について
(一) 再抗弁1(一)のうち、被控訴人の就業規則が控訴人主張のとおりであったこと及び被控訴人における定年制の変遷が原判決別表「財団法人大阪市交通局協力会 定年の変遷」記載のとおりであることは認めるが、被控訴人において合理的な理由に基づかない男女差別の定年制をとってきたこと及び改正前就業規則の第一種職員の男女別定年制が憲法一四条、民法九〇条違反であることは争う。
第一種職員の男女の定年年齢の差は、次に述べるとおり、合理的な理由に基づくものであり、性別を理由にしたものではない。
(1) 被控訴人は、大阪市交通局の事業に協力し、大阪市交通局の公傷退職者や永年勤続退職者、殉職者の遺族等の救済、福利厚生などを目的とし、五種の職員を雇用しているが、そのうち、第一種職員は大阪市交通局を定年退職又は永年勤続した後に被控訴人に採用された者であり、第二種職員は当初から被控訴人に採用された者である。右のことからも明らかなように、第一種職員は、大阪市交通局に定年又はそれに近い年齢まで勤務した後に被控訴人に採用される高齢者であることが前提とされ、第二種職員などの通常の職員と同様の初任給や定年による処遇をすることができないため、第一種職員について、第二種職員とは別個の定年制度や給与体系を設ける必要があった。
(2) そこで、被控訴人は、定年年齢について、第一種職員と第二種職員との間に格差を設け、また、給与面でも、第一種職員の初任給を第二種職員のそれよりも多額とする一方で、定期昇給額や各種手当については、第二種職員の方が第一種職員よりも優遇されるように設定し、第一種職員と第二種職員との待遇面の調整を図った。これまでに第一種職員として被控訴人に採用された職員は、約六〇〇名に及ぶが、そのほとんどが大阪市交通局を定年(満五五歳ないし満六〇歳)まで勤めた高齢の男性であった。これに対し、第一種職員女子は、わずか延べ一八名にすぎず、これら女性のすべてが、控訴人と同様、大阪市交通局を若年定年制に基づいて退職した後、被控訴人に第一種職員として採用された者であった。
(3) 前記第一種職員の制度を設けた趣旨から明らかなように、控訴人のような若年定年制による大阪市交通局の退職者に対して、高齢で大阪市交通局を退職した後に採用されることを前提とした満六五歳定年制をそのまま適用するのは適当でない。むしろ、控訴人ら第一種職員女子は三三歳という若年から定年まで長期間雇用されることを前提に採用されたものであり、このような採用年齢や勤務期間の異なる第一種職員女子に対して、高年齢で採用されることを前提とした満六五歳の定年年齢を適用することのほうが不合理である。
こうしたことから、被控訴人は、第一種職員女子の定年年齢については、第二種職員女子の定年年齢と同じにすることとし、第二種職員女子の定年年齢が延長されるのに合わせて、第一種職員女子について、逐次定年延長の措置を採ってきたものである(その変遷は原判決別表「財団法人大阪市交通局協力会 定年の変遷」記載のとおりである。)。
(4) 以上のとおり、被控訴人にあっては、右のような勤務実態に即して就業規則上も、第一種職員の定年について、男子満六五歳、女子満五五歳と分けて規定していたものである。そして、この規定は、男女の性別によって差をつけたのではなく、右のような採用時の年齢や勤務期間の長さ等の差異に着目して作られた区別であり、いささかも男女差別といった指弾を受けるようなものではない。
(二) 再抗弁1(二)のうち、雇用機会均等法が昭和六一年四月一日に施行されたことは認めるが、改正前就業規則が定める前記男女別の定年制が同法に違反することは争う。第一種職員の定年年齢の男女差は、前記のとおり、合理的な理由に基づくもので、何ら雇用機会均等法に反するものではない。
2 再抗弁2(呼称変更の無効)について
呼称変更が無効であることは争う。
(一) 呼称変更は、控訴人の定年年齢を変更するなどの労働条件を不利益に変更するものでなく、被控訴人において自由になしうるものであり、これを無効とする理由は何ら存しない。
(1) 被控訴人における第一種職員、第二種職員の性格は、前記のとおり、採用による区分を表すものにすぎず、被控訴人とその職員との間の労働契約の内容となっているのは、第一種職員、第二種職員という抽象的な地位ではなく、定年年齢や賃金等の個別具体的な労働条件である。被控訴人において、第一種職員と第二種職員とは、定年年齢及び初任給の額、定期昇給額、住居手当、扶養手当、試用期間の有無、年次有給休暇の付与日数を除いて、職務内容や労働時間その他の労働条件は、すべて同一である。
(2) 昭和六一年四月に雇用機会均等法が施行されることになり、被控訴人の就業規則に、男女の定年年齢を区別した規定を置くことができなくなり、また、大阪市交通局においても、男女職員の定年年齢が満六〇歳に統一され、将来被控訴人が右の定年制に基づいて大阪市交通局を退職した女性を採用することが予想された。そこで、被控訴人は、第一種職員についての男女の区別を廃止して、定年年齢を満六五歳に統一することとした。なお、第二種職員については、昭和五五年以降男女間の定年年齢の格差は解消されていたが、この機会に就業規則における男女の区分自体を廃止することとした。
(3) 昭和六一年当時、被控訴人に在籍していた第一種職員女子は六名であり、いずれも控訴人と同様、大阪市交通局を若年定年制によって退職してきた者であった。そして、前記のとおり、これら第一種職員女子については、定年年齢を第二種職員と区別すべき合理性がないにもかかわらず、就業規則を改正して第一種職員の定年年齢を満六五歳に統一することになると、規定上は、控訴人ら若年定年制により大阪市交通局を退職してきた第一種職員女子の定年年齢も、従来の満五五歳から満六五歳に延長され、第二種職員との間に格差を生じるという不都合を招来することになった。
そこで、被控訴人は、就業規則上、右第一種職員女子に対しても第二種職員と同じ定年年齢が適用されることを明確にするため、前記就業規則の改正と同時に、控訴人を含む当時の第一種職員女子の呼称を第二種職員と変更することとした(呼称変更)が、このことによって、控訴人を含む第一種職員女子の労働条件に何らの不利益が生ずることもなく、かえって、各種手当が増額されるなど、対象者の利益となるものであった。
(4) 右の方針に基づき、被控訴人の常勤理事会は、昭和六一年三月二七日、同年四月一日の雇用機会均等法の施行に合わせて、定年年齢の統一を図るために就業規則を改正するとともに、控訴人を含む第一種職員女子の呼称を第二種職員に変更するとの方針を立てた。そして、被控訴人は、同年四月中旬ごろ、控訴人を含む第一種職員女子の所属する大阪市交通局協力会労働組合の三役折衝の席で、右方針を提案したところ、これを受けた同組合は、同年六月二五日の中央委員会でこれを承認したが、右提案の内容は、控訴人を含む第一種職員女子に周知され、その了承を得ていた。
(5) 被控訴人は、前記組合から右承認の通知を受け、同年八月二〇日、控訴人を含む第一種職員女子を同年四月一日付で第二種職員に呼称変更する旨の決定を行い、その後の控訴人を含む第一種職員女子の処遇は、第二種職員に対する取扱いに改められ、控訴人に対しても、同年一〇月から第二種職員としての昇給が行われた。
(6) 以上のとおり、被控訴人において、第一種職員と第二種職員とは、定年年齢及び初任給の額、定期昇給額、住居手当、扶養手当、試用期間の有無、年次有給休暇の付与日数を除いて、職務内容や労働時間その他の労働条件は、すべて同一である。そして、呼称変更の前後についての控訴人の待遇をみると、呼称変更の前後を通じて、定年年齢を変更するものではなかったうえ、呼称変更後も第一種職員当時の基本給が維持されたばかりでなく、定期昇給額、住居手当及び扶養手当は、有利な第二種職員についての規定が適用されるようになるなど、呼称変更は、控訴人にとって、有利になりこそすれ、不利益な点はまったくなかった。このように、呼称変更は、控訴人の労働条件を不利益に変更したものではないから、控訴人の個別的同意の有無を問わず、有効である。
(二) 右のとおり、改正前の就業規則における第一種職員に関する定年制は、規定の文言上でこそ男女で書き分けられているが、実際上は、男女の区別ではなく、前記のように被控訴人に採用されるときの年齢、勤務期間の長短に着目した区分であり、したがって、呼称変更も男女の性差に着目して女子職員についてのみ取扱いを変えたものではなく、第一種職員中、本来の定年退職者あるいは永年勤続退職者と「若年定年制」により退職した者とを区分し、取扱いを変えたというに過ぎないのであるから、呼称変更が男女差別であるとの主張は実態を無視したものというほかない。
したがって、呼称変更は、憲法一四条、民法九〇条、雇用機会均等法一一条に反するものではない。
(三) 仮に、呼称変更が労働条件の不利益変更に該当するとしても、労働条件の不利益変更に関しては、就業規則を不利益に変更する措置が合理的なものであるかぎり、個々の労働者はその適用を拒否することは許されないとするのが判例であり、本件についても、この法理が当てはまる。その理由は、以下のとおりである。
(1) 呼称変更は、就業規則の変更ではないが、雇用機会均等法の施行に伴う就業規則の改正をどのように行うかの前提問題として、控訴人ら若年定年で大阪市交通局を退職して被控訴人に採用された第一種職員女子を第二種職員に変更しようとするものであり、控訴人らの就業規則上の位置づけを変更しようとするものであるから、その目的において、就業規則の改正と不可分一体のものとしてなされたものである。
(2) 手続的にも、使用者たる被控訴人内部では、雇用機会均等法と改正労働基準法の内容に合わせた就業規則の改正案をまとめるとともに、控訴人ら当時在籍していた第一種職員女子を第二種職員に呼称変更する方針を固め、昭和六一年三月二七日の被控訴人の常勤理事会において、就業規則の変更と呼称変更を行うことを同時に決定したのであり、被控訴人から右改正等の提案を受けた大阪市交通局協力会労働組合も、両者を一体のものとして討議し、承認の決議を行っている。すなわち、呼称変更は、手続的にも、労使双方において就業規則と一体のものとして取り扱われているのである。
(3) さらに、呼称変更の周知措置についても、就業規則の改正と合わせ、昭和六一年八月末に、当時常勤理事であった田阪治郎吉が各部署の庶務担当課長を集めたうえで、就業規則改正及び呼称変更の内容について説明し、各所属職員に周知させるよう指示し、他方、労働組合においても、各職場の中央委員を通じて一般組合員に知らせていたのであり、就業規則と同様の取扱いがなされている。
(4) 以上のとおり、呼称変更は、その内容、目的はもとより、その作成、労働者の意見聴取、労働者への周知措置などの点において、就業規則の改正と一体のものとして行われているところ、呼称変更が合理性を有するものであることは既に述べたとおりであり、したがって、控訴人の同意がなくても、有効であるというべきである。
(四) 仮に、呼称変更に控訴人の同意が必要であるとしても、以下の事情に照らせば、控訴人が呼称変更について同意したか、少なくとも黙示の同意を与えていたことは明らかである。
(1) 前記のとおり、控訴人が所属する大阪市交通局協会労働組合の中央委員会は、昭和六一年六月二五日、呼称変更につき協議し、その際、組合員である控訴人にも、その内容が知らされていた。また、被控訴人は、同年八月に呼称変更及び雇用機会均等法施行に伴う就業規制改正を決定した後、各部署の庶務担当課長に対し、就業規則改正及び呼称変更の問題を、職員に周知するよう指示していた。
(2) このような事情に照らせば、控訴人は、同年六月又は八月ころには、呼称変更の問題を知るに至ったものといえるし、そもそも、被控訴人の職員間において、満六五歳定年制は高齢で採用された者にのみ適用されるものであり、大阪市交通局を若年で退職し、被控訴人に採用された控訴人らには適用されないというのが一般的な認識であり、昭和六一年の就業規則の改正により、控訴人ら第一種職員女子の定年年齢が満六五歳になったと考える者は一人もおらず、控訴人自身もそのように考えていなかったのである。すなわち、呼称変更後、被控訴人の労使間で第二種職員の定年年齢を満五五歳から満六〇歳に延長する交渉が行われたが、その過程で、控訴人らも第二種職員としてその運動や交渉に参加していたのであるし、控訴人が、定年年齢を満六〇歳に延長することを求めていたこと自体を見ても、控訴人は、自分の定年年齢が満五五歳であると考えていたものであり、かつ、第二種職員としての取扱いに同意していたことは明白である。
(3) さらに、控訴人は、呼称変更の後も、平成六年一〇月末まで、被控訴人で稼働し、その間、<1>昭和六一年一〇月以降定期昇給額が第一種職員に比して一〇〇円高くなり、<2>昭和六三年一二月以降第二種職員の定年年齢を満六〇歳に延長する代償として定期昇給額の減額措置が執られた結果、控訴人の定期昇給額が、それまで二三〇〇円であったものが平成元年四月から二〇〇〇円に、平成二年一〇月から五〇〇円に、それぞれ減額され、<3>平成六年四月一日以降第二種職員のみを対象として給料表の制度が導入され、控訴人の賃金が増額されたなど、第二種職員のみを対象とする制度の適用を受け、第二種職員としての処遇を受けていたのであるから、控訴人が第二種職員として取り扱われていたことを知悉し、これに同意していたことは明らかである。
(4) 右に述べたとおり、控訴人は、自らが呼称変更の対象となり、呼称変更の結果第二種職員として取り扱われるに至ったことを知っていたにもかかわらず、その後、被控訴人に対し、各取扱いに異議を述べたり、抗議を行うこともなかった。そして、控訴人が定年年齢について異議を述べ始めたのは、定年に達する直前の平成六年九月ころからであった。
(5) 以上によれば、控訴人は、呼称変更について同意したか、少なくとも黙示の同意を与えていたものである。
理由
第一控訴人の雇用契約上の地位の確認請求について
一 請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁1(控訴人の定年による雇用契約関係の終了)について
被控訴人は、控訴人が就業規則に定める第二種職員としての定年年齢に達したので、定年により控訴人と被控訴人間の雇用契約関係が終了したと主張するので、以下、検討する。
1 抗弁1(一)(二)の各事実及び同1(三)のうち、控訴人が昭和九年九月二日生まれであり、第二種職員とされた場合、就業規則上、平成六年一〇月末日が定年退職日となること、再抗弁1(一)のうち、改正前就業規則で第一種職員男子の定年年齢は満六五歳、同女子の定年年齢は満五五歳と定められていたこと並びに被控訴人における定年制の変遷が原判決別表「財団法人大阪市交通局協力会 定年の変遷」記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
2 右当事者間に争いのない事実に、(証拠・人証略)、控訴人本人尋問の結果、調査嘱託の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる(なお、各項末尾の括弧内掲記の証拠は、当該事実の認定に当たり、特に用いた証拠である。)。
(一) 被控訴人設立の経緯
(1) 被控訴人の前身は、昭和二四年五月に大阪市交通局と大阪交通労働組合の関与のもとに設立された社団法人大阪市電交助会(以下「市電交助会」という。)であるが、その設立目的は、主として、大阪市交通局の定年退職者の退職後の職場確保にあり、その社員の大半は大阪市交通局の定年退職者であった。そして、市電交助会は、大阪市交通局から委託を受けて回数券の販売業務を行っていたほか、広告取次、車両清掃、大阪市交通局建物内における喫茶店経営、地下鉄駅構内における新聞販売等の事業を行っていた。
(<証拠略>)
(2) 市電交助会には定年退職制が設けられていなかったため、入社した社員のほとんどが退職せず、入会希望者が多数いるにもかかわらず、新規の入会者数が制限されていた。そのため、入会を希望する大阪市交通局の職員や大阪交通労働組合から、市電交助会は定年制を設け、入会を希望する定年退職者をより多く受け入れるべきであると強く批判されたが、市電交助会の社員側の抵抗が大きく、その改革は困難であった(ただし、市電交助会は、これらの批判を受けて、昭和三三年に現社員の定年を六五歳、新規入会者の定年を六二歳とする定年制を設置するに至った。)。
このようなことから、大阪市交通局及び大阪交通労働組合は、市電交助会について財団法人へ組織変更することによる改組を企図し、昭和三九年五月一四日、被控訴人が設立され、間もなく市電交助会が解散されて、同会が行っていた事業は被控訴人に引き継がれた。
(<証拠略>)
(3) 被控訴人設立の目的は、社会事業及び公益事業を行うとともに、大阪市交通局の事業に協力し、併せて公傷退職者、永年勤続退職者及び殉職者の遺族その他一般生活困窮者の救済並びにその福利厚生を図ることとされていたが、実質的には、市電交助会と同様、大阪市交通局の定年退職者の受け皿としての役割を担わされていた。そして、被控訴人は、右目的を達するために、地下鉄の駅構内等に設置された売店での商品販売事業をはじめ、広告事業、観光旅行事業、清掃事業、コインロッカーの設置による保管事業等を行うとともに、大阪市交通局から受託した地下鉄、バスの定期券の販売業務を営んできた。
(<証拠略>)
(4) 設立当初の理事は、大阪市交通局派遣理事三名、大阪交通労働組合派遣理事三名、大阪市交通局退職者理事二名(内規で大阪市交通局長が推薦する者を当てるとされていた。)であり、理事長は、被控訴人に対する大阪市交通局の影響を及ぼすため、大阪市交通局派遣理事で同労務部長の岡部修が兼任した(ただし、右交通局幹部の兼任制は昭和四一年に廃止された。)。その後、理事の数が増やされ、昭和四八年四月以降、大阪市交通局派遣理事四名、大阪交通労働組合派遣理事四名、大阪市交通局退職者理事六名となっている。また、被控訴人の事務所は、市電交助会当時から大阪市交通局の建物の一部を借り受けていたが、昭和五〇年以降は、大阪市交通局に近接する交通局北館に本部を、交通局ハゼ橋別館に調度課を置き、倉庫等を設けている。
(<証拠略>)
(二) 被控訴人の職員制度及び呼称変更までの定年制の変遷
(1) 被控訴人が雇用する職員には、その採用基準、定年、賃金等について異なる処遇をする数種類のものがあったが、控訴人が被控訴人に雇用された当時、第一種職員及び第二種職員については、就業規則(昭和四一年八月一日施行)により、次のとおり定められていた(なお、被控訴人が雇用する職員には、時期によって呼び方が異なるが、このほかに臨時職員、嘱託、第三種職員〔被控訴人を定年退職した者を特例として再雇用するもの〕、出向職員〔大阪市交通局から出向してきた職員〕等があった。)。
ア 第一種職員
大阪市交通局の定年退職者又は永年勤続退職者であって被控訴人に採用された者(第三条(1))
イ 第二種職員
前号に規定する者以外の者であって、第四条の規定(採用手続を定めた規定)により被控訴人に採用された者(第三条(2))。ただし、満一八歳以上であって、男子は満三六歳未満、女子は満二六歳未満であることを要する(第四条3項)。
(<証拠略>)
(2) また、前記就業規則により、第一種職員及び第二種職員の定年について、次のとおり定められていた。ただし、女子職員については、大阪市交通局を四五歳又は四八歳で定年退職した女子職員を受け入れる必要もあったので、これらの者については、定年を満五五歳とする特例措置も認められていた。
ア 職員が定年に達したときは、その日をもって職員としての身分を失う(第八条(2))。
イ 職員の定年は、次のとおりとする(第九条(1)(2))。
<1> 第一種職員 男子満六二歳
女子満四五歳
<2> 第二種職員 男子満五五歳
女子満四五歳
(<証拠略>)
(3) その後、大阪市交通局における定年年齢の延長に伴い、大阪市交通局協力会労働組合の要求もあって、被控訴人職員の定年年齢は、就業規則の改正により、次のとおり延長された。
ア 昭和四九年一月一日以降
<1> 第一種職員 男子満六五歳
女子満五〇歳
<2> 第二種職員 男子満五五歳
女子満五〇歳
なお、このときの就業規則の改正に際し、「定年退職日は、定年の日(満○○歳の誕生日の前日)から一年を経過した日の属する月の前月の末日とする。」と定められ(第九条の2)、実質的には右各定年年齢を一一か月延長する措置がとられた(ただし、第二種職員に対する右取扱いは昭和六三年一二月二二日実施の就業規則により廃止された。)。
イ 昭和五五年一〇月一日以降
第一種職員女子と第二種職員女子
いずれも満五五歳に延長
(<証拠・人証略>)
(4) 後記(三)(3)のとおり、大阪市交通局は、昭和五五年一〇月一日、男女同一の満五五歳定年制をとり、その後、昭和五八年四月一日、定年年齢を満六〇歳に引き上げたが、被控訴人の第一種職員女子の定年年齢については、これに連動した引き上げは行われず、依然として満五五歳のままであった。
こうしたこともあって、昭和五九年一〇月、大阪市交通局協力会労働組合は、被控訴人に対し、定年延長は時代の趨勢であり、組合員から強い要望があるとして、第一種職員女子、第二種職員に関する現行定年制の見直しを要求した。しかし、被控訴人は、給与体系を変更することなく定年年齢を延長すると、人件費が著しく増大し、経営収支が悪化することが予想されるとして、右の延長に応じず、大阪市交通局協力会労働組合との交渉の結果、昭和六〇年九月一日以降、第一種職員男子を除く職員について満五五歳定年制(ただし、実質的には五五歳一一か月)を維持したまま、満五五歳で定年退職した職員については、満六〇歳まで第三種職員として再雇用し、その際、退職時の賃金の六割を支給するという道を開いたにとどまった。なお、右第三種職員の制度は、昭和六三年一二月二二日、第二種職員の定年年齢が満六〇歳に延長されたことに伴い、廃止された。
(<証拠・人証略>)
(三) 大阪市交通局における定年制とその変遷
(1) 大阪市交通局には、もともと女子車掌三〇歳、女子出札員及び女子業務員四五歳を定年とする規定があったところ、昭和二七年一〇月の地方公営企業法の施行に伴い、交通局職員に地方公務員法が適用され、右定年制は許されなくなったため、大阪市交通局は実質的な定年制維持、存続を大阪交通労働組合に要求した。これに対し、大阪交通労働組合は、婦人部・青年部を中心に強く反対し、控訴人も、昭和三〇年五月から昭和三三年四月までは大阪交通労働組合の代議員として、さらに、同年五月からは同生野支部婦人部長及び中央委員となって、活発な反対運動を行った。
しかし、大阪市交通局と大阪交通労働組合は、同年九月一日、「職員の定年による退職に関する協約」(<証拠略>)及び「女子職員の結婚及び妊娠退職の処遇に関する協約」(<証拠略>)(いずれも労働協約)を締結するに至り、<1>定年は、女子車掌・観光案内員三三歳、出札員四五歳、女子業務員四八歳、その他職員五五歳とする、<2>結婚・妊娠を理由とする退職の場合は退職金等について優遇措置を講ずるなどといった定年制(ただし、若年女子については、定年による当然退職ではなく、定年後の昇級・昇格、退職金通算等を一切行わず、実質的に退職を奨励するものであった。)が実施されることとなった。なお、大阪市交通局と大阪交通労働組合との間で、右労働協約に基づく若年定年退職者に対する処遇は、他の定年退職者と同じにする旨の合意がなされた。
(<証拠略>)
(2) 大阪市交通局の女子車掌の川田和子ら女子職員は、昭和四九年八月、大阪市に対し、女子職員の定年年齢を男子職員(一律五五歳)よりも低くしているのは憲法一四条に違反するなどと主張して、大阪地方裁判所に地位確認等を求める訴えを提起し、昭和五三年七月、川田和子らの定年を四五歳まで延長する、女子職員の定年は近い将来男子並みとする旨の和解が成立した。なお、大阪市交通局と大阪交通労働組合との間では、昭和五三年一月、女子職員の定年について、女子車掌(当時の職名は「自動車運輸員」)は三三歳から四五歳に、女子業務員は四八歳から五五歳にそれぞれ延長する旨の労働協約が締結され、自動車運輸員に対する若年定年制を除き、差別定年制は解消されていた。
(<証拠略>)
(3) その後、大阪市交通局は、昭和五五年一〇月一日、定年年齢を男女の区別なく満五五歳とする改正を行い、さらに、昭和五八年四月一日、これを満六〇歳に延長した(ただし、この措置は段階的に移行することとされていた。)。
(<証拠略>)
(四) 控訴人の雇用の経過等
(1) 控訴人は、昭和二八年一月、大阪市交通局に自動車車掌見習生として採用され、六か月の見習期間を経た後、本採用となった。
(<証拠略>)
(2) 控訴人は、女子車掌の定年年齢である満三三歳に達する少し前に、大阪市交通局に引き続き勤務することを希望して、業務員への転換試験(前記のとおり、女子業務員の定年は満四八歳であった。)を何度か受けたが、不合格となり、昭和四二年九月三〇日、大阪市交通局を若年定年制により退職した。そして、控訴人は、同年一〇月二〇日に被控訴人の試験と面接を受け、同月二一日、被控訴人に第一種職員として採用された。なお、控訴人は、前記(三)(1)の労働協約締結の際の大阪市交通局と大阪交通労働組合の合意に基づき、第一種職員として採用されたものである。
(<証拠略>)
(五) 呼称変更及びその後の定年制の変遷
(1) 前記(二)のとおり、被控訴人における定年年齢は、大阪市交通局の定年制や社会情勢の変化に従い、逐次延長されてきたが、昭和六一年四月一日から雇用機会均等法が施行されることになり、被控訴人において、定年年齢に男女差のある定年制を維持することはできなくなった。また、大阪市交通局における定年年齢が男女とも満六〇歳に統一され、近い将来、被控訴人においても、大阪市交通局を右定年制に従って退職した女子を職員として採用することが予想されたことから、被控訴人は、第一種職員における男女の区別を廃止し、定年年齢を男女とも満六五歳に統一することとした。なお、被控訴人の第二種職員の定年年齢は、前記(二)(3)のとおり、昭和五五年一〇月一日以降、男女とも満五五歳とされていたが、雇用機会均等法の施行に合わせて、就業規則上の男女の区別を廃止することとした。
(<証拠・人証略>)
(2) ところで、昭和六一年当時、被控訴人に在籍していた第一種職員女子は、控訴人を含めて七名(ただし、そのうちの一名が満五五歳定年制の適用を受けて同年七月三一日付で退職したので、それ以後は六名となった。)であったところ、いずれも控訴人と同様若年定年制により大阪市交通局を退職した者であったことから、被控訴人は、その勤務期間や勤務条件に照らし、定年について、第二種職員と区別すべき合理性がなく、第二種職員と同様の取扱いをすべきであると考えていた。しかし、就業規則を改正して第一種職員の男女の区分を廃止すると、就業規則上、控訴人ら若年定年制により大阪市交通局をを退職した女子職員の定年年齢も満六五歳に伸長される結果になってしまうため、これを回避し、第一種職員女子について第二種職員と同じ定年制が適用されることを企図した。
こうして、被控訴人は、就業規則改正の一環として、控訴人を含む第一種職員女子を第二種職員と呼び変える措置をとる(呼称変更)こととし、同年三月二七日に開催された被控訴人の最高意思決定機関である常勤理事会において、雇用機会均等法施行に伴い必要となった就業規則の改正に合わせて、第一種職員女子の呼称変更を行うことを決めた。
被控訴人は、同年四月中旬に行われた大阪市交通局協力会労働組合との三役折衝の席で右就業規則の改正案及び呼称変更の措置を提案した。同組合は、同年六月二五日に開催した中央委員会で協議したが(なお、右席上で、呼称変更については、「第一種職員の女子については、労働条件(定年、住居手当等)が第二種職員と同様であるので、第二種職員として名称を統一し、事務の簡素化を図る。」と説明されていた。)、呼称変更について特段の異論、意見が出されないまま、被控訴人提案の就業規則改正及び呼称変更を承認する旨の決議をした。
(<証拠・人証略>)
(3) 被控訴人は、大阪市交通局協力会労働組合から右提案を承認するとの通告を受け、同年七月一〇日の常勤理事会で最終的な確認をした後、同年八月二〇日、控訴人ら第一種女子職員を第二種職員と呼称変更する旨の決定を行い(なお、同日付の「第一種職員女子の取り扱いについて」と題する決裁文書(<証拠略>)には、本文中に「第一種職員女子について、第二種職員に職種を変える。」と記載されていた。)、右の措置を講ずることを前提として、同年八月二八日、<1>第一種職員の定年年齢を男女とも満六五歳とする(就業規則上、男女の区別を記載しない。)、<2>第二種職員の採用年齢について、従来「満一八歳以上であって、男子は満三六歳未満、女子は満二六歳未満とする。」とされていたのを、「満一八歳以上三六歳未満とする。」(四条)と改めるなど、定年年齢、採用条件その他の労働条件について男女差をなくす就業規則の改正を行った。そして、被控訴人は、第一種職員女子について、同年一〇月の定期昇給以降、第二種職員としての取扱いを行うようになった。
(<証拠・人証略>)
(4) その後、被控訴人は、就業規則を改正して、昭和六三年一二月二二日以降、第二種職員の定年年齢を満六〇歳に延長したが、右延長の代償措置として、満五五歳以後の定期昇給額を制限し、退職金についても支給限度額を設けることとした。また、第一種職員の定年退職日は、「定年に達した日(誕生日の前日をいう。)から一年を経過した日の属する月の前月の末日」とされたが、第二種職員の定年退職日は、「定年に達した日(誕生日の前日をいう。)の属する月の翌月の末日」とされた。
さらに、被控訴人は、大阪市交通局協力会労働組合からの定年延長の要求に基づき、平成二年三月一日以降、第一種職員について、部長職を除く職員は、満六七歳に達する日(誕生日の前日をいう。)の属する月の末日まで引き続いて勤務させることができる(第九条(1))旨の特例措置を設けた(その後、右特例の対象となる第一種職員は、平成六年四月一日以降、「課長職以上を除く職員」と改められた。)。
なお、被控訴人は、所轄労働基準監督署長に就業規則の届出(労働基準法八九条、同法施行規則四九条一項参照)をしておらず、昭和六三年一二月二二日にはじめてこの届出をするに至った。
(<証拠・人証略>、調査嘱託の結果)
(六) 第一種職員と第二種職員の処遇上の差異
(1) 前記のとおり、第一種職員は、市電交助会当時の社員制度を引き継ぎ、主として大阪市交通局を定年退職した者に再雇用の場を提供するためのものであるのに対し、第二種職員は、右以外の職員で、被控訴人の業務遂行上の必要から雇用する者であるという違いがあった。こうしたことから、被控訴人における第一種職員と第二種職員との間には、採用年齢、定年のほか、初任給、年次有給休暇等について異なる処遇がなされてきた。
(2) 控訴人が雇用された昭和四二年一〇月当時の第一種職員と第二種職員の初任給等は、原判決別紙記載のとおりであったが、その後、処遇面で種々の改正がなされ、前記(五)(3)の昭和六一年の改正就業規則施行後の第一種職員と第二種職員との処遇上の主たる相違点は、次のとおりであった。
ア 定年年齢が第一種職員については満六五歳とされていたのに対し、第二種職員は満五五歳とされていた。
イ 初任給基準は、第一種職員が月額一〇万八二〇〇円であったのに対し、第二種職員が一〇万〇六〇〇円であった反面、定期昇給額については、第二種職員が第一種職員よりも月額で一〇〇円高く設定されていた(ただし、平成六年一月以降、第二種職員の給与体系が変更され、第一種職員とは別個のものになった。)。
なお、第一種職員男子の初任給及び昇給は、原則として、これらの者が大阪市交通局を定年退職し、共済年金を受給していることを前提に考えられていた。
ウ 配偶者の扶養手当、六〇歳以上の父母の扶養手当は、第二種職員のみに支給されるものとされていた。
エ 住宅手当は、第二種職員に支給される額が第一種職員男子に支給される額よりも月額二〇〇円多かった(なお、第一種職員女子には、第二種職員と同額の住宅手当が支給されていた。)。
(<証拠・人証略>)
(3) 以上のとおり、第一種職員と第二種職員との間には、種々の処遇上の差が設けられていたが、前記以外に、職務内容、勤務時間、勤務場所等の労働条件について特段の差異はなかった。
(<証拠・人証略>)
(4) 被控訴人がこれまでに採用した大阪市交通局の定年退職者は、約六〇〇名であり、そのほとんどは大阪市交通局を満五〇歳あるいは満六〇歳の定年まで勤めた男子であった。また、控訴人のように、大阪市交通局の女子若年定年制により定年退職した女性も、市電交助会当時も含め、延べ一八名採用されていたが、大阪市交通局を若年定年制によらないで退職してきた女子職員の採用実績は皆無であった。
(<証拠略>)
(5) 呼称変更前後の被控訴人の職員数及びその内訳は次(左の表)のとおりである。
表
ア 昭和六一年七月一日当時
第一種職員 男子一七六人 女子七人 計一八三人
第二種職員 男子六一人 女子一一七人 計一七八人
第三種職員 男子二人 女子六人 計八人
臨時職員 男子一九人 女子九人 計二八人
(男子計二五八人) (女子計一三九人) (合計三九七人)
イ 昭和六一年一二月一日当時
第一種職員 男子一七三人 女子〇人 計一七三人
第二種職員 男子六一人 女子一二三人 計一八四人
第三種職員 男子二人 女子七人 計九人
臨時職員 男子二三人 女子九人 計三二人
出向職員 男子一人 女子〇人 計一人
(男子計二六〇人) (女子計一三九人) (合計三九九人)
ウ 昭和六二年七月一日当時
第一種職員 男子一七二人 女子〇人 計一七二人
第二種職員 男子五八人 女子一二〇人 計一七八人
第三種職員 男子三人 女子一〇人 計一三人
臨時職員 男子二四人 女子九人 計三三人
出向職員 男子一人 女子〇人 計一人
(男子計二五八人) (女子計一三九人) (合計三九七人)
(<証拠略>)
3(一) 前記認定の事実によれば、
(1) 被控訴人は、主として、大阪市交通局の定年退職者(又は永年勤続退職者)に再雇用の場を与える目的で設立され、実質的にもその役割を果たしてきたこと、
(2) 被控訴人がこれまでに第一種職員として採用した者は、大多数が大阪市交通局を満五五歳あるいは満六〇歳で定年退職した男子であるが、その中には、少数ながら控訴人ら女子も含まれており、これら女子は、大阪市交通局を若年定年制により退職し、大阪市交通局と大阪交通労働組合との間でなされた若年定年退職者の処遇は他の定年退職者と同じとする旨の合意に基づいて採用された者であって、大阪市交通局を若年定年制によらないで退職した女子職員が第一種職員として採用されることはなかったこと、
(3) 前記(1)の趣旨に従い、第一種職員については、初任給、定期昇給額、各種手当について、第二種職員と異なった処遇がされてきたが、特に男子は、定年年齢の面で、第二種職員、第一種職員女子と比較して優遇されてきたといえること、
(4) 同じ第一種職員であっても、男子と女子とで、定年年齢の格差のほか、初任給等に差があったが、女子職員に対して、第二種職員と同様、住宅手当等を支給するなどの処遇面の差があったにしても、その差はわずかであったこと、
(5) 第一種職員の男子と女子とで仕事内容に特段の差はなかったことが認められ、これらの事実に照らすと、呼称変更前の被控訴人における第一種職員の男女間に格差のある定年制は、性差を理由とするもので、その定年年齢差一〇年については、採用時の年齢と被控訴人における勤務期間の長短、その他の事情を考慮に入れても、これを合理的な理由に基づくものと説明するのは困難であるというべきである。
被控訴人は、第一種職員の制度は、大阪市交通局を高齢で退職した後に採用されることを前提として定められ、第二種職員とは別個の定年制が設けられたものであるから、大阪市交通局を若年で退職した後に採用され、長期間雇用されることになる控訴人ら第一種職員女子については、前記の趣旨から定められた第一種職員男子の定年年齢を適用することが不合理となることから、第一種職員女子の定年年齢を第二種職員女子の定年年齢と同じにしたもので、第一種職員の男女の定年年齢の差は、合理的な理由に基づくものであると主張する。
しかし、被控訴人は、主として、大阪市交通局の定年退職者に再雇用の場を与える目的で設立され、定年退職者を第一種職員として採用していたもので、確かに、これまでに第一種職員として採用した者は、大多数が大阪市交通局を満五五歳あるいは満六〇歳で定年退職した男子であるが、その中には、少数ながら控訴人ら女子の定年退職者も含まれていたこと、控訴人ら女子は、大阪市交通局を若年で退職した後に採用された者(控訴人は、満三三歳で定年退職した。)ではあるが、それは、当時、大阪市交通局で定められていた若年定年制(この制度自体合理性の乏しいものであって、現在では廃止されている。)により、退職することを余儀なくされた結果によるものであり、大阪市交通局と大阪交通労働組合との間でも、若年定年退職者の処遇は他の定年退職者と同じとする旨の合意がなされていたのであって、実際に、大阪市交通局を若手定年制によらないで退職した女子職員が第一種職員として採用されたことがなかったことからみても、女子の若年定年退職者についても、男子の定年退職者と同様に、被控訴人がその再雇用の受け皿の役割を担っていたといえること、第一種職員男子は、大阪市交通局に満五五歳ないし六〇歳まで勤務し、退職金を取得したうえ、年金を受けられるのに対し、控訴人ら第一種職員女子は、若くして退職を強いられた者で、男子と異なり、右のような収入はなく、被控訴人に長期間勤務して第一種職員男子よりも総額では多額の賃金を得ることになっていたとしても、大阪市交通局における勤務を通じてみると、かえって劣った処遇がなされているといわざるを得ないこと、以上の事情を考慮すると、第一種職員の男女の定年年齢の差が合理的な理由に基づくものということはできず、被控訴人の右主張は理由がない。
(二) 次に、被控訴人は、前記2(五)のとおり、昭和六一年八月二〇日、第一種職員女子の呼称を第二種職員に変更するとして、控訴人ら若年定年制によって大阪市交通局を退職してきた第一種職員女子の地位を第二種職員に変更することとし、同月二八日、同年四月一日付で、第一種職員の定年を男女とも満六五歳とすること等を内容とする就業規則の改正を行ったものであるが、被控訴人が右措置を採るに至ったのは、直接的には、雇用機会均等法が同年四月一日から施行され、第一種職員男子と同女子について異なる定年年齢を定めた従来の就業規則の規定は違法となる疑いが生じ、これを維持することができなくなったためである。そして、右の事態を回避するために、第一種職員の定年年齢を、男女の区別をすることなく、従前の第一種職員男子の定年年齢である満六五歳とすると、控訴人ら第一種職員女子についても、右の満六五歳定年制が適用されることになり、被控訴人にとって不都合と考える事態を招来することになる。そこで、被控訴人としては、就業規則の改正により、右第一種職員の定年年齢を満六五歳に統一することを前提としたうえで、控訴人を含む大阪市交通局を若年定年制によって退職して被控訴人に採用された第一種職員女子が右満六五歳定年制の適用対象となることを回避するため、呼称変更をすることとしたということができる。
右のとおり、呼称変更は、決裁日を基準とすれば、就業規則の改正に先行してなされたものであるが、控訴人ら第一種職員女子の定年年齢が改正予定の就業規則によって満六五歳になることを回避し、第一種職員女子について、第一種職員男子と定年年齢に格差のある従前の定年制を維持、存続する目的で行ったものというべきである。
(三) ところで、使用者が、就業規則等により、男女間の定年年齢について差を設けることは、これについて合理的な理由がない限り、公序良俗に反する行為として民法九〇条により無効となるというべきである。また、雇用機会均等法一一条一項は、事業主が労働者の定年について労働者が女子であることを理由として男子と差別的取扱いをすることを禁じており、これに違反した就業規則等は同じく無効になると解される。
これを本件についてみるに、前記のとおり、被控訴人の行った呼称変更は、控訴人ら第一種職員女子について、満六五歳定年制の適用を回避し、第一種職員男子との間に格差を設けた満五五歳定年制を維持しようとした措置といわざるを得ないところ、右定年年齢の一〇年の格差を合理的に説明できるだけの事情は存せず、第一種職員女子を第二種職員に変更する措置は、性別を理由とする合理性のない差別待遇として、民法九〇条及び雇用機会均等法一一条一項により無効というべきである。なお、その後の就業規則の改正により、昭和六三年一二月二二日以降、第二種職員の定年年齢は満六〇歳とされ、第二種職員となった旧第一種職員女子と第一種職員の定年年齢の差は五年に縮まっているが、反面、第一種職員(実際上は旧第一種職員男子のみである。)については、右改正時に定年退職日を実質的に一一か月延長する措置がとられ、さらに、平成二年三月一日以降は、第一種職員は満六七歳まで勤務できる特例も認められているのであって(前記2(五)(4))、控訴人ら旧第一種職員女子が第二種職員として受けるようになった利益を考慮に入れても、旧第一種職員女子と第一種職員(旧第一種職員男子)との間の右定年年齢差を正当化できる合理的な理由を見出すことは困難である。
(四) この点に関し、被控訴人は、呼称変更が有効であることを縷々主張するが、以下のとおり、いずれも採用することはできない。
(1) 被控訴人は、第一種職員女子と第二種職員女子との間には、定年年齢その他の労働条件や職務内容上の格差がないことを前提として、呼称変更は労働条件の不利益変更に当たらず、控訴人の同意の有無を問わず有効であると主張する。
しかし、第一種職員は、大阪市交通局を定年退職した者に再雇用の場を提供するためのものであるのに対し、第二種職員は、右以外の職員で、被控訴人の業務遂行上の必要から雇用する者であるという違いがあり、そのため、第一種職員と第二種職員との間には、採用年齢、定年年齢のほか、初任給、年次有給休暇等について異なる処遇がなされており、特に第一種職員男子の定年年齢が第二種職員より高齢とされていたこと、控訴人ら大阪市交通局を若年定年制により退職した女子も、男子の定年退職者と同様に、定年退職者として、第一種職員として雇用されていた者であり、第一種職員としての地位を有していたものであって(控訴人ら第一種職員女子と第二種職員女子との地位が実質上同一であるというなら、当初から控訴人ら女子を第二種職員として採用すれば足りる筈であり、実際にも、大阪市交通局を若年定年制によらずに退職した女子を第一種職員として採用した事例がないのに、控訴人ら女子を第一種職員として採用したのには、被控訴人が大阪市交通局と大阪交通労働組合との合意に基づいて、男子の定年退職者と同様に、女子の若年定年制による退職者の受け皿としての役割をも果たしていたという被控訴人設立以来の経緯が存したことは前判示のとおりである。)、第一種職員の男女間の定年年齢の格差には、合理性がないこと、控訴人が被控訴人に採用された昭和四二年当時、大阪市交通局には女子の若年定年制があり、被控訴人の第二種職員も、男女で定年年齢に格差が設けられていたものであって、第一種職員女子の定年年齢が同男子のそれよりも低く定められていた(第二種職員女子と同じとされていた。)のは、実質上第二種職員女子と同一の地位にあるからというよりも、むしろ、各職種につき、男女別に定年年齢に格差を設けるという方針によるものであると考えられること、これらの事情を考慮すると、被控訴人のした控訴人ら第一種職員女子についての呼称変更は、定年その他の重要な労働条件を不利益に変更するものであって、被控訴人の右主張は到底採用することができない。
(2) 次に、被控訴人は、呼称変更は、実質的には就業規則を不利益に変更する場合と同視できるところ、本件においては、その合理性が認められるから、控訴人はその適用を拒否することは許されないと主張するが、前記のとおり、第一種職員の男女間の定年年齢に格差を設けることに合理性がなく、控訴人ら第一種職員女子について、満六五歳定年制の適用を回避し、第一種職員男子との格差を設けた満五五歳定年制を維持しようとして行われた呼称変更は、民法九〇条、雇用機会均等法一一条一項により無効であるから、就業規則の不利益変更の問題として、その有効、無効を論ずるまでもないというべきである。
(3) さらに、被控訴人は、控訴人は呼称変更による第二種職員への変更を同意しているか、少なくとも本件においては右についての黙示の同意が認められると主張する。
前記認定の事実によれば、控訴人は、呼称変更後、間もなく第二種職員としての処遇を受けることになったことを知ったと推認され、昭和六一年一〇月以降、金額自体はそれほど大きくないとしても、第二種職員を対象として行われた定期昇給や各種手当の面で、第一種職員に比べて有利な処遇を受けてきたことが認められるが、控訴人が明示的に呼称変更に同意したことを認めることはできないし、控訴人が第二種職員を対象とする定期昇給や各種手当の支給を受けることに異議を述べなかったからといって、そのことだけで、控訴人ら第一種職員女子について、満六五歳定年制の適用を回避し、第一種職員男子との格差を設けた満五五歳定年制を維持する目的で、就業規則の改正と一体として、呼称変更の名目で行われた実質的には第一種職員としての地位を一方的に失わせるという極めて不合理な措置に黙示的にも同意したと認めることはできない。のみならず、前記のとおり、呼称変更は、民法九〇条、雇用機会均等法一一条一項により無効な措置であるから、たとえ、前記事実により、控訴人が定年年齢を含む第二種職員としての処遇を受け容れたと解する余地があったとしても、そのことをもって呼称変更を有効と解することはできないというべきである。
(4) なお、被控訴人は、就業規則の解釈上、控訴人に対しては、第一種職員について定めた満六五歳定年制の規定は適用されず、控訴人の定年年齢は満六〇歳であると主張するが、呼称変更が無効であり、したがって、控訴人ら旧第一種職員女子が就業規則の文言上第一種職員に含まれることになることは当然であり、改正当時、第一種職員の定年年齢に関する就業規則の規定が控訴人ら当時の第一種職員女子に適用されないことを前提としていたなどの事情によって、右と異なる解釈をとることはできないというべきである。
三 抗弁2(信義則違反)について
前記の被控訴人における定年制の変遷、被控訴人が呼称変更の措置を講じた目的及びこれにより控訴人が定年年齢について被る不利益、控訴人が第二種職員として有利な処遇を受けてきた期間及びその程度等に照らすと、控訴人が、被控訴人に対して第二種職員の定年年齢に達したことを否定し、第一種職員としての定年年齢に達していないとして雇用契約関係が継続している旨の主張をしたからといって、それが信義則に反するということはできない。
四 以上によれば、控訴人は、平成六年一一月一日以降も依然として被控訴人の職員たる地位を保有していることは明らかである。
そして、被控訴人が現に控訴人が雇用契約上の地位を有することを認めず、これを争っていることは当事者間に争いがないから、控訴人が被控訴人に対して右地位を有することの確認を求める利益がある。
第二未払賃金等の請求について
一 控訴人が平成六年一一月一日以降も被控訴人の従業員たる地位を有していることは前示のとおりである。そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、未払賃金を支払うべき義務があるというべきである(なお、控訴人の本件賃金請求が信義則に反しないことは前示のとおりである。)。
二 請求原因4(一)のうち、控訴人が、平成六年一〇月当時、毎月一七日限り、基本給二九万九五〇〇円のほか、職務給二万四五〇〇円、住居手当六二〇〇円(以上合計三三万〇二〇〇円)の支払いを受けていたこと、同4(二)の控訴人が被控訴人から平成六年一月一日から同年一〇月末日までに支払いを受けた賃金の合計は四八三万九八〇三円であり、控訴人が同年一一月一日以降勤務を継続した場合に受けられた平成六年の冬季賞与が八一万円であることは、当事者間に争いがない。
したがって、被控訴人は、控訴人に対し、次の1及び2の金員を支払う義務がある。なお、控訴人は、右のほか通勤手当及び超過勤務手当の支払いを請求し、(証拠略)によれば、控訴人は、平成六年一一月一日から平成八年五月二日までJRの通勤定期券を購入したことが認められるが、通勤手当は、現実に出勤していることを前提として、その通勤費用の実費弁償を行う性質のものであるから、本件において、その請求をすることはできないというべきである。また、超過勤務手当は、現実に行った超過勤務に対して支給されるものであるから(被控訴人の職員給与規程でも、その旨定められている。<証拠略>)、これについても、控訴人が請求し得るものではない。
1 平成六年一一月分から平成七年二月分までの賃金
(一) 前記三三万〇二〇〇円の四か月分一三二万〇八〇〇円に平成六年の冬季賞与八一万円の合計二一三万〇八〇〇円のうち金一九三万〇八〇〇円(控訴人は、賃金仮払仮処分によって支払いを受けた金二〇万円を控除して請求しているので、右二〇万円を控除した。)
(二) 右に対する最終分の賃金の支払日である平成七年三月一七日の翌日である同月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
2 平成七年三月分以降の賃金
平成七年四月以降退職日まで毎月一七日限り一か月当たり五二万五八五〇円(平成六年一月一日から同年一〇月末日までの賃金合計四八三万九八〇三円、前記月額三三万〇二〇〇円の二か月分六六万〇四〇〇円及び前記賞与八一万円の合計六三一万〇二〇三円を一二で除した金額。ただし、一円未満切捨て)
第三結論
以上のとおり、控訴人の被控訴人に対する雇用契約上の地位の確認を求める請求は理由があるので認容すべきであるが、金員の支払いを求める請求は前記第二の二記載の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。
よって、控訴人の請求を棄却した原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担について民訴法六七条二項、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 宮城雅之 裁判官 二本松利忠)
別表 財団法人 大阪市交通局協力会 定年の変遷
<省略>