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大阪高等裁判所 平成9年(行コ)10号 判決 1998年6月19日

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、平成七年一月一日に公布施行された政党助成法(平成六年法律第五号)に基づいて、政党に対し政党交付金を交付してはならない。

3  被控訴人が政党助成法に基づいて同法による政党交付金を政党に交付することは違憲であることを確認する。

4  被控訴人は、控訴人ら各自に対し、それそれ二五〇円及びこれに対する平成七年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  仮執行宣言

二  被控訴人

第二事案の概要

原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に関する当事者の主張

一  政党交付金の交付の差止めを求める訴えの適否について

次に付加訂正するほか、原判決七頁末行から一〇頁四行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八頁七行目の「しかるに、」以下末行までを次のように改める。

「しかるに、政党交付金の交付は、特定の政党への国家(公権力)による特権付与並びに干渉であり、私的結社であり社会団体である政党の財政的自律権を侵害し、特定の政党にのみ資金助成をすることによって、財政上の政治的自由競争を著しく歪め、特に与党の固定化と受給政党の国有化を招くことによって民主主義原理を破壊するものであり、憲法二一条の結社する自由、結社しない自由を侵害している。さらに、控訴人らの政治的意思(政治的自己決定権)を無視して特定の政党に対し金銭的助成を行うものであり、控訴人らの政治的自己決定権を侵害している。

控訴人らのうち、現行法の下で選挙権、被選挙権を有する有権者の場合は、自己が投票した政党が前記配分基準に満たない場合には、政党交付金が交付されないことになり、結果として配分基準を満たした政党に投票した者との間で不平等が発生し、憲法一四条の平等権が具体的かつ直接に侵害されている。また、甲政党に投票したが、甲政党には政党交付金を与えたくない場合、甲政党に投票し、政党交付金は乙政党に与えたい場合、政党交付金は甲、乙いずれの政党にも与えたくない場合は、いずれも右有権者の政治的意思決定ができないこととなり、現行政党交付金の交付は、これら有権者の政治的自己決定権を具体的かつ直接に侵害している。

控訴人らのうち、日本国籍をもしない定住外国人の場合は、現行法制の下では選挙権、被選挙権が保障されていない。しかしながら、他方、彼らが納税義務者として納税した税金は、毎年分として各政党に対して交付すべき政党交付金の算定の基礎となる政党交付金の総額が、基準日における人口(基準日の直近において官報で公示された国勢調査の結果による確定数)に二五〇円を乗じて得た額を基準として予算を定めるとしていることから、必然的に政党交付金として使用されざるを得なくなっている。しかるに、定住外国人である控訴人らの場合には、有権者ではないことから、そもそも政党に政党交付金を与えるか否かの決定権すら与えられておらず、彼らの政治的自己決定権が具体的かつ直接に侵害されている。

したがって、控訴人らは、民事訴訟として、政党交付金の交付の差止めを求めるものである。本件差止請求は、事実行為(非権力的行為)である政党助成金の交付行為を行う主体としての被控訴人に対し政党助成金の交付の差止めを求めているのであって、行政庁たる自治大臣の交付決定という行政処分の差止めを求めているのではない。

なお、主観訴訟と客観訴訟との区別は極めて観念的・抽象的であり、個人的権利利益の保護救済目的と法秩序維持の公益目的の区別は相対的であって、その判別自体が極めて困難又は不可能というべきである。本件差止請求を、客観訴訟として不適法であるということはできない。」

2  原判決九頁一行目の「なお、」を削除し、同一〇頁四行目の末尾に「。」を付加する。

二  政党交付金の交付が違憲であることの確認を求める訴えの適否について

次に付加するほか、原判決一三頁七行目から二一頁四行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決一五頁末行の次に、次の文章を加える。「侵害される利益が多くの人によって享有又は共有されていることが原告適格を否定する理由とはならないのと同様に、控訴人らの政治的自己決定権が「すぺての人が同じように享有する」ものであることは、法律上の争訟性を否定する理由にはならない。多くの個人が享有あるいは共有する権利であるからといって、それが個人的権利利益に当たらないということにはならない。本件確認請求は、法律上の争訟に当たり、司法的救済の必要性も大きい。」

三  控訴人らの主張に係る政治的自己決定権が国家賠償請求における保護対象性を有するか。

次に付加するほか、原判決二四頁一行目から二八頁二行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二五頁四行目と五行目との間に、次の文章を加える。「すべての個人が享有する権利であっても、その侵害があれば、国家賠償法上の法的保護の対象となることはいうまでもない。仮に、政党交付金の交付が、直接個人に作為、不作為を強いるものではないとしても、政党交付金は自己の政治的信条に反する政党に対しても交付されるのであるから、間接的には意に反する作為を強いられるものである。そうであれば、このような間接的な侵害についても法的保護がはかられるべきである。今日においては、各人の政治的意思形成維持に対する間接的な不当な影響を阻止することこそが重要である。本件においては、交付の不平等により、交付後の交付金の使途によって間接的に不平等な影響を与えるものであることは自明である。危惧、不快感ないし憤りという精神的苦痛は、損害賠償制度において、権利侵害のあったときに不可避的に伴うものであり、権利侵害(違法性)のあるときは右のような感情が法的に保護されるものである。間接民主制が多数決原理を基礎としていることは事実であるとしても、多数者が常に正しいとは限らず、また、多数者が少数者の権利を侵害してよいものではない。法が違憲審査制を認めたのは、多数者であっても侵し得ない少数者の権利を認めたものにほかならず、そのような権利を侵害された場合の少数者の苦痛は、多数決原理を基礎としているからといって受忍すべきことにはならない。多数決原理から不可避的に伴うとの理由をもって、法的保護対象性を否定する理由とはならない。」

2  原判決二五頁九行目と一〇行目の間に、次の文章を加える。「すなわち、控訴人らのうち日本国籍を有しない定住外国人の場合は、現行法制の下では選挙権、被選挙権が保障されていない一方、彼らが納税義務者として納税した税金は、毎年分として各政党に対して交付すべき政党交付金の算定の基礎となる政党交付金の総額が、基準日における人口(基準日の直近において官報で公示された国勢調査の結果による確定数)に二五〇円を乗じて得た額を基準として予算を定めるとしていることから、必然的に政党交付金として使用されざるを得なくなっている。しかるに、定住外国人である控訴人らの場合には、有権者ではないことから、そもそも政党に政党交付金を与えるか否かの決定権すら与えられておらず、彼らの政治的自己決定権か具体的かつ直接に侵害されている。」

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、本件訴えのうち、政党交付金の交付の差止めを求める訴え及び政党交付金の交付を行うことが違憲であることの確認を求める訴えは不適法であって却下を免れず、国家賠償を求める請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

一  政党交付金の交付の差止めを求める訴えの適否について

1  我が国における現行制度上裁判所に与えられている司法権は、法律上の争訟について裁判を行う作用をいい(裁判所法三条一項)、具体的な争訟、すなわち、特定の当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争が存する場合に初めて発動することのできるものである。裁判所は、民衆訴訟(行政事件訴訟法五条、四二条)等法律において特に定める例外の場合を除いては、具体的な争訟ないし具体的事件を離れて抽象的に法令や国の行う行為の違憲性あるいは違法性を判断する権限を有するものではなく、具体的な争訟ないし具体的事件を前提とせず、単なる国民、市民、納税者等一般的な地位に基づき、国に対してその行為の是正等を求める訴訟を提起する方法は、選挙関係訴訟を除き、現行制度上認められていない。

2  控訴人らのいう政治的自己決定権は、政党を支持するかしないか、支持するとすればいかなる政党を支持するか、自己の政治的意思をいかに表現し、いかに政党などの政治過程に反映させるかについて決定をする権利であるというのであるが、その内容は、政治的内心の自由、政治的意見表明の自由、積極的・消極的政治関与の自由というべきもので、このような自由権(以下、便宜「このような権利」ないし「政治的自己決定権」という。)は、各個人がひとしく享有するものであり、その内心においては絶対的なものであると同時に、対外的には、憲法その他の法令が保障し、許容する範囲内において、参政権の行使、政治的意見の表明その他の自由な政治的活動を通じて行使、実現される性質のものでもあって、各個人の有するこのような権利は、民主的な政治過程においては、多数決原理の適用によって相互に調整されるべき性質のものである。したがって、このような権利の存在自体を直接否定し侵害するような国の行為が行われるような例外的な場合は別として、右調整原理としての多数決原理の適用の結果、自らの政治的意思ないし信念に反する国の行為が行われることとなっても、そのことから直ちに自己の政治的自由が制約され、右の権利が侵害されたと評価することはできず、このような国の行為が行われることを排斥することを内容とする権利としての政治的自己決定権なるものを認めることはできない。

3  政党交付金は、前記の政党助成法の定める要件を備える各政党に交付されるものであるところ、控訴人らの請求は、およそ抽象的、一般的に、政党交付金の交付の差止めを求めるものである。政党交付金の交付が、控訴人ら個人に直接の作為又は不作為を強いるものでなく、自己の政治的信条に基づいて政党を支持する意思の形成、維持に具体的かつ直接に何らかの影響を与えるものでないことは原判決の説示するとおりであり、国会の制定した政党助成法の定める要件に従った結果、控訴人らの主観的な政治的意思ないし信念に反する政党交付金の交付がされるとしても、それによって、控訴人らの政治的自己決定権が侵害されるとみることはできない。控訴人らの憲法一四条、二一条違反の主張も、政党助成法の政治的、法律的な問題性を指摘し、抽象的、一般的な権利侵害の可能性を主張するものにすぎない。

そうすると、控訴人らが権利ないし利益の侵害であると主張しているものの実体は、原判決説示のとおり、自己の思想、意見ないし見解に反する政党助成法の制定及びこれに従ってされる被控訴人による政党交付金の交付に対する危惧、不快感、憤り、挫折感といった内心の感情にとどまり、これらをもって控訴人らに法的に保護された法律上の利益の侵害ということはできない。したがって、本件訴えのうち政党交付金の交付の差止めを求める訴えは、結局、実質的にみて、国の機関の行為の是正を求める訴訟で自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの、すなわち民衆訴訟に当たるものというべきであり、このような訴訟を許容する法律の定めがない以上、不適法といわざるを得ない(行政事件訴訟法四二条)。また、控訴人らは、本件訴えは、権利主体である国を被告とするものであって民事訴訟に当たると主張するが、このような形式的な主張を前提としても、なお、本件訴えは、抽象的、一般的に政党交付金の交付の差止めを求めるものであり、具体的な争訟を前提とするものとは認められないから、やはり不適法というべきである。

二  政党交付金の交付が違憲であることの確認を求める訴えの適否について

1  控訴人らは、本件訴えのうち被控訴人による政党交付金の交付の違憲確認を求める訴えは、無名抗告訴訟であると主張するが、被告適格の点をおくとしても、前記一に説示したところによれば、右の訴えは、控訴人ら個々人の有する具体的な権利又は法律上の利益の侵害を回復するための主観訴訟としての抗告訴訟と解することはできず、結局、具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争を前提としないで、国民ないし市民としての地位に基づき、被控訴人の行為か違憲であることの確認を求める民衆訴訟と解さざるを得ない。したがって、右の訴えは不適法というほかはない。

2  この点に関し、控訴人らは、政党助成法の適用、政党交付金の交付により政治的自己決定権が直接具体的に侵害されると主張するが、政党交付金の交付によって前記の意味における政治的自己決定権が侵害されるものとはいえず、これを超えて控訴人らの主張するところは、法律上の利益の侵害とはみられないことは、既に説示したとおりである。また、政党交付金の交付によって、控訴人ら個々人がそれぞれの人生を通じて培ってきた真しな政治的信念に基づく具体的自由権が侵害されたから、本件紛争は具体的権利義務に関するものといえる旨主張するが、個人がひとしく有する政治的自己決定権が法律上保護される範囲を超えて、控訴人らについてのみ、その政治的意思ないし信念と国の行為との不適合から生ずる内心の不快感等を生じさせないよう保護すべき根拠はなく、控訴人らの主張は採用することができない。

3  よって、右の訴えは、不適法として却下を免れない。

三  控訴人らの主張に係る政治的自己決定権が国家賠償請求における保護対象対象性を有するか。

政党交付金の交付によって控訴人らの政治的自己決定権が侵害されたということはできないこと、控訴人らの主張するところは、結局、前記のような意味で内心の感情を害され精神的苦痛を被ったというにとどまり、国家賠償法上保護されるべき法律上の利益の侵害とはみられないことは、既に説示したところから明らかである。控訴人らの中に定住外国人が含まれ、同人らは選挙権及び被選挙権を有していないことをもって、右判断が左右されるものではない。

なお、控訴人らは、政治的参画は平等でなければならず、他者への影響をも不当に与えるものであれば問題であり、それを防がなければならないとも主張するが、このような観点からの裁判を求める制度が現存しないことは、前述のとおりである。

よって、控訴人らの国家賠償法に基づく請求には理由がない。

四  以上によれば、原判決は相当であり、政党助成法の立法行為及び同法に基づく政党交付金の交付の違法性について論及するまでもなく、本件控訴は棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林茂雄 小原卓雄 川神裕)

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