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大阪高等裁判所 平成9年(行コ)55号 判決 1998年7月31日

大阪府枚方市香里園東之町一三番一四号

控訴人

福田廣儀

右訴訟代理人弁護士

末澤誠之

大阪府枚方市大垣内町二丁目九番九号

被控訴人

枚方税務署長 右原正卓

右指定代理人

岩松浩之

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成五年七月六日付けでなした控訴人の平成四年分の所得税の更正処分のうち、課税総所得金額一三七九万五〇〇〇円、納付すべき税額零円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原判決引用

当事者双方の主張は、次の二、三のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の主張

1  当審附加主張

(一) 本件徴収金は医療費である。

喜美は、平成四年当時も、多発性脳梗塞(老人痴呆)、糖尿病、慢性肝炎に罹患し、るうてるホーム診療所で継続的に診察治療を受けていた。喜美は、医師による医療行為と看護婦による看護を必要とする病院であり、るうてるホームに入院して医療行為と看護を受けていた。

したがって、喜美のるうてるホーム入院に伴い控訴人が支払った本件徴収金は、実質的には医療費である。

(二) 老人保健施設と特別養護老人ホームとの対比

老人保健施設と特別養護老人ホームとでは、入院患者が受けるサービスの内容が殆ど同一である。控訴人は、喜美を入院させるに当たり、老人保健施設「ラガール」に入院させるか、特別養護老人ホーム「るうてるホーム」に入院させるかの選択権はなかった。老人保健施設に支払う利用料は、医療費控除の対象になるのだから、特別養護老人ホーム入院による徴収金の支払いも、医療費控除の対象にしなければ不合理である。

(三) 憲法一四条違反

痴呆老人にとって、老人保健施設に入院しようと、特別養護老人ホームに入院しようと、受けるサービスの内容は同一である。しかるに、老人保健施設に支払う利用料は医療費控除の対象となるが、特別養護老人ホーム入院に伴う徴収金の支払いは医療費控除の対象にならないとすれば、法の下の平等を定めた憲法一四条に違反する。

2  当審新主張――予備的請求原因

本件徴収金が措置費であり、医療費控除の対象とはならないとしても、次の各金員については、医療費控除を認めるべきである。

(一) 患者一部負担金 一万〇八〇〇円

(1) 喜美は、平成四年一月から一二月にかけて、るうてるホーム診療所で毎月継続して診察治療を受けた。その患者一部負担金は、合計一万〇八〇〇円である(甲二〇の二)。

(2) 控訴人は、喜美に代わり、右一万〇八〇〇円を支払った。

(3) 右一万〇八〇〇円が医療費控除の対象となることは明らかである。

(二) 飲料水代 一七五〇円

(1) るうてるホームは、喜美の預り金の中から、平成四年七月二一日、飲料水代六か月分八八五円を支出し、同年一二月一六日、同八七〇円を支出している(甲一七)。

(2) るうてるホームは、医師の指示により、喜美のために、水道水を煮沸して使用するのではなく、わざわざ飲料水を購入しているのである。したがって、飲料水は、医療費ないしその関連費用である。

(3) 喜美の預り金は、一部喜美が受領した見舞金等も含まれているが、その殆どは控訴人が出捐したものである。したがって、飲料水代合計一七五〇円は、控訴人が支出したものといえる。

(三) 診療報酬 四六万七五五〇円

(1) 四条畷市は、平成四年分の老人保険負担金として、るうてるホーム診療所に対し、診療報酬四六万七五五〇円を支払っている。控訴人は、喜美のるうてるホームへの入所に関し、平成四年分について、右四六万七五五〇円以上の措置費徴収金を支払っている。

(2) したがって、少なくとも、老人保険負担金として支払われた診療報酬四六万七五五〇円は、医療費控除を認めるべきである。

三  被控訴人の主張(認否、反論)

1  控訴人の当審附加主張は争う。

2  控訴人の予備的請求原因について

(一) 予備的請求原因(一)項(患者一部負担金)について

予備的請求原因(一)項中、(1)(2)は不知、(3)を争う。

所得税法施行令二六二条一項二号は、医療費控除の手続的要件(領収を証する書類の存在、同所類の確定申告書への添付、申告の際の同書類提示)を定めている。本件では、右手続的要件を充たしていない。

(二) 予備的請求原因(二)項(飲料水代)について

予備的請求原因(二)項中、(1)を認め、(2)(3)を争う。

飲料水代は医療費に当たらない。控訴人が飲料水代を支払ったことが明らかとはいえない。前示医療費控除の手続的要件を充たしていない。

(三) 予備的請求原因(三)項(診療報酬)について

予備的請求原因(三)項中、(1)を認め、(2)(3)を争う。

四条畷市が支払った診療報酬は、守口市が控訴人から徴収した措置費徴収金と、何ら関連もない。

理由

第一判断の大要

一  当裁判所は、大要次のとおり判断する。

1  本件更正処分の取消を求める訴えのうち、申告納税額四四万三〇〇〇円以下の部分の取消を求める部分は、訴えの利益を欠き不適法である。

2  本件措置費徴収金は、所得税法七三条所定の医療費控除の対象とならない。

3  本件措置費徴収金について、医療費控除を認めないからと言って、憲法一四条に違反するものではない。所得税法七三条の憲法一四条違反をいう控訴人の主張は、違憲の争点を提起する利益ないし適格がない。

4  患者一部負担金、飲料水代、老人保険診療報酬についても、医療費控除が認められない。

二  その理由は、以下のとおりである。

第二原判決の引用

原判決理由の一項ないし四項を引用する。

第三控訴人の当審附加主張について

一  当審附加主張(一)(二)について

1  所得税法の規定

所得税法七三条二項は、医療費控除の対象となる医療費とは、次の医療の対価(以下「医療の対価」という。)のうち、通常必要であると認められるもので政令で定めるものをいうと規定している。

(一) 医師又は歯科医師による診療又は治療。

(二) 治療又は療養に必要な医薬品の購入。

(三) その他医療又はこれに関連する人的役務の提供。

つまり、実質的にみて医療費に当たるものであれば、すべて医療費控除の対象となるのではなく、医療の対価と評価できるものでなければ、医療費控除の対象とはならない。

2  特別養護老人ホームの措置費徴収金

(一) 本件措置費徴収金の性格

特別養護老人ホームは、家庭での介護が困難なため、生活の場を必要とする寝たきり老人等を養護することを目的とした施設である(老人福祉法〔以下「福祉法」という。〕二〇条の五、一一条一項二号)。特別養護老人ホームは老人福祉施設であり、病院又は診療所ではなく、家族に代わって老人の日常生活の世話をする場所である。

特別養護老人ホームに老人の入所を委託した市町村は、その措置に要する費用(以下「措置費」という。)を特別養護老人ホームに支弁しなければならない(福祉法二一条二号)。措置費は、「老人保護措置費の国庫負担について」(厚生省事務次官通知、昭和四七年六月一日、厚生省社第四五一号、乙四)が定める算定基準により算定される。この算定基準によると、事務費、生活費、移送被及び葬祭費を費用項目としている。

これによって算定された措置費は、当該措置に係る者(以下「被措置者」という。)又はその扶養義務者から、その負担能力に応じて、その全部又は一部を徴収(以下「措置費徴収金」という。)できる(福祉法二八条一項)。守口市(るうてるホームの所在地)においても、措置費徴収金について、次のとおり定めている(守口市老人福祉法施行細則一〇条、乙五)。

(1) 被措置者に収入がある場合は、同人から収入に応じて負担金を徴収する。

(2) 被措置者からの徴収金が市が支弁した措置費の額に足りない場合は、被措置者の扶養義務者からも、前年分の所得税額等の階層区分により定められた負担金を徴収する。

控訴人が本訴で医療費控除を認めるべきであると主張している徴収金は、守口市が、るうてるホームに支払った措置費の一部について、喜美及び控訴人から徴収した措置費徴収金である。

(二) 本件措置費徴収金の医療費該当性

措置費徴収金は、次のとおり福祉法に基づく特別徴収金であり、医療費との関連性が不明確で、その全額が医療の対価として支払われたものとはいえない。

(1) 措置費徴収金は、原則として月二二万円(平成四年一二月三一日現在、乙四の八三三頁)を上限に、被措置者にかかる措置費を限度に、被措置者又はその扶養義務者から徴収するものである(乙五)。

(2) 措置費は事務費(事務費中には医師人件費の費目がある)、生活費、移送費、葬祭費からなるが、措置費徴収金のうちどの部分が医療費に当たるものかは区分されておらず、全く不明確である。

(3) 特別養護老人ホームの医務室での診療は、被措置者(入所者)が措置費徴収金とは別個に医療費(自己負担金)を支払うことになっている。

(4) 措置費徴収金の負担については、被措置者については収入により、被措置者の扶養義務者については税額等により、それぞれ定められた階層区分による基準が設けられている(乙五)。

このように、措置費徴収金の負担については、応益原則ではなく応能原則がとられており、被措置者又はその扶養義務者から、その負担能力に応じて、当該措置に要する費用を徴収するものとされている。

(5) 措置費徴収金の徴収対象者に、扶養義務者という直接の受益者以外のものが含まれている。措置費徴収金は、被措置者が特別養護老人ホームの使用の対価として支払うものではなく、被措置者の扶養義務者も、扶養義務の一環として徴収されるものと位置付けられている。

(6) 以上に基づき、検討しても、措置費徴収金は、所得税法七三条二項所定の医療費に当たらないと考える。その理由は、以下のとおりである。

所得税法七三条二項の医療費は、前示のとおり、医師又は歯科医師による診療又は治療の対価、治療又は療養に必要な医薬品の購入の対価、その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価である。

ところが、措置費徴収金中にこれらの医療費が含まれているとしても、それがどの部分かについてはその区分が明確でなく、医療費以外の費目と混然となっており、医療費のみを取り出すことができない。

そうすると、医療費外の費目の混在する措置費徴収金全体を、医療費の対価ということはできない。このように、措置費徴収金は、後に検討する老人保険施設利用料のように、医療費に当たるものと、それ以外のものを区分する仕組みになっていない。

(7) なお、応能負担や扶養義務者の負担は、直接、医療費の対価性を否定する根拠とならないが、これも医療費とそれ以外の費用との区分を不明確にするものとなっている。

すなわち、措置費徴収金中に含まれる医療費を限度として応能負担したとしても、それは健康保険の患者一部負担金と同様に、医療費と考えてよいであろう。また、扶養義務者の措置費徴収金の負担は、費措置者(費扶養者)の措置費徴収金の不足分の負担であり、扶養義務者が扶養家族の医療費を負担した場合に準じて、医療費控除の対象となりうると考える余地がある。

もっとも、この応能負担、扶養義務者負担により、他の要素が混入し、ますます医療費とそれ以外の負担分との区分が不明瞭となってくることは否めない。

3  老人保健施設の利用料

(一) 老人保健施設は、老人保健法四六条の一七第一項の規定により、所得税法七三条二項、同法施行令二〇七条三号所定の「病院、診療所」に該当する。

(二) 老人保健施設の利用料は、特別養護老人ホームの措置費徴収金と比較した場合、次のような特色がある(乙九)。

(1) 市町村が支弁する費用(措置費など)を介することなく、直接、老人保健施設と利用者との間で、サービスとその対価が授受される。

(2) 老人保健施設が利用者から徴収する費用は、サービスに要した実費であり、収入による負担区分等がなく、応能原則がとられていない。

(3) 老人保健施設利用料の直接の負担者は入所者であり、扶養義務者が老人保健施設に対し、利用料の支払い義務を直接追うものではない。

(4) 医療費の対象となる食費、特別室料、おむつ代、理美容代、日常生活費は、直接入所者が利用料を支払う(乙九)。その余の費用は市町村長が支払う。

(三) 以上によると、老人保健施設の利用料のうち、一定範囲のものについては、所得税法七三条二項所定の医療の対価に該当する。

そこで、老人保健施設の利用料のうち一定範囲のものについては、税務当局側でも、医療費控除の対象となることを認めている(乙九)。

4  まとめ

実質的に見て医療費に当たるものであれば、すべて医療費控除の対象となるのではなく、所得税法七三条二項所定の医療の対価でなければ、医療費控除の対象とはならない。

そして、特別養護老人ホーム入所に伴う措置費徴収金は、同条項所定の医療の対価に該当しないので、医療費控除の対象とはならない。

一方、老人保健施設の利用料のうち一定範囲のものについては、同条項所定の医療の対価に該当するので、医療費控除の対象となる。

したがって、老人保健施設の利用料うち一定範囲のものが医療費控除の対象となるのに、特別養護老人ホーム入所に伴う措置費徴収金が医療費控除の対象にならないことは、同条項に従った適法な取扱いであって、これに違法性はない。

控訴人の当審附加主張(一)(二)は採用できない。

二  当審附加主張(三)について

1  所得税法等の適用に関する憲法一四条違反

(一) 控訴人の主張

控訴人は、次のとおり主張する。

(1) 特別養護老人ホームと老人保健施設とは、そこでのサービスの内容がほぼ同一である。

(2) 国民には、特別養護老人ホームに入所するか、老人保健施設に入所するかの選択権はない。

(3) それなのに、老人保健施設の利用料は医療費控除の対象となり、特別養護老人ホームの入所に伴う措置費徴収金は医療費控除の対象にならないのなら、憲法一四条の法の下の平等に反する。

(二) 検討

医療費控除の対象となるか否かは、あくまでも、医療費控除の要件を定めた所得税法七三条所定の医療費、すなわち、医療の対価に該当するか否かによる。

そして、前示のとおり、老人保健施設の利用料のうち一定範囲のものは、医療の対価に該当するが、特別養護老人ホーム入所に伴う措置費徴収金は、医療の対価に該当しない。

したがって、老人保健施設の利用料のうち一定範囲のものが医療費控除の対象となり、特別養護老人ホーム入所に伴う措置費徴収金が医療費控除の対象にならないのは、それが所得税法七三条が定める医療費に該当するか否かにより生ずる差異であった、その間に不合理な差別はなく、憲法一四条違反にはならない。

控訴人の前示(一)の主張は採用できない。

2  所得税法等の規定の憲法一四条違反

(一) 控訴人主張

控訴人の主張は、次のようにも読み取ることができる。

(1) 特別養護老人ホームと老人保健施設とは、そこでのサービスの内容がほぼ同一である。

(2) 国民には、特別養護老人ホームに入所するか、老人保健施設に入所するかの選択権はない。

(3) しかるに、次のような解釈になるのであれば、そのような不合理な差別を生ずる結果になる医療費控除の対象を定めた所得税法七三条の規定自体が、憲法一四条に反する。

<1> 老人保健施設の利用料は、所得税法七三条所定の医療費に該当し、医療費控除の対象となる。

<2> 特別養護老人ホームの入所に伴う措置費徴収金は、所得税法七三条所定の医療費に該当せず、医療費控除の対象にならない。

(二) 検討

(1) 所得税の課税に当たって法定の各種所得控除を認めることは、所得税の公平な負担という観点から必要なことがらである。

しかし、所得控除の対象となる費目の設定や、その費目対象を明確にするための要件の定め方は、立法府のすぐれて政策的・技術的な裁量的判断を伴うものである。

(2) 医療費控除についても、前示のとおり、立法府が定めた所得税法七三条を抜きにして、およそ一般的に認められる者ではない。

控訴人は、自己が負担した措置費徴収金についても、医療費控除をすべきであるとして本訴を提起しながら、自ら医療費控除の根拠規定(所得税法七三条)を違憲・無効と主張しても、かえって、医療費控除の根拠を失うだけであって、何らの利益ももたらさない。

したがって、控訴人は、この点につき憲法上の争点を提起する利益ないし適格がなく、その適憲性いかんにより判決の結論に影響を及ぼすものではないから、その余の判断をするまでもなく、控訴人の違憲の主張は理由がない。

(3) なお、医療費控除を認めるに当たり、いかなる範囲の医療費について医療費控除を認めるかは、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された医療費控除の範囲の限定が、右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条に違反するものということはできない(最判〔大法廷〕昭和六〇・三・二七民集三九巻二号二四七頁参照)。

そして、医療費控除を定める所得税法七三条は、経済的差別を定めたものではなく、医療費の特別支出による担税力の減少を考慮し、医療費負担者の納税額を軽減しようとするものであって、立法目的は正当なものである(最判昭和五三・一〇・二六訟務月報二五巻二号五二四頁参照)。

所得税法七三条は、医療費控除の対象を医療の対価に該当する医療費に限定しているが、その限定の仕方が、その目的との関連で著しく不合理であるとはいえない。したがって、同条が憲法一四条に違反するものとはいえない。控訴人の前示(一)の主張は採用できない。

(4) もっとも、控訴人の主張は、老人保健施設なみの医療費控除を特別養護老人ホームにも認めうる控除規定ないし、仕組みを創設すべきであるとの立法論としては理解できる。

本件全証拠によると、老人保健施設と特別養護老人ホームとは、その利用者が受ける受益の点において、またその利用者の健康状態において、実質的にそれほどの差異はなく、その違いは、もっぱらその技術的な仕組みの違いによるものである。国民一般が、その間に医療費控除の有無に素朴な不公平感を受けるのも、無理もないところがある。

特別養護老人ホームにおいても、老人保健施設のように、措置費徴収金のうち医療費の占める部分を明確に区別するような仕組みないし、これを医療施設とする旨の立法措置を採ることが、立法府に要請されるところである。

第四控訴人の当審新主張(予備的請求原因)について

一  予備的請求原因(一)項(患者一部負担金)について

1  判断の大要

(一) 当裁判所は、大要次のとおり判断する。

(1) 納税者は、医療費控除の確定申告をしない場合でも、更正の請求又は増額更正処分を争う場合において、これを立証し、その控除を受けることができる。

(2) しかし、本件では、控訴人が医療費(患者一部負担金)を負担したことの立証がない。

(二) その理由を以下のとおり分節する。

2  医療費控除と確定申告の関係

(一) 被控訴人の主張

被控訴人は、次のとおり主張する。

(1) 所得税法施行令二六二条一項二号は、医療費控除の手続的要件(領収を証する書類の存在、同書類の確定申告書への添付、申告の際の同書類提示)を定めている。

(2) 本件では、右手続的要件を充たしていない。したがって、控訴人が、喜美に代わり、るうてるホーム診療所に支払った患者一部負担金一万〇八〇〇円についても、医療費控除は認められない。

(二) 検討

しかし、被控訴人の前示主張は失当である。以下その理由を述べる。

(1) 昭和四二年分までの所得税

<1> 昭和四二年分までの昭和四三年改正前の所得税法八八条二項は、医療費控除の適用要件について、次のような規定を設けていた。

「医療費控除……に関する規定は、確定申告書にその控除を受ける金額その他その控除に関する事項を記載し、かつ、医療費の領収を証する書類を当該申告書に添付し又は当該申告書の提出の際提示した場合に限り、適用する」。

<2> 昭和四二年分までの所得税は、確定申告書に医療費控除に関して記載等がない場合には、原則として医療費控除の適用が受けられないことになっていた。しかし、医療費控除の性格ないしは納税者の手数を考慮した場合に、このような要件を課することは厳格に過ぎるきらいがあった。

(2) 昭和四三年分以降の所得税

<1> そこで、昭和四三年の所得税法の改正により、医療費控除の適用要件を定めた前示八八条二項が削除され、同年分の所得税についてはその適用がなくなった。本件係争年度である平成四年の所得税も、この点に変わりはない。

<2> このように、昭和四三年分以降の所得税は、医療費控除について、確定申告書への記載等の適用要件がはずされている。したがって、確定申告書に医療費控除に関する記載等をしないで提出した場合や、確定申告書を提出しないで決定を受けた場合にも、納税者がその事実を立証した場合には、医療費控除が受けられる。

<3> もっとも、医療費控除の申告要件が廃止されたからといって、確定申告書の所得控除に関する事項の記載が省略されたわけではない。確定申告書には、従来と同様に、医療費控除に関する事項を記載し(所得税法一二〇条一項一号)、また、所定の書類を添付又は提示しなければならない(所得税法一二〇条三項一号、同施行令二六二条一項二号)。

しかし、納税者がこれを欠く確定申告書を提出した場合であっても、納税者側が所定期間内に更正の請求(国税通則法二三条)をする場合や、納税者が税務署側からの増額更正処分を争う場合において、医療費控除を何らかの方法で立証して、所得控除を受けることができるのである。

(3) 本件患者一部負担金一万〇八〇〇円について

控訴人は、平成四年分の所得税の確定申告に際し、患者一部負担金一万〇八〇〇円の領収を証する書類の確定申告書への添付や、申告の際の同書類の提示はしていない。

しかし、平成四年分の所得税についても、前示のとおり医療費控除について、確定申告書への記載など、控除適用要件は定められていない。したがって、控訴人は、平成四年分所得税の確定申告書に患者一部負担金一万〇八〇〇円を記載せず、その領収を証する書類の確定申告書への添付や、申告の際の同書類の提示をしなくとも、本訴でその立証をした場合には、医療費控除が受けられる。

被控訴人の前示(一)の主張は失当である。

3  患者一部負担金支払の立証

控訴人が患者一部負担金一万〇八〇〇円を支払った事実は認められない。その理由は、以下のとおりである。

(一) 控訴人は、患者一部負担金一万八〇〇円の支払を立証するため、甲第二〇号証の2を提出する。

(二) 甲第二〇号証の2は、四条畷市が保険医療機関から発行されたレセプト(診療報酬明細書)を集計して作成した資料である。そこには、平成四年一月から一二月まで、患者一部負担金が月額九〇〇円である旨が記載されている。そこに記載された患者一部負担金は、老人保険負担額を算出するための計数上の法定控除額であり、患者等から医療機関に対し現実に支払われた金額を示すものではない。四条畷市長は、甲第二〇号証の2の中で、喜美の患者一部負担金が医療機関に支払われている事実まで証明しているとは認められない。

(三) このことは、喜美のるうてるホーム(特別養護老人ホーム)の預り金使途明細(甲一七)に、右年月分の自己負担金支払の記載がないことからも明らかである。

(四) 控訴人は、前示患者一部負担金の支払を立証する証拠として、前示甲第二〇号証の2以外に、何も提出していない。したがって、控訴人が前示患者一部負担金一万〇八〇〇円を支払った事実は、未だ立証がなされたとは認められない。

4  まとめ

そうすると、控訴人主張の前示患者一部負担金一万〇八〇〇円の支払が認められないから、これが医療費控除の対象とならないことはいうまでもない。

二  予備的請求原因(二)項(飲料水代)について

1  予備的請求原因(二)項(1)記載の事実は、当事者間に争いがない。

2  しかし、医療費控除の対象となる「医療費」とは、次に掲げるものの対価でなければならない(所得税法七三条二項、同法施行令二〇七条)。しかるに、るうてるホームでの飲料水は、そのいずれにも該当しない。

(一) 医師又は歯科医師による診療又は治療。

(二) 治療又は療養に必要な医薬品の購入。

(三) 病院、診療所又は助産所に収容されるための人的役務の提供。

(四) あん摩・マッサージ・指圧師、はり師、きゅう師、柔道整腹師による施術。

(五) 保健婦、看護婦又は准看護婦による療養上の世話。

(六) 助産婦による分娩の介助。

3  したがって、控訴人が支払った飲料水代一七五〇円は、医療費控除が認められない。

三  予備的請求原因(三)項(診療報酬)について

1  控訴人は、次のとおり主張する。

(一) 四条畷市は、るうてるホーム診療所に対し、老人保険負担金として、平成四年分の診療報酬合計四六万七五五〇円を支払っている。

(二) 控訴人は、喜美のるうてるホームへの入所に関し、平成四年分について、右四六万七五五〇円以上の措置費徴収金を支払っている。

(三) したがって、少なくとも、老人保険負担金として支払われた診療報酬四六万七五五〇円については、医療費控除を認めるべきである。

2  しかし、右医療費四六万七五五〇円は、四条畷市が、老人保険制度による公的負担分として、るうてるホーム診療所に支払ったのであり、控訴人が支払ったものではない。

一方、本件措置費徴収金は、守口市が、るうてるホームに支払った措置費の一部について、喜美及び控訴人から徴収した金である。

以上の次第で、右医療費は、控訴人の本件徴収金の支払のどの部分に当たるかは不明であって、その支払とは直接結びつくものとはいえないし、控訴人が本件徴収金を守口市に支払ったからといって、必ずしも控訴人が右医療費を支払ったものとはいえず、これを認めることはできない。

3  控訴人の前示1の主張は、その前提を欠き理由がない。

第五結論

一  以上の認定判断によると、

1  本件更正処分取消請求の訴えのうち、申告納税額四四万三〇〇〇円以下の部分の取消請求部分は、訴えの利益を欠き不適法であるから、これを却下すべきである。

2  控訴人のその余の請求は、理由がないので棄却すべきである。

二  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 紙浦健二)

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