大阪高等裁判所 昭和17年(ネ)352号・昭17年(ネ)353号 判決
被告は原告に対し、金一万七百五十三円六十銭及びこれに対する昭和二十年六月五日より、支払済に至るまで、年五分の割合の金員を支払うべし。
原告は被告に対し金二万八千円を支払うべし。
被告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分しその一を原告の、その余を被告の負担とする。
本判決は原告において金三千五百円、被告において金一万円の担保を立てた時は、仮りに執行することができる。(被告についてはその勝訴部分に限る。)
二、事 実
原告(反訴被告)は「被告は原告に対し、金一万七百五十三円六十銭及びこれに対する昭和二十年六月五日から、支払済に至るまで、年五分の割合の金員を支払うべし、訴訟費用は、第一、二審とも被告の負担とす。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は神戸市神戸区栄町通一丁目十九番の一宅地百四坪五合五勺を所有し、被告は右土地について、明治三十二年七月六日以降昭和十四年七月六日まで存続すべき、建物所有を目的とする地上権を有し、その地上に、一、煉瓦造瓦葺二階建倉庫一棟建坪三十八坪四合五勺五才、二階坪三十八坪二合二勺、一、煉瓦造瓦葺三階建倉庫建坪三十四坪六合、二階坪三十四坪六合、三階坪十九坪八合を所有し、右地代は三年毎に裁判で確定し、最終期の地代は、一ケ月金百五十一円五十九銭七厘(一坪一円四十五銭)と定められた。そして右地上権は、昭和十四年七月六日期間の満了によつて消滅したから、原告は本訴において、当初右建物の收去、土地の明渡及び右期間満了の日以降の地代相当の損害金の支払を求めていたのであるが、右被告所有の建物は、その後昭和二十年六月五日戦災によつて焼失したので、ここに地上権の期間満了の翌日である昭和十四年七月七日から右焼失の前日である、同二十年六月四日まで七十ケ月二十九日分の地代相当額の損害金一万七百五十三円六十銭及びこれに対する昭和二十年六月五日より支払済に至るまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求む、なお、もし被告の買取請求の理由あるときはその翌日よりは不当利得として請求すると述べ、被告の主張に対して、原告が地上権設定契約の更新を欲しなかつたことは認めるが、本件建物の時価は金六千円を以つて相当とする。なお借地法による建物の買取請求は、形成権の行使であつて、契約によるのでないから、民法第五百三十四条第一項を適用すべきでない。殊に本件においては、被告は建物の焼失によつて原告に反対給付をなすことなくその代金のみ一方的に求むるものであるから、この場合に右法条を適用するは衡平の原則に反するものである。仮りに本件において右法条を適用するものとすれば代金については被告が、建物については原告が、それぞれ債権者であるわけであるから、いわゆる「やらずとらず」に帰すべき道理であつて、被告は原告に対して焼失した本件建物の代金の支払を求むべき筋合でないと反ぱくした。<立証省略>
被告反訴原告は「原告は被告に対して、金五万円を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び答弁として、被告が原告主張のその所有地について、原告主張のような内容の地上権を有し、これに基いてその地上に原告主張の建物を所有していたことは、これを認めるが右地上権は原告主張のように、期間の満了によつて消滅したところ、原告は右借地契約の更新を拒絶するので、被告は、本訴において(昭和十五年二月二十六日原審口頭弁論期日)右地上建物を時価金十万円で買取ることを請求したところ、該建物は原告主張の日に戦災によつて焼失した。しかしながら、本件建物の所有権は、被告の右買取請求と同時に原告に移転したものと見るべきであるから、その後右のように、被告の責に帰すべからざる事由によつて、焼失し且つ被告はこれによつて第三者より賠償を受けるなど何等の利益を受けていない場合においては、民法第五百三十四条第一項によつて、その危険は債権者たる原告の負担とすべきである。よつて右代金中五万円の支払を求むと述べ、なお当初原告が本件家屋の收去土地の明渡を請求したのに対しては買取請求による時価の支払を受けるまで右收去明渡を拒むと抗争した。<立証省略>
三、理 由
原告が、その主張の宅地を所有し、該宅地について、被告が原告主張のような内容の地上権を有し、これに基いて、被告がその地上に原告主張の建物を所有していたところ、昭和十四年七月六日右地上権はその期間の満了によつて消滅したこと、右建物が同二十年六月五日戦災によつて焼失したことは、当事者間に争のない事実である。
よつて先ず、原告の請求について考えて見るに、右地上権の消滅した後は被告は何等の権原なくその地上建物を所有することによつて、右宅地を占有するものであり且つその占有は故意又は過失によるものと認むべきであるから、その翌日である、昭和十四年七月七日よりは、地代相当額である一ケ月金百五十一円五十九銭七厘の割合の損害金を原告に支払うべき義務があるわけである。
原告は、昭和十四年七月七日より右地上建物の焼失した日の前日なる同二十年六月四日まで右の割合の金員を請求しているから、その当否について案ずるに、本件地上権が前示のように同十四年七月六日消滅したので、被告より契約の更新を請求したところ原告がこれを拒絶したことは、原告の争わないところであつて、当時施行の借地法第四条によればこの場合被告が本件地上建物を時価を以て、土地所有者たる原告に買取ることを請求できるのであるが、被告が右買取請求権を昭和十五年二月二十六日の原審口頭弁論期日において行使したことは、本件記録によつて明白であり、右買取請求権の行使と同時に、該建物の所有権は原告に移転するものと解すべきである。そして本件において当初原告よりの右建物の收去及び宅地の明渡の請求に対し、被告は右時価の支払のあるまでこの請求を拒んでいたのであるから(同時履行の抗弁)、その反射的効力として、右建物の敷地である本件宅地についてもその明渡を拒む正当の権限があるものというべきである。従つて右昭和十五年二月二十六日以降は、被告は本件宅地の不法占有による損害賠償の責任を負わないものといわねばならぬ。
して見ると、被告は原告に対して、前示昭和十四年七月七日より被告の買取請求権を行使した日の前日たる同十五年二月二十五日まで不法占有による地代相当の損害金支払の義務があるにすぎない。しかし原告は被告の買取請求の理由ある場合においては、その後は地代相当の不当利得として請求するというから、案ずるに、被告が本件宅地を不法に使用するものでないことは前示のとおりであるが、同時にだからといつて被告は無償で右宅地を使用する権原があるわけではない。
本件において被告は右買取請求権行使以後も反証のない限り依然倉庫として本件建物を自ら使用していたものと認むべきであるから、同時にその敷地である本件宅地を使用することによつて、その地代に相当する額を一応土地占有者たる原告の損害において不当に利得したものといわざるを得ない(昭和十八年二月十八日大審院判決参照)。
従つて、結局被告は原告に対して、前示昭和十四年七月七日より同十五年二月二十五日までは損害賠償として、その翌二十六日から地上建物の焼失したことに争のない日の前日たる昭和二十年六月四日までは、不当利得として地代相当の金員を支払うべき義務があることとなる。(原告は昭和十四年七月七日より昭和十五年二月二十六日までは損害賠償、その翌二十七日から不当利得として請求している如くであるが、それは単に不当利得となるべき日の見解の誤と見るべきものである。)しかして、原告が本訴において、右金員を昭和二十年六月四日以前に請求していることは、本件記録に照して明かであるから、被告は原告に対して、右合計金一万七百五十三円六十銭及びこれに対する、昭和二十年六月五日より完済に至るまで年五分の割合の遅延利息を支払うべきである。
次に被告の請求について考えるに、被告が本件建物について、昭和十五年二月二十六日原告に対して適法に買取請求権を行使したことは前段認定のとおりであるから、その当時の右建物の時価について証拠を調べると、当審における鑑定人渡辺鉱一、宇野栄助の鑑定の結果を綜合して、合計金二万八千円なりと認むるを相当とする。これに反する、原審における各鑑定人の鑑定の結果及び甲第七号証当審証人長谷川艇二の証言は採用しない。原告は、本件買取請求権が形成権であり且つ本件においては、右買取請求の目的たる建物が昭和二十年六月五日焼失した事実に基いて、右時価の支払の義務のない旨抗争するところがあるので、この点について順次判断する。
右買取請求権がいわゆる形成権であることは明かであるけれども、右買取請求権行使の結果、原告と被告との間には、本件建物につき売買契約(双務契約)が成立したのと同様の効果があるものであるから、この場合双務契約について定められた民法第五百三十四条第一項の適用のあるべきはもちろんであつて、且つ本件においては被告が買取請求権を行使した後、すなわち原被告間に売買契約が成立したものと見るべき時より後戦災という債務者である被告の責に帰すべからざる事由によつて右建物が焼失したのであるから、原告は被告より右建物の引渡を受けることなくして、その時価の支払を免れるを得ないのは、右法条に基く当然の帰結であるというべく、これを目して衡平の原則に反するとか、あるいは、代金については被告が、建物については原告がそれぞれ債権者であるから、いわゆる「やらずとらず」の道理によつて被告は代金を請求すべきでないというが如きは、右法条を無視する独自の見解というの外なく到底採用に値しない。
然らば、被告は原告に対して前示金二万八千円の支払を求むる権利あるに止まりその余の請求は理由なきものとして棄却すべきものとする。
よつて原判決を主文の如く変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 福本一)