大阪高等裁判所 昭和23年(上)104号 判決 1948年8月28日
上告人 被告人 奥田龍一
辯護人 小田成就
檢察官 森山良關與
主文
本件上告は、これを棄却する。
理由
辯護人小田成就の上告趣意は、末尾添付の上告趣意書と題する書面に記載のとおりであつて、これに對して、當裁判所は次のように判斷をする。
大政翼賛會の町村支部の支部長は、昭和二十二年勅令第一號にいわゆる覺書該當者として指定すべき基準(同年閣令内務省令第一號の別表第一)のものにあたるけれども、同支部の理事はこれにあたらないこと所論のとおりである。しかして同勅令第七條に基いて徴せられる調査表については、右閣令内務省令第一號第七條において別記様式(一)によつて作成すべきことを定め、その別記様式(一)によると、二十數事項について記載の場所を區別し、その「一五 大政翼賛会、翼賛政治会又は大日本政治会及びこれら關係團体との關係」として、各會各團體の本部又は都道府縣支廳郡市區町村支部の會員、創立者、組織者又は役員であつたことの有無並びにその地位などを記載すべきことになつている。その役員であつたことの有無とその地位などを記載させるゆえんのものは、主として、さしあたりこれによつて、これら會又は團體の活動における有力な分子たる覺書該當者として指定すべき基準のものにあたるかどうかを知らんとするにあるのである。しかも、調査表における記載事項は、廣く一般的に前示別表第一に掲げる何れかのものに該當するかどうかを調査判斷する資料に供せられるべきものであつて、たとえば、大政翼賛會の役員の地位にあつた事實は、同會の性質上其の者が前示別表第一の七に掲るもの(いわゆるG項該當者)にあたるかどうかを判斷するについて有力な資料となることなしとしない。要するに、右別表第一と調査表様式とを對照すると、大政翼賛會の役員のごときは、審査について相當重要視さるべきものであつて、同會町村支部の理事であつたことは前示勅令第十六條第一項第一號にいわゆる「調査表の重要な事項」にあたると言ふべきである。
したがつて、原審が所論のように被告人が前示勅令第七條によつて徴せられる調査表を提出するに際し、被告人が大政翼賛會奈良縣生駒郡北倭村支部の理事であつたにかゝわらずその事實を記載しなかつたことを認定しこれは同勅令第十六條第一項第一號に該當するとしてその適用をしたのは、まことに相當であつて、同勅令の解釋を誤つた違法はない。
なお、原審において辯護人から所論のような法律上の主張があつた場合、その納得を得る見地からはこれに對して詳細な説明を與えることが望ましいけれども、刑事訴訟法としては罪となるべき事實の判示以外に右のような説明を要求していないから、その説明がなかつたことをとらえて不法視するわけにはゆかない。
以上のように、論旨はついに理由がないから、刑事訴訟法第四百四十六條によつて主文のとおり判決をする。
(裁判長判事 荻野益三郎 判事 大野美稻 判事 熊野啓五郎)
上告趣意書
第一點、第一審以來被告が大政翼賛會町村支部の理事なりし事を記載せざりし事は調査表の重要な事項を記載せざりし事に該當せざる旨被告辯護人の極力主張する所(第一審公判調書七三頁第二審公判調書一二五頁)なるに拘らず、重要な事項なりや否やに關し何等の判斷を加ふることなくして判決したる點は不法なり
第二點、抑々本件は被告が調査表に北倭村支部の理事の地位にありし事を省略して記載せざりし事が勅令第一號第十六條第一項第一號に所謂調査表の重要な事項について事實をかくした記載をしたものに該當するや否やにかゝる然るに町村支部の理事の如きは重要な事項にあらずと解すべきものなり何となれば公職追放令第十六條第一項第一號に所謂重要な事項とは昭和二十二年閣令内務省令第一號別表第一の覺書該當者として指定する基準に該る事項及同基準に該るか何うかを判定するに必要なる資料たる事項と解す英文によると此の重要な事項とはrelevant and material matters とあつてrelevantとは前者の事項の意にmaterial mattersは後者の事項即ち追放該當者として指定する基準に該るかどうかを判定するに必要な資料たる事項の意に解せらる
然るに閣令内務省令第一號別表D項によれば大政翼賛會の町村支部の役職員にして追放に該當するは町村支部長又町村協力會に於ては町村協力會議長の地位にあるもののみに限り他の役職員即ち町村支部の理事、町村協力會議員の地位の如きは追放該當事項にあらず
然らば理事協力會議員の如きは覺書該當者としての指定する基準に該る事項に該當せざる事は明かなると共に大政翼賛會町村關係の役職員中追放該當者は支部長及協力會議長のみに限ると閣令内務省令に規定する以上非該當者の理事協力會議員の地位の如きは追放該當者としての指定する基準に該るかどうかを判定するに必要なる資料にもあらず即ちmaterial mattersにもあらず
第三點、追放該當者として指定する基準に該るかどうかを判定するに必要なる資料とは例へば調査表二〇ホ著述及演説の項に於ける著述名等の記載を怠るが如き場合を指し即ち著述の如きは其の内容を檢討して始めて追放指定の基準に該るかどうかを判定し得るものにして是明かにmaterial mattersと解すべきものとす反之最初より該當者は支部長協力會議長と明示し該當せざることを明かにされ居る大政翼賛會町村支部の理事町村協力會議員の如きは該當か否かを判定する必要な資料にあらず即ち町村支部の理事協力會議員の如きは勅令に所謂重要な事項に該當せず
第四點、大政翼賛會町村支部の理事町村協力會議員等の地位が重要な事項に該當するや否やに關し未だ法令判決例の解釋之を明示したるものなきもさればとて之が解釋を裁判官の隨意の判斷に委したるものにあらずして追放令はその淵源はポツダム宣言に基くとはいえその法令は飽くまで國内法にして法令の公正なる實行は日本政府の責任なると共に裁判所は又適正妥當なる法令の解釋を行ひ之が適用を爲すべきものなり
勅令第十六條第一項第一號に調査表の重要な事項について事實をかくした記載をした者は第十六條第一項の刑罰を適用することは當然なるも重要ならざる事項については假令事實をかくした記載をなしたる場合と雖も處罰の對照とならざること當然なり
第五點、裁判所は獨立して裁判官は國内法の解釋に關しては飽くまで獨立の立場にて判斷せらるべく行政官廰たる司法省の指示に俟つべき限りにあらざるは明かなるも重要な事項の解釋に關し昭和二十二年五月三十一日大阪高等檢察廰檢事長より當時の司法省刑事局長に對し照會せられたる件に關し昭和二十二年七月二十八日附司法省刑事局長より同檢事長に回答せられたる公職追放令違反に關する疑義についての回答によるも大政翼賛會町村支部の常務理事に付ては積極に解しmaterial mattersに該當すとの解釋せるも本件の如き單なる町村支部の理事に付てはmaterial mattersと解釋し居らざるのみならず町村支部の理事と同等の地位にある大政翼賛會町村協力會議員に付ては消極に解しmaterial mattersにあらずと解し居る權衡より見るも當然消極に解すべきものなり