大判例

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大阪高等裁判所 昭和24年(れ)3037号 判決 1950年4月22日

被告人

中村信次

外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人金子新一の控訴趣意第一点について。

(イ)(ロ) 論旨は本件恐喝予備的申立(訴因及罰条の追加)は公訴事実の同一性を害するがゆえに許さるべきでなくしかもこれについて何等証拠調をなさず詐欺の証拠調の結果を援用すらしなかつたのは訴訟手続上法令の違反があると主張する。しかし起訴状に掲げられた公訴事実と予備的申立書に掲げられた公訴事実とを対照するとその基本たる事実関係は両者いずれも被告人等が判示日時判示場所において不法手段を以て中島アサヱから現金三百円の交付を受けたと言う事実であつて、右手段について前者は欺罔手段、後者は恐喝手段と相異しているけれどもかような手段の相異は行為の態様にすぎないから犯罪事実の同一性を害するものではない。そして訴因及罰条の追加は公訴事実の同一性を害しない限り許され裁判所の審理の経過を見てなされるのであるから従前の証拠調の結果はそのまま追加された訴因の証拠資料として役立つのは理の当然であつて、所論のように改めてこれが証拠調をしなおすとか、援用するとか言うことは訴訟手続上少しも要求されていないのである。論旨は理由がない。

(弁護人金子新一の控訴趣意第一点)

原判決は全然証拠調をなさず右被告人に対し有罪の言渡をした違法がある。

一、昭和二十四年四月一日両被告人は罪名詐欺適条刑法二四六条に相当する公訴事実につき公訴を提起せられ、三囘の公判手続の審理の結果本年六月七日判決言渡期日と定められた。

二、右判決言渡期日に検察官は、同日附公訴の予備的申立書を提出し、弁論の再開を求めた。原裁判所は茲に弁論再開の決定をなし検察官に右予備的申立書記載の事実を述べしめ、及訴因並に罰条の予備的追加の申立を許した。検察官は裁判所に此再開を求め及右の予備的申立を追加した以外、其予備的訴因たる事実につき刑事訴訟法二九二条の証拠調の請求をなさず又同法二九二条の事実及法律の適用につきその意見の陳述をもなさなかつた、裁判所も亦同法第二九一条第二項前段に定める説示をなさずして(イ)被告人及弁護人に対し右予備的申立に対し陳述する事の有無及(ロ)被告人に対し、最後に陳述する事なきやを尋ねた後結審を宣し判決言渡期日を指定した。

三、前項事実は原審記録八九丁第四囘公判調書の記載に照し明白である。原判決は前第一項の起訴事実につきては犯罪の証明なきものとし、前二項予備的起訴事実を認定し両被告人に対し恐喝罪として各懲役六月に処し内被告人小島に対し執行猶予の言渡しをなした。これは原判決に照し亦明白である。

四、およそ予備的訴因も亦一箇の訴因である。従つて其起訴事実につき検察官は証拠調の請求をなし、及其の提出をなし裁判所も之に対応して証拠調をなし、それが終るや、検察官に於て事実及法律の適用につき意見の陳述をなし、而して裁判所が判決をなすべきが理の当然である。即ち予備的訴因につきても(第二次的訴因)本来の訴因(第一次的訴因)同様何等此の点に於ては区別せらるべきものではない。原審公判手続に於ては少くとも検察官は本来の第一次的訴因につきての証拠方法を援用し及び事実及び法律の適用につきての陳述を援用すべきものであつた。にも拘らず全然之が取調請求も証拠及意見の陳述をなさなかつた。

五、右事実の故に予備的訴因につきては適法なる証拠が全然ない事は明白である。然るに原判決は第一次的訴因につき取調をなした証人徳永常男同中島アサヱの各供述に各被告人の供述調書を綜合して有罪の言渡をした違法がある。即ち原判決は刑事訴訟法第二九一条乃至二九三条亦従つて憲法第三一条の精神に反する違法のものである。

六、次に検察官は右の第二次的起訴事実を以て予備的訴因なりと主張したが実は然らずして別箇独立の起訴である、団藤教授は其新刑事訴訟法綱要一二七頁に於て予備的訴因は「一箇の犯罪事実であつて数種の法律的構成が可能の場合に生ずる」と説き窃盗罪であるか、もし然らずとすれば遺失物橫領罪である場合(目的物が被害者の占有に属していたか不明の際)と例示する。これは択一的にも記載出来ると説く。即ち窃盗罪か遺失物橫領罪かのどちらかと表示して起訴する場合である。滝川教授外三氏共編新刑事訴訟法解説二六二頁に於て立案当局の説明による予備的とは例えば「殺人罪が成立しないとすれば傷害致死の認定がしてもらいたい場合、又は傷害罪が成立しなければ過失傷害として認定してもらいたい」という類であると説き択一的とは右の鈴木勇氏の見解によれば、ある行為が物価統制令違反と食糧管理法違反に該当するものと認められる如き場合(刑法五四条)と説示し立案当局の例示とは異るようである。

七、本件に立戻る。第一次の起訴と第二次の起訴とは右両教授の両書に所謂予備的関係に立脚していない事が判然とする。即ち第一次的起訴を熟読せんか其処に記載の一ケの犯罪事実に依存する法律的構成は賭博か然らずんば詐欺の二つ以外に思考する事は出来ない。次に検察官の所謂予備的即ち第二次の訴因を熟読する。其処に記載の全事実(敢て一ケの犯罪事実と呼ばない)からは賭博未遂詐欺未遂及恐喝罪の三個の法律的構成の単なる重畳的記載と判断する以外に別に予備的若くは択一的記載ありと読みとる事は甚だしく困難である。併し乍ら第二次的起訴の罪名適条は、単一の恐喝、刑法二四九条との記載がある。従つて第一起訴か然らずんば第二起訴の趣旨と読むべきものとすれば、賭博か然らずんば詐欺である。両者然らずんば恐喝であると読ませる趣旨かもしれない。然し等しく被害者中島アサヱが中村被告人に交附した金参百円が第一次の詐欺である限り、それは欺罔行為――錯誤――而して任意交附の参百円でなければならぬ。次に第二次の恐喝でありとすれば其同一の参百円は中村の威喝行為――畏怖而して不任意交附でなければならない。果して然りとすれば第一次の犯罪事実と第二次のそれとは明白に異る事を知り得る。換言すれば両犯罪の構成要件は全く別箇独立のものたるは明々白白である、よし賭博未遂的及詐欺未遂的事実を夫々附加記載しても両者に予備的又は択一的関係を創設せしめる事は出来ない。従つて本件の予備的申立は、公訴事実の同一性を害するが故に刑事訴訟法三一二条第一項に反し許さるべきでない。原審は之を看過し而も何等証拠調をなさず且詐欺の証拠調の援用もなさず被告等を有罪に処した違法がある。

(註 本件は審理不尽の結果事実誤認の疑あり破棄差戻)

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