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大阪高等裁判所 昭和24年(を)3042号 判決 1950年3月23日

被告人

平井勇

主文

本件控訴は孰れも之を棄却する。

理由

弁護人吉長正好、辻中一二三の控訴趣意第一点について。

弁護人は本件は緊急避難行爲であると主張するけれども記録を調査するに被告人等は孰れも原審で自供し別に爭うことなき旨述べ弁護人よりモビール油の配給状況並びにその不足状況を立証するために証拠調を請求し檢察官提出の証拠について反証を提出せず寬大なる裁判を求めて審理を終結したことが明らかで右の如き主張は原審でなされた形跡がない。

然るに當審は所謂事後審であつて第一審判決の時に立つてその當否を審査するものであつて原審で主張せられなかつた事實上の主張を當審に於て新たに主張することは法の認めざるところであるから論旨は採用できない。(弁護人が原審で主張したモビール油配給不足の状況は量刑上の情状として主張されたものと解するの外はない蓋し若し原審で既に緊急避難の主張があつたならば原判決に於て之に対する判断を示すの要あり此の判断の遺脱は弁護人から控訴の理由として主張されるのが当然の事理であるからである)假にかかる主張を改めて當審でなしうるものとしても緊急避難として違法性を阻却せらるる爲にはその行爲が緊迫せる危難を避くるに必要己むを得ざるものに限るものであるところ本件違反行爲は記録に現われた當時の諸般の情状に照し緊迫せる危難を避くるに必要己むを得ざるものとは容易に之を認めることができないから本主張は之を採用できない。又弁護人は被告人等は經濟再建に貢獻しようとして揮發油モビール油が不足して如何ともし難く殊に主として進駐軍の物資輸送に當りその傍ら大阪中央市場の食糧輸送に從事していたのであるが政府の油の割當量が少なく進駐軍の要請する輸送と市民生存權の爲の輸送要請にも應ぜられなかつたので至上命令と市民の命を救わんがためにやむを得ず本件違反行爲に出たものであると主張するけれども臨時物資需給調整法は我國の經濟再建に必要な物資が著しく欠乏している實情に鑑み産業の囘復及び振興を計る目的で經濟安定本部總裁が定める基本的な政策及び計画の實施を確保するため經濟安定本部總裁の定める方策に基く物資の割當配給と供給の特に不足する物資についての使用の制限又は禁止等を規定したものである。我國經濟が著しく主要物資の不足を告げる實情にある今日の場合において若し何等の統制を行わなかつたら一部の強者に買占められ物資は偏在し大多數の者は甚しい主要物資の窮乏に陥るべきことは明かである。同法あるが故に不足勝ちながらも政府の配給が行われ所論の如く産業の囘復及び振興に寄興し得るのであるから充分な配給がないとて本法を無視し名を緊急避難にかりて本法違反の行爲に出づることができるという主張は我國經濟の實情を知らざるものである。殊に刑法第三十七條の緊急避難は現在の危難即ち緊迫せる危難が他人の法益を害する外他に救助の途なき状態に在ることを必要とする。然るに所論の危難は被告人等が所論の輸送をなさざれば危難が來るにきまつているという主觀的な豫想に過ぎないもので右に所謂現在の危難に該當しない即ち進駐軍はそれ自身強大な輸送力を持つているし大阪に於ける運送業者は大阪此花運送會社のみではない。從て被告人等が本法を無視しなければ大阪市民は飢え進駐軍の輸送は絶えると云うことは首肯できない。他に取るべき方法は夫々の當局にいくらでもあることは証明を要せざるところである。又被告人平井は燃料係主任として絶対絶命の境地にあつたと主張するけれども同被告人は本件取引によつて一万圓以上の利益を得ているので同被告人が所論のような事情で本件犯行に及んだという主張は措信できないから論旨は理由がない。弁護人は同被告人を処罰するのは現實を直視せず實情に適しないというけれどもかかる主張の理由のないことは前記説明を通じて明瞭である。論旨は理由がない。

(弁護人吉長正好・辻中一二三の控訴趣意第一点)

原審判決は違法であると思料します。

即ち原審判決は被告人會社を罰金七万圓に被告人平井勇を罰金二万圓に処すると謂うのでありますが被告人等が本件の行爲をするに至りましたのは當時の實状としてやむを得ないものでありましてその行爲は緊急避難行爲として処罰すべからざるものであります。

蓋し、臨時物資需給調整法第一條に「主務大臣は産業の回復及び振興に關し經濟安定本部總裁が定める基本的な政策及び計画の實施を確保するため云々」と規定して居るのでありまして本法の目的とするところは産業の回復及び振興でありまする。此の目的の爲に重要な物資を國の計画に基いてその動きを規整し最も經濟の復興に必要とする方面に割當配給されるのが正常な方式なのであります。本件に於て割當切符なく且つ此れと引換でなくて石油製品を購入した点に於て形式的には法律違反であるかの如く觀え併し乍ら敗戰後我國産業は沈滯その極に達し生産その物を目的とせず單に物價の値上りのみを座して待つという状態にあつたのであります。然るに被告人等は自己の業務である運送によつて經濟再建に貢獻しようとしたが所詮命と云うべき揮發油、モビールの不足に如何ともし得ない状態にあつたのであります。

殊に被告會社の如きは主として進駐軍の物資輸送に當り其傍ら大阪市場の食糧輸送に從事していたのでありますが、當時現地に於ける軍の要請はあつてもまた市民生活の爲めに食糧輸送に急を要しても政府の油の割當量は一般定率であるためこれが担當業者は如何ともすることが出來なかつたのであります。その實状の一班は弁第一號証乃至第三號証の如く大阪道路運送監理事務所長が陸運監理局道及び經濟安定局長に対して再三モビール割當量の増加を要請した事實のあることによつても明白に立証し得るのであります。(中略)

右のようにモビールに付て申してもその配給率は所要率の五〇%程度か又はそれ以下であつたのであります。かような少量の配給ではとても軍の要請される輸送もできないし又市民生存の爲めの輸送要請にも應ずることができないのであります。

その緊急の要請即ち至上命令と市民の命を救わんが爲めには止むを得ず正規外物資即ち闇油を購入せざるを得ないのであつたのであります。

從つて被告會社及被告人等の行爲はこの緊急に処するための一つの避難行爲でありまして犯責を阻却する事情があります。

又當時の一般輸送業につきましてもその目的に於ては只營利のみを目的としたのでなく運送による産業の囘復を希むの餘り出た行爲でありまして實質に於ては産業囘復及び振興を期したのであつて形式的に直ちにその行爲を排斥できないものと思料致します。

被告人等が本件行爲に敢行致しましたのは前記の理由によります外平井勇の自供始末書に、「私の會社は以上の樣に相當の自動車を持つて居すりまので、之の燃料の揮發油そ他潤滑油のモビール、ミリンダー油等は澤山消費しますが正規の通り配給量では迚も足りませんので從業員から催促をうけ困つて居りました」とありますように被告人平井は燃料係主任として燃料が続かなかつたら從業員から責められるし主觀的には全く絶対絶命の境地にあつたと申してよいのであります。右の結果遂に本件の方法で油を入手してその責任を果して來たのであります一會社の勤務員として右の樣な立場に於かれた場合好むと好まざるとに拘らず誰しもが選んだ途であり右以外の方法によるの外には全然途がないのであります。この場合唯拱手傍觀を強いることは餘りにも難きを強いるのであつて現實を直視せず實情に適しない非實際的であります。

されば平井の措置は全くやむを得ざるに出でたものといわねばなりません即ち緊急避難行爲であります。從つて被告人の行爲はその責任を阻却さるべきものであり此の点を考慮するならば平井勇に対して刑事責任を負わすことはできないと思料します。

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