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大阪高等裁判所 昭和24年(ネ)263号 判決

控訴人等は各自被控訴人に対し、別紙目録<省略>記載の家屋を明渡し、且金百円及び昭和二十三年五月一日より同年十月末日まで一ケ月金三百円、同年十一月一日より同二十四年五月末日まで一ケ月金七百五十円、同年六月一日より同二十五年七月末日まで一ケ月金千二百円、同年八月一日より同二十六年九月末日まで一ケ月金千六十八円、同年十月一日より同二十七年三月末日まで一ケ月金千八百八十三円、同年四月一日より右家屋明渡済に至るまで一ケ月金千五百八十五円の割合による金員を支払え。

被控訴人の控訴人等に対するその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする。

本判決第二項は被控訴人において控訴人等に対し家屋明渡の部分につき各金二万五千円、金員支払の部分につき各金二万四千円の担保を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

控訴人等は原判決中被控訴人敗訴の部分を除きその余を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は本件控訴を棄却する控訴費用は控訴人等の負担とするとの判決を求め、本件家屋を別紙目録記載のとおり訂正し、なお金員の支払について昭和二十四年六月一日以降の部分を拡張して控訴人等は各自被控訴人に対し同日より同二十五年七月末日まで一ケ月金千二百円、同年八月一日より同二十六年九月末日まで一ケ月金千六十八円、同年十月一日より本件家屋明渡済に至るまで、一ケ月金千八百八十三円の割合による金員を支払えとの判決を求めた。

当事者双方の主張は、被控訴人において、本件家屋は別紙目録に記載のとおりであつて、この点につき原審における主張に誤があるからこれを右のとおり訂正する。控訴人堀の子堀広子は未成年者で控訴人堀の扶養の下にあり又昭和二十三年三月末奈良市に転居したのであるから、控訴人堀宛になされた本件家屋の賃貸借解除の意思表示は右両名に対し効力がある。なお本件家屋は昭和十一年に被控訴人において新築したもので、その敷地は四十六坪二合六勺である。本件家屋の家賃の統制額は昭和二十四年六月一日より一ケ月金千二百円に、同二十五年八月一日より一ケ月金千六十八円に、同二十六年十月一日より一ケ月金千八百八十三円に修正されたから、右修正後は修正賃料相当の損害金の支払を求めると述べ、控訴人等の後記主張事実に対し、被控訴人は本件家屋を初めて控訴人堀の先代堀慶男に賃貸したもので、当時家賃について何等の認可を得ていないことを認めるが、その他の事実は否認する。当時家賃一ケ月金百三十円は相当の額で、控訴人堀の先代はこれを承認したのであり、又控訴人味岡は不法占拠者であるから控訴人等は右家賃の額を争うことはできないと述べ、控訴人等において、本件家屋が被控訴人主張のごとく別紙目録に記載のとおりであり、その建築が昭和十一年であることを認める。控訴人味岡が本件家屋に居住後、被控訴人と控訴人等との間に控訴人味岡の被控訴人に支払うべき権利金について交渉があり、その交渉中に被控訴人は城地延尚と相談の上控訴人味岡を本件家屋の所在地である布施市に転入せしめるため、同市にある小阪映画劇場主に依頼し控訴人味岡を同劇場の事務員となし、その証明を得て控訴人味岡及びその子供の布施市に転入することを得せしめたのであるから、被控訴人は控訴人味岡が控訴人堀から本件家屋を転借し居住することにつき当時承諾を与えたものであり、仮に明示の承諾がなかつたとするも被控訴人と控訴人味岡は当時誘い合せて買い物に行き、又一方が留守をする際は他方に配給物の受領を托し互にその用を弁じ合つていたのであつて、かかる事実に徴すると被控訴人は控訴人味岡の右転借居住につき黙示の承諾を与えていたものである。控訴人堀の子堀広子は昭和二十三年四月から奈良市若草中学校に入学したが一学期は本件家屋から通学し、二学期である同年九月から奈良市の親族鈴井ふく方に寄寓したが、それは通学の便宜のためであつて本件家屋の使用を廃し又は賃借権を放棄したものではない。なお被控訴人は本件家屋を初めて控訴人堀の先代に賃貸したのにかかわらず、当時家賃一ケ月金百三十円につき所定の認可を受けていないから右額は適正な賃料ではない。当時の賃料は高くとも一ケ月金四十円であるから、右金四十円を基準にその後の修正賃料を定めるべきであると述べた外、原判決事実に記載のとおりであるからこれを引用する。<立証省略>

三、理  由

被控訴人が昭和十九年控訴人堀の亡夫堀慶男に本件家屋を賃貸したこと、堀慶男が昭和二十三年一月三日死亡し、控訴人堀及びその子堀広子の両名が相続人として本件家屋の賃借権を承継したこと、控訴人味岡が現に本件家屋に居住し、これを占拠していることはいずれも当事者間に争なく、右賃貸借は当初の賃料一ケ月百三十円、毎月末日払、賃借人は本件家屋を第三者に転貸し或は賃借権を譲渡し又は他人を同居せしめる等の行為は一切なさないこと、賃借人において右約に違反したときは賃貸人は催告を要せず即時に右賃貸借を解除することができる旨の特約があつたことは控訴人等において明かに争わないから自白したものとみなす。

被控訴人は控訴人堀は右特約に違反し、昭和二十三年三月五日控訴人味岡を本件家屋に居住せしめた旨主張するのに対し、控訴人等は被控訴人は同年一月四日控訴人堀の亡夫の夜伽の際、控訴人堀に対し本件家屋の一部を転貸するよう慫慂したので控訴人堀は控訴人味岡に本件家屋の一部を転貸居住せしめたものである旨抗争するから、先ずこの点について判断する。

原審証人前田栄太郎、当審証人鈴井フク子、西田砂子、吉川チエ、城地延尚(第二回)の各証言並びに原審及び当審における控訴人堀の本人尋問の結果中右控訴人主張に添う部分は信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠なく、かえつて、原審証人城地延尚神内芳雄の各証言(但し、証人城地の証言はその一部)原審及び当審における被控訴人本人の尋問の結果(但し、当審は第一回の一部)を総合すると、右亡堀慶男の夜伽の席上で本件家屋の二階の転貸について話がでたことはあるが、被控訴人が控訴人堀に対し二階を転貸するよう慫慂したことはないこと及び当時被控訴人方には娘夫婦が同居してをり、特に娘は肺患で臥床していたので堀慶男死亡後間もなく、被控訴人は右娘夫婦を本件家屋の二階に居居せしめたく考え、控訴人堀に右二階の明渡を求め、なおもし控訴人堀において引続き本件家屋を賃借居住する意思があるならば、賃借人を控訴人堀静子名義に契約証書を書替えたい旨申入れたところ、控訴人堀は亡夫の忌明後は奈良の妹方に引移る予定であると言つたので契約書を書替えるに至らなかつた。ところがその後控訴人堀の妹鈴井フク子等が控訴人堀に権利金を取つて他人を本件家屋に居住せしめるようにすすめ、同月十七、八日頃元、右堀慶男の下僚で当時控訴人堀の財産整理にあたつていた城地延尚及び右鈴井フク子外一名が被控訴人方に行き、堀慶男の関係していた会社の社長に本件家屋を貸与されたく、その顔継料として一万円を被控訴人に提供する旨申出でたが、被控訴人はこれを拒絶し、更に控訴人堀に対し本件家屋に他人を居住せしめないように重ねて申入れ、控訴人堀はこれを承諾した。しかるに控訴人堀は本件家屋を控訴人味岡に転貸し、同年三月五日頃に至り控訴人味岡が本件家屋に転居してきたことを認めることができる。原審及び当審証人城地延尚(当審は第一回)当審証人鈴井フク子の各証言並びに原審及び当審における控訴人堀の本人尋問の結果、当審における被控訴人(第一回)の本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。次に控訴人等は、控訴人味岡が本件家屋に居住後被控訴人と控訴人等との間に控訴人味岡の支払うべき権利金について交渉があり、その交渉中に被控訴人は城地延尚と相談の上控訴人味岡を本件家屋の所在地である布施市に転入の手続をしたのであるから、被控訴人は控訴人味岡が本件家屋に居住することにつき当時承諾を与えた旨主張するからこの点について判断する。

当審証人味岡亀之助、城地延尚(第二回)の各証言(いずれも後記措信しない部分を除く)当審における被控訴人(第二回)、控訴人味岡(第一回)の各本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、控訴人味岡は控訴人堀の妹鈴井フク子より家主の承諾があるから本件家屋に転居するようすすめられ、なお同人から家主は権利金一、二万円を要求していると聞いたので権利金一、二万円を出すことを承諾して、昭和二十三年三月五日頃前記のとおり本件家屋に転居した。一方被控訴人は控訴人味岡が突如本件家屋に転居してきたので驚き、直ちに前記城地延岡を訪ね、同人に対し控訴人堀に善処せしめるよう依頼した、そこで城地は被控訴人に控訴人味岡より被控訴人に権利金を提供せしめるから控訴人味岡の本件家屋に居住することを承諾されたい旨申入れた結果、被控訴人は控訴人味岡が権利金として金三万円を被控訴人に現実に支払うことを条件として控訴人味岡の本件家屋に居住することを承諾すると言つたので城地はこの旨控訴人味岡に伝えたところ、同控訴人は同控訴人の布施市への転入につき所定の承認を得れば、直ちに被控訴人に右権利金三万円を支払う旨申入れたので城地は更にその旨被控訴人に伝えたところ、被控訴人は右申入を承諾した。そこで城地は早速控訴人味岡を形式上布施市の劇場の事務員に雇われたこととして布施市えの転入手続をなし、所定の承認を得たので控訴人味岡に右三万円を支払うように言うと同控訴人はその翌日に支払うことを約した。ところがその支払当日になつて城地は被控訴人に無断で控訴人味岡に対し、更に右権利金を四万円に増額するよう申入れたので控訴人味岡はこれを拒絶するのみならず、右三万円の支払にも応じなかつたことを認定することができる。当審証人吉川チヱ、味岡亀之助、城地延尚(第一、二回とも)の各証言、当審における控訴人両名及び被控訴人(第二回)の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

すると結局被控訴人は控訴人味岡が権利金として三万円の支払をしなかつたため、控訴人味岡の本件家屋に居住することを承諾するに至らなかつたということができる。

次に、控訴人等は控訴人味岡の本件家屋に居住することについて被控訴人は黙示の承諾を与えた旨主張するから考えるに、当審証人西田砂子、矢野鶴子の各証言によると控訴人味岡が本件家屋に居住して間もなく被控訴人は控訴人味岡と共に当番となつて木炭を配給したり、又共に買物にでかけたことが認められる(右認定に反する当審における第二回の被控訴人本人尋問の結果は信用しない)が、当時城地が前記のとおり被控訴人と控訴人等との間に立つて権利金等の問題で交渉中であつたのであるから、被控訴人は一応控訴人味岡の本件家屋に同居していることに対して異議を述べることを差支えていたものと見るを相当とすべく、右のような事情があつたからといつてこれをもつて控訴人等主張のような黙示の承諾があつたものとは認め難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。そうすると、控訴人味岡は被控訴人に対する何らの権原なく本件家屋に居住していることになるから、本件家屋の所有者である被控訴人にその明渡をなすべき義務があること明白であり、又控訴人堀は前記賃貸借契約の特約に違反し被控訴人の承諾なくして控訴人味岡に本件家屋を転貸し居住せしめたことになる。

そして成立に争のない甲第四号証の一、二によると、被控訴人は昭和二十三年四月一日内容証明郵便をもつて控訴人堀静子宛に右特約違反を理由に本件家屋の賃貸借解除の意思表示をなし、右書面は同月三日同控訴人に到達したことが認められる。控訴人等は右賃貸借解除の意思表示は共同賃借人の一人に対してのみなされたのであるから無効である旨主張し、右書面に共同賃借人の一人である堀広子の表示がないことは当事者間に争がないが、成立に争のない甲第十七号証の三、乙第十三号証の五、原審及び当審における控訴人堀の本人尋問の結果によると、当時堀広子は未成年者であつて、控訴人堀静子がその親権者であることを認めることができるので、被控訴人の控訴人堀静子宛の書面による右賃貸借解除の意思表示は共同賃借人である控訴人堀及び堀広子の両名に対し同時になされたものと解することができるから、右解除の意思表示により右賃貸借は昭和二十三年四月三日有効に解除されたものということができる。

すると、右賃貸借解除により控訴人堀は原状回復義務の履行として被控訴人に対し、本件家屋を明渡すべき義務がある。

更に、控訴人等は被控訴人の居住家屋は相当広くその家族の生活に不自由がないのに反し、控訴人等は八名の同居者を有するのであるから被控訴人の右解除による明渡請求は権利の濫用であると主張するが、仮にかかる事実があるとするも、これをもつて賃借人としての前記義務違反による解除に基く被控訴人の明渡請求を権利の濫用ということはできないから右主張は排斥する。

よつて進んで被控訴人の損害金の請求について判断する。

被控訴人が右賃貸借につき敷金として金五百円を受取つていることは被控訴人の自認するところであり、右賃貸借解除当時控訴人堀が昭和二十三年三月一日より右解除当日までの賃料の支払を了していたことについては、控訴人等において主張立証をなさないから、右敷金は右期間の延滞賃料に当然充当され、これにより右賃貸借解除の日である昭和二十三年四月三日までの賃料は全部支払済となる。したがつて同日までは控訴人味岡が本件家屋を占拠することにより被控訴人が損害を蒙つているということはできないから、被控訴人の控訴人味岡に対する本訴請求中同日までの損害金の支払を求める部分は理由がない。

しかしながら、右賃貸借解除後である昭和二十三年四月四日から本件家屋明渡済までは控訴人両名は何等の権原なくして共同して本件家屋について被控訴人の使用収益を妨げ賃料相当の損害を与えているということができるから連帯してその損害を賠償する義務がある。そして、控訴人堀の先代が昭和十九年被控訴人と本件家屋の賃貸借契約をした時の賃料が一ケ月金百三十円であつたこと前認定のとおりで、昭和二十一年九月三十日においても家賃は右同額であつたこと弁論の全趣旨により明かであるから、一ケ月金百三十円が昭和二十一年九月二十七日勅令第四四三号地代家賃統制令第四条第一項所定の指定期日における家賃の額として本件家屋の賃料の停止統制額となる。控訴人等は本件家屋は初めて被控訴人から控訴人堀の先代に賃貸されたものであるのにかかわらず、一ケ月百三十円の家賃の額は所定の認可を受けていないから右額は適正な賃料ではなく、当時の本件家屋の賃料は高くとも一ケ月金四十円であるから、一ケ月金四十円を基準として修正賃料を定めるべきである旨主張し、被控訴人が本件家屋を初めて控訴人堀の先代に賃貸したものであることは当事者間に争ないが、当時の地代家賃統制令(昭和十五年勅令第六七八号)にはかかる場合の賃料を定めるにつき認可を要する旨の規定はなく、同令第三条によるとかかる場合の家賃については貸主はこれを地方長官に届出でなければならないことになつている(そして、被控訴人が前記家賃について右の届出をしなかつたことは弁論の全趣旨により明かである)、しかしながら、同令が右の届出を命じているのは、同令施行後に初めて賃貸した場合にはその最初の家賃が同令第三条第一項により統制額となるため、もし地方長官において右家賃が同令第五条による適正標準に照し不当と認めるときは、同令第六条第一項により貸主に対しその減額を命じ、同条第二項によりその減額した家賃をもつて右第三条の統制額とみなすことになるのでその趣旨を徹底せしめんがためであつて、右届出義務違反の場合貸主は罰則にふれるが、そうだからといつて右家賃が同令第三条第一項の統制額とならないとは解することはできない。したがつて前記一ケ月金百三十円が昭和二十一年勅令第四四三号地代家賃統制令第四条第一項の停止統制額となることには影響がない。

本件家屋の家賃がその後昭和二十二年九月一日同統制令第五条による停止統制額の修正(昭和二十二年物価庁告示第五四二)と同時にその修正額(本件家屋が昭和十一年建築されたものであることは控訴人等において争わないところである)の範囲内である一ケ月金三百円に増額されたことは当事者間に争がなく、その後更に停止統制額の修正にしたがい昭和二十三年十月十一日から同年物価庁告示第一〇一二号により一ケ月金七百五十円に、同二十四年六月一日から同年同庁告示第三六八号により一ケ月金千二百円に、同二十五年八月一日から同年同庁告示第四七七号により一ケ月金千八十円(本件家屋の賃貸価格が三百七円であることは成立の争のない甲第十号証により、本件家屋の敷地の賃貸価格が坪当り金二円であることは成立に争のない甲第九号証によりそれぞれ明かであり、本件家屋の敷地が四十六坪二合六勺であることは控訴人等において明かに争わないから、これを自白したものとみなす)に、同二十六年同庁告示第一八〇号により同二十六年十月一日から同二十七年三月末日まで一ケ月金千八百八十五円(本件家屋の昭和二十六年度の価格が金五十二万九千六百円であることは成立に争のない甲第十五号の二により明かで、本件建物の住宅の延坪数が三十三坪六合九勺であることは当事者間に争なく、本件建物の敷地の昭和二十六年度の価格が一筆七十五坪につき金九万円であることは成立に争のない甲第十五号証の一により明かである。同二十七年四月一日から一ケ月金千五百八十五円にそれぞれ改訂されたこと明かである。

すると、控訴人等は各自、前記賃貸借解除後本件家屋明渡済に至るまで損害賠償として右金額の割合による金員を支払うべき義務があるが、被控訴人の本訴請求は右の範囲内で、右一ケ月金七百五十円については、昭和二十三年十一月一日から、又昭和二十五年八月一日より同二十六年九月末日までの分については、一ケ月金千六十八円、同年十月一日より同二十七年三月末日までの分については、一ケ月金千八百八十三円の割合で支払を求めているからこれに従うものとし、なお、原判決は前示金五百円の敷金は解除後の損害金にも当然充当されるものとした結果、被控訴人の控訴人堀に対する昭和二十三年四月四日より同月末日までの損害金の請求中百円についてのみこれを認容し、その余の部分は、右充当によつて消滅したものとして棄却し、しかもこの部分については被控訴人から控訴がないから、右原判決の見解の当否にかかわらず、右損害金中百円を超過した部分は被控訴人はすでに、控訴人堀の敷金の充当によつて弁済を受けたこととなる。従つて連帯債務者たる控訴人味岡についてもこの部分の債務は消滅し、結局控訴人等は各自主文第二項記載の範囲において、被控訴人に対して損害金を支払わねばならないわけである。

そうすると、原判決中控訴人堀に関する部分は当審において本件家屋の表示に変更があり、又控訴人味岡に関する部分も同じく右表示の変更の外前示認容した範囲を超える被控訴人の請求は失当であるから、原判決を変更すべく、なお被控訴人が控訴人等に対し当審において拡張した本訴請求中昭和二十七年四月一日より本件家屋明渡済に至るまで一ケ月金千八百八十三円の支払を求める部分につき一ケ月金千五百八十五円を超過する部分は失当としてこれを棄却し、その他の部分はすべて正当としてこれを認容し、右認容した部分につき本判決において新に控訴人両名にその支払を命ずべきものとする。よつて民事訴訟法第九二条但書第九三条第一項本文第九六条第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)

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