大判例

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大阪高等裁判所 昭和25年(う)1618号 判決

(イ)刑法第二百三十四条にいわゆる威力とは有形たると無形たるとを問わず、犯人の権勢員数及び四囲の事情により他人の意思を抑圧する勢力を指称するのであるがそれが威力と称しうる程度かどうかを判断するに当つては相手方の身分やそれが行われた時と場所の関係をも考慮に入れて考えなければならない。検事は被告人が司法警察員に対する第一回供述調書で仕事をやめろなどと大声を出したことはおぼえていると述べているので被告人が正当な争議行為の範囲を逸脱したと主張するが、争議中の労働者の言動に手荒なことのあるのは争議の性質上極めてありがちなことであるから被告人に右のような言動があつたとて直ちに争議行為の範囲を逸脱したとはいえない。争議中の労働者の言動が手荒であつたからとて直ちに威力に該当することになれば労働争議はたやすく弾圧され争議権は骨抜きとなるであろう。もとより労働争議が当事者双方の節度を重んずる態度によつて行われることは望ましいことであるが極めて因難なことである。従つて手荒な労働者の言動が威力といえるかどうかは諸般の事情によつて決しなければならない。記録につき当時の事情を調査してみると原審証人佐々木進、井上省己の証言によれば被告人等争議中の組合員が工場に入つて来たのは正午前頃であつて、当時その工場は脱退組合員や臨時工員で操業中であつたこと即ちその場所は被告人等のもとの職場であり且つ「作業を止めろ」といわれた相手方は被告人等のもとの同僚工員であり脱退組合員であつたこと、及び原判決も説明している如く争議組合員等の当時の行動自体比較的静粛であつたこと等の事情を綜合すると被告人の本件言動はいまだ刑法にいわゆる威力の程度に達していなかつたものと認められるのである。

(ロ) 検事は井上省己の証言によれば被告人が作業をやめろと言うたので作業を続けるとどんな事が起るかもわからんと思い身辺にどんな危険が起るかも知れんと思つて作業をやめたと供述しているから被告人の言動が井上を畏怖せしめたこと明瞭であると主張するけれども、証人井上省己の原審公判における供述によれば被告人等約六十名の工員は当日井上等脱退組合員の復帰をすすめるために本件工場に赴き被告人が仕事中の井上に対し作業をやめろと言つたら作業をやめて自由意思で共に工務室に入つた事実が認められなお証人佐々木進(製造課長)の原審公判における供述によると当日正午前頃に組合員が二十八、九名位と他に知らない人が二十名位が入つて来たので佐々木が組合員に対して代表者は誰かと問いたるに皆が代表者だと答え交渉する相手がないのでそのようなことでは作業中の工員がどんな目にあうかも判らんと心配になり、早速作業員を現場の工務室え入れてスト組と別れさした事実が認められる即ち作業の中止はむしろ製造課長の指示によるものと認められるのである。従つて被告人の言動と井上の業務執行停止の間に因果関係はない。よつて業務妨害罪の成立を主張する論旨は全て理由がない。

(二) 検事は原判決は被告人が渡辺数馬に対し威力を用い同人の業務を妨害した起訴事実を争議行為の正当な限界を逸脱し同人の業務を妨害するため不法に威力を用いたものといえないと断じたのは誤認であると主張する。

しかし記録を精査しても原判決の説示は正当であると認められ少しも誤はない。

検事は被告人に対する司法警察員の第一回供述調書、検察官の第一回供述調書の各供述記載によつて被告人が棒を持ち暴行に及ぶ気構えで昨日叩いてやろうと思つたが許してやつた今日は強いてはいれば叩く旨申向けたことが明らかに認められるから被告人は渡辺の業務の執行を阻害したと主張するけれども、たとえ被告人の行為がいわゆる威力に該当するとしてもそれによつて業務妨害罪が、成立するためには被告人の行為と渡辺の業務執行停止の間に困果関係がなければならない。しかるに原審公判における証人渡辺数馬の供述によれば同人は被告人から右のように申向けられたけれども大阪鉄板から会社え電話をかけ係の者から今日は仕事にならんから帰つてくれといわれたので帰りましたと述べているので、被告人の右行為と渡辺の業務執行停止の間に何の因果関係もないこと明瞭である。従つてたとえ所論の通り被告人の行為がいわゆる威力であつても渡辺は会社の指示によつて業務の執行を停止したのであつて被告人の妨害によるものではない。論旨は採用できない。

(中略)

(三) 弁護人は起訴状の訴因は被告人は会社の業務を妨害したと記載しているのに原判決は佐々木進個人の業務を妨害したと認定した。しかし右は別個の訴因であるのに所定の手続を経ないで判決したから違法であると主張する(中略)が佐々木進は工場長という会社の機関である。而してその工場長の業務は会社のためにするものであつて佐々木進個人のためにするものではない。従つて工場長佐々木進の業務を妨害することは佐々木進個人のためにする業務を妨害するにあらずして、同人が会社のためにする業務、それはとりもなおさず会社の業務を妨害するものに外ならない。起訴状に会社の業務を妨害しと記載したのは会社経営の面からの観察であり工場長の業務を妨害したと判示した判決は業務担当の面から観察した表現である。畢竟表現の用語の問題であつて訴因の問題ではない。論旨は誤解に基くものである。

(中略)

第二点について。

(一) 弁護人は原判決第二事実の証拠たる証人小西敏男の供述は矛盾し且つ罪体に関する部分は伝聞の供述であると主張する。

よつて記録について調査するに右証人の供述に少しも矛盾又は伝聞はない。弁護人は証人は寝ていたのでどんな語調で被告人が言つたか知らないと答えた部分をとらえて右証人の供述は伝聞であるというが、右証人は弁護人の問に対し次のように答えているのである。

問 五月六日の夜斎藤が来てどういう風なことをしたか。

答 私の名前を呼びましてドアーを乱打し出て来なければ火をつけるぞと言いました。

問 その時証人は寝ていたのか。

答 そうです。

問 その時の語調は。

答 私に斎藤が大きな声を出したので起きたのでどんなことを言うたのか語調はわかりませんでした。

右供述によつてわかるように証人は熟睡していて何も知らなかつたとは答えていないのである。少なくともドアーをたたく音や大声で目をさましているのである。従つて弁護人の尋問したような語調とか自分の妻と被告人との間に交わされた会話の詳細は知らないと答えているにすぎない。而して検察官の尋問に対する証人の答は「最初小西を起せとか合はしてくれと言うていましたので妻はこわがつて入口のドアーを開けずに話合つていたのですが鍵をかけた儘で開けなかつたので今度は大声で開けろ合はせろと言いましたのでその時目をさましたのです。開けなければ火をつけるぞと言うていましたので私もいやな気持がしましたそれでテラスを開けて飛出して交番え行つたのです」と答えているのである。従つて右供述は証人の実験した事実と之より推測した事実のみであつて毫も伝聞にかかる供述はなく、弁護人の尋問に対する答との間にも少しも矛盾はない。

しかも原判決が右証言中有罪の認定に使用したと見られる部分は「大声で戸を開けろ開けなければ火をつけるぞ」という供述部分であるから全く被告人の直接実験した事実であること明瞭である。所論は独自の見解に基いて採証の法則を非難させるにすぎない。又弁護人は三浦五郞は開けなければ燃やすという事は小西は被告人から直接聞いていないと思いますと供述しているので小西証人の供述が伝聞であることがわかるように主張するが、右三浦の供述は何等根拠のない臆測であつて実験した事実でもなければそれに基く推測でもないのである。かかる供述によつて実験した者の供述の証拠能力が左右せられるいわれはない。論旨は全て採用できない。

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