大阪高等裁判所 昭和25年(う)75号 判決 1950年3月19日
被告人
山田なを
主文
原判決を破棄する。
本件を京都地方裁判所に差し戻す。
理由
刑事訴訟法第三九二條第二項に則り職権で調査するに原審は本件被告人の詐欺罪における欺罔手段の具体的事実として被告人の長女山田笑子名義の郵便貯金通帳であつて、貯金残高五十円余のもの一冊所持していたのを奇貸としこれを利用して東七條川端郵便局係員に対し恰も十五万余円の貯金が残存するもののように装つて同係員を欺き云々と表示し因て貯金拂出名義の下に金十五万円を編取した事実を認定しているのであるが凡そ貯金残高五十円余の郵便貯金通帳一冊を以て郵便局係員から貯金拂出として十五万円を支拂はせるには右通帳の変造か僞造が伴わなくては通常行ひ得ないことと謂わねばならない。原審は通帳変造の確証なしと断じて前に掲げた通り「これを利用し恰も十五万円の貯金が残存するもののように装つて」と判示しているけれども郵便局員を欺くに足るべき如何なる手段を採つたことを意味するのであるが諒解し難く判示自体に徴して欺罔手段の具体的表示に欠くる所があることとなる飜つて原判決挙示の証拠(但し石崎九一郞、源田正二作成の証明書とあるは石崎九一郞、沢田正二作成の証明書の誤記と認める)を檢討するに被告人は本件行爲の当時判示山田笑子名義の通帳の外山下彰及び被告人名義の郵便貯金通帳をも所持して居りこれ等の通帳による預入金高に対比して十四万九千九百五十円の過拂を受けた事実並びに被告人が本件の取調に当り、敍上通帳提出を拒否した事実が窺はれ数通の通帳あるを奇貨としてこれに不正の作爲を加え本件犯行の手段に供した嫌疑濃厚であるに拘らず原審は此の点に関する審理を盡さない結果事実の認定を誤つたか或は判決の理由に不備を來したものと考えられるから原判決は破棄を免れない。