大阪高等裁判所 昭和25年(ネ)677号 判決
控訴人は「原判決を取り消す。今井町農地委員会が控訴人所有の原判決添付目録記載の土地建物に対してなした買収計画につき控訴人の訴願を棄却する旨の昭和二十四年八月二十二日附の被控訴人の裁決を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、控訴人の側で、控訴人の現住する建物は床面積四十五坪であるがその大部分は酢の醸造場及びその販売の店舗であつて住居に使用できる部分は甚だ狭く、現在控訴人夫婦、二男夫婦とその子、三男、二人の娘が居住しており、この上三男が結婚してその妻と同居する余地はない。控訴人は他に二戸の貸家を所有しているけれども、十数年前から店舗兼住宅用として賃貸しており、とうていその明渡を求めることはできない。宮田石蔵は本件建物及び宅地がなくても農業経営ができないものでなく、農業用に必要な納屋を建築するに足りる敷地と資力とを有しているのである。農業用納屋にはその周囲に相当広い空地を要するのに、本件建物は敷地一ぱいに建設せられ半坪の空地すらないのである。又本件建物のように天井、床、敷居、鴨居などのある建物は、農業用納屋として使用するのに甚だ不便であつてこれに適しないと述べ、
被控訴人の側で、現在酢の製造は合成によるもの多く、その醸造に広い場所を要するものでない。従つて控訴人の現住する建物はまだ居住の用途に利用できる余地がある。一方宮田石蔵方は一家七人が居住するだけでも狭く、これを農業経営に利用することはできない。本件建物から三十間以内の距離に宮田が今回の農地改革により売渡を受けた田約一反一畝があり、二町以内の距離に同人の小作田約二反五畝があつて、本件建物は右農地の農業経営上最も利用価値の高いものである。建物を賃借しても当然にその敷地の賃借権を取得するものでないが、建物と敷地は不可分の関係にあつて、家屋の賃借人はその敷地について使用貸借による権利を取得するものであると述べた外、いずれも原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
今井町農地委員会が宮田石蔵の申請に基いて昭和二十四年六月十七日控訴人所有の原判決添付目録記載の宅地建物について自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する。)第一五条による買収計画を立て同月二十一日公告したので控訴人は同月二十九日異議の申立をしたところ、同年七月十八日却下せられ、同月二十八日被控訴人に訴願をしたが同年八月二十二日控訴人の訴願を棄却する旨の裁決があり、右裁決書は同年九月九日控訴人に交付せられたことは当事者間に争がなく、控訴人が法定の出訴期間内である同年十月四日本訴を提起したことは記録上明らかである。
控訴人は、宮田石蔵が今井町農地委員会に提出した右宅地建物に対する買収申請書には自作法第一五条第一項により買収を申請するとだけ記載してあつて、賃借権、使用貸借による権利又は地上権のいずれの権利に基くかを明記してないから手続上違法であり買収計画も違法であると主張し、右買収申請書に控訴人主張の記載しかないことは被控訴人の認めるところであるけれども、右申請書に自作法第一五条第一項によることを明記してある以上、同項第二号に基くものであることは、成立に争のない乙第八号証の一の買収申請書記載全体によつて明らかであり、右第二号は宅地については賃借権、使用貸借による権利若しくは地上権を有することを要件としているけれども、そのいずれの権利を有するかによつて買収についての権利関係を異にするものでないから、買収申請書に宅地について右の内いずれの権利を有するかを記載せず、建物について賃借権を有することを明記してなくてもこれを以て買収申請手続に違法があるものとすることはできない。控訴人の右主張は失当である。
控訴人は、宮田石蔵は右建物について控訴人に対抗すべき何等の権限を有しないと主張するから考えてみよう。成立に争のない甲第一号証、第三号証、乙第十号証、原審証人小林忠次の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証、原審及び当審証人小林忠次(当審は第一、二回)、小高ミサヲ、原審証人小高和夫の各証言、原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の結果の一部を総合すると、控訴人は昭和十四年十一月一日右建物を小林忠次に期間の定めなく、賃料一ケ月三円五十銭の約束で賃貸し、小林は約一年後に控訴人に無断でこれを宮田石蔵に転貸し、宮田はこれを傘製造場として使用し、昭和十八年頃からは農耕用納屋として使用している。控訴人は小林の転貸後間もなくこれを知り小林が予め控訴人の承諾を得なかつたことに不満の意を述べたが、結局小林の陳謝を容れ小林の責任において転貸することを承諾し、その後も小林から賃料を受け取つていた。小林が昭和十九年八月奈良県高市郡畝傍町へ転住した二、三ケ月後以降は控訴人は直接宮田から賃料を受け取りしかも小林の代理人としての宮田と賃料増額について話合の上、昭和二十一年九月からは一ケ月八円七十五銭に、昭和二十二年十月からは一ケ月二十六円二十五銭に増額して昭和二十四年一月分まで宮田から受け取つておる。その後控訴人と小林との間に右賃貸借を昭和二十四年一月三十一日限り解除する旨の合意が成立した事実を認めることができる。もつとも成立に争のない乙第一号証によると、控訴人が昭和二十一年十月二十六日借主としての宮田石蔵と連署の上奈良県知事に右建物の家賃届書を提出した事実が認められるが、原審及び当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は賃借人小林の住居が遠く移つていたので、実際に賃料を受け取つており近くに居住する宮田を便宜借主名義として届け出たものであることが認められ、原審及び当審証人宮田石蔵(原審は第一回)、豊島鶴松の各証言並びに原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、その他に前段認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすると小林が宮田に右建物を転貸することを控訴人は承諾したものであるから、控訴人と小林との間において右賃貸借が昭和二十四年一月三十一日限り合意解除によつて終了しても、宮田の右建物に対する転借権は当然消滅するものでなく、借家法第四条の規定により控訴人から宮田に対し賃貸借終了の通知をした後六ケ月を経過して始めて消滅するものである。ところが仮に控訴人が右賃貸借終了後直ぐ宮田に対してこのような通知をしたとしても、本件買収計画が外部に対しその効力を発生した公告の日の昭和二十四年六月二十一日までに六ケ月を経過していないことは明らかであるから、宮田は控訴人に対し右建物の転借権を対抗できるものといわなければならない。思うに自作法第十五条第一項第二号の立法趣旨は今回の農地改革によつて自作農となるべき者が将来農業経営をして行く基盤を強固にしようとするものであるから、ここに建物について賃借権を有するというのは、前段認定のように転借人が転貸借について賃貸人の承諾を得ておつて、賃貸人に対抗できる場合における転借人の有する転借権を包含するものと解するのを相当とする。従つて宮田は同法条にいわゆる建物について賃借権を有するものにあたるものといわなければならないから、控訴人の右主張は採用できない。
控訴人は、宮田が右建物について賃借権を有するものとしてもその敷地である本件宅地については何等の権利がないのにかかわらず、これに対して買収計画を立てたのは違法であると主張するから考えるに、建物を賃借した者が賃借建物の敷地について独立した賃借権を取得しないのが通常であるけれども、賃借建物を使用収益するについてその敷地の使用収益を伴うのは当然であつて、建物の賃借人はその賃借権の内容である使用収益に必要な範囲限度で、これに従属してその敷地を使用収益できるものであるから、建物の賃借権を有する者は、自作法第一五条第一項第二号によつて賃借建物とともにその敷地の買収申請ができるものと解しなければならない。このように解釈しないで、賃借建物の買収申請はできるがその敷地の買収申請は許されないものとすれば、その敷地に対して法定地上権等を設定する趣旨の法の規定がないから(民法第三八八条参照)、敷地の所有者から権限のない占有として買収せられた建物の収去を求められるのを免れないであろう。この点からみても、賃借建物の敷地についても自作法第一五条第一項第二号を適用するのが正当であることが明らかである。原審及び当審における検証の結果によれば右宅地が右建物の敷地として建物の使用収益に必要欠くべからざる範囲のものであつて、宮田が右宅地について同法条によつて買収申請ができることは明らかであるから、控訴人の右主張も採用できない。
控訴人は、右宅地建物は昭和二十四年法律第二一五号自作法改正法律第一五条第二項第二号に規定する「所有者が近く自ら使用することを相当とする場合」にあたると主張するから考えてみるに、買収計画は公告を以て完成し、外部に対し効力を生ずるものであるが、本件買収計画の公告は右改正法施行の日の翌日である昭和二十四年六月二十一日になされたものであるから、右買収計画の適否は右改正法によつて判断すべきものである(農地法施行法第二条参照)。しかしながら、右法条における「所有者が近く自ら使用することを相当とする場合」にあたるかどうかは、単に宅地建物の所有者が近く自らこれを使用するという事実だけでなく、自ら使用しなければならない必要の程度と、権限に基いてこれを使用収益している者が農業経営上これを必要とする程度或いはこれを失うことによつて受ける不利益の程度などとを比較考察し、社会通念に照し所有者に使用させるのが妥当かどうかによつてこれを定めなければならないことは自作法の立法趣旨に徴して明らかである。
原審及び当審証人小高ミサヲ、小高和夫の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果、当審における検証の結果によると、控訴人の現住家屋は一階四十坪余あるが、酢醸造場として多くの面積を必要とし、住居として使用できるのは六畳、四畳半、四畳各一室、二畳二室(但し内一室は仮張)の外、中二階四畳半一室だけである。そこに控訴人夫婦、次男夫婦とその子、三男、二人の娘合計八人が居住しており、三男和夫(二十六歳)は近く結婚の予定で、元来住宅として建築せられた本件建物の明渡を受け、ここに別居させたい希望を有している。控訴人は附近に他に二戸の貸家を所有しているけれども、十数年前から店舗兼住宅用として賃貸しており、明渡を受けることは困難である事実を認めることができる。
しかし、右事実と後に認定する宮田が農業経営上右宅地建物を必要とする程度乃至これを失うことによつて被る損害の程度とを比較すると、右宅地建物を宮田から控訴人に返還させ控訴人が自ら使用するのを相当とする場合にあたらないものといわなければならない。控訴人の右主張も失当である。
控訴人は、右宅地建物は右改正法律第一五条第二項第二号に規定するその「位置、環境及び構造等により買収を不適当とする場合」にあたると主張するから考えてみよう。当審証人宮田石蔵の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証、原審証人豊島鶴松、当審証人柴田安之丞、三島良三郎、原審(第一、二回)及び当審証人宮田石蔵の各証言、原審及び当審における検証の結果を総合すると、本件宅地建物は今井町にあつて八木から 原に至る幅約四間の道路の東側にあり、道路を隔ててやや北方に今井町役場があり、右宅地建物の北方には住宅店舗が連つているが東方及び南方は田畑に続いている。右宅地建物と宮田の住宅との距離は約一町で宮田が農地買収により売渡を受けた土地の内金橋村にある田一反八畝二十七歩との距離は約二十町あるが、畝傍町にある田一反二十八歩は約一町、真管村にある田一反五畝は約七町しか離れていない。右建物は間口約四間、奥行約二間半の木造瓦葺平家建と幅約二間奥行約半間の物置便所で右本屋は四畳半二室と押入があり、天井、床、敷居鴨居もあり、当初住宅用に建築せられたものであるが、宮田石蔵の賃借当時から畳建具なく、現在は床板上及び土間に各種農具や藁が充満し、農業上納屋として使用せられている。宮田は買収申請当時八反八畝余の田畑を耕作して今井町でも収穫高第二位にある農家であるが、同人は昭和十八年頃から農業を専業とするに至つたもので、その居住家屋は本造瓦葺二階建で一階は六畳、四畳半、三畳各一室、二階は四畳半三室六畳一室であるが、本来農家用に建築せられたものでないから、農業経営に必要な空地に乏しく、納屋もなく、宮田夫婦及び子女五人が居住しているので、各種農具収容の余地に乏しい。しかも宮田が別に農業用納屋を建築することにも相当の困難がある。従つて宮田が本件建物を納屋として使用できないときはその農業経営に重大な支障を来すのである。もつとも本件建物も周囲に空地が乏しく、又本来農業用納屋として建設せられたものでないから、これを農業用納屋として使用するのに万全なものとはいえないけれども、それでも宮田の農業経営には充分その目的を達するものであることが認められ、当審証人梶木忠方の証言によつても右認定を動かすことはできず、その他これをくつがえすような証拠はない。従つてその位置環境及び構造等からみて買収を不適当とする場合にあたるものということはできないから、控訴人の右主張も採用できない。
以上のように本件宅地建物の買収計画に違法の点はないから、控訴人の訴願を棄却した被控訴人の裁決も違法でない。従つて控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。そこで民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)