大阪高等裁判所 昭和26年(う)2667号 判決 1953年6月25日
主文
原判決中被告人両名に関する有罪部分を破棄する。
被告人両名は無罪
理由
本件各控訴の趣意は記録に編綴してある被告人両名の弁護人河合悌介同稲田喜代治、同中村八十一同吉永正好、同佐伯千仞提出の各控訴趣意書、控訴趣意書補充、控訴趣意書補充申立書記載のとおりであるからいずれもこれを引用する。
弁護人河合悌介の控訴趣意、弁護人稲田喜代治中村八十一の控訴趣意第一点、弁護人吉永正好の控訴趣意、弁護人佐伯千仞の控訴趣意第一点の各事実誤認の主張について、
被告人等が原判決摘示の如く日本通運株式会社梅田支店が真実粳玄米を運送しないのに拘らずこれを運送した如く装い、その運送賃の正当なることを証明する旨記載した公文書を作成し、この確認証明ある運送賃計算書を本庁たる食糧管理局に提出し原判示金員を交付せしめたという本件公訴に係る骨子の外形的事実は原判決挙示の証拠によつて明認できるのであるがこれに対し弁護人等は
(イ) 被告人等は自己は勿論日通をして不正金員を領得せしめる意思なく、即ち詐欺の意思を欠き又確認証明についても本庁の処理要項に準じなされたので情を知らない第三者に対し偽造公文書を行使する意思なく知情の本庁に対してのみ行使した所謂内輪だけのもので真の行使の目的なき公文書作成であり且真正のものとして、交付されたものでないから犯罪は成立しない旨(河合弁護人の論旨)
(ロ) 被告人等は二三食糧第二二四七号通牒により二三食糧第一一〇八号通牒の事務処理に基く処理に従い本件の如き手続をとつたのであり、全く本庁の命令に従う気持で単なる行政上の事務処理として行つたのであるから何等刑責を問われる所以はない旨(稲田中村各弁護人の論旨)
(ハ) 被告人等には不法領得の事実乃至意思を証拠上認定することはできない。又被告人等には本件以外の行為をとり得なかつたのでありこれを期待可能性ありと認定した原判決は事実誤認である。虚偽公文書作成行使の如きも最良の方策としてやむを得ずとられた方法であるから違法性を阻却する旨(吉永弁護人の論旨)
(ニ) 原判決は食糧事情逼迫し非常の事態惹起の予想される際なされた所為であることを誤認し又被告人等に於て日通に金員を領得せしめる意思がないのに拘らず詐欺罪に問擬したのは誤である。更に又第二二四七号、及第一一〇八号通における後者の解釈を誤り、これに従いとつた被告人等の所為には罪を犯す意思ないのにこれありとしたのは不法である。次に又原判決の被告人等が本件以外の行為をとることを期待し得なかつた事情を見出すことはできないとの認定も誤である旨(佐伯弁護人の論旨)主張するのである。そこで所論の第一一〇八号及び第二二四七号の関係並びに本件各所為につき期待可能性あるかどうかの論点を検討し延いて被告人等の犯意の有無成否責任の存否等について考究するに食糧管理局長官から食糧事務所長宛昭和二十三年三月十二日附第一一〇八号通牒には「昭和二十二年産米穀の輪送に付ては…………大量を汽船により輸送実施中であるが二月末現在迄に判明した結果は優秀とはいい難く、その欠減率は一%に達し、之が原因は必ずしも運送業者の責に帰し得ない所謂判定困難なる事情にあるが会計年度と事務処理の関係もあるので本件に限り左記要領により処理することに決定したから了知ありたい、一、二十二年度産米の汽船輸送による欠減処理は既定方針に基き賠償金を徴収し出納簿の整理をすること、二、揚不足(発送数量と到着数量との差)は所長限り賠償金徴収の手続をなし賠償金徴収の出納簿より払出すこと……四、乱俵整理の結果生じた亡失に就ては本省に於て一括日通本社より賠償金を徴収するに付き該当調書を作成の上速かに本省に提出すること……「附」一、処理要項四の提出期限は三月二十日とする。二、三月二十日迄に提出した調書は何日迄の分を取まとめたものであるか明記のこと。三、前項に於て処理未済のものは二三会計年度に於て処理する其の要項に付ては改めて指示する」とあり、同じく同年五月二十九日附第二二四七号通牒には……「……第一一〇八号通牒「附」三にて「三月二十日迄に本省に提出した調書に於て処理未済のものは二三会計年度に於て処理するもその要領に付ては改めて指示する」よう通牒したが二三会計年度に於ては乱俵整理の結果生じた亡失についても、揚不足と同様所長限り賠償金徴収の手続をなし賠償金徴収の上出納簿より払出されたい、尚其他の処理要領は二三食糧第一一〇八号通牒に準じ処理されたい」とある。そして前者の通牒の発せられるに至つた経緯は米穀の海上運送を一手に引受けていた日通に対して原判決摘記の如き事情から乱俵整理の結果生じた欠減の原因を必ずしも日通側の責に帰し得ないのであり、その賠償をなさしむべき筋合でもなかつたところ損害の処理につき大阪食糧事務所と日通梅田支店との交渉に際しても同支店は賠償の責任ない旨主張し同事務所限りでの解決が不能となり、同事務所は本庁に対しその処理方法をただしその解決に努めた結果同様の事例が起きた各地食糧事務所からも同様の要求があつたので、問題の解決を地方から本庁と日通本社との交渉に移し昭和二十三年三月初頃本庁に於て関係食糧事務所、日通本社及関係支店の係員が相会した上協議の結果本庁に於ても日通側に損害を賠償させることは酷に失するとの結論に達した。ところが免責するには会計検査院の審査を経て国会の承認を必要とし、その手続に相当の日時を要し急場の間に合わないので一策を案じ、昭和二十三年三月二十日迄に乱俵整理の結果生じた亡失による損害に関する調書を本庁に提出せしめその損害の金額を本庁に於て日通本社から取立て、その代り追加契約を以て運送契約所定の運賃費目中に計上されていなかつた海上輸送に特殊な発着諸掛費を右賠償した金額と同額分だけ汽船輸送荷役特別加給金名義を以て海上輸送開始の昭和二十二年十月一日に遡つて支払い海上輸送によつて生じた運送上の赤字を補填することとし、畢竟日通に損失なからしめんとする方策をとるにあつたこと及びそれがため事務所長が運賃計算書の証明をする場合数量のみ証明し、金額はこれを記入せしめなかつたこと並びに大阪食糧事務所長たる被告人熊谷三郎、同業務部長たる被告人大庭玉治はいずれも、以上の事柄を熟知し右本庁の指示に従い事務処理に当つたことが原判決挙示の証拠その他の記録中の資料によつて窺われるのである即ち前者通牒に基く処理要項は一、乱俵整理の結果生じた亡失については日通の損失たらしめないこと、一、但し会計検査その他の手続上形式は日通からその賠償金を取立てるも実質においては運送費中に包含せられるとみなさるべき諸掛費なるものを追加契約による加給金名義で交付することにし、これに応ずるよう書類を作為すること、一、以上の免責処置は従来と異なり本庁において取扱うとの趣旨内容を含むものと云わなければならない。然るに後者の通牒については「……乱俵整理の結果生じた亡失についても揚不足と同様所長限り賠償金徴収の手続をなし……尚其他の処理要領は……第一一〇八号通牒に準じ処理されたい」とあるのみであるがその揚不足と同様所長限りとは揚不足の場合が前通牒に於ては従前通り所長限りにおいて処理するように指示されておるのであるからこの点に重点をおき異例の本庁取扱をやめ所長扱とすることにのみ意味を持たしたものと解することができる(当審証人鈴木鼎三郎の第二二四七号通牒は第一一〇八号で二十三年度については追つて通知するとあつたのでそれによつて本通牒が出たわけでこれは大体二十二年度中に大部分のものがかたずくと思つていたが思うようにならずそこで揚不足の場合と同じを所長限りでやりなさい本庁は何も云わないから尚そのやり方は第一一〇八号が一つの例を示しているからそれを参考としろという意味である旨の証言参照)そしてその所長限りでする処理は前通牒に基いた要領に準ずる処理方法で行つてもよいと理解されるのである。そうだとすると被告人等の本件各所為が事務処理上単に乱俵整理の結果生じた亡失に関する損害を日通に負担せしめないようにする形式を整える意図、即ち前通牒に基く処理方針にもられた趣旨に副う意思であり、事実不法に自己又は日通に金員を領得せしめる意思のなかつたことが被告人等の原審及び当審における供述、その他記録上の資料によつて認められる本件においては前示説示の前者通牒に基く処理要領の趣旨に準じた取扱をなしたものとみることができ、原判決の云う如く本庁の了解のない処理であるとなすことはできないのである。蓋し事務所長の権限内においては前の通牒の際本庁の行つたような追加契約を結び運送賃の一部なる諸掛費を加給金名義で交付するという方式をとり得ないことは自明の理であるから、之に準ずる方法としては本件所為以外に方途なしとみられるのも無理からぬところであり、本庁側の意図の底にも亦当時大阪食糧事務所における諸般の情勢に省みれば暗にこれを是認するものがあつたことが窺われるからである。このことは原審証人鈴木鼎三郎の大阪食糧事務所のとつた処置はやむを得なかつたと思うが、その理由は自分は二二会計年度分について乱俵の問題は日通に無責任だと考えながら運送が継続して行われているに拘らず、二三会計年度に於て乱俵がごく僅かだと簡単に考え二二四七号通牒を出した訳であるが、大阪に於ては予想以上多額の損害が発生したのであり、而も事務所としては契約の追加、変更権限がないから日通に賠償をさすことは不当であると考え便宜な処置をとつたものと思うからである旨の証言等に徴しても肯定することができる。されば被告人等は叙上前後各通牒の趣旨に副い行政事務上本庁の了解すべき公文書を作成提出して金員を支出せしめたに過ぎず、勿論犯意と目すべきものなく犯罪を構成しないものと云わなければならない。次に仮りに被告人等の本件所為が通牒に反する行為であるとして考えるに、被告人等としてはあくまでこれを通牒の趣旨に副う適法なものであると確信していたことは原審及び当審において極力主張するところであり原審及び当審証人鈴木鼎三郎、片柳真吉の各証言、その他記録上の証拠に対比すれば強ち右主張を排斥し難くしかもかく信ずるにつき相当の理由があつたものと認められるのである。尤も被告人等の検察官に対する供述調書中には通牒に反することを認識しながら敢えて不法な処理方法をとつたように解せられる如き供述記載があるけれども被告人等の原審及び当審において弁解するところに照し未だ右判定を否定するの資料とはなし得ないのであつて、殊に後者の通牒が発せられるや日ならずして被告人等が本件行為に出で日通との間の処理をつけたこと(原審証人山口彌太郎の昭和二十四年六月頃小谷が出来上つた料金証明を持つて来て運賃の追加払によつて欠減事故を補填するよう事務所から聞いて来た旨の証言等参照)本庁から日通へ金員が交付された後であつたとは云え、被告人等の処理方針通り日通から賠償金相応の金額が納入された事実等に鑑みるときは被告人熊谷三郎の原審公廷における本省で欠減処理の会議を開き、年度末までに処理できたものは一応賠償金をとるが、それは運送費を渡して責任のないものとし二二年度中に運送できず翌年度にまたがつたものの処理については追つて通知するとの書面を貰つた。私等はその後の問題の処理の為その通知を首を長くして待つたが遅れて五月末に来た。それには二二年度末までに処理できないものと二三年度にまたがつたものについても賠償金をとれしかしその処置は事務所限りで先の通りにせよとのことでしたので私等は運送賃でみるものと思いその唯一の方法は管内運送のみで、それが当時の情勢としてはもつとも適当な行政措置で本省の考えもそこにあると思つたのである。また運送機関と紛争を起すことは好ましくない何んとしても遅配欠配を防ぐことが第一と考え、行政措置としてやつた旨の供述は信憑するに足るものであることを容易に首肯することができるのである。果して然らば被告人等の本件行為はたとえ客観的犯罪要件を具備するとしても被告人等がその違法性を阻却する事由の存在(通牒の趣旨に副う処理であること、即ち通牒に従う以上本庁の了解の下に文書を作成提出するものとなるからたとえ虚偽の記載あればとてこれを真正なものとして情を知らない第三者に対し用いる目的なく、虚偽公文書作成同行使罪の違法性はここに阻却せられる。本庁に対する詐欺の関係についても亦然り)を確信したものと云うべきであるから罪を犯すの意思に出でたものとなすことができないのであり、記録を精査しても他に犯意を認むべきものがないから、原判示の如き各犯罪の成立を肯定すべきではない。
更に進んで弁護人所論の期待可能性の問題につき勘案するに被告人等は本件所為当時大阪食糧事務所の枢要な地位にあつて食糧の輸送を円滑にし国民殊に大阪地方の人々の食生活に不安なからしめるよう極力努力すべき職責にあつたことは明瞭でありそして記録中の大阪府の食糧事情と題する書面等によれば大阪方面の昭和二十三年五、六月頃当時の食糧事情は回着米激減し砂糖乾アンズの代替配給あり一日乃至五日の遅配を見る等決して楽観を許されない状態に推移しており加えて回着米の確保等には容易ならぬ苦心を必要としたことが窺えるのである。この点に関する原審相被告人大野栄一の法廷における供述は措信し難く右難局を如何に処置するかは被告人等の双肩にかかつていたというも過言でない有様であつたと認められるのである。然るに一方米穀輸送の衝に当る唯一の機関たる日通においては欠減による損害につきその責任なきことを強く主張し、之との交渉が早急に円満妥結しなければ米穀の回送に渋滞を来し何時如何なる不祥事態を惹起するかも知れぬと危惧せられたのは看易き理であり、ここに於て被告人等は前者の通牒の際とられた処理に準じたる措置として本件所為に出でたものである。しかもこの場合における被告人等の所為は外に方法なく万やむを得ない処理方法であつたことは原審及び当審証人片柳真吉、鈴木鼎三郎の各証言等に徴しても明白であつてこれこそ本庁において被告人等の処置を御破産にせず是認する(原審証人大石碩の証言参照)一端の理由であると解すべくこの事実を以てしても右判断に誤りなきことを裏書きするものと云わなければならない。叙上の諸点及び各通牒(殊に第二二四七号通牒はともあれその内容解釈に疑義を抱かしめるような節あることは相違ない)の存在その他諸般の事情に鑑みれば被告人等の所為が通牒に副わない不法なものであつたと仮定しても被告人等に対し事ここに出でないことを期待することのできない緊要な且やむを得ないものとみるを妥当とする事情があつたものと認めるのを相当とする。従つて被告人等の本件各所為は期待可能性を欠くものと云うべく犯罪としての責任あるものとして問擬することはできない。
さすれば以上説示したところに関する各論旨はいずれも理由があり、結局原判決には事実誤認があつて判決に影響を及ぼすこと勿論であるから破棄を免れないのである。
≪中略≫既に先に説明したところによりその犯罪の証明が十分でないと認めるから刑事訴訟法第三百三十六条に従い被告人両名に対し無罪の言渡をなすべきものとする。
よつて主文のとおり判決をする。
(裁判長判事 吉田正雄 判事 松村寿伝夫 大西和夫)