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大阪高等裁判所 昭和26年(う)993号 判決 1952年6月09日

控訴人 被告人 桜井義澄

弁護人 島秀一

検察官 西山[先先]関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とし差戻前の第一審における訴訟費用は被告人及び同審相被告人長井景明の連帯負担とする

理由

弁護人島秀一の控訴趣意は本件記録に綴つている控訴趣意書記載のとおりであるから引用する。

控訴趣意第四点について。

訴因の予備的又は択一的追加とは両者ともに起訴後において起訴に係る本来の訴因にこれと基本事実を同じうする訴因を追加することであるが、前者は第一次的には本来の訴因について審判を求め、これが認められない場合において第二次的に追加した訴因について審判を求める趣旨であり、後者は本来の訴因及び追加した訴因のうちこれを認め得るいずれか一つの訴因について審判を求める趣旨であると解すべきであつて、訴因を予備的に追加するか或は択一的に追加するかは検察官の自由なる意思に委ねられているのであり、訴因の本質すなわち本来の訴因と追加すべき訴因とが所論にいわゆる両立するか相反撥するかに拘束さるべきものではない。それ故、原審第二回公判調書により明らかなように同公判期日において検察官が原審裁判官の許可を得て本来の訴因である窃盗未遂の訴因に対しこれと基本事実を同じうする窃盗既遂の訴因を予備的に追加したのは適法であること勿論であるから、原審の訴訟手続には所論のような違法がない。論旨は弁護人独自の見解に基くものであつて、採用に値しない。

同第一点について

原判決が検察事務官(検察官事務取扱)作成に係る被告人の第二回供述調書を証拠に引用していることは所論のとおりである。

しかし昭和二五年一二月二二日附原審第一回公判調書によれば同公判期日において検察官から右供述調書の取調を請求し被告人においてその供述は任意になしたものでその調書は読聞かされて署名拇印したものである旨述べ弁護人とともにこれを証拠とすることに同意していることが明らがであり、記録を調査しても他に被告人の右供述が任意にされたものでないことを疑うべき資料がないから、同供述調書に記載する被告人の供述は任意性を有するものといわなければならない。それ故、右供述調書は証拠能力を有し原判決がこれを採証したのは適法であつて、原判決には所論のような違法がないから、本論旨も理由がない。

同第二点について。

原判決は本件犯罪の証拠として五条簡易裁判所(差戻前の第一審)の被告人櫻井義澄及び同長井景明に対する窃盗未遂被告事件の昭和二四年一二月二三日附第三回公判調書を挙げているのであるが、同公判調書を調査すると該調書中には証人永井督一郎の供述、被告人及び差戻前の第一審相被告人長井景明の供述その他が記載されていて、右相被告人長井景明の供述は同人が被告人と共に本件犯行をなしたことを自白するもの被告人の供述はこれを否定するもの証人永井督一郎の供述は被告人の供述に添う事後の状況等に関するものであるからその内容は互に矛盾牴触しいずれかを取捨選択しなければ一定の事実を認定する資料とすることができない。刑事訴訟法第三三五条第一項にいわゆる証拠の標目は罪となるべき事実の全部或は一部を認定するに足る資料の標目であることを必要とするのであるからたとえ同一の公判調書であつてもその中に数人の供述記載があつてそれぞれ供述内容を異にする場合仮に甲の供述部分だけを証拠とする趣旨であれば該証拠の標目は右公判調書中甲の供述記載として公判調書の一部分に限定すべきは当然である。それ故前記のような公判調書を漫然証拠の標目として挙示した原判決は同法条の趣旨を誤解し証拠理由不備の違法あるものに帰するから本論旨は理由あり、原判決は到底破棄を免れない。

よつて控訴趣意第三点に対する判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第三七八条第四号に従い原判決を破棄し、なお同法第四〇〇条但書第四〇四条により当裁判所において更に判決をすることとする。

罪となるべき事実は原判決摘示の事実と同じであるからこれを引用する。

右の事実は

一、被告人の検察官事務取扱検察事務官に対する第二回供述調書中同人の供述記載

一、差戻前の第一審における第三回公判調書中同審相被告人長井景明の供述記載

一、差戻前の第一審における証人黒木千代子に対する証人尋問調書中同人の供述記載

一、差戻前の第一審における検証調書の記載

一、前川芳克の司法警察員に対する供述調書中同人の供述記載

を綜合してこれを認める。

法律に照らすに、被告人の右所為は刑法第二三五条第六〇条に該当するから、その所定刑期範囲内で被告人を懲役八月に処し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一八二条を適用して主文第二項掲記のように被告人にこれを負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 富田仲次郎 判事 棚木靭雄 判事 入江菊之助)

弁護人島秀一の控訴趣意

第一原判決は採証の方法を誤り且証拠調をしない証拠書類を事実認定の資料に供した違法がある。即ち、原判決は証拠の標目として証人黒木千代子同植川シズ子の各供述を挙示しているが右供述は昭和二十四年十一月十五日の検証期日での公判外の供述で裁判所に対する尋問調書の供述記載としてのみ証拠となるべく単に供述として採証するは違法である。且右両証人の尋問調書は何等適法に其の右の公判期日で法廷に顕出せしめた証左なく右は刑訴三〇三条に照し公判に於て取調べない証拠を以て事実認定の資料に供したもので違法である。

第二原判決は共同被告人長井景明の供述のみを以て事実を認定した違法がある。即ち、被告人櫻井は本件窃取未遂行為並に共謀の点に付ては同被告人の終始一貫否認するところで原判決は共同被告人長井景明の供述を以て窃取未遂行為並に共謀の点の唯一の認定資料とした。然れ共共同被告人の供述は完全証拠能力を有するに非ずして被告人の自白と相待つて初めて完全証拠能力を有すること既に判例の明記するところ(参照昭和二三年(れ)第七七号事件三卷の五号)で本件の如く被告人櫻井の完全否認の場合には共同被告人長井の自白のみでは被告人櫻井の犯罪の意を認定しうるの能力なく本件に於ては証人黒木千代子同植川シズ子の供述は窃盗の構成要件自体には全然触れず単に情況証拠たるに過ぎずそれのみを以ては共同被告人長井の自白と相待つても被告人櫻井の共謀並に窃取未遂行為を証明し得ないこと明で原判決は半証拠能力しかない共同被告人の自白然も確証の裏付けなき供述を以て右行為を認定した違法がある。尚且共同被告人長井は自ら独り責任を負うを潔とせず最初の警察の供述を訂正することも出来ず偶々同行していた被告人櫻井を共同犯罪者なりとなし且被告人櫻井一家と長井一家との摩擦の為被告人櫻井は身の潔白を立証する術他になく天を仰いで唯嘆くのみ、何卒貴裁判所の賢明なる審理をお願いする次第である。

第四、原判決は刑の量定が不当である。即ち仮に百歩を譲つて被告人桜井が本件に関係ありと仮定しても本件には何等被害が発生しておらず且その動機たるや被告人桜井が常に近くの本件学校中に遊びに来て居り遇然本件学校の電機蓄音機紛失事件あり(本件犯罪行為後約一箇月後)警察署の取調ありて本件被告人長井景明の本件窃盗末遂事件発覚し被告人桜井も右長井と同行していた為共謀の疑を受け結局共犯者として送庁せられたもので被告人桜井は始終頑強に否認して取調官の心証を害しており且前科(但し傷害の前科で執行猶予中)の点により懲役一年と云う重罰に処せられたもので全く本件は学校遊戯中の悪戯であつて何等不法領得の意志もない事案であるので仮に被告人桜井にも共犯の疑ありとしても刑の量定は基だ失当で是正せらるべきものである。

仍つて原判決は執れの点から見るも失当であるので速に破棄再審理の上無罪の判決あることをお願いする次第であります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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