大阪高等裁判所 昭和26年(ナ)17号 判決
原告 横塚鉄嶺
被告 大阪府選挙管理委員会
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
原告は、「被告が原告より申立てた昭和二十六年四月三十日執行の、大阪府会議員選挙の、八尾市選挙区における選挙の効力に関する異議について、同年五月三十日付でなした決定を取消す。右八尾市選挙区の選挙は無効である。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、昭和二十六年四月三十日八尾市選挙区において大阪府会議員選挙と、大阪府知事の選挙とが同時に行われたのであるが、右大阪府会議員選挙において次のような事実があつた。すなわち、
(イ) 八尾市第十二投票所では右選挙当日
(1) 午前七時半頃八尾市西郷千九番地萓村喜三郎が投票に入場した際、最初の用紙交付係の田中久三八尾市吏員が投票の順序は府会が先きであると云つて用紙を呉れたので先ず府会の投票をした後知事の投票をした。
(2) 午前七時半乃至八時頃同市西郷二番地足立ウノ(七十二歳)が入場した時は右田中係員が赤刷(府会議員用)用紙を渡して知事を書きなさいと云つたので其の通りそれに知事候補名を書き次に黙つて呉れた黒刷用紙(府知事用)に府会議員候補名を書いて投票した。
(3) 午前七時四十分頃同市西郷二十三番地永井米造が入場した所田中係員が府会が先きで知事は後であると教示したので其の通り投票したがしかしどちらを赤刷用紙に書いたか黒刷用紙に書いたかは記憶していないがとにかく不思議なのは右田中係員一人の机の上に赤黒両方の投票用紙が並べて置いてあつた。
(4) 午前九時頃同市西郷西町の大西勝蔵(六六歳)、大西すゑ(五九歳)、大西久子(二六歳)、西野まつ枝(三一歳)、石川信次(三四歳)、石川きみ(三〇歳)、谷本あい子(五〇歳)が入場した時は田中係員は右各人に対し赤刷の投票用紙(府会用)を交付して知事の投票が先きであると述べたので各人は其の用紙に知事候補名を書いて投票し次の場所で受取つた黒刷用紙(知事用)は当然府会議員であると思い込んで府会議員候補名を書いて投票した。
(5) 午後十二時頃同市西郷十一番地浮田ヤオ(三八歳)は、近所の渡辺ヒサノを同伴して入場した所田中係員は赤刷用紙(府会用)を二人に渡してそれに知事候補を書く様指示したが浮田ヤオは新聞でかねがね「赤が府会、黒が知事」と読んだ記憶があるので田中係員の言を疑い「何故この人(田中)はこんな反対の間違つた指示をするのだろう」と若干の憤りさえ覚えたが女が余り出しやばつた事を云うのも体裁が悪いと思いとにかく其の指示に反して赤刷用紙に府会議員を黒刷用紙に知事を記入して投票を済ませたが、前記渡辺ヒサノの方は田中係員から云はれた通り、赤の府会用に知事を次に貰つた黒刷知事用紙には当然の事として府会議員を書いて投票した。
(6) 午後十二時半頃西郷四番地西辻道子が入場した所、田中係員は赤刷府会用紙を呉れて知事を書きなさいと云はれたので本年初めて選挙権を得た嬉しさと若さとでとにかく係員の指示通りにすれば間違いでないと信じ右指示通り投票し、其の後で貰つた黒刷用紙で当然に府会の投票をして帰つたが帰宅後其の母親といろいろ話す内に、結局赤、黒の用紙を取違えて投票して居る事が分り母親から「一体なんの為に教育したのか誰が何んと云うとも自分で読んだら分るではないか。」と叱責せられたのであつた。
(7) 午後二時頃迄は右投票所の投票記入所は向つて右側が府会議員、左側が府知事と表示板によつて示されていたが右時刻頃以後は右側が府知事、左側が府会議員と変更されてその記入場所表示の板が反対に入れ替えてあつた。
(8) 午後三時頃同市西郷東和町東口すゑ(四七歳)と笠谷ヒナ(四六歳)とは一諸に入場したが東口は田中係員から府会の分だと云つて黒刷の用紙を渡されたが同人は目がうすいので重ねて念を押した所「えゝ府会です。」と再び言はれたので其の通り投票をした。笠谷も田中係員から同様に言はれて黒刷用紙を貰つたが読んでみると知事と書いてあるので、「おかしい事を云うもんだなあ。」とは思つたが「市役所の人の云う事にこんな所でたてついてはいけない。」と思つて何も云はずに自分で読んで分つた如く正しく知事を書き入れて投票をした。そして其の次の場所で第二の用紙を貰つたがそれは赤刷であつたが東口は先が府会だから今後は知事だと合点してそれに知事を書いて投票した。しかし笠谷は又赤刷用紙を読んでみるとたしかに府会と書いてあるので最初からの自己の判断が正しいので気をよくしてそれに正しく府会議員を書いて入れたが笠谷は終始東口の事が気にかゝり屹度間違つた書き方をするに違いない、何んとか正しい方へと思つたが大勢の人が見ている中でかれこれ注意するのは疑はれる本だと結局黙つて居り、その帰り道で二人で話をし合つた所、果せる哉東口は間違つた書き入れをした事が確実に分つたので東口は「何故田中さんはこんな嘘の事を教えるのか」と盛んに憤慨したが後の祭であつた。
(9) 午後三時半頃同市西郷谷本定次郎(五六歳)は午前中にその妻が投票に行つて来て居たので投票順序を聞いた処、知事が先きだとの事であつたので其の積りで入場して黙つて田中係員から差出された投票用紙を受取り、すぐに知事の投票をしようとしたが念の為、係員に知事ですねーと質したら、「いや、府会が先ですと云われたので眼鏡をとり出して、よく見たら、府会の投票用紙であつたのでよく訊ねた事だと思いこれでは老人や無学の者や目のうすい者は勿論のこと、午前中に投票した人から投票順序を聞いて、そのまま鵜呑みにしている人は一般に無雑作に反対の間違つた投票をした事であろうと述懐した。
(10) 午後三時半乃至四時頃、同市西郷、新堂捨松が入場した所、田中係員が黒刷用紙をくれてこれで府会議員をと云つたのでその通り府会議員を書いて投票しその次の所で黙つて呉れた用紙には当然に府知事を書いて投票した。
(11) 午後五時直前頃同市西郷二十一番地の次田久吉が入場した所前記田中係員ではない係員が黒刷用紙を黙つて呉れたので「これで何を書くのか」と聞いたら「府会です。」と答えたのでその通り書いて投票し、「知事は何処です。」と聞いて教はつた次の場所へ行つたら又黒刷用紙を呉れたので「少しおかしい。」とは思つたが、しかし係員がする事だから間違いはないと考えてそれで知事の投票をした。
(12) 午後五時頃同市西郷千七十二番地西岡政治が、入場した所、田中と違う係員が、最初の用紙として赤刷用紙を呉れて「府会だ。」と云つたので、その通り入れたが其の次の所でも亦、赤刷用紙を呉れたので府会も知事も同じ用紙でするのかなーと少し不思議に思つたが深くも気に止めず、それに知事候補名を書いて投票した。
(13) 午前十一時半頃、同市西郷の大和ブラツシユ工業株式会社々長の松永憲二も田中係員から赤刷用紙を府知事の分として受け取つたので、府知事の投票をし、後で貰つた用紙で府会の投票をしたが、翌日の前記の結果用紙取違えの無効投票の夥しい事を知つてから、八尾市警察に赴き、出来る事なら自分の筆蹟は自分でよく分るから、自分の投票を封緘から取り出して見せてくれと述べた。
(14) 午前十一時頃右大和ブラツシユ工業株式会社に住み込みの女工員某女が入場した時に田中係員が最初は府知事の投票ですと云つて赤刷用紙をくれたが、同女は其の間違いに気附き「相違しているのではないか」と詰問したら田中係員は「間違つてすみません」と云つた。
(ロ) 八尾市第十一投票所では投票の為
(1) 午前七時半頃同市東表町羽多野与久が入場した時
(2) 午後十二時半頃同市西郷小川喜太郎が入場した時
同投票所の投票立会人席に、真実は投票立会人でなくしかも却つて府議候補者小村庄次郎の選挙事務長である岡本浅吉が恰も正式の立会人であるかの如く装つて厳然と着席して居た。そして右小川喜太郎はかねがね右岡本浅吉と懇意にして居たので声をかけ挨拶を交わしたが心の中では、岡本が小村候補の選挙事務長であり、しかも立会人でもないのに何故立会人席に着席しているのかと不思議と思つたので同投票所の管理責任者の一員であり、同所に駐在している八尾市役所の係長である山下係員にその不審を訊ねた所、山下係員は「岡本は立会人ではないので退席して貰いたいと思つているのだがー。」と答えたが強いてその通り、強行する模様も見えぬ瞹眛な態度であつた。
(ハ) 八尾市選挙管理委員会は右選挙に当り、法規に基いて投票立会人を選任するに際し、大体一律に民生委員、行政委員(元の区長)を選任している。そしてそれらの殆んどは悉く野村候補を陰に陽に応援している事一般に顕著な人々であつた。そして一方では、八尾市大字八尾地区の立会人の一人として山中保なる者を推奨した者があつた際、右管理委員会は「山中保はよい人ではあるが前回(昭和二十二年)の府会議員選挙の時、その時の候補者で且つ、今回の立候補である長尾時次郎の選挙事務長であつたから公正を保つ上から見て不適当である。」と云つてその提言を斥けたのであつた。
(ニ) 八尾市第五投票所(植松)の投票設備は極めて不完全であつた。即ち二つの投票記入所の内一つは袖屏風の設備がなく投票記入の状況を見通しであり又立会人席や用紙交付係の位置と記入所との間隔が極めて短く極端な所では三尺位のゆとりしかなかつた。
(ホ) 八尾市の全投票所二十四ケ所に於ける同時選挙の投票順序は、知事を先きにし、府会を後にしたものやら反対に府会を先きにして知事を後にしたもの(この方が大阪府選挙管理委員会の指示に該当、従つてこの取扱いの方が多数であつた)やらまちまちであつた。
しかして、右第十二投票所は、右選挙における候補者長尾時次郎の有力地盤であるから、右(イ)の事実は、同候補者の不利を計る目的を以て、同時選挙の欠点を利用して敢えて多数の無効投票を出さしめた違法のものであり、又(ロ)乃至(ホ)の事実は、本選挙の管理執行が著しく失当であつて、選挙の自由、公正を害するものといわねばならないのみならず、さらに、
一、右選挙で八尾市第八投票所では四月三十日の投票日の投票締切の直前、法規に従い不在者投票の投票を投票立会人立会の下に投票函に投票したが其の投票立会人である田村某氏が自分の知合がその先日した不在者投票が右投入投票の中に含まれていない事に気附きその点を関係者に詰問した所が駐在の八尾市役所吏員大林某は「市役所へ行つて探して来ます。」と云つて飛び出しやがて右該当の不在投票を持つて帰り「市役所の机の抽出しに忘れてありました。」と云い、ともかくも投票函に入れたが斯かる一例を見ても本件の選挙管理が不当怠慢である事及び右田村氏が長尾候補に好意を有する人である点からその知り合のした右不在投票が必然長尾への投票であろう事は想像出来るので、長尾落選を企図する市長の意を受け、若しくは察知して故意に右吏員がその投入を阻止せんとしたものと見ても行き過ぎではないとの感ある事を否定出来ないのである。
二、本件選挙の直前に八尾市選挙管理委員会は所謂補充選挙人名簿の作成をしたのであるが其の際の同委員会の態度は極めて不当なものであつた。即ち一般に有権者たるべき資格を有する市民は当然に選挙人名簿に登載されていると思い込んでいるので一々自ら選挙人名簿を調査したりしないのであるがこの市民の選挙人名簿に無関心な点を利用して右選挙管理委員会は不当にそれらの名簿に登載洩れのしかも資格ある人々の補充選挙人名簿への登録申立の機会を失はしめる様故意に作為しているのである。
それは選挙の時名簿と対照上必要な投票所への入場券を市民に配布するに当り選挙人名簿への補充申立の締切りを四月二十五日限りとして置いてしかもその二十五日以後になつて初めて行政委員を通じて右入場券を配布しているのである。
この事は何を意味するかと云うと、つまり右入場券が一般に配布されたにも拘らず自分の処だけは来ないと云う事が分つてその人は自己が名簿に登録せられていないという事に気がついて騒ぎたてるのであるが、しかも其の時は補充申立の締切り日を過ぎて居て、どうする事も出来ない時であるという事になるのである。換言すれば登載洩れの人々に補充申立をなさしむる為には少くとも補充申立の締切日の二十五日以前の相当期間前に入場券を配布すべきであつたのである。
これは全く八尾市長が長尾落選を何にもまして希望している事実を知つている市長支配下にある八尾市選挙管理委員会がその長尾落選の一助として其の権限を不当に行使したものであると謂はなければならない。
さればこそ右二十五日後の右入場券配布は長尾派と目せられるもの又は長尾の地盤と目せらるゝ所に、主として行なはれて居り反対に野村候補の地盤や支持者の所へは早目に二十五日以前に配布(入場券)していると聞えているのである。即ち此の点に於ても本選挙は、公正、自由の選挙原理に背反するものであると謂はなければならない。
そして右選挙の開票の結果は、第一位野村僧磨九、三一五票、第二位長尾時次郎九、二六三票、第三位小村庄次郎八、八二九票、無効投票一、一七四票であつた点から見て、以上の事実は、再選挙すれば、選挙の結果に異動を及ぼすべき虞ある場合ありたることは明白である。
よつて原告は、同年五月十三日、被告に対し右、(イ)(ロ)(ハ)の事実に基いて、選挙の効力に関する異議の申立をしたところ、被告は同月三十一日原告の申立を棄却する旨の決定をなし、該決定書は同年六月三日原告に送達せられたが、これに服することを得ないのでこゝに本訴に及ぶと述べ、
被告の答弁に対し、公職選挙法第二百三条の選挙の効力に関する訴訟の提起期間の起算日は、決定書の交付を受けた日又は決定書の要旨の告示のあつた日のいずれでもよいと解すべきである。本件において原告の異議申立に対する被告の決定書の要旨の告示のあつたのは昭和二十六年六月十日であるから、同年七月四日提起した本件訴訟は、三十日の期間を徒過しているものではない。思うに、選挙の効力に関する訴訟の原告たるものは必らずしも異議申立人たるを要せず決定書に不服ある選挙人であればよいわけであるから、若し右のような解釈をとらなければ、本件の場合においては、異議申立人であるが故に、一般の選挙人よりも不利益を受けるという不合理な結果となる。又原告は異議申立人であると同時に一般選挙人であるから、たとい異議申立人としては三十日の期間を徒過しているとしても、一般選挙人たる資格においては、本件訴訟を右期間内に提起したものというべきであると主張した。
被告は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告は被告に対して本件選挙に関する異議の申立をなし、これに対する被告の決定書を昭和二十六年六月三日受領しているのであるが(なお右決定書の要旨は、同年五月三十一日大阪府公報に掲載して告示した)本訴の提起は同年七月四日であるから、公職選挙法第二百三条の期間を徒過したものであると述べた。
三、理 由
本件において、原告の主張するところは、原告は、被告に対して昭和二十六年四月三十日執行の大阪府会議員の八尾市選挙区における選挙の効力に関する異議を申し立てたところ、被告は原告の申立を棄却する旨の決定をなし、該決定書は同年六月三日原告に送達せられたのであるが、原告はこれに服することができないので、こゝに本訴に及ぶというのであつて、又本訴の当裁判所に提起せられたのが、同年七月四日であることは、本件訴状に押捺せられた当裁判所の受付印によつて明白である。
従つて、右決定書送達の日より起算すれば、本訴は公職選挙法第二百三条第一項所定の期間経過後の提起にかゝるものといわねばならぬ。原告は同条所定の訴訟提起期間の起算日は、決定書交付の日又は決定書の要旨の告示の日のいずれでもよいと解すべきであると主張するから、案ずるに同条第一項において、選挙の効力に関する訴訟の提起期間を決定書の交付を受けた日又はその要旨の告示の日から三十日と定めた理由は、右訴訟は異議の申立に対する決定を受けた後でなければ提起できないのであるから(同条第二項)異議申立人については右決定の効力を生じた日すなわち決定書の交付を受けた日を、その他の者については右決定のあつたことを了知し得べき時すなわち、決定書の要旨の告示のあつた日をそれぞれ右期間の起算日と定めたものと解すべきである。(同法第二百十五条参照)原告は、かくては、要旨告示の日が、決定書交付の日より後である場合には異議申立人はその他の者より出訴期日については不利益を受けるという不合理な結果となるというけれども異議申立人は決定書の交付によつて、決定のあつたことを十分知り得べきであるから、決定書の交付を受けないその他の者との間に出訴期間の起算日を異にするもこれを以て不合理と称すべきでないことはもちろんである。(昭和二十三年十二月十四日最高裁判所判決参照)原告はなお、仮りに異議申立人として出訴期間を徒過したとしても、一般選挙人たる資格においては本訴は右期間内に提起したものであると主張する。しかしいやしくも異議申立人たる限り、専ら、異議申立人について定められた出訴期間を守らなければならないことは、前段の説明によつて自ら明かであろう。
以上要するに、本訴は法定の出訴期間経過後の提起にかゝるものであるから、不適法としてこれを却下し、訴訟費用の負担について公職選挙法第二百十九条民事訴訟法第八十九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 福本一)