大阪高等裁判所 昭和26年(ナ)21号 判決
原告 川田平八郎 外一二名
被告 京都府選挙管理委員会
一、主 文
原告一二名の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告は「被告が昭和二十六年七月二十六日原告等の訴願についてなした裁決を取り消す。同年四月十五日施行せられた京都府宇治市市会議員第一選挙区の選挙を無効とする。右選挙における田中定助、松下林、岩井益三、谷口勘二、脇田政一、高橋春三、長村源次郎、池本正夫、奥勧一、小永井勘一、藤川正一、上林種太郎の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文と同旨の判決を求めた。
原告の本訴請求原因として主張するところは次のとおりである。原告は京都府宇治市市会議員の選挙権を有し又市会議員の候補者であるが、昭和二十六年四月十日行われた同市会議員選挙の結果、第一選挙区において田中定助は五一九票、松下林は四一九票、岩井益三は四一一票、谷口勘二は三九九票、脇田政一は三五八票、高橋春三は三五五票、長村源次郎は三三三票、池本正夫は三一二票、奥勧一は三〇五票、小永井勘一は二九九票、藤川正一は二九一票、上林種太郎は二六二票の有効投票を得たものとして当選人と決定せられ、原告川田平八郎は二六〇票、同須知喜一郎は二四三票、同松村定一は二四一票、森伊三男は二三九票、福井由造は二三八票、清水清次郎は二三六票、原告奥西貞次郎は二二三票、同森熊治郎は二〇二票、同森本清は一九八票、中村良一は一九六票、原告山花忠次郎は一九五票、同森惣一は一六二票、同水田昇三は一六〇票、森田長太郎は一五一票、原告古川平蔵は一四八票、同住山冬彦は一三七票、同井上永吉は一二九票、岡田宗太郎は五四票の有効投票を得たものとして落選者と決定せられた。そこで原告等は同月二十三日宇治市選挙管理委員会に対し右選挙の効力及び当選の効力に関して異議の申立をしたが同年五月十四日棄却せられ、同年六月四日被告に訴願を提起したが同年七月二十六日棄却せられたので、本訴を提起するに至つたものである。
右選挙に当つて
(一) 西谷幸枝、大久保ちよ、氏名不詳者一名の三名はそれぞれ勝浦政子、松本巴枝、井野下静人の氏名を詐称して投票した。これは投票管理について選挙人名簿との対照、選挙人確認の違反である。宇治市選挙管理委員会は右選挙において投票所入場券を発行交付したものであつて、入場券には氏名年齢住所を記載してあるからかえつて詐称投票の機会を与える結果となり、しかもその入場券は旧隣組を利用し或いは小学校児童、婦人会、役場吏員、縁故者等を介して配布せられたものであつて、現に原告等は宇治市菟道小学校六年生岩中玲子(当十一年)からその配布を受け、又宇治市選挙管理委員会事務局長園田昌一さえ自己の担当した日本レーヨン株式会社宇治工場寄宿舎在住の選挙人に対する入場券を一括して同寄宿舎舎監に配布を依頼した事実がある。このような情況の下に配布せられた入場券はたやすく他人がこれを入手し氏名を詐称し或いはこれを冒用して不正に投票できる機会を与えたものである。従つて投票管理者は単に入場券記載の氏名年齢住所と選挙人名簿のそれとが符合することのみを以て足りるとすることなく、あらゆる手段方法を講じその者が選挙人本人であることを確認するについて充分な注意と努力を払わなければならない。それにもかかわらず単に投票者の申し述べた氏名年齢住所が入場券記載のそれと符合しておるから氏名詐称を疑う余地がないとするのは、投票管理者としての義務違反を被告自ら是認するものである。
(二) 田口和子、山岡タマ、倉橋チエ、小林金一、沢田喜代一、望月清子の六名は不在者投票をしたのであるが、同人等はいずれも選挙当日前、他に転出し宇治市第一選挙区内に居住していなかつたことは宇治市役所の転出証明書交付台帳により明白であり、当時不在者投票を餞別投票であるとの風評が専らであつたのであるから、宇治市選挙管理委員会において右不在者投票の開封投函にさきだち、右交付台帳と照合することにより簡単に不在者投票の要件を備えないことを発見できたものであるにかかわらず、この調査をしないで、単に不在者投票該当証明書のみによつて不在者投票を認容したのは、公職選挙法(以下公選法と略称する)第四九条第四三条に違反するものである。
(三) 小西ひさ枝は永野タケが候補者の氏名を自書できないので不正に代筆して投票した。被告は投票管理者は永野タケが入場しておる投票記載所に小西ひさ枝が入つておるのを発見し、直ちに同人を退去させたと主張するけれども、選挙人でない小西ひさ枝を投票記載所に入場させたこと自体が投票管理義務の違背であり、同人に退去を命じたことは同人が永野タケの投票を代筆したことを否定するものでない。これは公選法第四八条に違反するものである。
(四) 日本レーヨン株式会社宇治工場寄宿舎八棟中三棟は旧宇治町(第一選挙区)と旧槇島村(第二選挙区)とにまたがつて存するものであるが、人の住所は生活の本拠即ちその人の事実上の寝食、休養、団楽の場所的位置によつて定まるものであるから、寄宿舎の旧槇島村の地域内に存する部分に居住する者の住所は第二選挙区にあるものであつて、その者の食糧の配給納税等が便宜上旧宇治町においてなされたとしても、その住所が第一選挙区にあるものということはできない。(い)右選挙の当日右寄宿舎の男子入舎総員七〇三名中その八割を有権者とすれば五六二名となり、これを元宇治町長と元槇島村長との間になされた昭和二十五年度町民税賦課に関する協定書に基く比率である宇治町百分の六十、槇島村百分の四十の割合によつて分けると、旧槇島村地域に住所のある有権者は二二五名となる。この二二五名が第二選挙区の選挙人名簿から脱落し、第一選挙区の選挙人名簿に不正に登録せられたこととなる。本選挙の棄権率は一割であつたから、右二二五名の九割が投票したものとすれば、二〇三名の投票は公選法第四二条第二項に違反するものである。(ろ)仮に右計数が正確を欠くものとしても右選挙当日右寄宿舎の旧槇島村地域内に存する部分におる者が一九八名であることは被告の認めるところであるから、その八割に相当する一五八名を有権者とすれば、その九割に相当する一四二名が投票したこととなり、この一四二名の投票は公選法第四二条第二項に違反するものである。
以上(一)乃至(四)の事実はいずれも選挙の管理執行の規定に違反するものであつて、(一)の三票、(二)の六票、(三)の一票、(四)(い)の二〇三票、合計二一三票を各当選者の得票数から控除すると最高位当選人田中定助を除く一一名の当選人の得票は、最高位落選者原告川田平八郎の得票数二六〇票以下となり、仮に(四)(ろ)の一四二票に従つても合計一五二票を各当選者の得票数から控除すると、田中定助、松下林を除く一〇名の当選者の得票は原告川田平八郎の得票数以下となり、いずれも選挙の結果に異動を及ぼすこととなる。従つて右宇治市会議員第一選挙区の選挙は無効である。
仮に選挙は無効でないとしても前同理由により田中定助を除く一一名の当選は無効である。
被告は本件異議申立及び訴願において原告等は選挙の無効のみを主張し当選の無効を主張しなかつたのに、本訴において当選無効を主張することは許されないと主張する。なるほど本件異議申立書及び訴願書の申立の趣旨にはあたかも選挙の無効のみを主張するような記載があるけれども、それは原告等が法律的知識に乏しいためであつて、その理由として主張するところは本訴請求原因として主張するところと全く同一であり、結論として公選法第二〇二条第二〇五条地方自治法第六六条の外公選法第二〇六条を引用しておるのであるから、本件異議申立及び訴願においても原告等は選挙無効を主張するとともに予備的に当選の無効をも主張する趣旨であつたことは、一点の疑の余地もないものである。
以上の理由により本訴請求をする次第である。
なお原告井上永吉を除く原告一一名は、本件選挙人名簿が被告主張のように法定期間縦覧に供せられたが、異議の申立なく確定したこと及び第一選挙区は一開票区であることを認めると述べた。
被告の答弁として主張するところは次のとおりである。
昭和二十六年四月十日行われた京都府宇治市市会議員選挙の結果第一選挙区において各候補者が原告主張のような有効投票を得たので、田中定助外一一名が当選人、原告一二名外六名が落選者と決定せられたこと及び原告主張の各日時に原告等が右選挙の効力に関し宇治市選挙管理委員会に異議の申立をしたが棄却せられ、被告に訴願したが棄却せられたことは、これを認める。
しかしながら原告主張のように三名の氏名詐称投票、六名の不正不在者投票、一名の不正代筆投票があつたとしても、いずれも選挙管理執行の規定に違反するものでなく、当選無効の理由であつても選挙無効の理由となるものではない。
(一) 氏名詐称投票について
投票所入場券は選挙人の確認及び選挙人に対する投票意識の涵養の便宜のため発行せられるものであつて、公選法施行令第三一条によりその作成配布は市町村の選挙管理委員会の意思に委せられてある。これは入場券の作成配布が選挙の公正を害しない範囲で選挙の効力に影響を及ぼさないことを規定したものと解すべきである。宇治市選挙管理委員会は入場券の配布が選挙の執行について適正な措置と認めこれを作成したのであるが、その配布については特定地域毎に配布員を任命し配布を担当させ、併せて選挙人の存否を確め、転出者等不在者の入場券は返還させたものであつて、婦人会員や小学校児童に配布を依頼したことはない。又日本レーヨン株式会社宇治工場寄宿舎においては自治委員会が寄宿舎員の日常生活の統轄運営を司つているので、入場券を舎監を通じて自治委員会に配布を依頼したものであり、このような高度の運営組織を有する団体生活者に対してはこの組織を通じて配布するのが最良の方法と考えられる。以上のように入場券の配布について適正な方策が講ぜられているばかりでなく、選挙人の投票所入場に際しても、第一次に入場券記載内容と選挙人と選挙人名簿の三者について投票管理者の口頭質問及び書類調査の上入場を許し、第二次に投票用紙引換手続を、第三次に投票用紙交付を行つたもので、第二次第三次の各段階において、第一次の段階と同様選挙人確認の方法を講じたものである。原告主張の三名の氏名詐称者はこの段階を選挙人として通過したものであり、投票管理者として選挙の管理執行の規定に違反するところはない。
(二) 不正不在者投票について
不在者投票をした原告主張の六名の者はいずれも公選法施行令第五二条所定の不在者投票の事由に該当する旨の証明書を提出したもので、事由欄に他に旅行中、滞在中等の記載があり、住所移転の記載がないから、不在者投票管理者が不在者投票を行わせたのは当然である。宇治市選挙管理委員会は転出入処理機関と連絡し選挙人の動態を把握していたが、右六名は転出手続前投票したものであり、転出証明書交付台帳には転出事由の記載がなく、又右台帳は食糧規整のための書類であり、住所移転に関する書類でない。従つて投票の管理及びその調査方法において違法の点はない。
(三) 不正代筆投票について
小西ひさ枝は正当に選挙人名簿に登録された選挙人であるから投票所に入場させたのは当然であり、同人が永野タケの入場しておる投票記載所に入つたので、これを知つた投票管理者は直ちにひさ枝を退去させたもので、適正な措置がとられているから投票管理の規定に違反するものでない。
(四) 日本レーヨン株式会社宇治工場寄宿舎舎員の第一選挙区における選挙人名簿調製及び選挙権行使について
右寄宿舎八棟の内三棟は旧宇治町(第一選挙区)と旧槇島村(第二選挙区)とにまたがつているが、右選挙の当日における右寄宿舎の舎員全員七〇三名は第一選挙区に住所を有するものと扱つたのである。およそ住所は生活の本拠であるが、この認定については各種の客観的事実を総合して判断すべきものであり、境界線にまたがる寄宿舎の舎員というような特殊の場合にあつては、寄宿舎の形態、在住者の動態、敷地の所属比率、作業場、食堂の所在場所、食糧配給、租税、戸籍の手続先等を考慮しなければならない。境界線は実地のいずれにあるか明らかでなく、ただ図面上の境界線を実地に推測してみると寄宿舎の居室を斜めに横断している。右寄宿舎は工場の最北部に位置し、塀によつて外部と隔てられ、その外部は旧槇島村地域の田地であり、作業場食堂等は旧宇治町の地域にある。毎月平均五〇名前後の入退者があり、寄宿舎内部間の異動は常時行われている。敷地の占める割合は旧宇治町の地域が遙かに大きく、旧槇島村地域内に存する部分における者は七〇三名中一九八名に過ぎない。食糧の配給、租税戸籍の手続等は旧宇治町においてなされていた。元宇治町長と元槇島村長との間になされた昭和二十五年町民税賦課に関する協定書は、住民税の税額に関してのみの任意の協定であり、右寄宿舎において各地域における者の人数の割合を定める根拠とすることはできない。宇治市選挙管理委員会は右の各種の事実を総合して右寄宿舎における選挙人の住所は旧宇治町の地域にあるものとして第一選挙区の選挙人名簿に登録したものであり、本件選挙に使用せられた選挙人名簿は法定期間縦覧に供せられ、異議の申立なく確定したものである。従つて選挙の管理執行の規定に違反することはない。
以上のように原告の選挙無効の主張は理由がない。
本件異議申立及び訴願において原告等は選挙の無効のみを主張し当選の無効を主張しなかつた。もとより異議申立、訴願の審理は職権審理主義によるべきものであつて、表題や請求の趣旨にこだわることなく、請求の内容に適合した決定裁決をしなければならない。ところが審理庁において本件異議申立人、訴願人にその真意を聞きただしたところ同人等は選挙無効のみを主張し当選無効は予備的にも主張しないことを明らかにしたのである。従つて本訴の段階に至つて当選無効を主張することは許されない。
仮に本件異議の申立及び訴願において原告等が当選の無効を主張したものとし、且つ原告主張のような潜在無効投票があるものとしても、公選法第二〇九条の二の規定によりこれを各候補者の得票数に応じて按分して得た数を各候補者の得票数から差し引くときは選挙の結果に異動を及ぼすことはない。従つて原告の当選無効の主張も理由がない(証拠省略)。
三、理 由
昭和二十六年四月十日行われた京都府宇治市市会議員選挙の結果第一選挙区において各候補者が原告主張のような有効投票を得たものとして、田中定助外一一名が当選人、原告一二名外六名が落選者と決定せられたこと及び原告主張の各日時に原告等が右選挙の効力に関し宇治市選挙管理委員会に異議の申立をしたが棄却せられ、被告に訴願したが棄却せられたことは当事者間に争がなく、その後法定期間内に本訴が提起せられたことは記録上明らかである。
まず原告の選挙無効の主張について判断しよう。
元来選挙の全部又は一部の無効を来すのは、選挙管理の任に当る機関が選挙の管理執行に関する規定に違反し、しかもその違反が選挙の自由公正な施行を害し選挙の結果に異動を及ぼす程度のものである場合でなければならない。個々の投票の効力を争うことは当選訴訟の理由となるだけであつて、選挙訴訟の理由とすることはできない。
そこで原告主張の選挙無効の理由について順次考察するに、
(一) 氏名詐称の投票について
投票所入場券を交付するかどうかは公選法施行令第三一条の規定により市町村の選挙管理委員会に委せられており、その配布の方法についても法令に規定するところがないから、選挙の自由公正を害する虞のある方法で配布せられたというような特別の事情の認められない限り、選挙訴訟の理由となるものでなく、仮に原告主張のように入場券が小学校六年生の児童によつて配布せられた事実があつたとしても、ただそれだけの事実で選挙の管理執行が規定に違反し選挙の自由公正を害するものということはできない。その他の原告主張の入場券配布の方法も、選挙の管理執行が規定に違反し選挙の自由公正を害するものといえないこと同様である。氏名を詐称した投票があつたとしても、それはその投票の無効を来すだけであつて、直ちに投票管理者の側において選挙の管理執行について規定に違反したものということはできない。
(二) 不正不在者投票について
成立に争のない乙第四号証の一乃至四によれば、原告主張の六名は公選法施行令第五二条所定の不在者投票の事由に該当する旨の証明書を提出したことが認められるから、投票管理者が仮に原告主張のように食糧配給の基準となる転出証明書交付台帳を調査することなく不在者投票を受理したとしても、投票管理者が選挙の管理執行の規定に違反したものということはできない。
(三) 不正代筆投票について
候補者の氏名を自書できない選挙人のために他の者が法定の手続によらないで勝手に代筆したとしても、それはその投票の無効を生ずるだけであつて、投票管理者が投票記載所に他の者が入つておるのを発見し直ちに退去させた以上、選挙の管理執行の規定に違反するものではない。
(四) 原告主張の寄宿舎舎員の第一選挙区における選挙人名簿調製及び選挙権行使について
本件第一選挙区の選挙の基礎となつた基本選挙人名簿及び補充選挙人名簿は昭和二十五年九月十五日現在及び昭和二十六年三月二十日現在調により調製せられ法定の期間縦覧に供せられ、異議の申立なく確定したものであることは原告井上永吉を除く原告一一名の認めるところであり、原告井上永吉の関係においては当裁判所が真正に成立したものと認める乙第九号証の一乃至四によつてこれを認めることができる。このように名簿が有効に確定した以上、仮に原告主張のように第二選挙区に住所を有する二〇三名或いは一四二名の者が誤つて第一選挙区の選挙人名簿に登録せられたとしても、名簿の効力に影響を生ずるものでなく、又第一選挙区において投票したとしても、選挙の管理執行の規定に違反があるものといえない。
原告の選挙無効の主張は総て失当である。
次に原告の当選無効の主張について判断しよう。
原告は、本件異議申立及び訴願において原告等は選挙無効を主張するとともに予備的に当選無効を申し立てたと主張するけれども、成立に争のない乙第一、第二号証の各一によると、原告等は異議の申立及び訴願において選挙無効のみを主張したものであり、当選無効については予備的にも申し立てたものでないことが認められ、その主張の事由が当選無効の理由として適切であることや公選法第二〇六条を引用したことだけでは右認定をくつがえすことはできない。異議申立及び訴願において当選無効の申立をしなかつた以上、本訴において当選無効を主張できないことは明らかであるから、原告の右主張はその内容について判断するまでもなく採用できない。
そうすると原告一二名の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)