大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)766号 判決

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、被控訴人の方で、原判決に「福竹郁治」と記載せられてあるのは総て「福竹都治」の誤記であるから訂正する。

兵庫県川辺郡多田村柳谷字東垣内一八番田四反八畝二十一歩の内二反六畝四歩(以下(イ)土地と略称する。)はその小作人西田鶴松が死亡し、その相続人西田直栄は会社に勤務していて耕作することができないため、福竹都治が直栄と合意の上解約したものである。

同所一八番田四反八畝二歩の内二反二畝十七歩(以下(ロ)土地と略称する。)はその後被控訴人が売渡を受けたもので、本件係争に関係はないが、福竹とその小作人谷川浅吉との間になされた合意解約の有効なことは前同様である。

賃借権の設定等について村農地委員会の承認を要することは農地調整法第四条に規定するところであるけれども、この改正は農民にはもちろん農地委員会にも充分に徹底しておらず、従前どおり届出を以て足りるとした実例が少くない。

農民が農地委員会に対し乙第八号証のような耕作変更届を提出した場合農地委員会としては耕作者の移動の承認申請とみなして、これを承認するかどうかを審議決定すべきが当然であつて、届出書類を返戻もせずそのまま受理しておくときは、農民がその承認があつたものと考えるのは当然である。農地委員会の承認の方式については法令に規定がないから、右のような場合には黙示の承認があつたものといわなければならない。

仮にそうでないとしても、(イ)土地は福竹が西田から返還を受けると直ぐ昭和二十二年春から被控訴人が実際上耕作し、その後引き続き毎年右土地に対する米の供出をしており、現に右四反八畝二歩の内(ロ)土地については同委員会はこれを被控訴人に売り渡す旨の計画を立てた程であるから、耕作者の地位の安定と農業生産力の維持増進を図ることを目的とする農地調整法の精神からみても、被控訴人に対する賃借権の設定は当然これを承認しなければならないものである。

(イ)土地は農地委員会において自作農創設特別措置法第三条第五項第五号(改正前)の規定に基いて不耕作地として買収したものではなく、又同法条にいわゆる「権原に基きこれを耕作することのできる者が現に耕作の目的に供していないもの」即ち不耕作地に該当するものではない。何故ならば「権原に基きこれを耕作することのできる者」というのは、土地所有者との間に耕作することのできる私法上の法律関係にある者を意味するのであつて、農地委員会等の承認があつたかどうかを問わないからである。従つて(イ)土地は同法第三条第一項第二号により買収せられるべきものであり、同法施行令第一七条第一項第一号の規定により(イ)土地について耕作の業務を営む小作農である被控訴人に売り渡すべきものである。

もし(イ)土地が小作地でないものとすれば、同法第三条第五項第二号にいわゆる自作農以外の者が請負その他の契約に基き耕作の業務の目的に供している農地に該当するから、同条項により買収せられるべきものであり、同法施行令第一七条第一項第二号の規定により被控訴人にこれを売り渡すべきものである。

仮に(イ)土地は同法施行令第一七条第一項第七号の規定によつて売渡の相手方を定めるべきものとしても、右規定に定める要件を具備している被控訴人にこれを売り渡すべきものであると述べ、控訴人の方で、原判決に記載せられた「福竹郁治」が総て「福竹都治」の誤記であることはこれを認める。

福竹都治は谷川浅吉、西田直栄から強制的に被控訴人主張の東垣内一八番田四反八畝二十一歩を引き上げ、昭和二十二年六月下旬から被控訴人を手伝わせて自ら耕作したのであるが、多田村農地委員会においては谷川の嘆願に基いて調査した結果、強制引上の事実が明らかとなつたので、同年六月九日付で福竹に対し地方長官の許可のない農地の移動はその効力のない旨を好意的に注意を与えた。被控訴人は福竹の耕作を手伝つていたに過ぎないもので、福竹から賃借したり、同人と共同耕作をしたりしていたものではないが、当時同委員会としてはその内部的関係を知るに由なく、福竹から賃借しているものと誤認し、被控訴人に対しても同時に右同様農地の移動の効力のないことを通知したのである。

福竹は右通知を受けると同年七月四日付で同委員会に対し同年度米麦作から右土地を旧耕作者西田直栄等に代り自作する旨の耕作者変更届(甲第一号証)を提出した。これによつても福竹は右土地を引き上げるや自作したものであつて、直ちに被控訴人に賃貸したものでないことが明白である。

右耕作者変更届は供出及び保有米確保を目的とする同委員会長あての届出に過ぎないのであつて、農地調整法(昭和十三年法律第六七号、改正昭和二十年法律第六四号、改正昭和二十一年法律第四二号)第九条第三項同法附則第三項の規定による都道府県知事に対する許可の申請書でないことは明らかである。

福竹は昭和二十三年二月十五日に至り同委員会に対し右土地をそれまで自作していたのを同日から被控訴人に耕作させる旨の耕作変更届(乙第八号証)を提出した。しかしながら、これは単なる届出行為であつて、承認の申請行為ではない。即ち届出義務者が一方的に行政庁に対し意思表示をするを以て足り行政庁の行為を必要としない届出であつて、行政庁の行為を要求するところの承認申請ではないのである。従つて同委員会としては承認申請として扱わなかつたから、右届出の書面に受付印を押して受理する手続をとらなかつたのである。又右届出の内容自体から、被控訴人に対する賃借権の設定が同委員会の承認を受けるにさきだつて既になされた違法のものであることが明らかなばかりでなく、前示のとおり福竹の右土地の引上は無効であるから、同委員会においては昭和二十三年五月十七日自作農創設特別措置法(昭和二十一年法律第四三号)第三条第五項第五号の規定に該当する農地として買収計画を立てたものであり、既に昭和二十二年十二月全員一致でこれを買収する方針を決定していたものであつて、決して被控訴人に対する賃借権の設定を承認すべきかどうかの審議を怠つたものではない。

農地調整法の規定に従つた承認を得ていない賃借権の設定は私法上においても何等の効力を生ずるものでなく、被控訴人の耕作している右土地は、自作農創設特別措置法第二条の規定にいわゆる小作地に該当しないから、同委員会が同法第三条第五項第五号の規定による農地として買収計画を立てたのは正当といわなければならない。

同委員会において(ロ)土地を被控訴人に売り渡す旨の計画を立てたのは当然被控訴人が売渡を受くべき権限のあることを認めたものでなく、同法施行令第一七条第一項第七号の規定によつて、同委員会の自由裁量によつて被控訴人を売渡の相手方と定めたに過ぎないと述べた外、いずれも原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する(立証省略)。

三、理  由

兵庫県川辺郡多田村柳谷字東垣内一八番田四反八畝二十一歩は元福竹都治の所有であつたが、昭和二十三年五月十七日定められた買収計画に基き同年七月二日を買収時期と定めて買収せられ、多田村農地委員会は同年十一月二日右土地の内(イ)二反六畝四歩を福井宗次郎、天野光重、古浜佐一、天津秀雄に、残(ロ)二反二畝十七歩を被控訴人に売り渡す旨の売渡計画を定めて公告し、控訴人は右売渡計画に基き昭和二十四年四月九日各売渡の相手方に対し売渡通知書を交付して売渡処分をしたこと及び福井外三名に売り渡した(イ)土地は元西田鶴松が、被控訴人に売り渡した(ロ)土地は元谷川浅吉が、それぞれ福竹から賃借耕作していたが、福竹は昭和二十二年春苗代作り前に谷川及び西田鶴松の相続人西田直栄からこれを引き上げ、その後(その時期が昭和二十三年二月十五日より前であるかどうかについては争がある。)被控訴人に賃貸し、被控訴人は引き続き耕作していることは当事者間に争がないところである。

被控訴人は、右四反八畝二十一歩の土地の買収時期において被控訴人が同農地について耕作の業務を営む小作農であつたから、自作農創設特別措置法施行令第一七条第一項第一号の規定により右土地全部を被控訴人に売り渡すべきものであるのに、その内(イ)土地を福井外三名に売り渡したのは違法であると主張し、控訴人は、福竹が谷川、西田から右四反八畝二十一歩の土地の返還を受けたのは、強制的な小作地の引上であり、これについて地方長官の許可を受けていないから無効のものであり、又福竹と被控訴人との間の賃貸借は多田村農地委員会の承認がないから無効のものである。従つて被控訴人は権原に基いて右土地を耕作していたものではないから、右土地は同法第三条第五項第五号(改正前)にいわゆる不耕作地に該当し、同号の規定によつて買収されたものであるから、同法施行令第一七条第一項第七号の規定により売渡の相手方を定めるべきものであると主張するから考えてみよう。

福竹が谷川から返還を受けた(ロ)土地はその後被控訴人に売り渡されたものであつて、被控訴人が本訴において取消を求めている売渡処分の対象となつていないから、これを小作地の強制引上であるとする控訴人の主張事実について判断をする心要はない。

成立に争のない甲第一号証、原審証人西田直栄、原審及び当審証人福竹都治の各証言によると、(イ)土地はその小作人西田鶴松が死亡したためその相続人西田直栄が福竹と合意の上その賃貸借を解約した事実を認めることができ、右認定をくつがえすような証拠はない。そして昭和二十二年十二月二十六日法律第二四〇号によつて改正される前の農地調整法第九条第三項にいわゆる賃貸借の解除若しくは解約には合意解約を含まず、従つて右改正法律施行前になされた前示合意解約については地方長官の許可を要しなかつたものであるから(最高裁判所昭和二十六年(オ)第三八四号同二十七年十一月七日第二小法廷判決参照)、右合意解約は有効なものといわなければならない。

前示甲第一号証成立に争のない甲第七号証、乙第八号証から第十二号証まで、当審証人福西勝次郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証、同証言、原審及び当審証人福竹都治の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、(イ)土地は昭和二十二年度の米作については実際上福竹が被控訴人と共同耕作をしたが、昭和二十三年二月十五日福竹は右四反八畝二十一歩の土地を被控訴人に賃貸した事実を認めることができ、右認定を動かすべき証拠はない。

被控訴人が福竹との右土地の賃貸借について昭和二十三年二月十五日多田村農地委員会に対し福竹と連署の上同日を以て耕作者を福竹から被控訴人に変更する旨の耕作変更届を提出したことは当事者間に争がない。

被控訴人は、多田村農地委員会においては、農地調整法第四条に規定する耕作権の設定等についての同委員会の承認はその変更届の受理だけで承認があつたものとして取り扱い、特別に承認の意思表示をしない慣例になつており、届出書類を返戻もしないでそのまま受理しておくような場合には黙示の承認があつたものといわなければならないと主張するけれども、原審証人福竹都治の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果中、小作地の移動について届出があれば農地委員会の承認があつたものと扱われることがあるとの趣旨の部分は、原審証人宮本昇、藪内伊三郎、当審証人塩川利三郎の各証言と対照して信用することができず、その他被控訴人主張のような慣例や黙示の承認があつたことを認めるに足りる証拠はない。従つて多田村農地委員会が前示耕作変更届を返戻しなかつたことを以て、被控訴人と福竹との間の右土地の賃貸借について農地調整法第四条に定める同委員会の承認があつたものとすることはできない。

成立に争のない乙第一号証の一、第四号証から第七号まで、原審証人藪内伊三郎、原審及び当審証人宮本昇、当審証人乾寅之助、塩川利三郎の各証言を総合すると、多田村農地委員会においては、福竹が前示四反八畝二十一歩の土地を谷川、西田から引き上げたのは強制的引上であり、しかもこれについて地方長官の許可を受けていないから無効であるとの見解をとり、この見解を前提として右土地についての被控訴人と福竹との間の賃貸借を認めることはできないものと考え、昭和二十二年六月九日被控訴人及び福竹に対しそれが法律上効力のないものであるとの同委員会の見解を通知した。(もつとも右当時はまだ被控訴人と福竹との間に賃貸借が成立していなかつたことは前示のとおりである。)それでその後昭和二十三年二月十五日被控訴人と福竹から前示のような耕作変更届が同委員会に提出せられたけれども、これを単なる陳情書として取り扱い、改めてこれを同委員会の議題に上程したことのない事実を認めることができる。又前示乙第八号証、原審及び当審証人福竹都治の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、昭和二十三年二月十五日付耕作変更届は福竹が多田村農地委員会の書記の指示により関係部落農会長の連署を得た上、被控訴人に賃貸することについて同委員会の承認を受ける意図の下に同委員会あてに提出したものであることが認められるから、右書面は耕作変更届と題してあるけれども、農地調整法第四条の規定による同委員会の承認を申請する趣旨のものであつて、単なる陳情書でもなく、又供米及び保有米確保を目的とする届出でもないと認めるのを相当とする。そうすると福竹と被控訴人との間の賃貸借についてこれを承認するかどうかの同委員会の行政処分はまだなされていないものといわなければならない。

元来農地調整法第四条において農地の賃借権の設定等について市町村農地委員会の承認を必要としているのは、同法第一条及び昭和二十四年法律第二一五号による改正の結果同委員会が承認してはならない場合を明定した同法第四条第二項各号(この改正は承認を拒否できる場合を明確にしたものであつて、右承認がき束行為であることは改正前も同じと解する。)の趣旨からみて明白なように、農地に関する法律関係を明確にして紛争を未然に防止し、以て耕作者の地位の安定を図ること及び農地の潰滅や著しい兼併を避け、一面経営規模の弱小な生産力の低いいわゆる飯米農家に耕作されることを防ぎ、以て農業生産力の維持増進を図るため、農地の移動を統制したものであつて、更に右目的を達成するため、農地の賃借権の設定等は市町村農地委員会の承認がなければその効力を生じないものとしたのである。従つて同委員会が賃借権の設定等について承認をするかどうかは、同法の趣旨に従つてこれを決すべきものであり、賃借権の設定等が同法の企図する前示目的に反しない限りこれを承認すべく、同委員会の自由裁量によつてこれを定めるべきものではない。

(イ)土地は福竹が西田と合意の上賃貸借を解約したものでその合意解約の有効なこと及び(イ)土地の買収時期において被控訴人がこれを福竹から賃借し耕作していたことは前示のとおりであり、前示甲第八号証、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、(イ)土地は被控訴人の住居から山中の間道を利用しても十七、八町離れているが、被控訴人は農業に精進する見込のある者で多少遠隔の位置にあることはこれを耕作するについての障害となるものでなく、又被控訴人が(イ)土地を耕作するとしても、その耕作面積は合計八反余であつて農地の著しい兼併をもたらすことはない事実を認めることができる。又前示乙第一号証の一、当審証人宮本昇の証言によるとその後控訴人は被控訴人が農業に精進する見込のある者でその耕作面積が自家労力に比べて著しく不足しているものとして、福竹が谷川から返還を受けた(ロ)土地を被控訴人に売り渡している事実を認めることができる。右事実に従えば、(イ)土地についての被控訴人と福竹との賃貸借は、農地調整法の企図する目的に反することはないから、客観的には多田村農地委員会によつて当然承認せられるべき適法且つ有効なものであつたといわなければならない。

ところが前示乙第一号証の一によると、同委員会においては福竹が右四反八畝二十一歩の土地を小作人から引き上げたのは強制的引上であり、しかもこれについて地方長官の許可がないから無効であり、従つて被控訴人に対する賃借権の設定も無効であるとの見解を前提として右土地の売渡計画を定めたものであることを認めることができるのであつて、前示のように耕作変更届と題してはあるが賃借権の設定について同委員会の承認を求める趣旨と認むべき書類が同委員会に提出せられておるにかかわらず、右のような誤つた見解に基いて被控訴人に対する賃借権の設定を承認すべきかどうかを審議することなく、当然なすべき承認をしなかつたものである。このように同委員会において当然与えなければならない承認を与えないでいて、しかも承認の欠けている事実を基礎として売渡の相手方を定めるようなことはとうてい許されないものといわなければならない。

同委員会は(イ)土地について被控訴人に対する賃借権設定の承認申請に対し当然なすべき承認をしないでおいて、その承認がないから右賃貸借は無効であり、被控訴人は権原に基かないで(イ)土地を耕作していたものであつて、自作農創設特別措置法第三条第五項第五号(改正前)にいわゆる不耕作地に該当するものとして、同法施行令第一七条第一項第七号の規定により福井外三名に売り渡す旨売渡計画を定めたものである。従つて右売渡計画は違法であり、この売渡計画に基いて(イ)土地について右四名を売渡の相手方とした控訴人の売渡処分も違法であるから、その取消を求める被控訴人の本訴請求はその余の争点について判断するまでもなく正当としてこれを認容しなければならない。

そうすると原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!