大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)827号 判決
控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二十五年三月十五日守口市警察基本規程第九〇条に基いて控訴人に対してした懲戒免職処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張はいずれも原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する(立証省略)。
三、理 由
まず被控訴人の本案前の抗弁について判断しよう。
被控訴人は懲戒免職処分は雇傭主と被傭者との間の雇傭関係の破棄という純然たる私法上の行為であつて、行政処分でないと主張するけれども、本訴は守口市警察署の防犯課長警部補である控訴人に対する懲戒免職処分の取消を求めるものである。
およそ地方公共団体の職員は住民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し全力を挙げて職務を遂行し上司の職務上の命令に忠実に服従しなければならないものであつて、その地方公共団体と対等の地位に立つものでなく、単に私法上の雇傭契約による経済的な労務給付の義務を負うに止まるものでない。従つて地方公共団体の職員の地方公共団体に対する勤務関係はいわゆる特別権力関係による公法関係であり、その勤務関係を行政庁が一方的に消滅させる懲戒免職処分が行政処分にあたることは明白である。被控訴人の右主張は採用できない。
そこで本案について判断する。
被控訴人が昭和二十五年三月一日当時守口市警察署に警部補として勤務していた控訴人に対し、控訴人主張のような申立事実により守口市警察署懲戒委員会に懲戒処分の申立をし、同委員会の勧告によつて同月十五日控訴人の行為は勤務規律をみだし守口市警察基本規程第八九条に該当しその情状が最も重いものと認定して懲戒免職処分をしたことは当事者間に争がない。
一、懲戒事案についての事実認定
懲戒申立事実である控訴人が古沢はるゑの家屋の売買の仲介行為に関して報酬を得た事実については、成立に争のない乙第一号証の一、第一号証の二の一、二、第一号証の三、第三号証の七、第五号証、原審及び当審証人古沢はるゑ、淵脇敏夫、小山茂一、当審証人広浜為治、弘瀬匡亮、大西桂子の各証言、原審(第一回)及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合して認定するところは、古沢はるゑは昭和二十四年七、八月頃本件家屋を十三万五千円で買い受け約一万円を費して修繕したものであるから、十四万円以上の代金で売ることは大して困難ではなかつた。古沢はるゑ、広浜為治が控訴人に対し家屋の売買代金は十万円手に入ればよいから残額は適当に処分して貰いたいと申したのは、古沢の家出問題について控訴人の世話になつた謝礼の趣旨によるものであつた。又控訴人が古沢宅に十万円と一万円の寄附の受取書を持参した際十四万七千円で売れたことを報告しなかつた事実以外、総て原判決理由一、(一)―(1)乃至(7)記載のとおりであるからこれを引用する。
懲戒申立事実(2)である控訴人の村田生代方における会合飲酒の事実については、成立に争のない乙第二号証の一乃至五、第三号証の七、原審証人村田生代、高久進一の各証言、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合して認定するところは、総て原判決理由一、(二)―(1)乃至(4)記載のとおりであるからこれを引用する。
二、懲戒免職処分を科することのできない事案に対し懲戒免職処分を科したとの違法の有無
控訴人は控訴人の右所為は勤務規律をみだるものでなく、少くとも懲戒免職処分を必要とする程度のものでないのに、懲戒免職処分をしたのは違法であると主張するから考えてみよう。
およそ地方公務員に対する懲戒処分は地方公共団体がその勤務秩序を維持するため科するものであるが、一面公務員の自由と権利とを尊重するため、懲戒権者の裁量の範囲には一定の限界があるのであつて、このことは守口市警察条例第八条において懲戒については公正でなければならない旨規定し、守口市警察基本規程第八九条において懲戒事由を列挙しておること及び本件懲戒処分後に制定せられた地方公務員法第二七条、第二九条に同様の規定のあることからもうかがい知ることができる。そして右基本規程第八九条において警察職員が左の各号の一に該当するときはこれを規律違反として懲戒処分に附するものとし、一 この規程に違反した場合、二 職務上の義務に違反し又は職務を怠つた場合、三 警察職員たるにふさわしくない非行又は犯罪行為があつた場合を掲げ、同第九〇条において懲戒処分として免職、減給、譴責の三種類を定めておるから、懲戒権者は懲戒事由にあたる事案の有無程度について客観的に妥当な判断を加え、これに基いて所定の懲戒処分中これに相当する処分を選択すべきものである。各種の懲戒処分を科することのできる事案にはそれぞれ一定の限界があるものであつて、事案の有無程度についての判断が著しく妥当を欠き又は処分の選択を誤つたため、懲戒事由にあたる事案が存しないのに懲戒処分に附したり又は右の一定の限界に達しない軽い事案に対しそれより重い懲戒処分を科することは違法であると解するのを相当とする。
そこで前段認定の懲戒申立事実(1)について考えるに、控訴人は家屋売買の仲介行為は警察の職務活動の範囲外であり、これに関して報酬を受け取つたのは控訴人個人の行為であつて職務に関してでないと主張する。なるほど控訴人が家出人から家屋売買の仲介の依頼を受けたのは家出人保護の職務を終つた後ではあるけれども、その依頼者はその直前職務上知り合つただけで親族でも予ての知合でもなく、その報酬額が通常の家屋売買仲介手数料に比べて著しく高く、しかもその報酬額がほぼ右のような高額となることは当初から予想できたことであり、依頼者は控訴人が職務上取り扱つた家出問題について控訴人から受けた配慮に対する謝礼の趣旨をも含めてこのような高額の報酬を提供したものであり、控訴人としても当然この間の事情を了承し得たはずであることは前段認定によつて明白であつて、控訴人の右行為はその職務に関係のない個人としての行動ということはできない。又控訴人は右基本規程第八九条第三号において「警察職員たるにふさわしくない非行」というのは「犯罪行為」と並べて規定してあるところから考えれば、犯罪行為ではないがそれに近い程度の非行を指すものであつて、控訴人の右行為はこれにあたらないと主張するけれども、控訴人が当然了承すべき職務に関して提供せられた報酬の趣旨を、実際に認識しなかつたため犯罪行為にはあたらないものとしても、右に説明した控訴人の行為を以て警察職員たるにふさわしくない非行と認めたのは著しく妥当を欠くものということはできない。
次に前段認定の懲戒申立事実(2)について考えるに、被控訴人が村田生代方における会合飲酒についての控訴人の行為を以て警察職員たるにふさわしくない非行と認めたのは正当でないことは、原判決理由一、(二)(2)記載のとおりであるからこれを引用する。
そうすると前示のように控訴人がその職務上取り扱つた家出人から家屋の売買の仲介を依頼せられ多額の報酬を受け取つたのは警察職員たるにふさわしくない非行の中でもその情状が相当重いものと考えられるから、村田生代方の会合飲酒の事実を除外しても、これに対して懲戒免職処分を科したのは、懲戒免職処分に附することのできる限界に至らない軽い事案に対して重い懲戒免職処分を以て臨んだ違法があるものということはできない。
三、懲戒免職処分の原因動機における違法の有無
控訴人は中西嘉一等の恐喝事件の検挙、沢村次席の収賄容疑の捜査及び警察民主化の問題に関し控訴人は被控訴人と意見を異にしたため、被控訴人は控訴人を守口市警察署から追い出そうとして本件懲戒免職処分をしたものであると主張し、懲戒処分が勤務秩序を維持するためでなく、全く懲戒権者の勝手気ままにのみ基くものと客観的に認められるような場合は違法ということを妨げるものでない。しかし当審証人小谷憲太郎、塩田英夫、川口忠一、東条高尾、松崎清の各証言、原審(第二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合して認定するところは、原判決理由三記載のとおりであるからこれを引用する。控訴人の提出援用する総ての証拠によつて 被控訴人が中西の恐喝事件や沢村の収賄容疑の捜査を好まなかつたことその他控訴人と被控訴人との間に控訴人主張の点について意見の対立があつたことを認めることはできないから、控訴人主張のような事情から控訴人を守口警察署から追い出そうとして本件懲戒免職処分をしたものであるとの控訴人の主張は理由がない。
四、其他の職員の処分との間に権衡を失する違法の有無
控訴人は守口市警察署職員沢村、久保田が懲戒処分にあたる行為をしたのに、被控訴人はこれに対し懲戒処分をせず控訴人のみを懲戒処分にしたのは違法であると主張するけれども、公務員に懲戒事由にあたる行為があつた場合でもこれに懲戒権を発動するかどうかは懲戒権者の自由に定めるところであつて、一方を懲戒処分にしなかつたからといつて、他方を懲戒処分にしたことを以て違法ということはできない。又沢村の収賄については事案が明白でなかつた上沢村は依願免職に応じたものであり、久保田の場合は被控訴人の勧告により転勤したことは控訴人自ら主張するところであつて、控訴人と同様の事情にあるものということはできない。控訴人の右主張も採用できない。
そうすると本件懲戒処分が違法であるとしてその取消を求める控訴人の本訴請求は失当であることが明らかであるから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。そこで民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)