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大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)946号 判決

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並証拠の提出認否援用は被控訴代理人においてポツダム宣言第九項は軍隊の武装解除を命じ、第十一項は軍需品産業の禁止を規定しているのであるから、同宣言によつて軍需品製作は当然禁止されているのである。而して当時の我国では、天皇の詔書中法律上の意思表示を内容とするものは政府並国民に法律的拘束力を有していたのであつて、ポツダム宣言受諾の詔書は連合国の申込に対する天皇の承諾の意思表示であるから、当然政府及国民に対し軍需品製作禁止の効果を及ぼすものと解すべきである。仮に然らずとするも、ポツダム宣言の受諾は我国の歴史上未曾有の事態で、国民の社会的不安は言語に絶し軍需生産部門に止まらず凡ゆる生産部門はその操業を継続することが不能の状態に陥つてしまつたのであつて、ポツダム宣言受諾の法律的拘束力の如何に拘わらず、被控訴会社に対し依然として滑空機の製作を持続して政府に供給することを期待し、又政府にその滑空機の給付を受領することを期待することは不可能であつて、いずれにするも被控訴会社の滑空機製作納入の債務はポツダム宣言受諾の昭和二〇年八月一四日履行不能となつたものである。従つて最早約定解除権の行使及契約解除による損害賠償請求権の問題が起る余地は存しない。仮に右八月一四日のポツダム宣言受諾により履行不能となつたものでないとするも、同年九月二日我国の降伏文書調印によつて履行不能となつたことは明白である。而して控訴人主張の同年八月一六日の通告は生産停止の指示であつて契約解除の意思表示ではない。被控訴会社に対し契約解除の通告のあつたのは同年九月六日であつたから、当時既に履行不能により契約関係の消滅した後のことで何等の効果を生じない。以上の如く被控訴会社の政府に対する債務は履行不能により消滅したもので、契約解除により損害賠償請求権を取得するに由がないに拘らず、政府は約定解除権の行使に基いて消滅したものと誤解し、被控訴会社に対しその補償をなすべく仕掛品を査定して損害額を算定し、その結果に基いて請求書を提出するよう再三督促してきたので、被控訴会社も亦錯誤によつて政府の指示に応じ仕掛品に要した原価二三三万円と既納品代金一、三七五、〇〇〇円其の他を合計し三、七〇七、六四四円三四銭の補償請求をしたに止まり、これによつて被控訴会社に損害賠償請求権を取得せしめる合意が成立したものと謂い得ない。更に被控訴会社が政府から受取つた前渡金は旧会計法第二一条により弁済として受領したものであり、被控訴会社の債務が政府の責に帰すべき事由により履行不能に陥つた以上、被控訴会社はこれを返還する義務もないから、政府からこれに対し相殺をするに由がないものである。と陳述した(各証拠省略)。

三、理  由

被控訴会社が大平洋戦争中政府から、(イ)昭和一九年一月頃滑空機「若草」五〇機、(ロ)同年三月頃同滑空機一〇〇機、(ハ)昭和二〇年五月頃滑空機「秋水」六五機を、代金(イ)は一機二、八〇〇円、(ロ)は同五、〇〇〇円、(ハ)は同五〇、〇〇〇円、納期(イ)は昭和一九年九月未、(ロ)は昭和二〇年九月五日、(ハ)は同年九月未と定めて各其の製作を請負い、その都度代金の前渡金として(イ)については八四、〇〇〇円、(ロ)については二二四、〇〇〇円、(ハ)については二、五六〇、〇〇〇円、合計金二、八六八、〇〇〇円の交付を受けたこと、これに対し被控訴会社は昭和二〇年八月一四日迄の間に「若草」九五機「秋水」一七機代金合計一、三七五、〇〇〇円相当のものを納入したが、終戦により残余は仕掛品となつたこと、政府は右製作契約は軍需省航空兵器総局契約心得に基いて為されたもので、同契約心得第一四条に規定する「やむを得ざる事由ある場合」に該当するものとし、同年九月六日被控訴会社に対し一方的に契約解除の通知を為したこと、其の後政府は同心得第一五条により右契約解除による被控訴会社の損害を一、二一〇、七〇〇円と査定し、これを被控訴会社に賠償すべきものとし、被控訴会社に対する前渡金合計二、八六八、〇〇〇円より既納品代金一、三七五、〇〇〇円を控除した残額一、四九三、〇〇〇円の返還請求権と右損害金とを対当額において相殺する旨を昭和二一年六月二八日被控訴会社に通知したこと、被控訴会社は戦時補償特別措置法による課税価格を金九〇〇、八五〇円七銭と申告したところ、控訴人は右相殺による損害補償額一、二一〇、七〇〇円の申告洩れがありとし、昭和二三年二月一三日右課税価格を合計二、一一一、五五八円〇七銭と更正決定をし、同年二月一八日右決定は被控訴会社に送達せられたので、被控訴会社は右決定を不当とし、同年二月二七日大阪財務局長に審査請求を為したが、其後三ケ月を経過するも何等の決定を受けなかつたことはいずれも当事者間に争のないところである。

よつて先ず前示滑空機製作請負契約は軍需省航空兵器総局契約心得に従つて為され、同心得第一四条第一五条規定事項を契約内容としたか否かについて考究する。原審における証人土屋三郎、寺門英、青柳忠一、白木武二、飛弾基の各証言、同証言により成立の認め得る乙第一号証の一、二右証人白木武二の証言により成立の認め得る乙第一四号証の三、当審証人田中恬の証言の一部を綜合すると、被控訴会社は戦時中海軍航空兵器廠から滑空兵機の製作を請負つてき、昭和一八年軍需省が設置せられ兵器製作が同省の所管となつて後は同省航空兵器総局から滑空兵器の製作を請負うに至つたものであるが、右航空兵器総局においては航空兵器廠以来の契約心得を踏襲し、乙第一号証の一に定めるような航空兵器総局契約心得を作成し、民間業者との兵器製作請負契約は凡て右契約心得に掲げるところに従う約旨のもとに契約締結を為し来つたものであり、被控訴会社との本件契約も同様これに従つて為された事実を認定するに十分で、原審並当審における証人志村良宗、被控訴会社代表者本人各訊問の結果によつても右認定を左右するに足らない。而して右乙第一号証の一によれば、その第一四条において注文者たる航空兵器総局においてやむを得ざる事由ある場合には一方的に契約の全部又は一部を解除し得る旨を定め、同第一五条において右の場合契約者に損害を蒙らしめたものと認めたときは之を補償する旨を定めてあつて、之等の規定は戦時中刻々に変化する戦局の推移其の他事情の変更に即応すべく、その必要あるときは政府の一方的意思表示によつて既存の兵器製作契約を解除し得る途をひらきおき、一方之がため業者の蒙むる損害の賠償を為さんとする趣旨に出でたものと認められるから本件被控訴会社との請負契約について前示のような契約解除並損害補償に関する特約を為したるものと認定するのを相当とする。

控訴人は昭和二〇年八月一五日終戦を迎えたので、右契約心得第一四条に則り同月一六日被控訴会社に対し契約を解除したと主張するが、控訴人提出援用の全証拠を以てしても政府は終戦に伴う措置として一切の兵器生産を直ちに停止せしめることとし、同年八月一六日頃全国の関係軍需工場(被控訴会社に対しても同様)に生産停止命令を伝えた事実を認定し得るに止まり、同日頃契約解除の通知を為したものと認定し得る証拠はない。尤も当時の我国の情勢から観て生産停止命令を受けた製作業者は爾後更に兵器の生産を続行し得るものと考えなかつたであらうし、前記証人飛弾基の証言によると軍需省当路者に於いても右生産停止命令は兵器の生産を廃止する趣旨でこれを通知したものと認められるが、元来生産の停止と契約の解除とはその意味を異にするのみならず、原審証人土屋三郎の証言同証言によつて成立の認め得られる乙第三、四号証、原審証人飛弾基(第二回)の証言により成立の認め得る乙第一六号証等に徴するときは、政府はポツダム宣言の受諾に伴う応急措置として、兵器の製作に関する契約の処理は後日に譲り、取り敢えず現に為されつつある兵器の製作を停止することとして前記停止命令が発せられたことを窺知し得られるから、右生産停止命令をもつて契約解除の意思表示をなしたものと謂い得ない。従つて政府より被控訴会社に対し前示契約心得第一四条に基き契約解除の通知を為したのは被控訴人も争わない同年九月六日と認めるの外はない。(当時軍需省は廃止せられその事務は商工省の所管となつていた)

被控訴人は政府が昭和二〇年八月一四日「ポツダム宣言」を受諾したことにより、若しくはおそくも同年九月二日降伏文書に調印したことにより本件契約は政府の責に帰すべき事由少なくも被控訴人の責に帰し得ない事由によつて履行不能に陥り契約は消滅したから、その後同年九月六日に至つて政府が契約解除を為すに由がなく、被控訴会社も右契約解除を理由として損害賠償請求権を取得し得ないと主張する。成る程我が国が昭和二〇年九月二日降伏文書に調印し続いて同日連合国最高司令官の一般命令第一号が布告せられ、これによりポツダム宣言の規定する兵器製作の禁止は一般国民に対してもその拘束力を有するに至つたため、本件被控訴会社と政府間の滑空器製作契約は法律上履行不能に陥つたものと謂うべきことは明らかで、若し右履行不能が政府の責に帰すべきものとせば被控訴人は代金請求権を喪わないし、若し又右履行不能が当事者双方の責に帰すべからざるものとせば被控訴会社は代金請求権を喪うこととなる筋合ではあるが、そのいずれの場合でも契約が履行不能となつた以上最早政府から契約解除を為すに由がないものと謂う被控訴人の主張は首肯できない。履行不能に陥つた後当事者双方の合意によつて契約を解除することも固より差支ないし、或は履行不能の場合を予想し予め約定した約定解除権が政府にあるならば、これに基ずいて契約解除を為すことも何等妨げるものではない。ところで本件契約については前段認定のように、政府において「やむを得ざる事由」がある場合には政府が一方的に契約を解除することができ、これが為めに被控訴会社の蒙むる損害を政府において賠償する旨の特約がじ予めななれているものであつて、勿論我国の敗戦を予期したものでないことは明らかであるにしても、戦争の終結ということは予想せられることであり、敗戦の結果兵器製作を為し得ない事態に立到つたことは正しく右に所謂「やむを得ざる事由」に該当するから、政府が前記契約心得第一四条に基いて被控訴会社に対し一方的に契約解約を為したのは前示履行不能が何時であつたか、右不能の責が政府にあるか否かという点を考究するまでもなく有効な契約解除であると謂わねばならない。従つて政府が右約定解除権に基き被控訴人に対し契約解除の措置に出た以上、当事者間の法律関係は前示特約に則つて処理せられることなり、履行不能の理論に従つて解決せられるものではない。果して然りとすれば被控訴人が政府との製作契約により前渡金として受取つた合計二、八六八、〇〇〇円中既納の滑空機代金一、三七五、〇〇〇円を控除した一、四九三、〇〇〇円は契約解除によりこれを政府に返還すべきものであつて、一方政府が被控訴会社の蒙つた損害を補償すべくその請求書を差出すよう指示した結果、被控訴会社は仕掛品の損害を二、三三〇、〇〇〇円とし政府にその補償請求を為したことは被控訴人の自認するところで、これに対し政府はその損害を一、二一〇、七〇〇円と査定し右前渡金の返還請求権と対当額において相殺する旨通知を為したものであるから、被控訴人において該査定額のような損害もなかつたとの立証のない本件においては被控訴会社において右査定額相当の損害補償請求権を取得したものと認めるのを相当とする。而して右のような損害補償請求権も正しく戦時補償特別措置法第一条第一項第二号に規定する昭和二〇年八月一五日において現に存した契約に関し同日以後に生じた損害に該当し、同法の課税対象たる戦時補償請求権と謂うべきであるから、被控訴会社がこれを課税価格の申告に洩らしたに対し控訴人に於いて右金額を加算し課税価格の更正決定を為したのは相当であつても毫も違法はないものと謂わねばならない。

従つて被控訴人の本訴請求はその理由がなくこれを棄却すべく、これと反対にいでた原判決は民事訴訟法第三八四条により取消すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき同法第八九条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 大田外一 金田宇佐夫)

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