大判例

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大阪高等裁判所 昭和27年(う)1611号 判決

一、弁護人等は、本件被告人等はいずれも英国軍艦ベルフアスト号の乗組軍人であるから、日本の裁判所には本件について裁判権がないものであると主張する。

(イ) 刑事訴訟法第三三八条第一号は裁判所が被告人に対して裁判権を有しないときは、判決で公訴を棄却しなければならない旨を規定しているが、右にいわゆる裁判権とは、日本国憲法第七六条第一項に、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」とある司法権の一部である、刑事裁判権を指すものであることが明らかである。しかるに刑事訴訟法は、如何なる場合に前記の裁判所が被告人に対する裁判権を有しないかについて、明文を以つて規定するところがない。

よつてつらつら案ずるに、およそ独立国の主権は国家最高の権力で、その作用を自己の領域全部に及ぼし、その領域内にあるすべての人及び物を支配し得るを原則とすることは、国家存立の必然の要素であるからして、いやしくもその領域内にあるものについては、それが自国民であると、外国人であるとを問わず、原則としてこれを支配の対象となし得べきものであつて、この原則はその国家の意思に基く条約その他の合意又は確立せられた国際法規等による明確な事由がある場合にのみ、これを制限することができるのである。このことは日本国憲法第九八条第二項に、「日本国が締結した条約及び確立せられた国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定してあり、この条規が第一〇章最高法規とある章下のもとであること等よりして、日本国が締結した条約、及び確立せられた国際慣習法については、国家として対外的にこれを誠実に遵守する義務を負うのみでなく、国内法的事項を定めた条約及び確立せられた国際慣習法については、対内的にも国内法上国家諸機関及び国民各自が誠実にこれを遵守する義務を負うことを明らかにせられたものと解すべきものであることよりも、憲法自身が右制限を受くべきことを認容しているものというべきである。従つて主権の一作用たる前記刑事裁判権も、右の原則に従うもので自国内にある外国人に対して明確な制限のない限り、これを行使し得るものといわなければならない。そこでわが国における、この制限の有無を検討するに、日米安全保障条約に基く行政協定による駐留米軍に関するものは、条約による制限であり又わが領域内にある外交使節、外国軍艦等に対する治外法権の認容は、確立せられた国際慣習法に基く制限であり、外国軍艦の乗組員が公務のため承諾を得て上陸して行つた犯罪につき、その本国が裁判権を行使すべきであることも、学説の一致する見解である。以上の外にわが刑事裁判権を制限する明確な事由あることは、これを認められないのである。

飜つて、本件起訴状並びに一件記録によれば、被告人両名は本件発生の数日前、神戸港に入港碇泊中であつた英国軍艦ベルフアスト号乗組の水兵であるが、昭和二七年六月二八日休養のため上陸を許され、神戸市生田区三宮町にあるバーセブンセブンにおいて飮酒し、所持金を使い果した結果、両名共謀の上、翌二九日午前〇時四〇分頃同区突堤附近において、乗車していた港都交通株式会社所有の小型自動車の運転手大宮忠夫の背後より頸部を締めつけて、その反抗を抑圧し、同会社所有の自動車一台及び現金約一、七〇〇円を強取したものであるというのであるから、被告人等は外国軍艦の乗組員であるが、公務外で上陸し、わが国刑法所定の強盜罪を犯したものであることが明らかである。

(ロ) かくの如き外国軍艦の乗組員が公務外で上陸中に犯した事件は、前記わが国の刑事裁判権を制限する如何なる事由にも該当しない。即ちわが国と被告人等の属する英国又は同国を含む国際連合加盟国との間に、本件の如き場合における裁判権を何れが行使するかに関し、何等の条約の締結せられていないことは、当裁判所に顕著な事実であり、又本件の如き場合において、他人の所属国に裁判権ありとなす少数の国際法学者の学説がないでもないが、その多くは領土国に裁判権ありとの見解に一致して居り、殊に一九二八年の国際法学会で決議せられた「平時外国港にある船舶並びにその乗組員の地位に関する規則」においても、領土国に刑事裁判権あることが是認せられているのは、全く以つて決定的な学説であるというべく、その他各国の実例においても領土国に刑事裁判権あることを前提とする取扱のなされた事例が多くて、犯罪の行われた領土国に裁判権がなく、かえつて犯人の属する国に裁判権がありとする確立せられた国際慣習の存在もないことも、当審の鑑定人橫田喜三郞の供述により明白である。

しかして刑法第一条第一項には、「本法ハ何人ヲ問ハス日本国内に於て罪を犯シタル者ニ之ヲ適用ス」と規定してあるから、神戸市で行われた本件犯罪については、刑法を適用して処断すべきものであつて、被告人等が英国軍艦の乗組員であることを理由として、わが国裁判所の刑事裁判権を否定する弁護人の所論は当を得ざるものである。

二、K弁護人は、ベルフアスト号は英国政府派遣の儀礼艦として、日英親善の使命を帯びて神戸港に来航したものであるが公式儀礼艦は一般軍艦の享くべき特権はもとより、国際礼儀に基く特殊の国際法上の地位を保有しているのであつて、従つてその乗組員が被派遣国の領域内で公務外の犯罪を犯した場合にも、身柄を軍艦に引渡す慣行があると主張する。

(ハ) しかし所論ベルフアスト号が英国政府から公式儀礼艦として派遣せられたものであることについては、その確証がないのみならず、仮りに儀礼艦であつたとしても、儀礼艦の乗組員に対し、刑事裁判上他の軍艦の乗組員と別異な取扱をすべき国際慣習が確立していることを認め難いので、所論は採用することができない。

三、次にK弁護人は、「国際連合加盟国軍隊構成員などの刑事々件に関する吉田内閣総理大臣からマーフイー米国大使宛の一九五二年五月三一日附書簡」(以下吉田書簡と省略記する)によつても、本件について日本側に刑事裁判権なしと主張する。

(ニ) しかし右吉田書簡なるものは、検事も指摘するが如く、今次の平和条約発効後、日本国と国際連合加盟国との間に協定成立に至るまでの間における国際連合加盟国軍隊構成員などの刑事々件に関する取扱方針を日本国政府から申入れたものであるが、公文交換の形式をも執つて居らず、日本側の一方的通報たるに止まつているのである。従つて右書簡を目して、条約その他の国家間の合意としての法的拘束力を有するものということはできない。

しかも右吉田書簡の内容は、

(一) 国際連合加盟国の軍隊の構成員などに対する裁判権は、国際法及び国際慣習の準則に従つて行使される。

(二) 特にこれら軍隊の駐留区域外において行われた犯罪事件については、国際法及び国際慣習の確立した準則について不明確な点がある場合においては、日本国政府と関係国との間の協議により事件ごとに決定が行われるものとする。

(三) 日本国の当局は罪を犯したこれらの軍隊の構成員などを逮捕したときは、次の(四)に掲げる場合を除いて、犯人をその所属国の軍当局に、原則として引渡すように取計らう。

(四) 特別の重要な事由がある場合には日本国の当局は犯人を拘置しつゝ、前記の(二)のような協議を直ちに行う。このような協議により四八時間以内に決定が行われない場合には犯人を将来日本国の当局に引渡すべきことを条件としてその所属国の軍当局に引渡すように努力する。

ことを主眼とするものである。よつてこの書簡のとおり実行する場合においても、本件の如き刑事々件の裁判権につき、国際法及び国際慣習の確立した準則において不明確な点がないとの見解を採れば右(一)により処置すべきであり、不明確な点がありとすれば英国側と協議して決定すべく、しかも特別重要な事由がある場合に該当しないものとすれば、右(三)により犯人を逮捕したときは、原則として犯人を所属国の軍当局に引渡すべくもし特別重要な事由あるものとすれば、犯人を拘置しながら協議し、四八時間内に決定ができない場合に右(四)所定の条件の下に犯人を所属国の軍当局に引渡すよう努力するを以て足るものである。しかも右書簡は日本側がかゝる措置をとることを考えて居り、直ちに実施せらるべきものであることを明らかにしたものである。従つてこれは単に行政機関の権限においてなし得べき事項に関し、かゝる措置をとるべきことを闡明したに過ぎないものであつて、司法機関たる裁判所の裁判権の行使に制限を加うるが如き内容は何等包含していないものである。

よつてこれがため、わが国裁判所の有する裁判権は何等の消長を来たすものではない。されば仮りに右吉田書簡に則つて処置すべきであるのにこれをしないで、検察当局が敢えて本件公訴を提起したものとすれば、行政機関において、右書簡に定むる英国との協議をなさず、ひいては場合により被告人等を英軍当局に引渡さなかつたという非難は免れず、国際信義の上において心すべきことではあるが、裁判所を構成する裁判官としては、いやしくも公訴の提起があつた以上、日本国憲法第七六条第三項により、憲法及び日本国が締結した条約並びに確立された国際法規を含めた法律にのみ拘束せられ良心に従い独立してその職権を行うべきものであつて、条約その他の国家間の合意でない右吉田書簡に拘束せらるべき限りではないから、本主張も理由がない。

四、更にO、H両弁護人は、本件は対日平和条約発効後九〇日以内における占領軍たる英国水兵の犯罪であるが右撤退猶予期間中における占領軍の地位については、資格を失つた大使、公使等の外交使節の場合に準じて取扱われるべきものであつて、占領軍として従来有していた特権は直ちに喪失すべきいわれがないから、撤退猶予期間中は、旧占領軍に対し、わが国の裁判権はこれを行使し得ず、従つて原審は被告人等に対して裁判権を有せざるものであると主張する。

(ホ) しかし対日平和条約第六条にいわゆる連合国の占領軍とは右条約発効当時日本国の領域又はその附近にあつて、日本占領の任務に従事していた陸海空軍を指すものと解すべく、従つて講和発効当時他の任務に従事していた軍艦がその後たまたま日本の領域内に来航した場合、右軍艦並びにその乗組員に対し、旧占領軍が有したと同一の特権を与えなければならない理由は見当らない。しかして被告人スミスの当公廷における供述によれば、ベルフアスト号は右対日平和条約の最初の効力発生前より本件当時神戸来航の直前まで、朝鮮水域における戦闘任務に従事していたものであることが認められるけれども、占領軍所属艦として日本占領の任務に就いて居り任務終了後と共に撤退準備中のものであつたことを首肯するに足る何等の証拠も存しないのである。しからば前記条約第六条による外国軍隊の日本国の領域における駐屯又は駐留に関する協定において何等かの規定の設けられない限り、冐頭説示の原則に従うべきは当然であるから、所論も亦失当たるを免れない。

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