大阪高等裁判所 昭和27年(う)2402号 判決 1953年4月11日
控訴人 被告人 豊岡次郎こと李川用
弁護人 十川寛之助
検察官 高橋雅男
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は記録に編綴してある弁護人十川寛之助提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
同控訴の趣意第一乃至第三点について
所論は要するに原判決はその第一事実として被告人が昭和二十六年四月二十二日頃大阪市大淀区吉山町十三番地附近道路上において薬事法第四十一条第八号所定の事項の記載されていない覚せい剤注射液ホスピタンと称するもの約四百四十本を販売の目的を以て所持して以て貯蔵しと認定判示したが所持と貯蔵は同意語でないから事実理由にそれ自体くいちがいが存する。そして貯蔵の証拠がないのに所持していたことを以て卒然として貯蔵したと認定したのは法律の解釈に反する独断的な認定である。被告人は単に販売の目的で右物件を所持しただけであるから薬事法第五十六条によつて処罰できないのに拘わらず原判決がこれを処罰したのは罪とならない行為を罰した違法がある旨主張するのである。
しかし薬事法第四十四条第三号に所謂貯蔵とは所定の医薬品、用具、化粧品を保管の意思の下に自己の支配内に置くことを汎称するものと解すべきであるから自己が事実上の所持をなさずに貯蔵する場合もあり得る反面自己が保管の意思を以てする事実上の所持は常に右貯蔵の一態様に属するものと云うべきである。所論の如く物を一定の場所に一定の期間格納することは貯蔵の典型的な例であると云えるけれども右に云う貯蔵たるには必ずしも場所の特定、期間の長短、方法の如何等はこれを問わないものとなすを相当とする。蓋し以上のように理解することは薬事法が公衆衛生の見地から広く不良若しくは不正表示医薬品等の一般巷間への流布及びその契機となる虞あるような事態を禁止せんとする精神に合致するからである。しかして原判決挙示の証拠によれば被告人は販売の目的で判示第一の注射液を判示場所において保管する意思の下に所持していたことが明かであるからその所持は即ち薬事法第四十四条第三号に云う貯蔵に該当するものと云わなければならない。原判決摘示第一事実の所持も右趣旨においてこれを認定判示したものと認められるのであつて被告人は同法第五十六条による処罰を免れ得ないのである。従つて原判決には所論のような違法は一もなく論旨はいずれも理由がない。
同第四点について
所論の要旨は原判決は第一事実の証拠として被告人の検事に対する第一回供述調書(昭和二十六年四月二十二日附)を引用しているが記録上には右のような文書は存在しないから虚無の証拠を採用したか少くとも不明な証拠説示をした違法があると云うのである。
しかし原判決をみると所論供述調書は原判示第一事実の認定についての証拠として援用したことが明白であつて記録中には昭和二十六年四月二十二日附の被告人の検事に対する供述調書が存しこれには右事実に照応する内容の供述記載のあることが認められる。尤もその調書には回数の表示はないけれども南館検事が取調べており該取調としては第一回のものであることが記録上明かである。だから原判決はこの調書を日附の点において特定し、右検事に対する供述調書として事実上第一回であるところからそのように摘示して証拠に引用したものであることが自ら理解できる。
従つて原判決が所論のように虚無の証拠を引用し或は不明な証拠説示をしたものとは未だなし得ないのであつて論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文のとおり判決をする。
(裁判長判事 吉田正雄 判事 松村寿伝夫 判事 大西和夫)
弁護人十川寛之助の控訴趣意書
第一点原判決は第一事実として、被告人が昭和二六年四月二二日頃大阪市大淀区吉山町一三番地附近道路上において薬事法第四一条第八号所定事項の記載されていない覚せい剤注射液ホスタピンと称するもの約四百四十本を販売の目的を以て所持して以て貯蔵した旨を判示し、これにつき薬事法第四四条第三号を適用している。
この判示によると、原審は物を所持することが即ち物を貯蔵することと解しているものと思われる。しかし所持と貯蔵とは同意語ではない。両者はその意義において全く違つたものである。即ち所持とは単に物を事実上自己の支配し得る状態におくことであるが、貯蔵とは物を一定の場所に一定の期間格納する意義を持つ。他の法令においても両者の区別を判然としているものが多く存する。一、二の例を挙げれば、火薬類取締法第一一条、第二一条、毒物及び劇物取締法第三条、第五条等、以上によつて原判決はこの違つた意義をもつ所持と貯蔵とが同じものとして判示の物を所持して以て貯蔵したと判示したのは事実理由にそれ自体くいちがいが存するものである。これは当然判決に影響する違法である。
第二点原判決が第一事実において、被告人が判示の物を貯蔵したと認定したのは重大な誤認である。被告人は判示の日時場所において判示物を所持していた事実は全く判示の如くであつて、この限りでは非難するところはないが、被告人はこれを貯蔵したものではないのである。事実は被告人が他人から判示の物を買受け、これを持つて判示の道路を通行していたというだけのことであつて、原判決の証拠説明によつても、この点は明らかである。故に所持していたというのならば肯けるのであるが、これが卒然として貯蔵したとなるとその証拠もないのみならず、事実に合せず且つ法律の解釈に反する独断的な認定といはねばならぬ。
第三点原判決が第一事実に適用している薬事法第四四条第三号によると所定の物を販売し、授与し又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し若しくは陳列することをしてはならないと規定せられており、販売の目的であつても、単にこれらの物を所持するだけならばこの規定に触れることはないのである。しかるに、前記の如く本件事実は被告人が判示の物を販売の目的があつたにせよ、単に所持していたに過ぎないのであるから、この行為は右法条禁止の範囲外であつて、従つて同法第五六条の罰則の手の及ぶ限りではないに拘らず、原判決がこれを罰したのは罪とならぬ行為を罰した違法があるもので当然これを破棄すべきである。
第四点原判決は第一事実の証拠として、被告人の検事に対する第一回供述調書(昭和二六年四月二三日附)を引いているが記録上には右の様な文書は存せない。検事に対する第一回供述調書なるものはあるが、それは同年五月四日附のものであつて、四月二三日附ではない。又四月二三日附の供述調書は存在するがそれは第 回とあつて第一回ということになつていないのである。従つて原判決は虚無の証拠を採用したともいえるし又少くとも二つの証拠のうちそのどちらを採用したか不明な証拠説示をしたことになるわけである。そしてこの証拠は原判決が前記誤認をするに至つた根拠となるものであるからこの点の違法は判決に影響せぬとはいえないのである。