大判例

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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)1105号 判決 1953年1月13日

控訴人(原告) 野口政夫 外二名

被控訴人(被告) 日本国有鉄道

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等は「原判決を取消す、被控訴人が控訴人等に対して、昭和二十四年七月十五日附を以てなした解雇は無効なることを確認する。被控訴人は昭和二十四年八月十日以降毎月一般職員の給料支払日に、一ケ月について、控訴人野口には金一万八百二十三円、控訴人島岡には六千百四十五円、控訴人袖岡には一万四百六十二円の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被控訴人の負担とする」との判決及び右金員支払の部分について仮執行の宣言を求め、被控訴人は「控訴棄却」の判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴人等において、別紙控訴人等の準備書面記載のとおり、又被控訴人において別紙被控訴人の準備書面記載のとおり述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

被控訴人は先ず、本件免職に対する無効確認の訴の許されないこと、被控訴人は右訴について当事者たる適格を有しない旨主張するけれども、その理由のないことは原判決の説明するとおりであるから、これを引用する。

よつて、本案について判断するに、控訴人等が被控訴人日本国有鉄道(以下国鉄と略称)の職員であつたこと、被控訴人総裁が昭和二十四年七月十五日附で、控訴人等を定員法によつて免職したことは、当事者間に争がない。

しかして、定員法は国鉄職員に適用さるべきものであること、従つて本訴の当否は定員法による本件免職が私法行為であるか、行政行為であるかによつて決るべきものであることはこれ等の点について、原判決の判示するとおりであるから、これを引用する(但原判決中公労法第五条とあるのを昭和二十七年七月三十一日法律第二八八号による改正前の公労法第五条と改める)

なお国鉄とその職員との関係が一般的には私法関係と見るべきことについても、当裁判所は原判決の見解を正当として引用する。被控訴人は、この点に関して、原判決を種々論難するところがあるけれども、もともと国鉄のごときいわゆる公共企業体は、一般私人もなし得べき事業を経営するものであるが、たゞその経営は公共の目的のためになされているものであるから、この目的を達するに必要な程度において、これを律する法規に公法的色彩のあるのはむしろ当然であるといわねばならぬ。

だからこの側面を強調することによつて、国鉄とその職員の関係を、全体として本来権力の行使を本体とする一般公務員と等しく公法関係と見んとする被控訴人の主張は、早計である。要は前示のごとき国鉄の公共企業体としての性格と関係法規全般に照して国鉄とその職員との関係を明かにする外はないのであつて、この見地に立つて、この関係を考察するときは、原判示のとおり、若干の公法的色彩あるとはいえなお一般的には私法関係であるというに妨げない。

そこで進んで定員法による国鉄職員の免職に関する法律関係を考究する。

定員法附則第七項ないし第九項によると、国鉄職員は、その数が昭和二十四年十月一日において、五十万六千七百三十四人をこえないように、同年九月三十日までの間に逐次整理されるものであつて、右の整理を実施するにあたつては、国鉄総裁はその職員をその意に反して降職又は免職することができ、且つこの場合には、公労法第八条第二項に規定する団体交渉も許されず同法第十九条に定める苦情処理共同調整会議に苦情を申出ることもできないことは明かであつて、団体交渉が許されない以上仲裁委員会に仲裁を求めることもできない結果となる。(同法第三十三条)

そうすると、国鉄職員はその意に反する国鉄総裁の定員法による降免職に対して不服の途なくたゞこれに従う外ないのであつて、すなわちこの場合においては、も早私法関係におけるがごとき当事者対等の観念を容れる余地なく、国鉄総裁は職員に対して優越な支配的地位において降免職をなし得るわけであるから、その降免職は公権力の発動としての行政処分なりといわざるを得ない。

控訴人等は、この点に関して本来私法関係たるべき国鉄とその職員との関係を公法関係に置き代へる為には、単に法律によつて国鉄総裁に公権力を附与するのみでは足りず、国鉄とその職員との実体的な基本関係を公法関係とする―その本質を根本的に変革し得るような―立法措置をまつて、はじめて可能であるというけれども一般に法律をもつて私法関係であつたものを公法関係に変えることは可能であるのみならず、国鉄のごとき公共企業体は、前に説示したような性格を有するいわば公法私法の中間領域に存在するものともいうべきものであるから、控訴人等のいわゆる国鉄とその職員の実体的な基本関係を変えることなく、右両者の関係を法律をもつてする場合において公法関係として律することはもとより可能であるから、右控訴人等の見解は採用できない。そして本件免職が前示説明のように行政処分である以上、たとえ控訴人等主張のように不当労働行為であるとしても、それは当然無効とすべきでないことは、先に引用した原判決の定員法は国鉄職員に適用すべきものとする理由中にあるとおりであるから控訴人等の右免職行為の無効確認を求める部分は、その理由なく従つてその無効たるべきことを前提とする金員の支払を求める部分も理由がないから、控訴人等の本訴請求はすべて失当である。

これと同趣旨の原判決は正当であつて、本件控訴人等の控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)

控訴人等の準備書面

原判決の判示理由によれば

「定員法による免職の関係について考えて見るに……この様に国鉄総裁は全く一方的に免降職を行うことができ、職員は只これに従うより外ないとすれば、そこにはもはや当事者対等、私的自治の観念は存在せず、国鉄総裁を行政庁に準じて考へ総裁のなす定員法による免職行為を公権力の発効としての行政処分と観ずるの外はない」とし、本来基本的に当事者対等、私的自治の原則の支配する関係であると自らも認証する国鉄職員の身分関係が定員法適用の関係に於て、にはかに公法関係に転化し得るのは「国家が私法人、又は時々には一私人にも国家的公権力を授与することがある(例へば土地収用法…)し、ましてや国鉄職員の勤務関係は通常の場合と雖も純然たる企業に於けると異り、公法的私法的色彩の相混合したるものであることを考えれば定員法による免降職の範囲において国家が国鉄総裁に公権力を附与するということは論理的に少しも矛盾するものではない」として法理論上いさゝかの疑問なきかの如き立言をなしている。

然しながら、原判決は「国鉄職員只これに従ふより外ないとすれば」との前提になつて立論しているが、控訴人は右前提自体を、換言すれば何故に国鉄職員がこれに覊束せられるのか、その法的根拠なきことを争つているので右等判決の立論は、その法的根拠を示すことなく誤れる結論をまづ措定して立論している所謂本末顛倒の議論である。

而してその挙示する土地収用法、電気事業法等の場合は何れも当該法律の被適用者がこれに拘束せられる法的根拠は何れも明白であつて、例えば土地収用法について云へば憲法第二十九条は私所有権は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができることを明言している。―この例証を以て直に国鉄職員の身分関係が私法関係より公法関係に転化するとなすのはいささか早計乃至没論理的と云わねばならない。

しかも原判決がその前段に於て認めるが如く「国鉄職員の身分関係を規律するものは……権力服従の公法的色調よりも当事者対等、私的自治を建前とする私法的色調がその基調をなしているもの……国鉄とその職員との関係は私法関係とみるべきものである」としながら定員法との関係に於て何故その身分関係の本質が一変するものであるかを明らかにしておらないものであつて、例へばその身分関係の変質は一時的のものであるか恒常的のものであるか従つて又、公労法の適用が全面的になくなるのか否か等を明らかにしなければならないものである。

即ち本来当事者対等の私的自治の原則の支配する私法関係である国鉄とその職員との間の関係を公法関係―特別権力関係―に置きかへる為には原審判決の云うが如く単に一片の法律によつて国鉄総裁に公権力―行政権―を附与することのみでは足りないのであつて、国鉄とその職員との実体的な基本関係を公法関係とする―その本質を根本的に変革し得る様な―立法措置を俟つてはじめて可能なことである。

しからざる限り、労働関係の当事者たる国鉄総裁―行政機関―に一方的に人員整理の行政権を附与したからと云つてその実体的法律関係を変質せしめるような効力を有するものではないから、その一方当事者たる職員に之に服するの義務を生ぜしめる訳には行かないものである。

若しかゝる事が可能であるとすれば、法律によつて行政機関に一方的に行政権を附与することによつて一切の私法関係を特別権力関係―公法関係―に押し込めることが可能となり、封建的乃至全体主義的政治体制と何等選ぶところなく、法治国主義は完全に喪失し去り、基本的人権も一片の空法文となることは必定である。

定員法に関して斯かる解釈のなされることは全く誤りであつてその附則第七項乃至第九項はたかだか、私法上の行為においてその要件効力等を一部変更したものと見られるべきものであろう。

即ち定員法適用の関係に於て、私法的法律関係である国鉄職員の権利義務が一部変更―例えば団体交渉が許されない等―されるに至るに過ぎないものであつて、その本質的基本的身分関係が、にはかに公法関係―特別権力関係―に転化し得るものではない。

例を借地借家法にとつて見ても、政府が物価庁告示を以て地代家賃を決定しても、その賃貸借関係が依然として私法領域の範囲内のものであり、単に「家賃地代の法定」の一事を以てその関係が私法関係より公法関係に転化し得るものでない―増額家賃請求権が私法的な形成権であつても、それが公権的な請求権形成権に変化し得ない―

原審判決は斯かるみやすい法理を看過して非論理的な判断をなし、控訴人主張の如き名を適用すべからざる定員法に藉りて為したる被控訴人の不当労働行為につき一顧をもかすことなく判決し去つているのは明らかに法律適用乃至解釈の誤つた違法がある。

被控訴人の準備書面

原判決は(イ)国鉄職員の任免は成績その他の能力の実証に基いて行われること(国鉄法第二十七条)(ロ)一定の事由があるときはその意に反して降職、免職、休職にさせられること(第二十九条第三十条)(ハ)一定の事由があるときは懲戒処分に附せられること(第三十一条)(ニ)職務の遂行については確実に法令、業務規程に従い全力をあげて職務に専念しなければならないこと(第三十二条)等の規定は、一般私企業における就業規則、従業員規則中にも屡々見られるところであるし、又、(リ)国鉄職員には国家公務員法の適用はなく、賃金、労働時間等の労働条件について団体交渉をすることができること(公労法第八条)(ヌ)国鉄と職員との間の紛争解決のために調停又は仲裁の制度が設けられていて、一般私企業における労使紛争解決方法として認められている調停、仲裁の制度に近似した規定があること等よりして、国鉄職員の身分関係を規律するものは権力服従の公法的色調よりも当事者対等私的自治を建前とする私法的色調がその基調をなしているものというべきであるから、国鉄とその職員との関係は、私法関係とみるべきものと解すると判断している。

然しながら、前記(イ)ないし(ニ)に類似する規定が一般私企業に於ける就業規則、従業員規則中に屡々見られるとしても、それは法律的には私企業内部の秩序維持のために制定された就業規則であつて、その作成に当つては必ず使用者は労働組合又は労働者を代表する者の意見を聴かなければならないし(労働基準法第九十条)又、この規則は法令又は労働協約に反することはできない(同法第九十二条)従つて右の如き私企業における就業規則は、労使双方の合意によるところの労働協約によつて自由に変更改廃のできる性格のものである。ところが国鉄法の前記各条の規定は労働協約をもつて変更できないものであるばかりでなく、国有鉄道総裁といえどもこれが変更改廃のできないものであることは勿論である、国鉄法の前記各条を国家が法律をもつて制定したゆえんは被控訴人が原審において昭和二十五年九月十九日附準備書面で詳細に述べた如く、日本国有鉄道の財産は国民に属し、日本国有鉄道は国民の受託者として受益者である国民のために国民に代つてこれを運営管理するものであるから、国有鉄道の職務を担任する職員は全体の奉仕者として国民に属する財産を管理運営する地位にある性格を有する点にあるのである。このことは国家公務員が政府の下において或いは公団公庫の下において国民の信託により国民の全体の奉仕者として国政ないし公団公庫の業務を遂行する地位にあるのと同じであつて、国鉄職員も国家公務員も両者は共にその雇用される事実によつて与えられた公共の信託に対し無条件の忠誠の義務を負い、国民はその利益と福祉のため国家の行政ないし公団公庫或いは国有鉄道の業務が秩序と継続性とをもつて運営されることを要求する権利を有している。(国家公務員法第九十八条、公労法第十七条)、国有鉄道の職員又は国家公務員は国民全体に奉仕する義務を負わされているが、これは最高の義務であつて、その関係は対等の立場に立つた単なる私法上の債権、債務の関係でなく、信託、奉仕の関係である。ただ両者の異なる点は、前者の担当する職務が国民の財産の管理運営であるに反し、後者は国民の主権を行使する点である。この故に国家が国家公務員より優位な地位を認めるために、その勤務、身分関係を法律をもつて規定したと同様に、日本国有鉄道とその職員との関係を規律するために、特に法律をもつて規定し、国有鉄道総裁に職員より優位な地位を与え、その間の秩序維持を計り、国有鉄道の国家より与えられた目的を達成せしめようとしたのである。このことは最近公布になつた公務員等の懲戒免除に関する法律(昭和二十七年四月二十八日法律第百十七号)第二条や、日本国との平和条約の効力発生に伴う国家公務員等の懲戒免除に関する政令(同日政令第百三十号)第一条において、日本国有鉄道職員の懲戒の免除は国家がこれをなす旨を規定し、国有鉄道職員の身分関係が国家公務員や、その他弁護士、公証人等、国家と特別権力関係に服する者と同様の性格を有する旨を規定したことによつても明らかである。

原判決のように国有鉄道とその職員との身分関係が当事者対等の私的自治を建前とする私法関係であるとするならば、国鉄法中の国鉄職員の身分関係を規律する規定を特に法律で規定する理由はこれを認めることができないばかりか、又、その必要もないといわなければならない。

次に国鉄職員がその労働条件について団体交渉権を有することや、その紛争解決のために調停、仲裁の制度のあることの故をもつて職員と国鉄との関係が私法的関係であるとする原判決はその誤りであることは明らかである。即ち原判決の如く解するならば昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令(昭和二十三年七月三十一日政令第二百一号)施行前における国家公務員や、地方公務員が法律によつて有していた団体交渉権や、その紛争について労働委員会に調停を申請することができたことの点や、又、今次国会に政府が提案した労働関係調整法等の一部を改正する法律案(乙第三号証)において国家が新らたに現業に従事する国家公務員の労働関係を公共企業体職員と同様に取り扱い、団体交渉権を認め、調停、仲裁制度を認めた点を如何に理解すべきであろうか。国家公務員と国家との身分関係は、団体交渉権を有するか否かによつて或る時は私法上の関係となり、又、或る時は公法上の関係となるというような浮動的なものでなく常にその関係は公法的なものである。公務員や国鉄職員が国家ないし国有鉄道に対し特別権力関係に服するからといつて、その勤務条件ないし労働条件の改善を求め政府ないし国有鉄道と交渉することができないということはなく、むしろかゝる交渉の自由を認めるのが近代民主主義社会における公務員の権利というべきである。たゞこの権利を労働法上の団体交渉権とし労働協約締結権までにこれを認めるか否かは、公務員の職務の種類即ちその提供する労務が主として権利作用を伴うか或いはこれに関連する職務に従事する者であるか否かによつて差別をつけることは憲法上認められるところであつて、団体交渉権が或る公務員に法律上認められないからといつて公務員の政府に対し、勤務条件について交渉する権利までを否定しさることはできないものである(国家公務員法第九十八条)。従つて国家が法律をもつて政府又は国有鉄道の当局に対し国会における国民の代表者によつて制定議決された法律又は予算の範囲内において一定の権限を与え職員の団体と交渉し、その結果意見の合致したときそれが法律又は予算に牴触しない限り、書面による協定ないし労働協約を結ぶことを規定したからといつて、このことは何等職員の身分関係が公法上のものであるという観念と相入れないものではない。この理を明らかにしたものが地方公務員法第五十五条の規定であり、公労法第十六条の規定である。仮にこの協定ないし労働協約を契約とするも公法上の観念においても契約はありうることでもあり、国家公務員等が団体交渉権を有するの故をもつて、そのすべての身分関係が私法上の関係なりとすることは不当な理論といわなければならない。

以上何れの点よりするも原判決が通常の場合において国鉄とその職員との関係は私法上の関係であると判断したのは誤りであることは明らかである。

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