大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)692号 判決 1958年3月03日
控訴人 原告 株式会社 大丸
訴訟代理人 北川敏夫
被控訴人 被告 太平洋産業株式会社
訴訟代理人 岡田介一
主文
第一審原告並に第一審被告の各控訴はいづれもこれを棄却する。
控訴費用は各自の負担とする。
事実
第一審原告は原判決中「反訴原告(第一審被告)の反訴請求はこれを棄却する、訴訟費用は反訴に関するものは被告の負担とする」との部分を除きその余を取消す、第一審被告は第一審原告に対し金三十一万二千円及びこれに対する昭和二十三年八月一日より支払済に至るまで年六分の割合の金員を支払いせよ、訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、
第一審被告は原判決中「反訴原告(第一審被告)の反訴請求を棄却する、訴訟費用中反訴に関するものは反訴原告の負担とする」との部分を取消す、第一審原告は第一審被告に対し金四十七万二千五百円を支払いせよ、訴訟費用中原審反訴に関する部分及び控訴審の部分は全部第一審原告の負担とするとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は当審に於て以下の如く各主張した外は原判決事実摘示と同一であるからここに引用する。
第一審原告の主張
第一審被告は第一審原告が商品の発送先を指定しなかつたのは債務不履行ないし契約上の義務違反だと主張するが右指定は債権者の負担する債務に当らないから右主張は理由がない。
第一審被告の主張
右指定は契約上の義務でありこれを為さなかつた第一審原告に債務不履行の責は免れない。
当事者双方の証拠の提出、援用、認否は原判決事実摘示の通りであるからここに引用する。
なお当審に於て第一審原告は証人足立源之助、芦立精一の尋問を求め乙第八号証は不知同第九第十号証は成立を認めると述べ、
第一審被告は乙第八乃至第十号証を提出し証人小川敏夫及び並河節男の尋問を求めた。
理由
第一審原告の本訴請求に対する判断は原判決理由と同一であるからここに引用する。
次に第一審被告の反訴請求につき審究する。
第一審原告を買主とし第一審被告を売主として昭和二十三年三月一日箕島除虫菊工業株式会社の製品である丹頂印蚊取線香紙包入四十五万包(十八車)を同年三月より同年四月末までに買主の指定する場所に売主が箕島駅貨車積にて発送の上引渡し、若し買主に於て納期に引渡場所を指定しないときは売主は引渡について納期を経過しても遅滞の責任にじない旨の契約が成立したこと、右契約上の義務に違反し又は債務不履行の場合は契約総代金額の一割を違約金として支払ふ旨の特約が存したこと、第一審原告は前記納期までに引渡場所を指定しなかつたことは当事者間に争がなく成立に争のない乙第一号証によれば右商品の代価は一包につき三月中に発註するもの十円五十銭四月中に発註するもの十一円であることが認められる。
第一審被告は第一審原告が前記納期である四月末日までに引渡場所を指定しなかつたのは契約上の義務違背ないし債務不履行であるから特約に基づき三月中の発註として計算した代金総額四百七十二万五千円の一割に当る四十七万二千五百円を違約金として請求する旨主張する。
元来買主が引渡場所を指定する行為は民法第四九三条にいわゆる「履行につき要する債権者の行為」に当るのであるが民法はこの行為を債権者の義務として規定してはいないから特約なき限り買主の義務にはならないといわなければならない。成立に争のない乙第一号証(本件契約証書)は右指定に関しその約款第三条に「納入期日は昭和二十三年三月より同年四月末日までに買主の指定せる場所に納入するものとす」と規定するのみであるがこの規定のみで直ちに買主に納入期日までに納入場所を指定することを義務づけたものとは解し難くその他第一審被告の全立証によるも右指定を為すことを第一審原告の義務と定めたことを認めるに足る証拠はない。第一審原告が本件蚊取線香を買つた目的はこれを自己の営業する百貨店売場で小売する為ではなくて先づ転売先を見付けてそこへ卸売する為であり、その転売先を見付けた上そこへ発送するよう第一審被告に指示した時は第一審被告はその指示に従つて製造元である訴外箕島除虫菊工業株式会社に同会社より直接その転売先へ箕島駅より商品を貨車に積込み発送するよう指示する順序になつておりこのことは第一審被告も右訴外会社もよく了解していたこと、第一審原告が前記納期に引渡場所を指示しなかつたのは商品の品質の不良であつたことにも原因してその転売先の見付からなかつた為であることは原審証人山田孝太郎(第一、二回)、並河節男、河野一の各証言により明らかであるから、第一審原告がその転売先も見付からないのに引渡場所を指定することは契約の目的に反し従つてその指定を契約上の義務と解することは買主である第一審原告に対し酷に失するものといわなければならない。前記民法第四九三条によればこのような引渡場所の指定のない場合でも債務者である売主は口頭の提供をしなければ履行遅滞の責を免れないのであるが本件の場合に於ては前段認定の如くこのような指定のない限り売主である第一審被告は口頭の提供をしなくても遅滞の責を負はない旨特約されていて売主の責務が法律の定めているところよりも軽減されているのであるから本件契約の趣旨を右の如く解しても第一審被告には不利益なくむしろかく解してこそ当事者双方に衡平を保ち得て民法第四九三条の精神に適合するといわなければならない。右指定なき限り売主に於て遅滞の責なきこと前叙の通りであるが更に進んで買主に受領遅滞の責を負はす為には売主に於て口頭の提供を要すること勿論である。本件に於ては売主である第一審被告が前記納期までに本件契約の目的物件である蚊取線香紙包入四十五万包の引渡を準備したことを第一審原告に通知してその受領を催告したことについては第一審被告の主張も立証もないのであるから第一審原告に於ては債権者としての受領遅滞はなくまして債務不履行を生ずる余地はない。第一審原告に契約上の義務違反又は債務不履行のあることを前提とする第一審被告の反訴請求は爾余の争点につき判断するまでもなく失当であつて原判決が理由に於て異るところはあるがこれを棄却したのは正当である。よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に則り主文の通り判決する。
(裁判長判事 田中正雄 判事 観田七郎 判事 河野春吉)