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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)800号・昭27年(ネ)799号 判決

訴外西村広三が昭和二十一年四月二十一日午後七時四十分頃大津市追分町京阪電車京津線追分停留所附近において被告西岡寅男の運転にかかる被告滋賀県所有の草津警察署用乗用自動車と衝突して死亡したこと並びに原告等五名はいづれも右西村広三の子で原告俊雄はその次男で同人の死亡によりその家督相続をなしたものであることは当事者間に争のないところであつて成立に争のない甲第四号乃至第七号証原審証人沢村貞義の証言及び原審並びに当審における被告西岡寅男(原審は第一、二回)の供述を綜合すると当日滋賀県警察部刑事課捜査主任警部補沢村貞義は京都方面へ犯罪捜査に赴くに当りたまたま同刑事課用の自動車に差支えがあつたので修繕のため訴外西岡新七経営の自動車修理工場に預けてあつた前記草津警察署用自動車をその帰途使用することとしこれが運転を西岡新七の子である被告西岡寅男に依頼し被告西岡寅男はこれを承諾し右自動車に沢村貞義を乗車させこれを運転して京都市から大津市への帰途前記日時頃京津国道上の前記場所に差蒐つたのであるが当時は曇天の上すでに日没後で薄暗くしかも右自動車の前照燈が故障のため点燈できず前方の見透しがきかなかつたので被告西岡寅男は幅員約三十二尺の車道の右側歩道との境界の高低線をたよりにして車道の右側寄りを時速約三十五粁の速度で東行していたためその前方から自転車に乗つて西行して来た西村広三に全然気付かずこれと正面衝突しよつて広三は前頭部骨折により即死した事実を認めることができる。

してみると右の如き薄暗がりにおいて自動車を運転する場合には前照燈を点火の上車道の左側を進行し且つ常に前方を注視し適宜その速度を加減する等危害の発生を未然に防止するため周到な注意をなすべき義務があるのに拘らず被告西岡寅男はかかる注意義務を怠り無燈火のまま漫然車道の右側を時速約三十五粁の速さで進行したのであるから本件事故は被告西岡寅男の過失に基くものと言わなければならない。

よつて被告西岡寅男は本件事故のため西村広三を死亡させたことにより被害者西村広三、及びその子である原告等の蒙つた損害を賠償すべき義務があるからその損害の額について考察する成立に争のない甲第一号証によると西村広三は明治三十年十一月三十日生であつて本件事故当時年齢満四十八年六月の男子であつたことが明らかであり満四十八年六月の普通健康体の男子の平均余命が十四年六月を下らないことは当裁判所に顕著な事実であるところ原審証人石野伝一の証言(第一回)及び同証人の証言により真正に成立したものと認める甲第三号証によれば西村広三は右事故当時京都市技師として京都市染色試験場に勤務していたこと並びに京都市技師の停年は満六十年であることが認められるから広三は本件事故がなかつたならば尚将来十一年六ケ月間同試験場技師として勤務することが可能であつたと認めるのが相当であるしかして成立に争のない甲第九号証、原審証人石野伝一の証言(第一、二回)及び原審における一審原告西村ようの供述を綜合すると本件事故当時広三の月収は金八百四十四円余に過ぎなかつたが右試験場において広三と同程度の地位に在りその扶養家族も相似た事情にあつた同試験場技師松本康之の手取収入は昭和二十一年五月から昭和二十二年四月迄は合計金二万五千百四十六円六十六銭昭和二十二年五月から昭和二十三年四月迄は合計金六万五千百二十五円五十銭昭和二十三年五月から昭和二十四年四月迄は合計金十四万六千四百二十二円六十四銭昭和二十四年五月以降は毎年金十九万九千三百五十四円を下らないことが明らかであるから他に特別の事情の認められない本件にあつては西村広三も少くとも右と同額の収入を得ることができたものと認めるのが相当であり且つ当時は終戦後のインフレーシヨンの傾向がすでに顕われはじめておりこれが進行に伴い名目賃銀の上昇する傾向にあつたことは当裁判所に顕著な事実であるから当時右の程度の収入の増加は予見することが可能であつたものと言うことができるしかして原審における一審原告西村ようの供述によれば広三の生活費がその手取収入の約三割を占めていたことを窺知し得るので前記十一年六ケ月間の得べかりし収入からその三割の金員を控除し更にホフマン式計算法により中間利息年五分を差引き事故当時における一時払額に換算すると金百万九千二百五十六円四十六銭となるのであるが他方原審並びに当審における被告西岡寅男の供述(原審は第二回)によれば西村広三が本件事故当時乗つていた自転車には燈火の設備がなくこれがため被告西岡寅男において広三の自転車が進行して来ることに気付かなかつたものであることが認められるから右事故の発生については被害者たる広三の側にも過失があつたものと言うべく右自転車に燈火がついていたならば被告西岡寅男においてその進行に気付き衝突を避けることができたかも知れないのであるから広三の右過失を斟酌した上損害賠償の額を金六十万円と定めるのが相当であつて原告西村俊雄は広三の家督相続によりこれが損害賠償請求権を承継したものと認める

次に成立に争のない甲第一号証並びに原審における一審原告西村ようの供述によれば右事故当時原告俊雄は十九歳原告昭は十七歳原告孝子は十五歳原告保は十歳原告和子は六歳であつていづれも学校に在学中であつたもので原告俊雄同昭は病弱であり広三の妻にして同人等の母なるようと共に広三の給料を唯一の収入として家計を維持して来たが同人の急死に遭つて生計は忽ち困窮に陥り精神上受けた苦痛は甚大なものがあつたことは明白であるから原告等の年齢、地位、事故の情況等前認定の諸般の事情を考慮し原告等五名の各蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料は各金五万円を相当と認める

被告西岡寅男訴訟代理人は本件事故直後被告西岡寅男の父から原告等に慰藉料として金五千円を交付しこれによつて原告等は被告西岡に対する本件事故による損害賠償請求権を抛棄した旨抗争するから案ずるに原審証人沢村貞義の証言及び原審における一審原告西村よう並びに被告西岡寅男(第一回)の各供述によれば本件事故直後沢村貞義及び被告西岡寅男の父西岡新七から各金五千円宛合計金一万円を見舞金として原告等の母ように交付し同人は心よくこれを受取つた事実が認められ当時において金一万円の金額が相当の価値を有していた事実からしてようとしては右金員の受領により一応その精神上の苦痛に対する慰藉を得たことを認め得るけれどもこれによつて原告等五名が被告西岡寅男に対する本件事故による損害賠償請求権を抛棄したものと認めるに足る何等の証拠もないから右抗弁は採用することができない

よつて被告西岡寅男は原告俊雄に対しその相続による前記損害賠償金六十万円及び慰藉料金五万円右合計金六十五万円原告昭、同孝子、同保、同和子に対し右慰藉料各金五万円及びそれぞれこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和二十一年四月二十二日から完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから原告等五名の被告寅男に対する請求は右の限度において正当として認容すべきであるがその余の請求は失当として棄却すべきものである

次に原告等五名訴訟代理人は本件事故は被告滋賀県の事務である犯罪捜査のためにするその常用自動車の運転行為という事業の執行につき被告滋賀県の被用者である被告西岡寅男の過失により惹起したものであるから被告滋賀県はその使用者として本件事故による損害を賠償する責任がある旨主張するからこの点について判断する

本件事故当日被告滋賀県警察部刑事課捜査主任警部補沢村貞義は京都方面へ犯罪の捜査に赴くに当りたまたま滋賀県警察部刑事課用の自動車に差支えがあつたので修繕のため訴外西岡新七の経営する自動車修理工場に預けてあつた被告滋賀県所有の草津警察署用乗用自動車を犯罪捜査からの帰途使用することとしこれが運転を西岡新七の子である被告西岡寅男に依頼し被告西岡寅男がこれを承諾して右自動車に沢村貞義を乗車させこれを運転して京都市から大津市への帰途本件事故を惹起したものであること前認定の通りであるところ本件事故発生の当時施行せられていた地方官官制(大正十五年勅令第一四七号昭和二十一年四月一日勅令第二二〇号により改正せられたもの)第一、二条には各府県に知事、部長、地方事務官(二級及び三級)地方技官(二級及び三級)を置くこと並びに地方事務官地方技官の定員を、第二条の二には右定員外において各府県に巡査に充つべき三級の地方事務官を置くことを、第三条に知事、部長を除く以外の右職員の各府県内の定員は内務大臣が定めることを第五条には知事は内務大臣の指揮監督を受け各省の主務については各省大臣の指揮監督を受け法律命令を執行し部内の行政事務を管理すと、第八条には、知事は所部の官吏を指揮監督し二級官吏の功過は内務大臣に具状し三級官吏の進退はこれを行う旨を第十二条には各府県に警察部等の諸部を置くことを、第十五条には警察部における警察に関する事項等その掌務を第十八条に部長は二級の地方事務官を以てこれに充てる旨を第二十条には警察部長は警察事務の執行に関し知事の命を受け警視、警部、警部補及び巡査を指揮監督する旨を第二十六条には各府県に警部補を置き三級の地方事務官を以てこれに充てること並びに警部補は上官(知事、警察部長、警視、警部等)の指揮を受け警察に関する事務等に従事し部下の巡査を指揮監督する旨を規定してあつてこれによれば府県の警部補は国の官吏であつて知事警察部長その他の国家機関たる官吏の指揮監督を受け警察に関する事務等に従事すると共に旧刑事訴訟法(大正十一年法律第七五号)第二百四十八条により司法警察官として検事を補佐しその指揮を受け犯罪の捜査をなしたものであつたことが明らかであるから右沢村貞義は国の官吏であつてその行つた犯罪捜査は国の事務であつて被告滋賀県の事務ではなく且つ沢村貞義は本件自動車の運転を被告西岡寅男に依頼し同人を個人的に使用したものにすぎないから被告西岡寅男が沢村貞義の依頼により同人の犯罪捜査の帰途同人を乗車させて本件自動車を運転した行為は被告滋賀県の事業の執行につきその被用者としてなしたものと言うことはできない本件自動車が被告滋賀県所有の警察署用自動車でありその警察費を被告滋賀県において負担していたことは右認定を妨げる資料とはならない

よつて被告滋賀県に対し使用者としてその責任を問う原告等五名の請求は失当として棄却すべきものである

さすれば原告五名の滋賀県に対する本件控訴及び被告西岡寅男の原告西村昭、同西村孝子、同西村保、同西村和子に対する本件控訴はいづれも失当であるからこれを棄却し原判決中原告西村俊雄と被告西岡寅男間の部分は右と異なるからこれを変更し訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条第九十五条第九十六条を適用して主文の通り判決する

(裁判官 三吉信隆 萩原潤三 小野田常太郎)

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