大阪高等裁判所 昭和27年(ラ)95号 決定 1952年12月24日
抗告人 村林マツ
相手方 浅原三郎
主文
原審判を取り消す。
理由
抗告人は「原審判を取り消す。相手方は抗告人に対し、村林安三の扶養料として昭和二十七年二月一日より同人の義務教育修了まで毎月金一万円宛を持参支払え」との裁判を求め、その抗告理由の要旨は「村林安三は昭和二十四年四月六日抗告人と相手方間に生れた男で、抗告人は安三の法定代理人として相手方に対し、子の認知の訴を起し、昭和二十七年一月二十七日認知の裁判確定し、抗告人は同年三月二十八日その届出を了つた。抗告人は相手方から安三の扶養料として昭和二十四年以降前後三回に金十九万円を受領したが、その金は昭和二十六年一月までの扶養料の支払に充当し、その後は抗告人の実家の援助を受けて生活し、現に実家に対し、金七万九千円の負債があるので、これ以上の援助を受け難く、抗告人は無資産で働かねば生活ができぬ境遇であるが、安三を抱えては働くこともできず困つている。然るに相手方は絵具の製造卸商として相当の財産を有し、富裕な生活をしているから、扶養料として昭和二十七年二月以降義務教育終了まで毎月金一万円宛の支払を求めるため、京都家庭裁判所に家事調停の申立をしたが、調停は成立せず扶養審判の申立があつたものとみなされた。
原審は、抗告人及び安三と相手方間に昭和二十四年七月十三日相手方は抗告人並びに安三に対し、金二十一万円を手切金並びに安三に対する養育料として支払うこと、抗告人は安三を養育監護するが、これに要する費用は抗告人が全部負担すること、抗告人並びに安三は将来如何なる名義を以つてするも、一切の請求をしないことの約束が成立したが右金員は既に二回に全部支払つたことが認められるからとて、相手方は抗告人に対し扶養料を支払う契約上の義務はないと断定し抗告人の請求を排斥した。然しながら抗告人が受け取つた金員は三年間の養育費である。契約上のその後も相手方は抗告人に安三の養育料を支払わねばならぬ義務がある。抗告人が金二十一万円手切金及び安三に対する将来の養育費の請求を放棄する契約をなす筈がない。仮りに放棄契約があつたとしても、それは民法第九十条により無効である。また仮りに右放棄契約が有効であるとしても、その後三年を経過し抗告人は安三を抱えて働くこともできず深刻な生活苦境にあるから、民法第八百七十七条の趣旨により安三を扶養する資力ある父たる相手方に扶養処分を負担させるのが至当と信ずる」というにある。
そこで考えてみる。家事審判法第九条によれば、家庭裁判所は同条第一項に掲げる甲類及び乙類事件並びに同条第二項により他の法律において特に家庭裁判所の権限に属させた事項についてのみ審判を行う権限を有し、扶養に関する処分は右乙類第八号に審判事項として掲げられているが、同号のそれは民法第八百七十七条乃至第八百八十条の規定による扶養に関する処分を指称し、扶養に関する事柄であつても、右民法の規定によるものでなければ、審判の対象となり得ないことは規定の文言上疑いを容れない。そして前記民法の規定する扶養は、直系血族、兄弟姉妹及び或る場合にはその他の三親等内の親族といつたように一定の親族関係に基く法律関係であり、この親族関係のない者の間における金品給付の権利義務の関係ではない。そして親族関係に基づかない金品給付の法律関係を審判事項として特に家庭裁判所の権限に属することを定めた法律は存しない。かような金品給付の法律関係は正に民事訴訟事項であり、それは家事審判法第十七条の規定により或る場合に一般の家庭に関する事件として家庭裁判所の調停事件として処理されることがあつても、家庭裁判所の審判事件として審判の対象になることはあり得ないのである。家事審判法は、調停が成立しない場合には、当然調停申立の時に審判の申立があつたものとみなす規定を第二十六条に設けているが、それは同法第九条乙類に規定する審判事件だけに関するものである。従つて右九条第一項乙類以外の一般の家庭に関する事件等について家庭裁判所に調停申立がなされ、その調停が成立しなかつたときは、調停事件が終了するに止まり、それが審判事件に移行する理はない。ただ残るのは当事者が一般の民事訴訟の提起を選ぶか否かであつて、家庭裁判所が審判の申立があつたとみなして審判を開始することは許されないのである。原審が、抗告人の、浅原安三の扶養料として抗告人に金銭の支払を求める、相手方に対する調停申立の不成立によつて審判申立があつたものとして扱い、相手方は道義人情は別として安三の扶養料を支給する契約上の義務はないものと判断し、本件申立はこれを却下する旨の審判をしたのは、前記説明に照し結局審判申立がないのに審判をした違法な審判といわなければならない(安三は相手方の子であるから、両者間には民法の規定する扶養関係があり、安三は相手方に対して扶養の調停申立又は審判申立をなすことができるわけである。安三からの調停申立が不成立ならば当然審判と移行するのであるが、本件の調停申立は抗告人自身の申立であり、抗告人が安三の法定代理人として申し立てたものと認めることはできない)。よつて主文のとおり決定する。