大阪高等裁判所 昭和28年(う)1461号 判決 1953年12月09日
控訴人 被告人 上田喜三郎
弁護人 間狩昭
検察官 友沢保
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六月に処する。
原審及び当審の訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人間狩昭の控訴趣意第二点について。
本件につき原審がその審理に引続き直ちに判決の宣告をしていることが記録上明らかであり、従つて右宣告は判決原本の作成前になされたいわゆる即決裁判であつたものと推認されることは所論のとおりである。しかしながら、判決の宣告には必ずしも所論のように判決原本がすでに作成せられていることを要するものでもなく、従つてまた即決裁判を以て違法であるということもできない。所論の刑事訴訟規則第三五条第二項及び第五三条は、その文体において口語と文語の差こそあれ、それぞれ旧刑事訴訟法第五一条第二項及び第六六条と同一であり、両者その趣旨を異にするものとはいえないのであつて、右規則第三五条第二項及び旧刑事訴訟法第五一条第二項によれば、判決の宣告には主文の朗読と同時に理由の要旨を告げるを以て足ると規定しているだけであり、しかも有罪の判決書は審理をした裁判官においてこれを作成すべく(規則第五四条旧刑訴第六七条)それには被告人の氏名年令その他(規則第五六条旧刑訴第六九条)のほか理由として少くとも罪となるべき事実証拠及び法令の適用を示し(新刑訴第四四条第三三五条旧刑訴第四九条第三六〇条)裁判官において署名押印(規則第五五条旧刑訴第六八条)することを要件としているにかかわらず同項が朗読は単にその主文のみで足るとしている点よりこれを推すときは、朗読すべき主文は完成された判決書に記載されたそれであることを必要とせず何らかの書面に有形的に表示せられていることを以て足るものと解すべきであり、また同規則第五三条は裁判をするには裁判書を作らねばならない旨規定しているだけであつてその裁判書が裁判前に作成されることを要求するものではない。右の結論は公判裁判官が判決書に署名することのできない場合を予定した同規則第五五条旧刑事訴訟法第六八条及び特に判決書の作成年月日の記載を要求する同規則第五八条旧刑事訴訟法第七一条の規定からしてもこれを推察するに難くないのである。そもそも、公判の審理に続いて直ちに判決の宣告することを禁ずる規定はわが国の法規にはこれを発見することができないのであつて、判決はその宣告するところと判決書の記載するところとに相違なからしめるためには宣告が判決原本の朗続によつてなされるのが望ましいけれども、このことを右の場合に望むことは殆んど不可能であるから、裁判書の完成なくして判決の宣告をなし得るものとしたものと解すべく、裁判の迅速を強調する新憲法第三七条新刑事訴訟法第一条及び同規則第一条の施行後においては特に右解釈を妥当とするのであつて、所論のように新刑事訴訟法施行によつて却つてこれが禁止せられたと解するは誤りである。また、判決は公判に現われた資料に基いてすべきことはわが刑事訴訟法の採用する口頭弁論主義の当然の帰結であり所論の弊害は他に匡正の途が存するから、審理の後公判期日外において重ねて訴訟記録を閲覧した上でなければ判決ができないとする論旨もまた採用することができない。
同第一点について。
量刑に関する所論に鑑み記録を調査すると、被告人に対する原審の科刑がいささか重すぎると認められるので刑事訴訟法第三九七条第三八一条第四〇〇条に則り原判決を破棄し改めて原審認定の事実にその挙示した各法条を適用して主文のように判決をする。
(裁判長判事 梶田幸治 判事 神戸敬太郎 判事 井関照夫)
弁護人間狩昭の控訴趣意
第二点原判決は判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反がある。原審は被告人に対し、第一回公判期日に於いて審理終了後ただちに判決の宣告をなしたことは公判調書に徴し明らかであり、したがつて右判決宣告は事前に於ける判決原本の作成なくしてなされたものであることは経験法則上明白である。しかしながら刑事訴訟規則第五十三条によれば「裁判をするときは裁判書を作らなければならない……」と規定せられ、判決の外部的成立の時期たる判決宣告の事前に於いて判決原本の作成せられることを要求しているのである。かかるが故に同規則第三十五条第二項が「判決の宣告をするには主文及び理由を朗読し又は主文の朗読と共に……」と規定し、判決の宣告は判決原本の存在を前提として、その主文の朗読等を不可欠の要件としているのであつて、原審に於けるが如く判決原本の存在なくしては、朗読なる現象がありえないことは事理明白なところである。しかして前記規則が判決宣告に先立ち、あらかじめ原本の作成方を要求する所以は、ひつきよう裁判官をして、審理終了後ただちに被告人の基本的人権を左右する重要機能を営む判決宣告をなさしめることなく、判決宣告の事前に於いて冷静に訴訟記録を詳覧せしめ、該事案にそくした最も具体的妥当性に近い結論を導出せしめた後、右主観的判断を判決原本なる客観的存在としての文書に化現せしめ、その間再三再四右結論に対する熟慮の機会を与えしめるにあるというべく、そこには裁判官の人間としての限界に着目して、その誤判と恣意を防止し以て正義の実現と法的安定、合目的を目標とする裁判の純粋性、公正性を確保し、裁判の尊厳性を維持せんとするにあるのである。しかして原審があえてした所謂「即決」なるものは旧刑事訴訟法施行下に一般に行はれ来つた慣行ではあるが、その弊害顕著なるに鑑み(例えば主文として宣告された誤判事項が判決書に於いて訂正されている等は吾人が屡々経験するところである)現行法下に於いては前記規則の存在により明文上禁止されるに至つたものと解すべく、したがつて原審は判決原本なくして判決を宣告した点について訴訟手続の法令違反をなしたものであつて、該違反なかりせば前記刑の量定の不当事由をも容易に看破し、妥当な結論を導き出しえたものと推測されるから、原審は判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があつたものというべきである。
(其の他の控訴趣意は省略する。)