大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和28年(う)1695号 判決 1953年11月18日

控訴人 西村国宏

弁護人 吉田勘三

検察官 友沢保

主文

本件控訴を棄却する。

当審の未決勾留日数中一〇〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人吉田勘三の控訴趣意について。

原判示事実は、要するに、被告人が別居中の実兄西村久男の所有であると誤信して親族でない坂田末雄所有のラジオ一台と雨靴一足を窃取したというのであつて、所論は、これに対し、右は事実の錯誤に該当するから刑法第三八条第二項を適用して親族相盗の例に準じ軽きに従つて処断すべきものである。というのである。

思うに、故意は罪となるべき事実の認識をいうのであるから、事実の錯誤が故意を阻却する可能性のあるのは、その錯誤が罪となるべき事実について存する場合に限るのであり、刑法第三八条第二項もまた右の場合に限つて適用されるに止るのである。しかして、窃取した財物が別居の親族の所有である場合においては、告訴を待つてその罪を論ずるだけのことであつて、進んで窃盗罪の成立を阻却するものでないことは刑法第二四四条第一項が「第二百三十五条ノ罪及ヒ其未遂罪ヲ犯シタル者」と規定していることからしても明かであるから窃盗罪の客体としてはその財物が他人の所有であるを以て足り、その他人が刑法第二四四条第一項所定の親族であるや否やは窃罪盗の成否に影響を及ぼすものではない。従つて、財物の所有者たる他人が別居の親族であるとの錯誤は窃盗罪の故意の成立を阻却するものではなく、この点については刑法第三八条第二項もまた適用の余地がないのである。ただ坂田末雄の財物を西村久男の財物であると誤信した点において罪となるべき事実に関する具体的の錯誤が存するけれども、他人の物を他人の物と信じたことは相違がなく、その認識とその発生せしめた事実との間には法定的事実の範囲内において符合が存するから、右の錯誤を以て窃盗の故意を阻却するものということができず、この点についても刑法第三八条第二項を適用することができない。被告人の本件所為に対し刑法第三二五条を適用した原審の措置は結局相当であつて、その間所論のような違法があるということはできない。論旨引用の福岡高等裁判例は同居の親族の物と誤信した場合に関するものであつて、本件には適切ではない。

(なお大正一二年四月二七日大審院判例参照)。

よつて刑事訴訟法第三九六条刑法第二一条に則り主文のように判決する。

(裁判長判事 梶田幸治 判事 井関照夫 判事 西尾貢一)

弁護人吉田勘三の控訴趣意

原判決は法令の適用に誤りがある。

一、被告人が昭和二十八年四月十日午後一時頃神戸市長田区駒ケ村町二丁目六二番地実兄西村久男方に於て同居人坂田末雄所有の五球スーパーラジオ一台と雨靴一足(時価八千二百円相当)を窃取したる事は之を認めるもラジオは久男夫婦の居室である奥六畳の間のタンスの上に置いてあり雨靴は玄関にあつたのを被告人は実兄久男の所有物であると信じ之を盗み出したのであつて其際被告人は之等の物件が他人である同居の坂田末雄の所有物であると云うことを知らなかつた事実は被告人の原審公判廷に於ける供述及被告人に対する高倍検察官の第一回供述調書によつて明瞭である。

二、刑法第二三五条に所謂他人とは自己又は刑法第二四四条以外の者を云うのである。然るに本件事案は前述の如く被告人が別居の親族(実兄)の所有物であると信じて窃取した物件が他人の所有物であつて被告人は窃取の際それが他人の所有物であると云う事を知らなかつたのであるから之は事実の錯誤である。従つて本件は刑法第三八条第二項により重い普通窃盗として之を処断すべきでなく畢竟刑法第二四四条の親族相盗の例に準じて処断するのを相当とするに拘らず重い刑法第二三五条を適用したる原判決は法令の適用を誤つたものと云うべく破棄さるべきである。

本件については昭和二十五年(う)第八四号同年十月十七日福岡高裁第四刑事部判決援用(判決要旨)「同居の親族の所有物であると誤信して他人の所有物を窃取した場合親族相盗の例に準じて処断するを相当とする。」

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例