大阪高等裁判所 昭和28年(う)2499号 判決
所論は要するに原判決はキヤバレー美松における被告人の橋本松三郎に対する暴行事件捜査のため河村巡査から新京極巡査派出所まで同行を求められた際被告人が同巡査に対し原判示の如き暴行を加えて傷害を与えたとの事実を認定し刑法第九十五条第一項第二百四条の規定を適用処断したが警察官等職務執行法第二条の挙動不審者に対する質問同行は犯罪捜査の段階においてではなくその前提である犯罪予防の段階においてのみ警察官等に与えられた権限であつて犯罪捜査のためには逮捕手続以外に連行を求めることは憲法及び刑事訴訟法上許されていないのである。本件の場合河村巡査は刑事訴訟法の規定に基き現場での調査状況に応じ急を要すると認めたときは直ちに被告人を逮捕(準現行犯逮捕又は緊急逮捕)することができ若し急を要しないと認めたときは後日被告人を附近の警察署又は巡査派出所等に呼出して必要な取調をすることができるのであるから犯罪の捜査としては右の如き本格的捜査手続をとるべきであつて前記執行法第二条による同行を求めたことは職権の濫用であり公務の執行ということはできない。原判決が公務執行妨害罪の成立を認めたのは事実の誤認であるというに帰着する。
しかし警察官及び警察吏員は犯罪捜査のためにも挙動不審者に対し警察官等職務執行法第二条第一項に基き質問をすることができ同条第二項の場合には質問のため附近の警察署又は巡査派出所等え同行を求めることができるのであつて所論の如き犯罪予防の場合にのみ限られるものでないことは文理上極めて明瞭である。犯罪予防の段階においてのみ許されるものと主張する所論は法文の趣旨を故らに曲解するものであつて左袒し難い。そして右の質問又はそのための同行はもとより強制的なものでなく刑事訴訟に関する法律の規定によらないかぎり身柄を拘束されまたはその意思に反して連行され若しくは答弁を強要されることはないのである(同条第三項)から右の措置は憲法及び刑事訴訟法に抵触するものでない。原判決がこの点につき引用する証拠によるとキヤバレー美松の雇人から無料入場した者が暴れているから取押えて欲しいとの届出があつたので河村巡査は同僚の小牧(旧姓西村)茂巡査とともに右キヤバレーに行き関係者から事情を聞いた上暴行の被疑者である本件被告人につき警察官等職務執行法第二条第一項による質問を試みたが被告人は「お前等雑魚などと話をしても仕方ない。図越親分を呼べ」などと放言し現場における質問は場所柄本人のため不利と考えた同巡査が附近の新京極巡査派出所まで同行を求めたところ被告人は同巡査に対し原判示の暴行を加えて傷害を与えたものであることが認められるから同巡査の同行を求めた措置は右職務執行法第二条に基く公務の執行であり被告人の所為は正しく刑法第九十五条第一項第二百四条の罪を構成する。記録を検討しても職権の濫用と認めるべき事情はこれを認め得ないのであつて原判決には所論の如き事実の誤認はないから論旨は理由がない。