大判例

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大阪高等裁判所 昭和28年(う)957号 判決

記録を調査すると、被告人広田喜儀に対する公訴事実は、被告人は、川西海事株式会社の下請として神戸港沖合にある砲弾等の引揚に従事していたものであるが、池畠勝茂ほか一名と共謀のうえ、昭和二十七年十一月二十五日、神戸港第四突堤附近で引揚げた前記会社保管にかゝる銃砲弾約百四十貫を、業務上保管中、その頃同所においてほしいまゝに領得して横領したものである、というのであり、被告人北畠菊雄に対する公訴事実は、被告人は、川西海事株式会社の下請として神戸港沖合にある銃砲弾等の引揚に従事していたものであるが、実弟北畠秀雄同進の両名と共謀のうえ昭和二十七年十一月二十四日、神戸港大関門沖合約一里の海域より引揚げたる砲弾中約八十貫を管理保管者たる右会社のため業務上保管中ほしいまゝに同日同所で領得して横領したものである、というのである。これに対し、原判決は、「被告人等が、前記のように、それぞれ銃砲弾等の引揚作業に従事中、各その日時頃に引揚げた銃砲弾等を、右業務の上で保管している間に、その頃神戸市内で、勝手に着服したこと及びその物件が当該被告人の公務所より保管を命ぜられた自己の所有物でないことは、被告人等の当公廷における供述の趣旨その他の資料によつて明かである。さればかような場合における横領罪の成立には、その着服によつて、当該被告人以外の者の所有権が侵害せられたことをもつて必須の要件とするところ、本件にあつては、その事実を明かにすることができないから、本件公訴事実はいずれも犯罪の証明が十分でない」として無罪の判決をしたのである。

論旨の第一は、要するに、本件の引揚物件は、旧日本軍部の所有であつたのを、終戦後連合国最高司令官の指令により連合国に引き渡され海域に投入されたものであつて、一九五〇年二月六日附の日本政府あて連合国最高司令官覚書「戦時中の作戦により生ずる爆発物及び爆発兵器の処理に関する件」により当時すでに海域にある爆発物件等は連合国から日本政府に返還せられたものであるから、右の物件は日本政府の所有に属するところ、それを川西海事株式会社が第五管区海上保安本部長との間に「物品売払契約」を結び、右の爆発物件等を引揚げてスクラツプ工場に送り、スクラツプとして代金を日本政府に支払うことによりその所有権を取得することにしたものであつて、被告人等は右川西海事の下請としてこれを引き揚げ即日同会社に引き渡す業務を行つていたのであるから、被告人等が引き揚げた銃砲弾の一部を同会社に引き渡さず勝手に着服したのは、明らかに日本政府の所有権を侵害したものである、というのである。

よつて案ずるに、原審公判調書中被告人等の各供述記載、被告人広田喜儀の司法警察員に対する第一、第三回、被告人北畠菊雄の司法巡査に対する第一回各供述調書、原審証人吉田一男同喜多重男の各供述記載、川西群治郎作成の被害並点検始末書又は盗難被害始未書並びに点検始末書及び記録添附の、川西海事株式会社と下請業者との間の「契約書」写、海上保安庁長官から同会社に対する「爆発物件引揚作業許可書」写、同会社から神戸港長に対する「爆発物件引揚作業承認願」写、第五管区海上保安本部長安西正道と川西海事株式会社取締役社長川西群治郎との間の「物品売払契約書」写の各記載を綜合すると、本件の引揚物件は、旧日本軍の所有する銃砲弾であつて、終戦後連合国最高司令官の一九四五年(昭和二〇年)九月二日附指令第一号附属一般命令第一号陸海軍第六項並びに同月三日附指令第二号第二部第五項ロ号により、米占領軍に引き渡され、同占領軍各司令官は、連合国最高司令官の指令により、戦争若しくはこれに類する行動に本来若しくは専ら使用せられ且つ平時の民需用に適せざる一切の装備を破壊する目的をもつて(連合国最高司令官同月二四日附日本軍から受領し又は受領すべき資材需品及び装備と題する覚書第二項)米軍自ら又は日本政府に指令してこれを海中に投棄したものであること、従つてその所有権の帰属について言えば、これらの戦争用具が連合国最高司令官の指令により米占領軍に引き渡されたときに日本政府の所有権が剥奪せられ、更に破壊すなはち廃棄の目的をもつて海中に投棄せられたときに、その所有権が何人からも放棄せられて無主の動産となつたものと言わねばならない。所論の一九五〇年(昭和二五年)二月六日附連合国最高司令官発日本政府あて「戦時中の作戦により生ずる爆発物及び爆薬兵器の処理に関する件」と題する覚書には、日本政府に対し「終戦時における日本本土領海及び日本に対する海路において、戦時中若しくは戦前に製造されかつ現存する一切の爆発物、爆薬兵器並びにその部分品の破壊及び(又は)他の認められた処理について責任を有する」という条項があるけれども、同覚書の趣旨は、陸上又は海域に存在する爆発物、爆薬兵器等のために生ずる危険を防止する目的をもつて、その処理を命じ、同時にその監督と指導援助の方法とを定めたに過ぎず、日本政府に対してその所有権を返還し又は新に附与する趣旨とは認められない。論旨引用の一九五二年(昭和二七年)五月二〇日附在日兵団司令部発海上保安庁あて書面には「在日兵団司令部は、一九五二年四月二八日講和条約発効により、米軍占領施設外の区域における爆発物件引揚又は解撤に関し監督管理及び指導を行う権限を有しない」旨の通達が記載してあつて、これを対照すれば、前記の覚書の趣旨がおのずから明らかである。また、所論の、昭和二〇年一一月二五日運輸省令第四〇号「航海の制限等に関する件」(昭和二五年八月二一日運輸省令第六三号により改正、更に昭和二七年四月五日法律第七二号により法律としての効力を有することとなる)第四条の三第一項には「海域にある爆薬兵器又はその部分品は海上保安庁長官の許可を受くるにあらざればこれを引き揚げ又は解撤することを得ず」との規定があるけれども、これは危険作業に関する取締法規であつて、所有権の帰属を定める趣旨ではない。たゞ昭和二一年勅令第五五八号「予算、決算及び会計令臨時特例(昭和二五年一一月六日政令第三二九号による改正のもの)第五条第一項第一五号に、各省各庁の長は「海域にある爆薬兵器若しくは弾薬又はその部分品で連合国最高司令官の指令に基き政府がその処理を命ぜられたものを引き揚げてそのくず化作業を行うことを政府から許可された者に対し、当該物件をくずとして売り払うとき」随意契約によることができる旨の規定(昭和二七年政令第二一〇号により「海域にある爆薬兵器若しくは弾薬又はその部分品の引揚を政府から許可された者に対し、そのくず化を条件として当該物件をくずとして売り払うとき」と改正)があつて、右の爆発物件等を引き揚げてくず化作業を行う者に対し、随意契約によつて右の物件を売り渡して来たのであるが、このような政令をもつて前記の法理を覆す根拠とするわけにはいかない。この政令は、日本政府が所有権を保有し又は新に所有権を取得したものを売り払うときにのみ適用さるべきであろう。要するに、本件の銃砲弾は、海中に放棄せられた無主物であるから、民法第二百三十九条により、所有の意思をもつてこれを先占した者がその所有権を取得することになるのである。この点において原判決の判断は正当であつて、論旨は理由がない。

論旨の第二は、かりに本件の銃砲弾が日本政府の所有に属せず、海域に投入せられたことによつて無主物になつたとしても被告人等は、川西海事の所有に帰せしめる意思で引揚を行つていたものであるから、引揚によつてその所有権は当然同会社に帰属し、従つて被告人等の領得行為は当然同会社の所有権を侵害することになる、と主張するのである。

よつて、前掲の各証拠及び金玉、池畠勝茂、金益鎮、崔永道の各司法警察職員に対する供述調書を綜合すると、被告人等は、いずれも漁船一隻を所有して潜水業を営む者であるところ、神戸市所在川西海事株式会社が昭和二十七年五月十六日附海上保安庁長官の許可書により神戸港内外の所定海域における爆発物件等引揚の許可を受け、同年十月十日附物品売払契約書をもつて、第五管区海上保安本部長安西正道との間に「海上保安庁長官の許可に基き爆薬兵器若しくは弾薬又はその部分品を産業上の用に供する目的をもつて海底有姿のまゝ売払うこと、爆薬物件等を引揚げた場合はなるべく速かに解撤工場に搬入し、前記本部長の指定する係官立会の上解撤業者中国火薬株式会社西島工場に引渡すものとする」旨の契約(但し、右海上保安本部長が無主の動産を海底有姿のまゝ売り払うことは不可能であり、契約の当事者は法規を誤解しているが、前記会社の真意は所有の意思をもつて右の物件を引き揚げるのである)をなし、引揚作業を開始するに当り、被告人等は、それぞれ同会社の下請業者として、同会社が許可を受けた神戸港内外一帯の海没爆発物件兵器類等を海上保安庁の引揚業者に対する注意事項に従つて引揚作業をなし、会社はこれに対し下請引揚工賃を支払う旨契約し、作業に当つては、右の注意事項により作業船に赤色の危険標識旗及び社旗を併せて揚げ、毎日作業終了後右の社旗を同会社に返還し、引揚物件は毎日作業終了の時会社側に引渡したのち現場監督者の船内点検を受けること、引揚物件は他に運搬又は売却しないこと、その他引揚作業について同会社の現場監督の指揮に従うことを指示されたのであるが、被告人広田喜儀は、昭和二十七年十一月二十五日自己の雇人である池畠勝茂、同野村仙吉こと金玉とともに神戸港第二関門南方約二キロメートルの海域において潜水作業中、銃砲弾の山に当り、引揚品が多かつたので、三名共謀のうえ、そのうちの一部を同会社に納入して残品を領得しようと企て、引き揚げた二〇ミリ機銃弾、同薬莢、大型砲弾ケース、十二榴弾信管等合計約百四十貫を船の床下に隠匿し、船の上部に置いていた分だけを同会社の爆発物積載船(引取船)に渡して神戸港を出発し、同日兵庫県印南郡伊保村伊保港に向け直航し、同所において金益鎮に対し、右の引揚物件を売却したこと、被告人北畠菊雄は、同月二十四日自己の弟である北畠秀雄、同進とともに神戸港大関門沖合約一里の海域において潜水作業中、銃砲弾の山に当り、二百二、三十貫引き揚げたので、三名共謀のうえ、前同様そのうち機銃弾及び信管合計約八十貫を船の床下に隠匿し、船の上部に置いていた分だけを同会社の爆発物積載船に渡して神戸港を出発し前記伊保港に航行して崔永道に対し右の引揚物件を売却したことを認め得られる。然らば、被告人等は、所有の意思をもつて前記無主の動産を占有したものではないから、被告人等においてその所有権を取得するいわれはないが、川西海事株式会社は引揚物件について所有の意思を持つており、前記の下請契約により被告人等を代理人として占有を取得したものであるから(民法第百八十一条)先占によりその所有権を取得したものと言える。すなはち、被告人等は、引揚許可を有する前記会社の下請業者として同会社のために海底の銃砲弾を引き揚げることによつて同会社をして右物件の所有権を取得せしめるとともに、同会社の爆発物積載船に引き渡すまで、同会社のために業務上保管するべき地位にあるものである。この場合、本人たる同会社は代理人によつて占有権を有すると同時に、代理人たる下請業者自らもまた占有権を有する(他主占有)のである。そうすると、被告人等は業務上占有する他人の物を領得する目的のもとに、これを同会社に引き渡さず伊保港に運搬して行つて勝手に売却したことになるから、被告人等の行為は、刑法第二百五十三条の業務上横領罪に該当することが明らかである。この点について、起訴状がいずれも「同会社の保管にかゝる物件を業務上保管中領得して横領した」旨記載して所有者の表示を避けたのはすこぶるあいまいではあるが、さりとて、原判決が、被告人以外の者の所有権が侵害せられた事実を明らかにすることができないとして、被告人等に各無罪の言渡をしたのは、その事実を誤認したものであり。その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の論旨は理由あり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条に従い原判決を破棄し、同法第四百条但し書によつて更に判決をする。罪となるべき事実

被告人等は、いずれも漁船を所有して潜水業を営む者であつて、神戸市所在川西海事株式会社が、海上保安庁長官の許可を受け、神戸港内外の所定海域における爆発物、爆薬兵器並びにその部分品(以下爆発物件等と略称する)の引揚事業を始めるに当り、その下請業者として、潜水引揚に従事し、引揚物件は毎日作業終了の時同会社の爆発物積載船に引き渡すこととし、引揚後引渡に至るまで同会社のために保管するべき業務に従事中、

第一、被告人広田喜儀は、乗組員池畠勝茂、野村仙吉こと金玉と共謀のうえ、昭和二十七年十一月二十五日、神戸港第二関門南方約二キロメートルの海域において引き揚げ、よつて、前記会社の所有となつた銃砲弾の一部を領得しようと企て、引き揚げた二〇ミリ機銃弾、同薬莢、大型砲弾ケース、十二榴弾信管等合計約百四十貫を船の床下に隠匿し、これを同会社の爆発物積載船に渡さず神戸港を出発し、同日兵庫県印南郡伊保村伊保港に向けて航行し、同所において金益鎮に売却し、

第二、被告人北畠菊雄は、実弟北畠秀雄、同進と共謀のうえ、同月二十四日、神戸港大関門沖合約一里の海域において引き揚げ、よつて同会社の所有となつた銃砲弾の一部を領得しようと企て、前同様引き揚げた機銃弾及び信管合計約八十貫を船の床下に隠匿してこれを前記積載船に渡さず神戸港を出発し同日前記伊保港に航行し、同所において崔永道に売却して各横領したものである。

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

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