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大阪高等裁判所 昭和28年(ナ)1号 判決 1953年12月08日

原告 成田幸市

訴訟代理人 渋谷又二

被告 兵庫県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和二十八年八月二十一日になした原告の訴願に対する裁決は之を取消す。兵庫県養父郡伊佐村村長加来知蔵の当選は無効とする」との判決を求めその請求の原因として昭和二十八年四月二十二日施行された兵庫県養父郡伊佐村村長選挙に際し同月十一日に本田文之助、兼平三男及原告の三名が立候補したが同月十八日に至り右の内本田文之助が候補者たることを辞したので当選人加来知蔵は翌十九日公職選挙法第八十六条第四項による候補者の届出をなし開票の結果加来知蔵は七二二票原告は三九二票兼平三男は三五四票の得票であつたので最高得票者加来知蔵が当選人と決定されたのである。ところが同人は同村村長の職務を代理する同村の助役であつて地方公共団体の公務員であるから村長の候補者となるには同村議会議長に申し出て村長代理助役を退職した上でか又は公職選挙法第九十条により退職したものとみなされた上でなければならないのである。然るに同人は同年四月十四日同村議会議長に対し村長の候補者となる目的で助役の退職届を提出した如く仮装しているが事実は同月十五日に退職届を提出したものであつて遂に議会の承認は得られなかつたのであるから前記法条によりその翌日たる十六日から起算し五日目に相当する同月二十日に至つて始めて助役たることを辞したものとみなされるのである。さすれば公職選挙法第八十六条第四項による候補者届出の最終日たる同月十九日には未だ助役退職の効果は発生しておらず、従て村長の候補者となることはできなかつたのである。然らば同法第六十八条第一項第二号の規定により同人の氏名を記載した投票は無効である。

仮に被告の主張する如く退職の効果は退職申出の当日から起算して五日目に相当する日に発生するものと解すべきだとするも退職申出の日の翌日から起算して五日目に相当する日即ち四月二十日の終了を俟つて初めて退職申出の当日より起算して五日目たる日即ち同月十九日に退職したものとみなされるのであつて退職申出の当日から起算して五日目に退職の効果が当然発生すると云うのではなく退職申出の日の翌日から起算して五日以内に退職ができないときはその前日たる十九日に退職したことに擬制すると云うに過ぎない。然らば同月二十日中に退職することが出来なかつたときそこで始めて同月十九日に退職したものとみなされるのであるから十九日には未だ退職の効果は発生しておらず立候補する資格はなく同月二十一日になつて始めてその資格ができるのである。仮に同人が四月十四日に退職の申出をしたとしても前記解釈によれば四月二十日に至つて始めて四月十八日に退職したものとみなされるものと解すべきである。何故ならば四月十九日午後十二時迄は辞することができるか否か不明であつて同法第九十条前段に「辞することができないときは」に該当しないからである。故に同人がたとえ四月十四日に真実退職申出をしたとしても四月十九日には尚退職の効果は発生しておらず立候補資格はなかつたものである。

以上の理由により当選人加来知蔵の立候補は公務員の立候補制限に違反してなされたもので同人の氏名を記載した投票は効なく同人の当選は無効である。

ここにおいて選挙人の一人であり候補者である原告は同年五月四日伊佐村選挙管理委員会に対し右当選の効力に関する異議の申立をし同委員会が同年六月二日附を以て原告の異議申立を却下する旨の決定をしたので更に右決定に対し同年六月十一日被告委員会に訴願を提起したが同委員会は同年八月二十一日附を以て原告の訴願を棄却する旨の裁決をなしその裁決書は同年八月二十九日原告に送達されたので本訴請求に及んだ次第であると述べ立証として甲第一号証の一、二同第二号証同第三号証の一、二、三同第四号及五号証の各一、二同第六号証同第七号証の一、二同第八及九号証同第十号証の一、二同第十一号証同第十二号乃至十四号証の各一、二を提出し証人加来知蔵、加藤浜雄、池田武夫、加藤大一、岩崎末次、習田一二、西村重雄、神田明、藤原万寿夫、田村巖、西山三平、米田勝、兼平三男、木下卯之助、田村杢次、中西喜一、本田こみつの各証言及原告本人訊問の結果を援用し乙各号証の成立を認めた。

被告は主文同旨の判決を求め答弁として加来知蔵が原告主張の選挙に際しその主張の日その主張の如き事情の下に公職選挙法第八十六条第四項による立候補の届出をなし当選人と決定されたこと右当選の効力に関し原告主張のとおり異議の申立決定訴願裁決があり裁決書が原告主張の日に送達されたこと及同人は同村村長職務代理助役の職にあつたがその退職については村議会の承認が得られなかつたことは何れも之を認める。

しかしながら右加来の立候補は次の理由によつて公務員の立候補制限に違反しない。即ち右加来の同村助役退職の申出は四月十四日になされたものであつて公職選挙法第九十条の規定により四月十九日になされた同人の立候補の届出は退職効果発生後のものであつて有効である。仮に退職申出が四月十五日であつたとしても同法条の規定の解釈は後段の字句が明瞭に「申出の日以後五日」となつているので文理解釈上申出の当日から起算せざるを得ないのであり、従て四月十五日当日より起算して五日目である四月十九日には退職の効果が発生し同日は立候補が可能であるからである。原告は退職の効果は退職申出の日の翌日から起算して五日目に当る日の満了により始めて発生するものであるからその翌日にならなければ立候補できないと云うけれども、斯る解釈は同条が公務員の退職の不許可又は遅延によつて立候補の機会を逸することから保護しようとする所謂保護規定の趣旨を没却する不当の解釈であつて妥当でないと陳述し、立証として乙第一、二号証の各一、二を提出し証人池田一郎、田村菊次並原告援用に係る全証人の各証言を援用し甲各号証の成立を認め同第十号証の内容は不知と述べた。

理由

昭和二十八年四月二十二日施行の兵庫県養父郡伊佐村村長選挙に際し加来知蔵が原告主張の如き事情の下に同月十九日公職選挙法第八十六条第四項により立候補の届出をなしたこと及同人が同村村長職務代理助役であつたこと並にその退職については村議会の承認が得られなかつたことは何れも当事者間に争がない。

さすれば加来知蔵は地方公共団体の公務員であつて在職中は公職の候補者となることができないものであることは公職選挙法第八十九条の規定により明であるし同人の立候補届出をなした右四月十九日は前記村長選挙において同法第八十六条第四項によつて立候補届出のできる最後の日であることは計算上明であるから、同人が四月十九日になした立候補の届出が有効であるためには同日助役退職の効果が発生し同人が候補者たる適格を有するに至つていなければならないのである。而して村長職務代理助役がその職を辞するには村議会議長に対し退職の申出をなすべく申出の日から五日以内に議会の承認により辞することができないときはその申出の日以後五日に相当する日に辞したものとみなされるものであることは地方自治法第百六十五条公職選挙法第八十九条第九十条により明である。

然らば本訴請求の核心をなすものは同人の退職申出が何日議長に対しなされたかということとそれによる退職の効果が何日発生したかというこの二點にあると云える。

そこで先ず第一に同人の助役退職申出が何日議長になされたかに付審究する。

成立に争ない甲第六号証、乙第二号証の一、二証人加藤大一、西村重雄、藤原万寿夫、西山三平、米田勝、田村菊次、池田一郎、加藤浜雄、加来知蔵、池田武夫の各証言を綜合考察すると兵庫県養父郡伊佐村では前村長佐々木操一が昭和二十八年三月三十一日附で辞表を提出したので当時同村助役であつた当選人加来知蔵が村長の職務を代理することとなり次で同人は村長の選挙に立候補しようと決意し同年四月九日同村議会議長西山三平に対し助役の退職を申出たが同月十一日に元村長本田文之助が立候補するに及んで予て前村長佐々木から本田文之助が立補候したならば同人の閲歴人望から云つて同人に一歩を譲り立候補は考慮した方がよかろうと注意されてもいたし且又直接同人から将来助役として援助されたい旨懇請を受けその上同人の出身地である大江部落の幹部と加来の出身地である阪本部落の幹部との間に本田を村長に加来を助役に推そうとする了解が成立したので加来は遂に立候補を断念し同月十三日一旦助役退職の申出を撤回した。ところが偶々本田が同月十四日午後八時頃同村大江公会堂での同人の個人演説会場に於て吐血卒倒し再起の望なきに至りそのことを同夜十時頃池田武夫から自宅において聞知するやここに内心再度立候補を決意するに至つたがこれまで助役や同村選挙管理委員会委員を歴任し選挙法規には比較的通している同人は同日中に適法に助役退職申出をして置かなければ立候補の機会を逸することを察知し早速同村議会議長西山三平宛の退職届を認め同村議会書記である加藤浜雄方を訪れ同人に対しその旨を告げ村役場に於てその受附方を懇請し同夜午後十一時頃同人と同道し村役場に至り同所において同人に右退職届を手交し受付けて貰い之に受附印の押捺を受けたこと並にその翌十五日右書記加藤浜雄から議長西山三平に対し右の経緯を電話を以て報告し続いて右届書を同人に手交したことが確認できるのである。

甲第十一号証の記載証人神田明、田村巖、岩崎末次、習田一二、田村杢次の各証言原告本人の供述の中には時間の点において右認定と多少喰い違う点もないではないがその部分は前記挙示の各証拠と照し合して当裁判所の措信しないところである。その他右認定を左右するに足る証拠は十分でない。而して村議会の書記は上司の指揮を受け議会の庶務に従事する権限を有するもので議会又は議長に対する書面又は口頭による届出を受理する包括的権限を有するものと解すべきであるから右認定の如く議会書記加藤浜雄の退職届の受理は同書記から議長に対するこれが伝達の有無その時期の如何を問わず之によつて加来から村議会議長に対し退職の申出がなされたものとしての効力が生ずるものと謂わなければならない。

然らば次に右申出による退職の効果が何日発生したかという点につき考察する。

右退職の申出に付村議会の承認が得られなかつたことは当事者間に争のないところであるから公職選挙法第九十条によつて退職に関する法令の規定にかかわらずその申出の日以後五日に相当する日に助役たることを辞したものとみなされるのであるがその退職とみなされる具体的の日が何日かということにつき当裁判所の見解を結論から先に云うならば退職申出の日たる四月十四日の翌日から起算して五日目たる同月十九日に退職したものとみなされるものと考えるのである。その理由は前記法条前段に所謂「申出の日から五日以内に」というは公法上の期間の計算についても原則として民法の規定が準用せられるものというべきであるから民法第百四十条によつて申出の日は算入せずその翌日から起算して五日目の終了までにという意味と解すべきであり又前記公職選挙法第九十条後段に所謂「申出の日以後五日に相当する日に」というは一般に何日以後という表し方のときはその何日という基準日は包含され以後という内に算入して計算すべくそれを算入させない意味のときは単に何日後と表現するのが法令用語の慣例であることに鑑るとき右は申出の日の当日から起算して五日に相当する日にと読まれ民法第百三十八条に所謂法令上別段の定ある場合と解せられる結果結局本件の場合申出の日たる四月十四日の翌日から起算して五日目たる同月十九日の終了までに公務員たることを辞することができないときは申出の日たる同月十四日当日から起算して五日目に相当する同月十八日に公務員たることを辞したものとみなされるというように字句の上では文理解釈ができないではないのである。けれどもかくの如き解釈は何としても奇怪であり余りにも非論理的である。のみならずかくの如き解釈をとるときは退職申出の当日から起算して五日目の日に立候補の届出がなされたがその後退職申出の日の翌日から起算して五日の終了迄即ちその日の午後十二時迄の間に実際に退職が実現した場合その立候補届出の効力が問題になり右立候補届出の受理に当つては之が形式的審査権を有する選挙長との間に退職実現の見通しその他見解の相違から徒に選挙事務の円滑を阻害するような事態も生じよう。またその立候補の届出と実際退職実現との中間において候補者のなした選挙運動は事前運動として同法百二十九条違反ということにもなるであろう。ことに退職申出の日の翌日から起算して五日目の日に当該公務員がなした職務行為は退職後の行為となりその効力に付てはまことに困難な而も重大な問題を惹き起すであろう(公職選挙法第九十条に「辞したものとみなす」とはひとり立候補に関してのみいうのではなく他のあらゆる法律関係においても公務員たる身分を終了せしめる意味であると解すべきであるから)。かくては立候補者の利益保護のためにはたいして役にたたないのみか無用の紛糾混乱をもたらす弊害多き解釈といわなければならない。たとえ条文に以後という字句がつかつてあつても必ずしも基準日を算入する以外の解釈が許されないものでもないから単に後という表し方と同じようにみて前段と後段とを一致させて解し比較的理論にも副い弊害も少い解釈をとるべきだと考えるからである。

而して前記法条の規定は現職公務員の立候補を制限する半面において退職の不許可又は遅延によつて立候補の機会を逸することから保護しようとするものであるからその趣旨を体し同条の規定によつて職を辞したものとみなされた日には公職の立候補は之を許すべきものと解釈すべきである。

然らば当選人加来知蔵は前段説示の如く四月十九日には伊佐村助役たる職を辞したものとみなされ同日同人の選挙長に対しなし且受理せられた立候補の届出(此の点は当事者間に争ない)は適法且有効なものといわなければならない。

因に前記法条に退職の申出の日から五日以内に「公務員たることを辞することができないときは」といううちには公務員たることを辞することができないと認められる確定的な要因の存在する場合をも包含するものと解すべきであるが証人西山三平の証言によれば当時加来の助役退職承認のためには村議会招集の手続さえもなされていなかつたことが明であるから選挙長の右立候補届出の受理当時には同日加来が助役たることを辞したものとみなされていたものであることを一言附加しておく。

果して然らば当選人加来知蔵の立候補は公務員の立候補の制限に違反せず同人の立候補を有効と判断して原告の訴願を棄却した被告の裁決は結局正当というべく原告の本訴請求は失当であるから之を棄却すべきものとし訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤田弥太郎 判事 山崎寅之助 判事 小泉敏次)

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