大阪高等裁判所 昭和29年(う)1137号 判決
弁護人は、原判示第一事実について、原判決が証拠に援用している司法警察員の捜索差押調書によると、覚せい剤として押収されたものは五種あるにかゝわらず、同じく証拠として援用している鑑定書をみると、鑑定資料「紛末若干」と記載してあるだけであるから、右の鑑定は押収物件に関する鑑定であるが、また然りとしても押収物件中どれを鑑定したものか不明であつて、しかも右鑑定書以外に被告人の所持していた物件が覚せい剤であることを認定する証拠がないから、原判決には審理不尽の違法があるか又は虚無の証拠によつて事実を認定した違法がある、と主張するのである。
なるほど記録を調査すると、田辺市警察署司法警察員藤原正弘作成の捜索差押調書添附の押収品目録には、覚せい剤紛末として(一)六・一瓦、(三)二二・五瓦、(四)三瓦、(五)一瓦、(一〇)三一・二瓦、計六三・八瓦と記載してあるが、国家地方警察和歌山県本部刑事部鑑識課長から田辺市警察署長あて回答書添附の国家地方警察技手山本博章作成の鑑定書には「田辺市警察署長より鑑定方依頼のあつた前宮信高に対する覚せい剤取締法違反被疑事件の下記資料について……次の通り鑑定した。鑑定資料及数量、紛末若干……鑑定結果、本件資料中には覚せい剤取締法第二条第一項(号の誤記と認める)に謂うフエニールメチールアミノプロパンの存在が認められる」旨記載してある。そして前宮信高とは被告人の通名であるから、右の書面によつては、本件について紛末若干を鑑定したことが判るが、押収品のどれを鑑定したか不明である。そこで、当審において、証人藤原正弘及び山本博章を尋問したところ、前記藤原正弘は、捜索差押の際被疑者前宮信孝が押収品は全部同じ覚せい剤であつて、結晶の荒いものはびんに詰め、結晶の小さいものを小分けしていたと陳べたので、全部同性質の覚せい剤であると考え、そのうち証第十号のびん入粉末三一・二グラムから約〇・一グラムを採取し、鑑定依頼書を添附して鑑定に廻付し、技手山本博章がこれを鑑定して前記のような鑑定書を作成したものであることが明らかとなつた。そうすると、原判決は証第一、第三、第四、第五号については鑑定を経ないで覚せい剤と認定したことになるのである。しかし、原判示第一事実について、被告人がその日時場所において覚せい剤粉末六三・八グラムを所持していたことは原審公判廷において被告人の自白するところであつて、しかも被告人の検察官に対する供述調書の記載によれば、被告人は金城某の使いの者から覚せい剤の小分けと保管とを頼まれ全部同時に預つたというのであるから、そのうちの一部分について覚せい剤たることの鑑定書があれば、これを補強証拠として全部について覚せい剤の所持罪を認定することは違法とは言えない。しかも、当審鑑定人西本一二の鑑定の結果によれば押収品全部が覚せい剤取締法第二条第一号所定の覚せい剤であることが明白であるから、原判決は審理粗雑のきらいはあるが、これをもつては原判決を破棄する理由とするには足りない。この点の論旨は理由がない。
同第三点について、
弁護人は、原判示第二の譲受行為について、被告人から覚せい剤を譲り受けたという植本、阪井等の供述は被告人が金城某から覚せい剤を譲り受けたことの証拠にはならないから、原判決は被告人の自白のみをもつて有罪と認定したか又は審理不尽の違法がある、と主張するについて、案ずるに、補強証拠は犯罪事実全部について存しなくても被告人の自白が架空のものでないことを裏付けする程度をもつて足りると解するべきである。原判決は、第二事実について、被告人が金城某から覚せい剤粉末を五回にわたつて合計約二十グラムを譲り受けた旨の被告人の自白のほかに、被告人から覚せい剤を譲り受けたという植本有次(二通)、阪井義雄、副島穂積(三通)、荒居優子、古家茂子の各司法警察員に対する供述調書の抄本、脇村貞枝、榎本慎一、古家茂子の同供述調書の謄本を補強証拠として援用している。従つて、以上の証拠が被告人の譲受行為自体に関する証拠でないことは所論のとおりであるが、しかし、原判決が証拠に援用している被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書を綜合すると、被告人は金城某から覚せい剤合計約二十グラムを譲り受け、そのうち約三分の一を使用し残りを右の者等に売却又は贈与した旨自白しているから、同人等が被告人から買い受け又はもらい受けた旨の供述調書をもつてその自白の補強証拠として被告人の譲受行為を有罪と認定することができると解し得られる。原判決には所論のような違法はない。
同第四点について、
原判決が被告人の所持していた覚せい剤合計六三・八グラムを没収し、その根拠として「刑法第十九条を適用し」と判示していることは所論のとおりである。しかし、刑法第十九条による没収は、その物が被告人以外の者に属しない場合に限るのであるが、記録を調査すると、被告人は、右の覚せい剤は金城某から預つたものであると終始陳述しており、これを覆して被告人の所有たることを認定し得る証拠はない。そして、金城某の所在は記録上大阪市生野区在住ということが判明しているだけで、所在不明ではあるが、しかしその事実をもつて右の物件が被告人以外の者に属しないものとは言えない。然らば、原判決は、右の物件が被告人以外の者に属しないことを認め得る根拠がないにかかわらず刑法第十九条を適用して没収したものであつて、法令の適用を誤つており、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由あり、原判決はこの点において破棄を免れない。
(裁判長判事 山崎薫 判事 西尾貢一 判事 藤井政治)