大阪高等裁判所 昭和29年(う)1543号 判決
所論は要するに、被告人は同郷の友沈田年から、同人及びその家族の主食の受配方を依頼せられ、同人に代つて主食の配給を受けたものに過ぎないのであつて、詐欺罪の成立を認めた原判決には事実の誤認があるというのである。
よつて按ずるに、被告人が昭和二十三年一月頃から京都市左京区北白川西町七十八番地光華寮内に居住し、同区北白川小倉町五番地藤田米穀販売所から主食の配給を受けていたものであるのに、さらに昭和二十六年四月下旬頃から同二十七年十一月二十一日までの間二十五回にわたり世帯主沈田年、その家族程耀茂、沈嬰耀子、沈柵、沈明仁と記載した家庭用食糧購入通帳を使用し、同市東山区新道通団栗下る下柳町中村米穀販売所から同人等に対する主食合計約四百二十九瓩四百瓦の配給を受けたものであることは、原判決挙示の各証拠を綜合しこれを認めるに足るところである。しかし、証人小橋美代子に対する原審第二回公判調書(供述)の記載、証人楊進平に対する原審第三回公判調書(供述)の記載及び同証人の当公廷における供述、証人清水九助に対する原審第十二回公判調書(供述)の記載、押収にかかる外国人登録原票写(大阪高等裁判所昭和二十九年裁領第二号)封筒二通(同上の第六、七号)、小匯兌証書二通(同上の第九号)の各記載、被告人の当公廷における供述を綜合すると、沈田年及びその家族は、少くとも昭和二十二年頃以降同二十七年十二月頃までは、京都市東山区大和大路中弓矢町四十四番地のアパートに居を置き、その主食の配給籍も東山区にあり、同区役所からは正規の主食購入通帳も交付されていた実在人物であつて、被告人が上記の如く同人名義の主食購入通帳を使用し主食の配給を受けていたのは、同人がバイヤーとして主に横須賀方面で活躍し、京都市内に常住しなかつたため、その依頼により同人に代り受配していたに過ぎないものと認められ、また記録を精査するも、右沈田年が他所において主食の配給を受け、あるいは、受けてはならない主食の配給を受けていたというが如き事実も認められない。すると、被告人が沈田年に代つてした右主食の受配はなんら犯罪を構成しないものといわざるを得ない。なんとなれば、およそ日本国内に居住する者は、たとえ、主食の配給籍のある地に現住していなかつたとしても、その者が他所において主食の配給を受けているとか、あるいは、受けてはならない配給を受けているとかというが如き特段の場合の外は、何人でも正規に発行された主食の購入通帳により一定量の主食を配給所から購入する権利があり、しかもその者の不在中は他人がその者に代りその配給を受取つても少しもさしつかえがないからである(最高裁判所昭和二十四年十二月十三日第三小法廷判決参照)。しかして、記録を精査するも被告人の詐欺の事実はこれを認めるに足る証拠がないから、原判決は事実を誤認したものというの外はなく、しかもこの誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、その余の控訴趣意についての判断はこれを省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄し同法第四百条但し書に従い、更に次のとおり判決する。
本件公訴事実は、被告人は京都市左京区北白川小倉町五番地藤田米穀販売所において、主食の配給を受けているにもかかわらず、昭和二十七年十一月四日頃同市東山区新道通団栗下る下柳町中村米穀販売所において、同所責任者中山重二に対し前記事実を秘して沈田年と詐称し、かつ米穀購入通帳を示し、程耀茂、沈嬰耀子、沈柵、沈明仁の四名が自己と同一世帯にある如く詐り、同人をしてその旨誤信させて、同人から右五名分の米約六、四瓩を主食配給名下に交付させてこれを騙取した外、罔二十六年四月頃より同二十七年十一月二十七日頃までの間前後二十回にわたり、前同様手段方法をもつて右中山を欺罔し、同人をしてその旨誤信させて、同人から主食配給名下に右五名分の米合計約四二〇、六瓩をそれぞれ交付させてこれを騙取したものであるというのであるが、記録を精査するも右の如き詐欺の事実は認められないから、刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。
(裁判長判事 山崎薫 判事 西尾貢一 判事 藤井政治)