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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)1347号 判決 1962年1月31日

控訴人(原告) 鍵岡和夫

被控訴人(被告) 兵庫県知事

主文

原判決を取り消す。

兵庫県津名郡津名町大字生穂字中の内字生穂一五四五番地の二畑二畝三歩につき、兵庫県津名郡生穂町農地委員会が昭和二四年四月九日定めた買収計画ならびに兵庫県農地委員会が昭和二四年七月一日なした右買収計画に対する控訴人の訴願を棄却した裁決を取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出・援用・認否は、左に記載するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

控訴代理人の主張

「仮りに、控訴人をいわゆる不在地主と誤認して本件土地を買収すべきものと定めた買収計画は違法であるとの主張が理由なしとしても、本件土地は、買収計画当時においても、津名郡津名町大字生穂(旧生穂町)の中心街に属し通称東浦海岸浜部落と称する地区にあり、発展した住宅地と工場敷地との間に孤立し、非農地への転移性が顕著であつた。すなわち、本件土地は、隣地である同所一五四六番地および一五五七番地の一の土地などとともに一団地を形成し、右団地の西側の高台にある人家に沿うて南北に走る国道二八号線より一米五〇糎の低地にあり、通風および排水を遮り農地として不適格であるが、そのまま生穂川および海岸に臨み海陸の便に富み、工場地域として津名町における唯一無二の優秀地帯である。現に隣地である前記一五四六番地および一五五七番地の一の土地は、訴外神垣儀一郎が自創法に基き売渡処分を受けたが昭和三三年一一月これを全部訴外日産農林株式会社に多額の金額で売却し、同会社において、昭和三四年五月この地上に工場および営業所を建設し、残余の土地をマツチ軸木の乾燥場並びにマツチの原料となるポプラ樹の栽培のため使用している。そして本件土地は、買収計画樹立以前から荒地のままに放置されている。以上の諸事情を総合考察すれば、本件土地は買収計画時において近く土地の使用目的を変更するを相当とする土地であつたから、生穂町農地委員会および兵庫県農地委員会は本件土地につき自創法五条五号の買収除外指定をなすべき義務があつたのにかかわらず、買収計画を立てたものである。したがつて、生穂町農地委員会がなした本件土地に対する前記買収計画には右のような違法がある。」

被控訴代理人の主張

「控訴人の本件土地が買収計画当時非農地への転移性が顕著であつたとの主張事実は否認する。本件土地の南側隣地は高さ約三米六〇糎の、東側隣地は高さ約三〇糎の石垣で仕切られ、西北に隣接する同所一五五七番の一の西側も高さ約二米の石垣で仕切られ、本件土地および隣接の同所一五四六番地・一五五七番地の一・一五五六番地の一の合計四筆はいずれも農地であつて合計面積は二反五畝で、高台に囲まれた低地にあり、買収計画以前から訴外神垣儀一郎が賃借権に基いて耕作している。これらの土地での米作は良い年で反当り三石の収獲がある。そして農地委員会が自創法五条五号に基く買収除外指定をするためには、客観的条件を具備しているほかに、所有者において非農地化する意思ないし具体的計画を有しなければならない。ところが本件土地はかなり低地にあるため相当の盛土をしても宅地化することが極めて困難であるばかりでなく、そのような労力ないし資力を費して宅地化するほどの価値もない。そのためか所有者である控訴人において小作人である前記神垣に対し、買収計画以前から今日まで非農地化する理由で明渡を求めたことは一度もなかつたので、控訴人が本件土地を非農地化する意思ないし具体的計画を有しなかつたことが明かであるから農地委員会が右の買収除外指定をしなかつたのは違法ではない。」 (証拠省略)

理由

控訴人を不在地主として本件土地を買収すべきものと定めた買収計画は違法であるとの主張事実に対する当裁判所の事実上の認定および法律上の判断は原判決の理由に説示するところと同一であるからここにこれを引用する。当審における新たな証拠調の結果は、何ら右理由に示された事実上の判断を左右するに足らない。

つぎに、本件土地が自創法五条五号により買収除外指定をなすべき土地であるかどうかにつき考える。

当審証人堀口専一、鍵岡重明、滝本増也の各証言に原審および当審における検証の結果(当審第一ないし第三回とも)ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、

本件土地は、隣地である同所一五四六番地、一五五七番地の一および一五五六番地の一の各土地とともに一団地を形成している。右団地は、西側において密集する人家のある高さ約二米の高台に、南側において同様な人家のある高さ約二米五〇糎の高台に接し、北側の東半分および東側において訴外日産農林株式会社の工場にそのまま接続し、北側西半分において高さ約六〇糎の高台に接しこれを北方へ約七〇米進んだ所で、生穂町を東西に貫流する生穂川の右岸に達し、そこから川に沿い約五〇米西進した所が生穂川にかけられた幅員一〇米の国道二八号線上の生穂橋南詰である。そして右団地の西側高台にある人家は前記国道二八号線に接しており、その国道の両側は、商店、郵便局などが軒を連ね旧生穂町の中心街をなしている。本件土地は、右団地南側境界中央部分より東南角にいたる線にそう細長い形状をなして位し、昭和二六年三月二六日の原審検証の時においても、南側高台に接する部分には、崖が所々崩れ落ち塵埃が捨られ、その他の部分には何ら作物は作られておらなかつた。その後本件土地の北側境界線に沿つて、すなわち、本件団地の、中央より訴外会社工場敷地に亙る地面の大きな倉庫が建てられ、本件土地を除く残余の空地のうち大部分はマツチ軸木の乾燥場に、一部はマツチ原料のポプラ樹の栽培に使用されている。

昭和三六年四月二七日の当審検証時においても、本件土地は、荒地のまま放置せられ、ひとり宅地の中に取り残された状況にあつた。

事実が認められ、当審証人神垣儀一郎の証言中右認定に反する部分は他の証拠と対比して信用しがたく他に右認定を覆すに足る証拠はない。

被控訴人は自創法五条五号に基く買収除外指定をするためには、客観的条件のほかに所有者において非農地化する意思ないし具体的計画を有することを要すると主張するけれども、自創法五条五号は、近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地につき、これを農地以外の目的に使用することの方が土地の利用価値を増進するという理由に基いて、同法三条の買収の原則に対し、特に買収除外という重大な例外を設けたものであるから、客観的条件から見て近く土地使用の目的を変更することを相当と認められる以上、農業委員会は同法五条五号による買収除外の指定をなすべきものであつて、土地所有者において非農地化への意思ないし具体的計画を有するかどうかを考慮することを要しないと解するを相当とするから被控訴人の右主張は採用することができない。

以上の諸事情を総合考察すれば、昭和二四年四月九日生穂町農地委員会が自創法の規定に基き本件土地を対象とする農地買収計画を立てた当時、本件土地は、その地位、地形・地質および四囲の状況より観察して、極めて近い将来にその用途を変更して宅地とすべき必然的情勢を備え、その宅地化の様相は格別の調査をせずとも現地に臨む何人の目にも疑を抱かせない程度に明かであつたものと認めるを相当とする。それで生穂町農地委員会としてはかかる自然的社会的諸条件に鑑み、自創法五条五号の規定により兵庫県農地委員会の承認を求めて本件土地を近くその使用目的を変更することを相当とする農地として指定し、須らく買収より除外する措置を採るべきであつたのに拘らず、漫然買収計画に編入したのは違法である。したがつて控訴人の訴願を認容しなかつた兵庫県農地委員会の裁決もまた違法である。

そうすると、控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、これを棄却した原判決は不当であるからこれを取消し、民訴法三八六条・九六条・八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 河野春吉 本井巽)

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