大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)707号 判決 1955年10月17日
控訴人 原告 中川震 外一名
訴訟代理人 山崎一雄
被控訴人 被告 小野正一 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人等は控訴人等に対し京都市下京区河原町通四条下る二丁目稲荷町三二八番地所在家屋番号同町二三番木造瓦葺二階建店舗建坪二六坪八合、外二階坪二五坪二合を明渡すことを命ずる。被控訴人小野正一は控訴人等に対し昭和二八年七月一日以降右明渡済迄一ケ月金二九〇〇円の割合の金員を支払うことを命ずる。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴人等は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「控訴人等は昭和二八年一一月二九日到達の催告書により被控訴人小野に対し三日内に延滞賃料一万一千六百円の支払を求めたところ、右期間経過後に被控訴人の代理人と称する者が控訴人等の代理人である中川隆治方に右延滞賃料の一部の受領を求めて来たことがあるが、右隆治は期間経過後であることと、延滞賃料の一部の提供であつて、債務の本旨に従つたものでないことを理由に受領を拒絶すると共に、即時口頭で本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたから、同日限り解除の効力を生じたが、尚控訴人等は念のため書面を以て契約解除の意思表示をなしたものである。次に無断転貸の点については、法人の代表者個人と法人とは法律上あくまで別個の人格者であり、すでに会社として適式に設立せられた以上、その構成員、資格、設立の動機如何に拘らず、民法第六一二条にいわゆる第三者に該当するものである。株式会社は将来新株の発行等によつて、その規模を大にし、又執行機関の更迭株式の譲渡等によつて人的物的構成の変更せられることも容易に考えられるのであるが、もし原判決のごとき理由で本訴請求を棄却されるならば、右のような人的物的構成の変更せられた場合においても尚且判決の既判力によつて、新訴の提起が認められないこととなり、かかる不合理は到底是認できないところである。」と述べ、被控訴人等において右主張を否認したほか、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、之を引用する。
立証として控訴代理人は甲第一乃至第三号証第四号証の一、二を提出し原審及び当審における証人中川隆治の証言控訴人中川末一本人の供述を援用し、乙号各証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一号証の一乃至三を提出し、原審証人加田孝一郎、坂口敏夫当審証人加田孝一郎の各証言、当審における被控訴人小野正一本人の供述を援用し、甲号各証の成立を認めた。
理由
被控訴人小野正一が控訴人両名からその所有にかかる本件家屋を期間の定めなく、賃料一ケ月金二九〇〇円毎月末持参払の約で賃借し、昭和二八年七月一日より同年一〇月三一日迄の賃料合計金一万一六〇〇円の支払を怠つたこと、控訴人等が同被控訴人に対し同年一一月二八日到達の書面を以て右延滞賃料を三日内に支払うことを催告したことはいずれも当事者間に争がない。
そこで先ず延滞賃料の不払による賃貸借契約解除の主張について考察する。原審証人加田孝一郎、坂口敏夫、当審証人加田孝一郎の各証言及び当審における被控訴人本人小野正一の供述を綜合すると、訴外加田孝一郎は被控訴人小野の代理人として前記催告期間内である同年一一月三〇日催告による指定場所なる訴外中川隆治方に延滞賃料の内金六〇〇〇円を持参したが全額でないからとて受領を拒絶されたので、更に翌月二日金一万二〇〇〇円を同所に持参して提供したが期間経過後であるとの理由で受領を拒絶された事実が認められる。控訴人等は右金六〇〇〇円の提供のあつたのが同年一二月二日であつて、延滞賃料全額提供の事実はなく、又右一部提供のあつた際即時に中川隆治は右加田に対し賃貸借契約解除の意思表示をなしたと主張するが、この主張に副う原審及び当審における証人中川隆治の証言及び控訴人中川末一本人の供述は前記各証拠に比べると信用できず、他には何等の証拠もないから右主張は採用しない。
而して控訴人等が最初三日の期間を定めてなした催告には条件附契約解除の意思表示を含んでいないから、被控訴人小野に対し契約解除の意思表示をなしたのは同年一二月四日到達の書面によるものが最初であり、一方被控訴人小野はこれに先だち支払の催告による指定期間の満了した翌日に延滞賃料の全額を提供して受領を拒絶されたわけである。かように延滞賃料の催告があつて賃借人がその催告期間を徒過したため賃貸人において契約解除権を取得した場合においても、之を行使する以前に賃借人から延滞賃料全額の提供があつた以上、他に特段の事情がない限り賃貸人はその受領を拒絶することはできないものと解するのが相当であり、本件においては何等特段の事情を認めることはできないから、控訴人等は右受領を拒絶したことにより債権者の受領遅滞を生じたわけであり、従つて被控訴人小野の債務不履行を理由に賃貸借契約を解除することは許されないのであつて、控訴人等の主張は採用できない。
次に無断転貸の点に関する控訴人等の主張につき判断する。
被控訴会社が昭和二八年九月一〇日頃より本件建物を使用している事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証、原審証人加田孝一郎、坂口敏夫、当審証人加田孝一郎の各証言当審における被控訴人小野本人の供述を綜合すれば、右小野は従前本件家屋において個人として看板装飾、塗装などの業を営んでいたが経営上及び経理面の考慮から之を会社組織とすることをはかり、昭和二八年九月一〇日頃自ら代表取締役となつて被控訴会社を設立したが、株主役員は親戚知人従業員の中より之に充て、依然実権は被控訴人小野にあり、右設立の前後を通じ営業内容は同一であり、家屋の使用状況も表のドアに会社名を記した程度の変更があつたにすぎない事実を認定するに十分であり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。而してかような場合には被控訴会社は法律上被控訴人小野と別個の人格を有すること勿論であるから、本件家屋に対し明渡の強制執行をしようとすれば、単に被控訴人小野に対する債務名義ばかりでなく、被控訴会社に対する債務名義をも得なければならないのであつてこの意味において、被控訴会社も亦この家屋に対し独立の占有を有するものと認むべきである。しかし、被控訴会社における被控訴人小野の地位が右に認定したような状態である以上、この建物の占有関係は実質上は被控訴人小野が賃借人として依然本件家屋の使用収益を続けていることには終始何等の変動がなく、被控訴会社は被控訴人小野の賃借権の範囲内での使用を許されているにすぎないものと認めるのが相当である。従つて本件においては、いまだ被控訴人小野が賃貸人との間の信頼関係に背いて第三者に之を使用収益せしめたものと謂うに足りないから民法第六一二条にいわゆる転貸があつたものと見ることはできない。控訴人等はかような解釈をとるときは将来株式会社が新株の発行株式の譲渡若くは経営者の更迭等により人的若くは物的構成に変更を生じた場合においても本件判決の既判力の及ぶ結果として、新訴の提起をなし得ない不合理を生ずると主張するのであるが、将来右のような人的物的組織の変動を生じ之がため家屋占有状況に著しい変更があつたような場合にはこのときに始めて民法第六一二条にいわゆる無断転貸若くは賃借権の無断譲渡があつたものとして新しく賃貸借契約の解除権を発生することは勿論であつて、本件判決の既判力はもとよりこの場合に及ぶべきでないこと多言を要しないところであるから、この場合を考慮して本件につきすでに無断転貸があつたものと見ることもできない。要するに無断転貸を理由とする控訴人等の主張も失当である。
最後に控訴人等の賃料並に損害金の請求については、成立に争のない乙第一号証の一乃至三によれば被控訴人小野は昭和二八年七月一日以降同年一〇月末日迄の賃料一万一六〇〇円を同年一二月二一日に、同年一一月一日以降一二月末日迄の賃料五八〇〇円を昭和二九年一月七日に、同年一月一日以降同月末日迄の賃料二五〇〇円を同年二月一日に夫々弁済のため供託したこと明であり控訴人等が、被控訴人小野の提供した延滞賃料全額の受領を拒んだことは先に認定したとおりであるから、右各供託はいずれも適法であつて、之により右期間の賃料債権は消滅したものと見るべきである。又損害金の請求については右認定のごとく、賃貸借契約が未だ存続中である以上失当なこと明かである。
従つて控訴人等より被控訴人等に対する本訴請求はすべて失当であるから、之を棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がない。仍つて之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第八九条第九三条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長判事 朝山二郎 判事 大西和夫 判事 沢井種雄)