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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)795号 判決 1954年12月18日

控訴人 原告 岩切克修

被控訴人 被告 天王寺税務署長 雨森虎義

指定代理人大蔵事務官 葛野俊一 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が訴外市川裕三名義の天王寺局第五〇五九番電話加入権に対して為した国税滞納処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人に於て「控訴人は原審に於ては被控訴人の為した国税滞納処分の取消を求めたが、当審に於ては請求の趣旨及び原因を変更し右滞納処分の無効であることの確認を求める。之を無効と主張する理由は(一)被控訴人が昭和二十八年五月十九日訴外市川眞二に対する滞納処分を理由に本件電話加入権の差押を為したことは控訴人の所有権を侵害するものであること、(二)被控訴人が昭和二十七年度更正決定額金四万九千七百五十円について差押処分をしないで右と同時に公売処分の事前通知をなしたのは手続のかしとして無効であること、(三)而も滞納者たる訴外市川眞二がたとえ市川裕三と同一人であるとしても要式の形式行為たる滞納処分の通知に於て、市川裕三こと市川眞二なる名義を表示しなければ、たとえ、電話加入権名義が本名である市川眞二となつているものと信じて差押をなしたのであつても、差押の効力を生ずるものといえないこと、の三点である。次に原判決は電話加入権を公権と解し、その譲渡に対する電話公社の承諾を譲渡の効力発生要件と解したが、之は電話加入権そのものの実質的意義を没却するものであつて之に対し強制執行法による強制執行をなすことは私法関係を肯定するのでなければ理解出来ない。電話加入権は私権であつて、一般に譲渡性を有し、その移転に付ての名義書替の手続は第三者に対する対抗要件にすぎない。旧電話規則は公社の承認の無い電話加入権の譲渡を処罰するものではないから右の承認は許可の意味を持つものではなく、単に準行政行為たる公証行為と見るのが相当である。更に旧電話規則なるものは逓信省の行政権による立法であるにしても、法律から独立して定めた命令で之が立法を根拠づける法律の存在を知ることができないから、独立命令であり、現行憲法の民主主義理念を否定するものでありかかる法規命令は重大且つ明白なかしのある命令としてその法律上の効力を有しない。このことを看過して右電話規則を有効として判示した原判決は裁判所が法令調査義務をもつことを忘却したものであり、この点について旧憲法時代の判例を引用することは不合理である。」と述べたほかいずれも原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

被控訴人が昭和二十八年五月十九日訴外市川裕三名義の天王寺局五〇五九番電話加入権を市川眞二に対する昭和二十七年度所得税六万五千八百七十円の滞納処分として差押えたことは当事者間に争が無く、控訴人は右電話加入権を昭和二十七年十一月二十五日右眞二に対する貸金二十万円の譲渡担保として同人から譲受けたものであると主張するに対し、被控訴人は電話公社の承認を受けない加入権の譲渡は無効であると争うから以下電話加入権の法律的性質及びその譲渡の効力発生時期の問題に付て考察する。

所謂電話加入の権利に付ては之を私法上の権利と見る説と公法上の権利と見る説との対立があるが、電話官署と私人との契約関係はその通常の事態に於ては権力関係ではないのであつて、此の点では私人相互間の契約関係と極めて類似することは否定出来ないところである。併し電話事業の中でも電話料金の取立には権力的作用も包含されて居り、之に対しては固より私法規定の適用があると考えることは出来ないのであつて、電話加入に関する法律関係は斯様な強制的要素をも包含する複雑な関係であり、之を一括して公法関係とか或は私法関係とか断定してしまうことは出来ず、要するに包括的な電話利用関係の全体でなく、その中で問題となる個々の具体的法律関係に付て私法規定の適用をなすべきか否かを決するのが相当である。此の見地から電話加入の権利の譲渡の問題を考察すると、此の権利は私人間の契約により譲渡し得るには相違ないが、それは私法上の権利であるが故に、譲渡が当然に可能なのではなく、最近にも電話加入権の取扱及び電話の譲渡禁止等に関する政令(昭和二十八年政令第四八号)により約三年半程譲渡を禁止された例によつても明なように、国家の側において譲渡をも統制し得ることを本質とする権利であつて、此の権利一般について、又は個々の権利について、国家が譲渡を許容したときに始めて譲渡性を生ずるものであり、換言すれば旧電話規則、第七条第一項により電話公社の承認を受けなければ、たとえ、私人相互間に於ては譲渡をなすべき債権契約が成立しても、電話加入の権利が準物権的に移転することはあり得ないと解すべきである。即ち昭和二十八年法律第九十七号公衆電気通信法第三十八条第一項が「電話加入権の譲渡は、公社の承認を受けなければ、その効力を生じない」と規定したのは新しい規定が設けられたのではなく、疑を避けるため成文上この趣旨を明かにしたものと見るのが相当であり控訴人主張の譲渡担保が電話公社の承認を得ていない以上その効力がないものと謂はねばならない。

尚控訴人は旧電話規則が所謂独立命令であつて憲法に違反すると主張するが此の規則は旧電信法第一条第十七条に基くものであつて、新憲法の下に於ても固より有効な規則であつたからこの主張も採用出来ない。

斯様なわけで控訴人は本件電話加入権に付何等の権利を取得したものとも認めることは出来ないから、被控訴人のなした滞納処分の効力を争うにつき何等法律上の利害関係を有しないのであり、従て右処分が無効であるとして主張する各個の論拠に付判断を加えるまでもなく、本件無効確認を求める訴は失当として棄却を免れず、之と同趣旨に出でた原判決は正当で本件控訴は理由がない。

仍て之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 朝山二郎 判事 沢井種雄 判事 前川透)

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