大判例

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大阪高等裁判所 昭和30年(う)1939号 判決

論旨は原判決が「被告人は法定の除外事由がないのに昭和三十年三月十七日午後三時頃関宮二七五号原動機付自転車を運転して兵庫県養父郡八鹿町上小田所属山陰本線踏切を通過するに際し安全かどうかを確認するために一時停車しなかつたものである。」と認定しこれを道路交通取締法第十五条違反の罪に問擬しているけれども、右鉄道踏切には遮断機の設備があり遮断機は踏切警手により操作され「進め」「止れ」の信号を表示する装置で、同条但し書の信号機に当るものであるが、本件では当時踏切警手が配置されて、遮断機は開放されていたものであるから、被告人には安全確認のため一時停車すべき義務はない。仮に踏切遮断機が同条但し書にいわゆる信号機に当らないとしても、同条但し書によると「その他の事由により安全であることを確認したときは一時停車する義務はない」のであるが、本件踏切は数十米手前から見透しのきく場所で安全であることが一見十分確認できる場合であるから、正しく一時停車義務の除外例に当るといい、法令の解釈の誤りないしは事実誤認を主張するのである。ところで、道路交通取締法は第十五条において踏切通過の車馬に対し、原則として安全確認のため一時停車を命じている。かように法が踏切遮断機設置の有無に拘らず、除行による安全確認方法を認めず、必らず一時停車すべきことを求めるような劃一的な措置を講じているのは、一見甚だしく現実を無視し、車馬等の交通を阻害し、非常識な措置であると非難する者もあろうと考えられるけれども、それは現に踏切事故の多くの事例が示すように、遮断機の故障或はこれを操作する踏切警手の仮睡怠慢等により、重大な結果を招来していることが少くないところから、一時停車の利害得失を考慮した上、車馬の円滑な通行を一時的にあえて犠牲にして、人命を尊しとして一時停車を強行し、事故発生の根絶を期しているものと解すべきである。それゆえに同条但し書の規定は相当狭義に、しかも厳格に解釈理解されなければならないのであつて、一時停車義務の除外例は法が例示するように、主観的にも客観的にも車馬の踏切通過が絶対安全であることを容易に確認し得る場合に限るものと解されるのである。ところで遮断機について見ると、遮断機が開放されていたからとて、前述のような人的物的の怠慢故障等により、汽車電車が踏切を進行通過することは絶無ではないから遮断機の開放は絶対安全な表示ではなく、この点からみても、本条但し書にいわゆる信号機に当らないことは十分理解される。遮断機の上昇開放は所論のような「進め」の信号ではないのである。道路交通取締法施行令第一条第四号によると「信号機」とは人、機械又は電気により操作され、道路の交通に関し進め、注意又は止れの信号を表示する装置をいうと明定されているのである。論旨前段は理由がない。

次に原判決挙示の証拠及び当審検証の結果によると本件踏切は兵庫県養父郡八鹿町国鉄八鹿駅の東北方約二百米の地点にあり、道路は八鹿駅前から鉄道の西南側に沿うて略々平行に走り稍湾曲して当該踏切で斜に線路を横断し、更に鉄道に沿うて東北方へ約百米くらいまで略々平行に走つているのであつて、被告人は右道路を逆に東北上小田部落方面から八鹿駅の方面に向つて進行して来たものである。そして現場の地勢から見ると、被告人の方からは、前方八鹿駅構内の方面を見透すことができそこから発車する列車は望見し得るのであるがその反対方向から進行する列車は被告人から云えば、後方から来ることになり踏切を通過する前には、ふり返つて見なければ確認し得ないのである。ところで同法第十五条但し書にいう「その他の事由」とは車馬の踏切通過が主観的にも客観的にも絶対安全であることを容易に確認し得る場合に限ることは前に述たとおりであるが、踏切の見透しについていえば汽車電車の速度と踏切横断の車馬の速度とを比較勘案し踏切前方相当な距離のある地点から左右両側同時に一望の下に極めて遠距離まで見透しの利く場所であつて、何人が見ても一時停車せずとも通行の安全を自ら五官の作用により直接的に容易に確認し得る場合で一時停車の実益が少しも存在しない場合をいうものと解すべきである。それゆえに本件踏切のように左側は一望の下に相当遠距離まで見透し得ても、右側はふり返る動作を必要とし、しかも見透しは百米内外にすぎない場合は一時停車の除外例に当らないのである。原判決には事実の誤認もなく、法令の解釈適用の誤りもない。論旨は理由がない。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 辻彦一)

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