大判例

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大阪高等裁判所 昭和30年(う)2247号 判決

弁護人は、原判決は被告人浅香皎三は昭和二十八年四月十二日有田喜一に当選を得しめる目的を以て同人に対する投票取纒めの運動報酬として被告人井上勝治に金五千円を供与し、同月十七日同旨の目的で同被告人に金一万五千円を供与し、井上は情を知つてその供与を受けた旨認定しているけれども、右は事実の誤認である。右のうち四月十二日井上が浅香から受け取つた金五千円は井上がそれ以前有田会に立替えてあつた金員の返済を受けたものであり、右金一万五千円は選挙に関係なく井上個人として金員の必要があつたので被告人葛野作治に証書を持参させ個人浅香に借用を申込みこれを借受けたものである。井上が浅香に金借の申込をしたのは互に懇意な間抦であつたからである。純然たる金銭貸借にすぎないことは押収に係る被告人井上勝治より被告人浅香皎三宛の書面によつて明瞭である。右書面は起訴後発見され原審公判に提出せられたのである。右証書は検挙当時浅香方二階物置洋服タンス中に存在したけれども捜索不充分のため発見できなかつたのである。なお被告人浅香の検事に対する供述調書は金額が違い読み聞けもされていないから証拠能力がない。以上の事情であるから原判決認定の被告人浅香の判示第一の(1)(2)被告人井上の判示第二(1)(イ)(ロ)及び被告人葛野の判示第三の(1)の事実はいずれも誤認であると主張する。しかし、被告人浅香の検事に対する第一回供述調書中に「四、私は本年四月十日頃と同月十七日に井上勝治に五千円と一万円を渡していますがその事について申します」と記載されていて右後者の金額が原判示金額と相違していることは弁護人所論の通りであるが、更につづいて記載されている五項で井上から一万五千円を請求され同月十七日使者葛野に一たん一万円渡したが同人が一万五千円貰わんと帰れぬと言うたので更に五千円を右葛野に渡した経過を詳述しているのである。従つて右四項をとらえて浅香が井上に供与した原判示金額との相違を非難するのは当らない。また、右供述調書が録取の際被告人浅香に読み聞けられたものであることは同調書末尾に「右即時録取し読み聞かせた処誤のない旨申立て署名捺印した」と記載されており弁護人もこれを証拠とすることに同意しており、右供述調書の証拠調が適法に履践せられたことは原審第十四回公判調書によつて明らかである。従つて右供述調書に証拠能力のあることはいうまでもない。弁護人は右五千円は立替金の返済であり一万五千円は貸借であると主張するけれども、証人井上勝治の尋問調書によると右金員はいずれも選挙運動のために受け取つた金であり、有田会への立替金はなかつた事実が認められる。しかして被告人浅香は右計二万円は昭和二十八年五月十五日井上から返してもらつたと弁解しているが、右尋問調書によると井上は返した事実はないと供述しており、被告人浅香も検事に対する第一回供述調書で井上から返還を受けた事実はないと述べているのである。弁護人は被告人井上より被告人浅香宛の書面により右一万五千円は選挙に関係のない個人的な貸借であると主張し、押収に係る右書面によれば右は四月十六日付の井上より浅香宛の手紙で表には葛野に託すと記載されその文面は急に入用だから金一万五千円を融通して葛野に渡してくれ、月末には返還すると記載されているのである。しかして、右書面の証拠価値如何は、弁護人も強調するように、本件の事実認定に重大な影響を有するものといわねばならない。さように重要な証拠であり、しかもそれは被告人にとつて極めて有利な証拠である以上、被告人浅香がその存在を忘却してしまつているということは、通常ありえないことである。もつとも手紙を受け取つても、現在どこにしまつてあるかを思い出せないことがあるにしても、その手紙を破いて捨てゝしまつたか、それとも自宅のどこかに残つているはずか位のことは、遠い過去の出来事でない限り記憶しているのが通常である。本件書面の授受は昭和二八年四月一六日のことであり、本件犯罪の捜査は四月下旬に始まつているのである。しかるに、被告人浅香は本件の捜査手続中はもちろん、起訴後の冒頭手続においてさえも、右書面の存在については一言も主張していない。もし真に被告人浅香がその主張の経過で本件書面を受領し、且つそれを破棄してしまつた記憶がないならば、捜査手続中においてその書面の存在を主張し、且つそれを発見するために捜索手続を求めるのが当然である。捜査機関が被告人の要請を無視して顧みない場合には、起訴前でも証拠保全の手続によつて自己に有利な証拠を捜索して保全しておくこともできるのである。さような措置を全然とることなく、原審第十回公判(昭和二九年七月一五日)に至つて突如として、弁護人を通じ本件書面が提出せられても、その書面に全幅の信用をおくことは到底できないことである。要するに、たとえ右書面が被告人井上の自筆であるにしても、該書面が本件訴訟手続に現われてきた経過に徴して、当裁判所もまたその証拠価値を否定せざるをえない。ところで、被告人井上は検事に対する第一回供述調書で、四月十二日の五千円は浅香が有田のために出来るだけ票を集めて有田を当選させてもらいたいという意味でくれたものである、私は農業のかたわら遠い所から事務所に行つたりその他色々運動しているのでもう一万五千円ばかりこの際浅香から出してもらおうと思つて葛野に私の書いた浅香宛手紙(弁護人主張のものとは別、以下同じ)を渡しに行つてもらつた、一万五千円くれということは書かなかつた、そして葛野にすき焼に一万円位かかつており又別に金もいるから一万五千円位出してくれと言つてくれと頼んだ、葛野は引受けて行つてくれた、翌十七日葛野が浅香から出してもらつたと言つて一万五千円を持つて来た、そのうち四千円を葛野に渡して、やつたのである、私は運動料としてもらう意味で要求し浅香もそのことを知りつつ出してくれたものであることはわかつていた旨供述しており、右手紙の使者被告人葛野は検事に対する第一回供述調書で、十六日午後二時頃井上が実は自分は他に用事があるから後で直ぐ行くのですまんが君一人先に行つて浅香に会つて良く事情を話して一万五千円程出して貰つてくれと言つたので私はそれを引受けて行つた、その時浅香に渡してくれと言つて手紙を渡された、その手紙にはこの一万五千円のことと運動のことが書いてあると言うていた、事務所で浅香に会い実は井上からこんな手紙を預つて来たと言つて手紙を渡し一万五千円程もらいたい、井上が色々立替えた金があるので井上一人の懐ではやつて行けないので頼むと言つたところ浅香はそうでしよう明日都合すると言つたので事務所を出た、翌十七日有田の事務所に行き一万五千円受取つて帰って井上に渡した、井上はその中から四千円くれた旨供述しており、被告人浅香は検事に対する第一回供述調書で、四月十日頃事務所で井上が私に前山村の選挙状況は余りよくないというような話をしたので有田のためにがんばつてくれと言つた、その時井上が有田会の立替をしているしわしも金がいるので一万五千円何とかしてもらえんかと言うので五千円を井上に渡した、これを断ると井上は前山村の有田会の幹事であるから井上の気嫌を損じ運動を放棄されると票が佐々木候補に流れる虞があるので井上に金を渡した、次に四月十六日に葛野が事務所に来て井上から手紙を預つて来た旨話したので見ると一万五千円出してもらいたい旨書いてあ又葛野も金がいることができたから一万五千円出してもらいたいと言つた、選挙中に人の弱身につけ込んで嫌なことを言つて来るなあと思つた、私は金をもつていなかつたので断わつたところ葛野は子供の使のように帰るわけにいかんと言つたが断つた、選挙にひびいては困ると思つたので葛野が明日又来ますと言つたのでそんならわしも考えておこうと返事をした、十六日といえば十九日の投票日をひかえて追込戦の真最中であるから、もし井上の要求を断われば井上の気嫌を損じ票が減るばかりでなく佐々木候補に票が流れると思い十七日事務所に出る時一万五千円持つて行つた、葛野が待つていたので初め一万円渡したところ一万五千円くれんと帰れぬというので更に五千円渡した、この金は結局井上にやつてしまうものであることはわかつていた旨供述しているのである。従つて被告人井上は有田候補のために選挙運動をする目的で被告人浅香に金一万五千円の出損を申込み、被告人葛野はその情を知つて右授受の仲介をなし、被告人浅香は有田候補に当選を得しめる目的で右井上に一万五千円を供与した事実、被告人井上は右の趣旨を知りながらこれが供与を受けた事実が明らかである。原判決には事実誤認の違法はない。

(裁判長判事 斉藤朔郎 判事 網田覚一 判事 小泉敏次)

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