大判例

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大阪高等裁判所 昭和30年(う)398号 判決

原判決は被告人はタクシー会社の運転手であるが、昭和二九年九月二四日午後一〇時五〇分頃営業用自動車を運転し、神戸市兵庫区中道通一丁目附近道路にさしかかつた際、前方注視義務を怠つた過失により酒に酔つて道路を横断中の松本角太郎(当五五年)に自動車の左前部を接触せしめて同人をその場に顛倒せしめ、因つて同人に治療日数約一〇日を要する左上眼部挫創、左腕関節及び膝関節部打撲傷等の傷害を負わせたが、直ちに被害者の救護の措置を講じなければならないのに、同人を前記自動車に乗せて同市長田区夢野共同墓地下の池の端附近に連れ行き、同所において同人を降車せしめて、そのまま同人を放置して立ち去つた旨を摘示し、被告人が右松本角太郎を交通事故の現場から前記共同墓地下の池の端まで運ひ同所に放置した所為を刑法第二一八条第一項の遺棄罪に該当すると判示している。よつて審案するに右刑法第二一八条第一項の病者中には飲酒の結果酩酊の程度甚しく身体若しくは精神の能力通常人と異り、生活を維持するに必要な日常の動作をなすことのできない所謂泥酔者をも包含すると解すべく、又道路交通取締法第二四条第一項は自動車の交通に因り負傷した者があつた場合には当該自動車の操縦者又は乗務員等に対し被害者を救護すべき義務を課しているので、右の操縦者等は刑法第二一八条第一項にいわゆる「保護ス可キ責任アル者」に該当するものと解するを相当とするところ、原判決の事実摘示及び挙示の証拠のみではいささか明確を欠くけれども、当裁判所で取調べた証人井上道男、同松本角太郎、同小川友男の各証言を綜合すると、被害者松本角太郎は本件事故当時飲酒酩酊して被告人の運転する自動車に接触顛倒し負傷したことを知覚しない程度に泥酔していたことが認められるので、たとえ被害者の傷害の程度が重傷といい得ないにしても、泥酔せることと相まつて他人の扶助を要する状態にあつたものというべきである。されば被告人に本件被害者を保護すべき責任があつたことは論をまたない。しかして当審における検証の結果によると、被害者が放置せられた場所は負傷現場から自動車の普通の速度で約一五分を要し、墓地や火葬場にも近く、当時は附近に人家なく、池畔である上、寂しい場所で特に夜間は通行の人車も稀であろうことが窺われるのであるから、被害者は被告人にかかる場所に置き去られることによつて他人の保護を受けることは殆んど期待し得ない状態に陥れられたものというべきであり、原判決は松本角太郎は右池畔で被告人に停車を命じ、自から車外に出ようとしたと説示しているけれども、その後段に同人を降車させるや地面に手をつき吐瀉を続け次いで道端に坐り込んで容易にその場から動きそうになかつたと判示せるところからすれば、停車を命じたり自ら車外に出ようとした松本角太郎の所為は意識的なものであつたとはとうてい考えられないし、又被告人の自動車の故障を修理してから被害者を迎えに行き医者へ連れて行くつもりであつたとの弁解も被害者を降車せしめてからの被告人の挙措や当審における検証の結果に徴したやすくこれを採用し難いし、他に被告人に遺棄の犯意がなかつた旨の弁護人の主張を首肯するに足る証拠は存しない。これを要するに原判決の事実の認定には結局誤りがないので、論旨は理由がない。

同第二点及び検事の控訴趣意について。

近時自動車運転手の操縦上の過失により交通事故の激増せることは何人も否定し得ざるところであり、しかも本件は被害者を現場に放置して救護の措置を講じなかつたというのみではなく、一層救護を困難ならしめる、人家から離れた寂しい場所に連れて行つて遺棄したというのであり、本件では交通事故の目撃者が被告人の自動車の番号を記憶して巡査派出所に届出でたため被告人が検挙せられ被害者も間もなく救出せられているのであるが、もし目撃者がなく、あつても機宜の措置を執る者がなかつたならば、恐らく被告人は翌朝まで何人の扶助を受けることもできず、その間或いは不測の危難が発生していたであろうことに想を致すならば、その犯情誠に軽からざるものがあるのみならず、被告人に改悛の情があるとは認め難いことは検事の指摘するとおりであるから、被告人の家庭の状況や被害者とタクシー会社との間に示談が成立せること等を考慮に入れても、原審の量刑は軽きに失するものというべく、従つて検事の論旨は理由があるが、弁護人の論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項第三八一条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書を適用し次のとおり判決する。

原判決が認定した事実に法令を適用すると、原判示第一の所為は刑法第二一一条前段罰金等臨時措置法第三条第一項に、同第二の所為中被害者の救護等の措置を講じなかつた点は道路交通取締法第二八条第一号第二四条第一項道路交通取締法施行令第六七条第一項に、被害者を遺棄した点は刑法第二一八条第一項に該当するところ、業務上過失傷害罪につき所定刑中禁錮刑を、道路交通取締法違反罪につき所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、右道路交通取締法違反罪及び遺棄罪は一個の行為であつて二個の罪名に触れる場合であるから同法第五四条第一項前段により重い遺棄罪の刑に従い、原判決説示の前科があるから同法第五六条第一項第五七条により累犯の加重をなし、これと業務上過失傷害罪とは同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により最も重い遺棄罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で、被告人を懲役一〇月に処し、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人をして全部これを負担せしむべきものとする。

(裁判長判事 岡利裕 判事 国政真男 判事 石丸弘衛)

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